1-6


 次にエミリーが入れ違いに、舞台へ上がる。

 そして歌い出して間もなく、再び不思議なことが起こった。


「なんだか目の前が、幻想げんそう的なピンク色に霞んできませんこと?」

「ええ、本当に。これはきりですわ。綺麗な、ピンク色の霧がうずを巻いて」

「ただの霧ではないぞ! 高価な、花の香油こうゆのようないい香りがする」

「ふうむ。反物たんものの生地に染み込ませれば、特産品になるかもしれぬな」


 香りの霧が、エミリーの歌声の魔力らしい。

 エミリーは嬉しそうに、霧と同じくらい、頬をピンク色に火照らせる。

 そして歌い終えると再び拍手が起こり、会場からは白いバラが五本、赤いバラが二本、さらには黄色い花も一本、投げ入れられる。

 隣で見ていたレイチェルの額に、むきっ、と血管が浮いた。

 おそらく投げられたバラの数の多さに、嫉妬しっとしたのだろう。

 けれど嬉しそうに戻ってきたエミリーに、レイチェルはほこった笑みを向けて、胸を張って舞台へと上った。

 まるで「あなたも聖女ではなかったわね」というように。


 レイチェルが舞台に上がると、さすがに侯爵家の令嬢だけあって、ひときわ大きな歓声が上がった。

 そしてレイチェルが歌い出し、メロディがクライマックスに差しかかった時。

 ぱあっ、と光のちょうが大量に出現した。

 やったわ! というようにレイチェルは顔を輝かせ、高らかに歌う。

 蝶は会場中を乱舞らんぶし、人々の頭や柱に止まり、見惚みとれるほどの美しさだ。

 さらには蝶からきらきらと、金色の粉が舞い散っている。


「こっ、これは砂金さきんではないか!」

香料こうりょうよりも、ずっと高価なものだ。どれほどの量が出せるかはわからぬが、国庫を豊かにしてくれそうではないか」

「では、国を護る聖女とは、レイチェルじょうということですの?」


 周囲は金色に輝き、歌も素晴らしく、キャナリーはこれまでのレイチェルからの暴言もいっとき忘れ、れてしまったくらいだ。


(焼き栗侯爵令嬢ったら、歌は最高じゃないの!)


 そしてレイチェルが歌い終えると、舞台は一瞬いっしゅん、シンとなった後、わあっという大歓声だいかんせいに包まれた。

 王太子も立ち上がって拍手をし、レイチェルは歓喜かんきに頬を赤く染めている。

 そして同時に、ばばばっ! とたくさんの白いバラと赤いバラ、それに黄色いバラが客席から投げ入れられた。

 舞台裏に戻ってきたレイチェルは、王太子の反応にほくほくしていた。


「残念だけど、あなたが歌う必要はもうないかもしれないわねえ」


 キャナリーは、確かにそうかも、と素直に思った。


(でもすごいわね。本当に三人とも、歌で素敵な魔法が使えたんだわ。私は儀式で何も感じなかったくらいだから、お客さんたちをがっかりさせてしまうかも。せめて心をめて歌わなくちゃ)


 緊張を押し隠し、キャナリーはすたすたと舞台に歩いていき、教えられたとおりにまずは王太子に、それから両側の客席に頭を下げたのだが──



「そなた! そなたに決めたぞ、余の伴侶はんりょは」

「はいっ?」



 いきなりこちらを見て王太子が言い、観客たちはどよめいた。

 背後にいた摂政が、あわてて止めに入る。


「お、王太子殿下。いささか早すぎます。ともかく歌を聞いてから。お妃候補になされるのは、それからでなくては」


 えええ、と王太子は駄々だだのように不満な顔になる。


「余は、黒髪くろかみの娘が好みなのだ。顔立ちも、赤味がかった琥珀こはく色の、不思議な瞳の色も気に入った。だからもう、これに決めた。お前、名はなんという」


 これ、と指を差されたキャナリーは不快に思いながらも、ドレスの裾を上げてお辞儀をする。


「キャナリー・マレットです、王太子殿下」


「そうか。うん、歯も綺麗で健康そうだ。世継ぎの子もたくさん産めるだろう」

「マレット家は子爵ですぞ。後宮ならばまだしも、お妃候補としては、いささか爵位しゃくいが低すぎます」

「ならばどこか、適当な公爵家にでも、養女に出せばよいではないか。あるいは、マレット家の爵位を上げればよいのだ。余の好みの令嬢を、引き合わせてくれた礼だ」

「しかしお歌もまだですし」

「花びらは問題外として、香料も砂金もあの程度では、国を護れるほどの聖女とは、余は思えぬ。うできの商人と、利益はさほど変わらぬではないか。とすれば、残りの一人が本物の聖女に違いない」


 キャナリーの気持ちを一言も聞かずに、王太子は勝手に話を進める。

 呆然としたキャナリーの目に、観客席の後ろのほうで、出世の期待で瞳をキラキラ輝かせている、マレット子爵夫妻の顔が映った。

 このままでは本当に、王太子のもとに嫁がされてしまう。


「恐れながら、ランドルフ王太子殿下。そのように言っていただけるのは光栄ですが、せめて私の歌を聞いてから、決めていただくことはできないでしょうか」


 うーん、と王太子は腕を組み、しかめっつらをする。


「最悪どんな魔法でもよい。聖女でなくとも歌姫から妃をむかえるのは慣例であろう? 魔力の有無うむが大事なのだからな」

「この令嬢の歌でどのような魔法が発動するのか、わからないではないですか。万が一にもよくない魔法でありましたら、国王陛下や王妃殿下にしかられますぞ」


 摂政が説得すると、ようやく王太子は気を変えたらしい。


「そ、そうであるか。母上たちに怒られるのはけたいな。仕方ない。では、さっさと歌うがよい」


 王太子はまるで犬にでもするかのように、こうを上にして、こちらに向かってひらひらと手を振った。


(なんなの、この人)


 キャナリーはすっかりあきれて、えらそうに椅子にふんぞり返った王太子を見る。

 性格はともかく、レイチェルたちだってこの日のために、どれだけ練習してきたと思っているのか。

 それを見た目の好みにしか興味がないなんて、失礼にもほどがある。

 キャナリーは腹を立てながらも義務を果たすべく、一礼してから歌い始めた。

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