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 翌日、日の出とともに歌姫四人は、神殿の地下にある、神聖な祈祷きとう所へと集められた。

 魔法を覚醒させるための、神聖な目覚めの儀式がとり行われるのだ。

 おしゃべりなレイチェルたちも、さすがに緊張した顔をして、だまりこくっている。

 ここにも女神めがみイズ―ナの彫像ちょうぞうがあり、明り取りの小さな窓から朝日が差し込むゆかには、魔法陣まほうじんえがかれていた。


「では、順番に座って、これを」


 周囲を神官が取り囲み、不思議な詠唱えいしょうを口にしている中で、キャナリーたち四人は大きな魔法陣の中央に、向き合うようにしてひざまずく。

 それぞれの手には大司祭にわたされた、美しい足つきの小さな銀杯ぎんはいを持っていた。


「中に入っている黒い液体は、ダグラス王国秘伝の魔力覚醒の秘薬でございます。さあ、恐れずに、一息にお飲みください」


 キャナリーは注意深く、銀杯の中身を見つめた。それから、くいっと一気に液体をのどに流し込む。


(あら。爽やかな香りで、ちょっと甘くて、思ったよりずっと美味しい)


 と、ふいにレイチェルが、となりさけんだ。


「ああっ……! 何かしら、この感じ。まるで、かみなりに打たれたよう」

「くらくらしますわ。目の前が、ぼうっとなって」

こわいわ。お守りください、女神イズーナ」


 小さな銀杯を抱くようにして、ぶるぶると身体を震わせている三人を、キャナリーはポカンとして見てしまった。


(あれ? どうして? 私、全然、なんともない。……もしかして魔力があるというのは、何かの間違いだったりして)


 魔力を望んでいたわけではないが、披露会で何も起こらなかったらどうしよう。

 キャナリーは神聖な魔法陣の上で、呆然ぼうぜんとしていた。




 ざわざわと、集まった貴族たちは客席で期待にかがやく目をし、あれこれと雑談に花をかせている。

 披露会の会場は、何本もの太い柱に支えられた屋根のある大神殿だいしんでんだった。

 壁はないので外にまで、歌声はひびき渡る。

 一段高くなっている舞台前には、両脇りょうわきにずらりと椅子いずが並んでいた。

 舞台よりも高くなっている場所には、王族とその親族である公爵家が陣取じんどっている。

 舞台袖では、キャナリーを含めた歌姫四人が、一張羅いっちょうらを着て自分の番を待ち受けている。


 間もなくラッパがらされ、王太子殿下のお出ましとなった。

 レイチェルたちはキャーッと色めきたち、舞台袖から顔をのぞかせるようにして、王太子のことをじっと見つめている。


「ああん、素敵。なんて気品に満ちたお顔立ち」

「はしたなくてよ、エミリー様。でも本当に、なんて優雅ゆうがなお方なのかしら」

「こうなったら自分が聖女であると望まざるをえないですわね」


 もう二度とお目にかかることはないかもしれないので、キャナリーも一応ご尊顔を拝んでおいた。

 金髪きんぱつに灰色の目。当たり前だが、豪華な装束しょうぞくに身を包んでいる。

 王太子の背後には摂政である公爵が立っているが、国王陛下夫妻のお出ましはない。

 最近、国王陛下の体調が思わしくなく、王妃殿下はつきっきりで看病している、との話だった。


「こたびは我が誕生日をともに喜んでくれて、余は嬉しい。さあ、聖女の誕生をみなで願おうぞ」


 王太子の言葉と、それに対する観客の拍手はくしゅ喝采かっさいを合図にして、披露会は始まった。

 まず最初はブレンダが舞台の中央に上がった。

 固唾を呑んで観客が見守る中、かたい表情だったが、ブレンダは胸を張って歌い出す。

 歌唱団の令嬢がソロで歌うのを聞くのは、これが初めてだ。


(あら。なかなか上手うまいじゃないの)


 キャナリーは素直すなおにそう思った。か細いが綺麗な歌声に、観客たちも聞き入っている。

 観客席の後ろの方には、王宮から招かれた芸術家や大商人、有名な吟遊ぎんゆう詩人しじんなどが立ち見をしていた。残りは貴族であり、前列から順に位の高い家柄いえがらの者が座っている。

 観客席の青年貴族たちは、それぞれ手に三本のバラの花を持っていた。


 歌が終わった時、友達としてお近づきになりたい、と思った場合には白いバラを。

 恋人こいびとになってほしい、という場合には赤いバラを。

 家族ぐるみで、結婚を前提にした正式な付き合いを申し込みたい、という場合には、黄色いバラを舞台に投げ入れることになっているのだ。

 くきの部分にはリボンが結ばれ、そこに投げた者の名前が記されていた。


 もしも聖女でなかった場合、投げられたバラの中から、歌姫は相手を選べることになっている。

 もちろん、今回の歌姫の中に聖女がいなくとも、必ず一人は妃に選ばれるので、その場合は王太子の指名が最優先になる。


「まあ。なんだか上から、白いものが降ってまいりましたわ」

「おお。これは花びらじゃないか」


 わあっ、と歓声かんせいがあがる。ブレンダを中心にしながら、何もない天井てんじょうから大量の白い花びらが、ひらひらとい落ちてきた。

 ブレンダ自身もおどろいているようだったが、はっとすると、少しがっかりしたような表情になった。

 花びらは床に落下したり、誰かの手にれた途端とたん、ふっと消えてしまう。

 歌い終えると、ブレンダは静かに頭を下げる。

 すると客席から二本の白いバラと、一本の赤いバラが投げ入れられた。

 ブレンダはそちらに向かって、愛想あいそよくお辞儀じぎをしたが、どこかくやしそうではある。

 『国を護る』魔法ではないため、確実に聖女ではないのと、王太子が無反応だったので妃に選ばれる可能性は低いと思っているのだろう。

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