1-4
***
「キャナリー。わかっていますね。わたくしたちが、なぜあなたを養女にしたのか」
いよいよ王太子殿下を前にした、歌と魔法の披露会の前日。
深夜、随分と遅くなってから、養親である子爵夫妻の部屋に呼ばれたキャナリーは、延々と説教されていた。
「あなたが歌姫に選ばれて、ホッとしておりましたけれど。先日お茶会では、他の歌姫たちと
喧嘩? とキャナリーは首を
「何か言われていた気はしますけれど。飛び蹴りをしたり、
「当たり前だ!」
カッ、と眉をつり上げて、子爵が
「殴り合う、などという言葉が出てくることからして、けしからん。貴族の令嬢が考えることではないぞ」
「でも私が貴族ではないことは、お二人ともよくご存じではないですか」
キャナリーが一年半ほど前、ラミアの家から子爵家に引き取られたのは、こちらが希望したことではない。
なぜかキャナリーのことをどうしても養女にしたい、と子爵家が言ってきたのだ。
そのころ、
『この娘が
性格はともかく、キャナリーを育ててくれたラミアは、いわば大恩人だ。
キャナリーはラミアの、人生最後の望みと
ちなみにラミアは、すでに歯はなかったのだが、数日後に
もしかしたら
ともあれ、木のベッドに
だからキャナリーは約束を守らねばと、テーブルマナーも、重たくて動きにくいドレスでのダンスレッスンも、半年間必死に学び、歌唱団に入団した。
口髭をたくわえた、
「貴族出身ではなくとも、歌に魔力はあったのだから、やはり我々の目に
「あの、むしろ一度聞きたいと思っていたんです。本当に、いったいなんのために、私を引き取ったんですか?」
尋ねると、マレット子爵家夫妻は、目をきらりと光らせた。
「決まっているではありませんか、キャナリー。披露会ではなんとしてでも王太子の心を射止め、王家に
「お前が聖女である可能性もあるんだからな! そうなったら大成功だ。国中が注目する
ああ、そういうことだったのね。と、森育ちで世間に
「でも私が使える魔法が、国を護るようなものなのか、わからないですし」
「いいや、キャナリー。お前はきっと
全然、とキャナリーは正直に首を左右に
「魔力を目覚めさせ、魔法を使えるようになる儀式を行うのは、披露会の舞台に出る直前です。ですから誰にどんな種類の魔法が使えるかは、舞台で歌い出すまでわかりません。それもまた披露会の
だからこそ、歌姫に選ばれたとはいえ魔力を持っている実感などまったくなく、いまだに信じられないのだ。
「他のご令嬢方は、聖女でなくともよいのだ。もとが大貴族なのだから、それに加えて魔力を持っているだけでも
子爵はトゲのある声で言い、
「そもそも、お前などをうちが引き取ったのは、背中のアザの噂を聞いたからだ。もしあれが
「はい? 背中?」
なんのことやらと眉を寄せると、ドン、となぜか夫人が
子爵はゴホッと咳払いをして、キャナリーに険しい顔を近づけた。
「と、ともかくお前にはマレット家の格式を上げるという、義務。いや、責任がある。それをよく覚えておけ」
自室に
子爵夫妻の
でもそれ以上に、もしも王太子の妃に選ばれたら……公爵などの高位貴族に嫁ぐことになったら……と想像すると
(ラミアのために養子になったのはいいけれど、まさか成り上がるための道具にされるなんてね。たとえ一生美味しいものが食べられるとしても、自由のない生活なんてごめんよ)
キャナリーはこの国の
ラミアには飛び蹴りどころか、フライパンでお
それでも人形のようにすました顔で、人を見下す貴族たちよりは、ずっと
「まあいいわ。今あれこれ考えても、どうにもならないもの。こんな時は、食べて元気を出すのが一番!」
そう独り言をつぶやいてから手を
「何かご用でしょうか、お
すぐに
おそらくいくつか年下の、頬にそばかすのある、可愛らしい少女だ。
「寝る前の、お茶とおやつを持ってきてほしいの。
「はいっ!」
満面の笑みでメイドが退出したのは、必ずキャナリーがおやつの半分を分けているからだ。
もちろん、知られたら
「貴族の令嬢になって何がいいって、食べ物に関してだけよね」
そんなことより、披露会では美味しい料理が出るのかな。出るのであれば、コルセットできつく身体を
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