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「レイチェル様、ご覧になって。キャナリーさんのお皿。すぐに空になっていきますわ」

「すごい勢いですわよねえ。わたくしも、つい眺めてしまいましたわ」

「無理もございませんわ、ブレンダ様、エミリー様。あのように次から次へとお料理をたいらげるなんて、きちんとしたレディにとっては、はしたないことですもの」


 ひとつのテーブルを囲む三人の令嬢の目が、一斉いっせいに同じ方向に向けられる。

 彼女たちの視線の先にいたのは、同じテーブルについている、キャナリーだ。

 しかしキャナリーは、それどころではなかった。

 目の前に、美味しそうな料理の数々が、湯気を立てていたからだ。

 小宮殿しょうきゅうでんの一角にある、白を基調にした、豪華ごうか可愛かわいらしい内装の一室。

 そこで歌姫の顔合わせを兼ねた、昼食会の席についていた。


(んんー、このパン、外側がカリカリで中がふわっふわだわ! 分厚いステーキの肉汁にくじゅうみ込んで、一緒に食べると最高! それに加えてこの半熟卵が、ソースをまろやか~にしてくれてるし、それにそれにこの葉野菜。なんてみずみずしくて、しゃきしゃきしてるの。きっとすごくいい土の畑で採れたのね。作ってくれた人のうでもすごいわ)


 キャナリーは現在、子爵家の養女になっているので、一応は令嬢だが、実は森の中の一軒家いっけんやの出身だ。

 薬草作りの名人の、ラミアという老婆ろうばに育てられたが、血は繋がっていないらしい。

 ラミアはケチで強欲ごうよくで、キャナリーをこきつかっていたけれど、なんだかんだ言いながらもキャナリーが十五歳になるまで世話して、育ててくれた。

 ただし、死ぬほど貧しい暮らしだったため、キャナリーはいつもお腹を空かせていた。その感覚は、今も変わっていない。

 だからつい、出されたものはなんだって食べてしまうのだ。

 それが裕福ゆうふくな貴族の令嬢三人には、奇異きいなことに見えるらしかった。


「まあ、あの大きなお肉への食いつき方ったら!」

「魚の皮や、かざりの香草まで……あっ、あのおイモを一口で!」

「見ているだけで、めまいがしそう。あんなにぽいぽいお腹に放り込むなんて、なんてレディにあるまじき不作法でしょう」


 三人は、ヒソヒソながらもわざと聞こえるように話すが、キャナリーの全神経は、目の前のとろりとしたスープに向けられている。


(根野菜がたくさん入ってるわね。どれどれ、お味は……おっ、美味しいいい! 具材に味がしっかり染み込んで、バターがかすかに香って、とろとろでホクホクで、ああもう口にスプーンを運ぶ手が止まらない!)


 スープに夢中になっているキャナリーとちがい、令嬢三人の手はほとんど動いていないようだった。


「そういえばわたくし、噂を聞きましたわ。キャナリーさんは子爵家に来る前、どこぞの森の中にいたとか」

「ええっ! 森暮らしだなんて恐ろしい」

妖魔ようまか、魔獣まじゅうの血でも引いていらっしゃるのではないかしら。それで水晶すいしょうが反応したのではなくて?」


 ほほほほ、と三人は、レースや羽の扇子せんすで口元をかくして笑う。

 確かにキャナリーは、自分の親がどこの誰なのかも知らない。

 なぜかキャナリーを引き取りたがり、半年前に養親になった子爵夫妻も、親らしいふるまいはまったくしなかった。礼儀れいぎ作法をたたき込むための、家庭教師をつけただけだ。

 だから出自については、何を言われても気にならなかったのだが、キャナリーは不思議になって、思わずたずねる。


「あのう。もしかして貴族の方々って、おしゃべりに興じて料理が冷えるまで放っておくのが普通ふつうなんですか?」


 三人はぐっと言葉に詰まり、こちらをにらむ。

 キャナリーはパンのかけらで皿を綺麗にぬぐい、パクリと食べながら言う。


「さっきから、全然食べてないじゃないですか。せっかく美味しいのに冷めちゃって、もったいない」


 令嬢たちはキャナリーの質問には答えず、目をらして会話を続ける。


「森出身の偽物にせもの令嬢はともかくとして。もしかしたらわたくしたちの中に、聖女がいるかもしれませんわよね」

「ええ。そう考えると、ワクワクしますわ。わたくしは、レイチェル様ではないかと思っておりますの」


 ブレンダの言葉に、あら、とレイチェルは、口元にみをかべる。


「そうとは限りませんことよ。ブレンダ様もエミリー様も、充分じゅうぶんに聖女の可能性がありますわ。自分が使える魔法は当日にならないとわかりませんから。それにしてもブレンダ様の、そのパールのネックレスは素晴らしいわ」


 彼女の視線を追って、キャナリーも目を向ける。


(パールって、貝の中にできるのよね。貝と同じなのに、食べられないなんて不思議。つやつやして、キャンディみたいで美味しそう)


 キャナリーの心のつぶやきが聞こえるはずもなく、三人はなおもたがいをめ合う。


「私のパールなんて、たいしたものではありませんわ。エミリー様の赤いイヤリングはドレスにも合っていて、本当に素敵です」


(ラミアが育てていた赤い香辛料こうしんりょうに似てるわ。お肉と煮ると美味しいのよね)


 思い出し、キャナリーは森でのご飯がこいしくなった。


「いいえ、なんといっても、お美しいのはレイチェル様ですわ。本日の髪型かみがたの、なんて見事なこと」


(本当に。まるで大きなぐりだわ。あれだけ大きかったら、食べごたえがありそう。森でリスと競争して栗拾くりひろいをしていたのが、なつかしいわ)


 キャナリーが心の中でつぶやき続けている間に、テーブルにはデザートが運ばれてくる。


 ふっくらした桃色ももいろに、つやつやとろりとした真っ赤なソースのかかった、ベリーのプディングだ。

 先ほどの想像でお腹がすいたキャナリーは、喜んでぷるぷるした桃色のプディングをたいらげたのだった。

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