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「今日はいよいよ、歌唱団員の中から歌姫うたひめが発表されますわね! わたくし緊張きんちょうして、昨晩はねむれませんでしたわ」


「わたくしもふるえてしまって。だって歌姫に選ばれれば、聖女候補、おきさきさま候補、ということですものね」



 ここは王宮の一角にある大広間。

 そこにかざった五十人ほどの令嬢れいじょうが、様々なうわさを口にし、ほおを火照らせて集っている。

 そのはしの方で、キャナリー・マレットしゃく令嬢は、うっとりと素敵すてきな味覚の記憶きおくに浸っていた。


(昨日食べたジャム入りのケーキ、果肉がじゅわっと口の中に広がって、あまっぱさがしっとりしたスポンジにすごく合ってて、とっても美味おいしかった……。早く発表が終わって、お茶の時間にならないかなあ)


 ここダグラス王国では、王太子が十八歳になる一年前に、国中から若いむすめたちをつのり、王立歌唱団に入団させることが伝統となっていた。

 なぜなら王の統治する一世代につき一人、『歌によって国をまも魔法まほうを発生させる聖女』が現れるのだそうだ。

 この世界では王族は必ず魔力まりょくを持って生まれるが、それ以外に魔力を持つ者はかなり少なくめずらしい。

 そこで王立歌唱団が設立された。

 歌唱団での練習で魔力持ちを見極みきわめ、歌姫を選出する。そして披露会ひろうかいで歌姫に、初めて魔法が使えるようにほどこし、どんな魔法が発生するかを確認かくにんするのだ。

 歌姫の使う魔法の中に、『国を護る』にあたいするものがあるならば、その者こそが聖女である。

 しかし、聖女は身分に関係なく生まれるため、必ずしも歌唱団の中から見つかるわけでもない。だからこそ、歌唱団から無事に王妃おうひに立たせられた例は少ない。

 歌唱団で見つからなければ、国中をさがすことになるが、最終的に見つけられないことがほとんどだ。最後に聖女が見つかったのは、何十年も前のことだという。

 ゆえに、神話のような存在になっていた。


 そして本日は、この世代の歌姫が発表される日であった──。



「まずは歌姫に選ばれることが、王妃への第一歩ですわね」

「お妃に選ばれなかった歌姫も、高位貴族に見初みそめられる可能性は高いですものね」


 令嬢たちの関心は聖女よりも、いかに良い婚姻こんいんを結ぶかに向いている。

 キャナリーはその輪には入らず、綺麗きれいに巻かれた髪や、そこに光るかみかざり、れるリボンの数々をながめていた。

 とある事情によって令嬢になったキャナリーにとっては、ここにいること自体が奇跡きせきである。

 よって、結婚けっこんへの欲もなければ、歌唱団にいることすら場違ばちがいだと思っている。だからキャナリーは、おのれの使命だけを全うするべくここに立ち、意識は食べ物へかたむいていた。


(くるくる巻いたクリームコロネに、キラキラしたパート・ドゥ・フリュイ。あれは何層にも重なったミルクレープかしら……駄目だめだわ、おなかが鳴っちゃいそう)


 キャナリーは、そっとお腹を押さえる。



静粛せいしゅくに。全員、揃っておりますな」


 はっとして顔をそちらに向けると、白い髪と長いひげを持つ老人──イズ―ナ神殿しんでんの大司祭が来ていた。

 ざわめいていた広間は、あっという間に静まり、令嬢たちは一列に横に並ぶ。

 その前に大司祭とお付きの者が立ち、場は緊張に包まれた。

 ごほん、と大司祭は咳払せきばらいをした。


「さて。ご令嬢方もご存じのとおり、我が王国では代々、世継よつぎの王が十八歳となられる際に、聖女が現れます」


 キャナリーもふくめ、歌唱団員たちが無言でうなずくと、大司祭は続ける。


「ただしその魔力は声によって現れることも、ご存じのとおり。であれば、一見しただけでは、誰が聖女だかわかるはずもありませぬが」


 大司祭はふところから、美しいこぶし大の、赤い宝玉を取り出した。


「魔力に感応し、色づく仕掛しかけをほどこしたこの魔吸石まきゅうせき。赤いザクロ石のように見えますが、もとは透明とうめいだったのですぞ。これを歌の指導をしてきた歌唱団長が、常に懐に所持しておったのです。そして練習中に各々おのおのの歌声をかせることで、魔力に反応した石が染まっていきました。この石を染めたのは誰なのか、すでにわかっております」


 まあっ、と黄色い声があがり、令嬢たちはざわめいた。

 大司祭は言葉をきり、キャナリーたちをぐるりと眺める。


「お静かに願いますぞ。歌姫に選ばれるのはその方ですが、歌唱団で一年間練習してきたのにも意味があります。戴冠たいかん儀式ぎしきや新年の儀式において、歌を披露するため。そして何より、魔力の保持者をさらったり、危害を加えたりしようという不届き者から、王太子殿下でんかのお誕生日まで保護するためでもあったのです。何しろ魔力保持者を守ることは、ゴーレムから国を護ることにもつながる、大切な国防の一環いっかんでもありますからな」


「ゴーレム……」

「ああ、いやだ。その名前を聞くと、ゾッとしますわ」


 令嬢たちは、まゆをひそめて囁き合う。

 ゴーレムというのは国をおびやかすほどおそろしい怪物かいぶつで、過去には王族が魔力で戦ったこともあるらしいのだが、キャナリーは噂話うわさばなしで聞いたことしかなかった。

 大司祭は一呼吸おいて、重々しく続けた。


「さらには歌姫たちが、貞節ていせつ淑女しゅくじょであるかどうか。悪事など働いてはいないか。そうしたことをも調べる期間が、必要であったのです」


 そわそわしている令嬢たちをよそに、キャナリーは一人、冷静に考えていた。


(なるほど。じゃあ、この先も歌唱団員として歌える機会はありそうね。よかった。歌姫にもお妃さまにも興味がないけれど、食べることの次に歌は好きだもの)


 大司祭は、キャナリーたち一人一人に、じっくりと視線を注いで言う。


「さて、ではこれより、発表いたしますぞ。うれしいことに、四名もの魔力を持つ歌姫の存在が、確認されました」


 誰かがゴクリと息を呑む音が聞こえ、ピンと室内の空気がめた。


「まずは……レイチェル・ニコルソン侯爵こうしゃく令嬢。まことに、おめでとうございます。次に、エミリー・アダムス伯爵はくしゃく令嬢。……期待しておりますぞ。そして、ブレンダ・スレイ伯爵令嬢……」


 名前を呼ばれた令嬢は大喜びし、呼ばれない令嬢は青ざめていく。

 そして、最後の一人の名前が呼ばれた。


「キャナリー・マレット子爵令嬢。以上の、四名でございます」



「えっ……! えええええ? 私!?」



 キャナリーは目を丸くして、自分を指差してしまったのだった。

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