2-3


 ラミアが死んだ後、子爵家に引き取られたこと。王立歌唱団と披露会ひろうかいのこと。

 そして、追放されたこと。


「なるほど。ダグラス王国では、歌を通して聖女をさがすのか」


 ジェラルドの言葉に、キャナリーは答える。


「ええ、そうよ。あなたの国では違うの?」

「君主が代替だいがわりをする際に、戴冠たいかん式までの一年間に起こる出来事を、すべて予言で当てる者。それが神殿しんでん巫女みこに現れて、聖女とされる。やはり、一人の君主の治世の間に、一人しか出現しない。土地の性質や、そこに住む精霊せいれいたちの影響えいきょうなどで、魔法まほうの質も違うし聖女の出現条件も、国によって違うんだろう」


 へええ、とキャナリーは感心した。


「先のことがわかるなんて、すごいわね。まさに奇跡きせきを起こす聖女って感じ。その点私なんか、地震じしんを起こしちゃったんだから、いやになるわ」

「きみの歌で、地震が?」

「そうなの。だからもう、歌わない方がいいのよね。さて、最後にこの、一番傷の深いところに取り掛かるわよ」


 キャナリーが言うと、苦しそうに息をつきながら、ジェラルドがうなずいた。


「よろしく、頼む」

「痛むかもしれないけれど、我慢がまんして起き上がって」


 火で消毒した針と糸で、キャナリーは上体を起こしたジェラルドの深い切り傷をう。

 ジェラルドは目を閉じて、文句ひとつ言うわけでもなく、じっと苦痛にえていた。


「はい、終わり! 縫合ほうごう上手うまくいったわ」


 ふう、と額の汗を拭い、その傷を包帯で巻こうとして、キャナリーは気がつく。


(この包帯も長いこと放っておいたから、よく見ると黄ばんで、虫食いの穴がある。これじゃ、ばいきんが入っちゃうかも)


「ごめんなさい、ちょっと失礼します」


 キャナリーはすっくと立ち上がり、戸棚の後ろに隠れるようにして、びりり、と下着のキャミソールを破いた。


「キャナリーさん? なっ、何をしているんですか?」


 慌てた声のアルヴィンに、申し訳なく思いながらキャナリーは言う。


「悪いけれど、包帯をこれで代用させてもらうわね。上等の布だし、ずっとしまってあった古びた包帯より、いいと思うの」

「お、俺はいいが、それではきみの服が、台無しになってしまうじゃないか」


 あせったように言うジェラルドに、キャナリーは笑った。


「服は痛みなんか感じないわ。あなたの身体のほうが、ずっと大事じゃない」


 キャナリーは、縫った傷口をきちっと縛った。


「さあ、これで応急処置は完了かんりょうよ」

「あ……ありがとう、キャナリーさん。きみの親切には、本当に助かった」


 まだひどく痛むだろうに、それをこらえつつ、きちんとお礼を言うジェラルドは、やっぱりいい人なのだと思う。

 それにこんなに至近距離きょりで、まっすぐに男性に目を見つめられたのは初めてだ。

 吸い込まれそうな、青い宝石のような、綺麗な瞳。

 それを見つめ返すうちになぜかキャナリーは、自分のほおが熱を持つのを感じた。


「そ、そんなたいしたことはしてないわよ。それよりいったいどうして、こんな大きな傷を負ったの? 盗賊? この辺りには、大型の肉食じゅうはいないと思ったけれど」

「ゴーレムの仕業です。それも、かなりの数だったのですよ」


 背後からのアルヴィンの返答に、キャナリーは首をかしげる。


「ゴーレム? ええと、聞いたことはあるわ。不気味などろ人形、だったかしら。それがこの近くにいたの?」

「聞いたことはある?」


 驚いたようにジェラルドが言う。


「そんなにも、この辺りには、ゴーレムがいないのか」

「ええ。少なくとも森で見たことはないし、ダグラス王国の、国内にもいないわ。そんなに怖いものなの?」

「はい。ゴーレムは田畑をらし、家畜かちくを殺し、もちろん人も殺します。そして時には、群れをなして暴れるのです」


 アルヴィンが言うと、ジェラルドも続けた。


「人の手では、倒せない。撃退げきたいできるのは、魔力まりょくを持つ者だけだ。町人や農民たちは、城から配布された魔力を秘めた道具で、なんとかはらっているが」

「ダグラス王国にゴーレムの出現が少ない、被害ひがいがない、というのは、情報として知ってはいましたが、誇張こちょうされているのではと思っていました。城下町から離れたこの森にも、ゴーレムは出現しないのですか?」


 ええ、とキャナリーは二人に重ねて答えた。


「うちの周りは薬草だらけだし、薬の匂いがぷんぷんするから、寄ってこなかったのかもしれないけれど。ゴーレムについて、二人はくわしいの?」

「誰も完全には、正体を理解できていないのですが。昔々、悪い魔法まほう使つかいにのろわれて勝手に動き出すようになった、人や動物を襲う大きな泥人形、とでも思っていてください」

「呪われて動く……それは確かに怖いわね」


 キャナリーは想像して、ぶるっと身震みぶるいをした。


「二人はそのゴーレムに、襲われたのね?」


 ああ、とジェラルドがうなずく。


街道かいどう途中とちゅう……ここから馬車で半日ほどの辺りで群れとかち合い、我々の一行は森に逃げ込んで、散り散りになってしまった」


 ん? とキャナリーはその言葉で、自分の勘違かんちがいに気が付いた。

 どうやら二人きりの旅行者ではなく、集団からはぐれてしまったらしい。

 立派な身なりをしているから、護衛をやとった大商人の一行か、他国の使節団だったのかもしれなかった。

 まあなんでもいい。悪い人でさえなければ、困った時はおたがい様だ。

 キャナリーはそう考えて、ジェラルドの治療を終えると、再び桶を持って外の泉に、今度は飲むための水を汲みに行った。

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