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 外へ出ると、もうとっくに日がしずんで暗くなっていたが、慣れた道であることと、月明りがあったので、さほど苦にはならない。

 戻ると早速さっそく、煎じ薬のために湯をかす。


「ありがとう。こんな、誰ともわからぬ者たちのために、服をき、水まで汲みに行き、治療を施してくれるとは」


 治療を終え、再び横たわっていたジェラルドに、キャナリーは振り向いて微笑んだ。


「何言ってるの。人を思うは身を思う、って言うじゃない。貴族か商人かわからないけれど、あなたたちは身なりからして本当は、偉い人じゃない? それなのに、人をアゴでこき使わないなんて、良い人ね。私、こんなふうにまともな人たちと会話をできるのが久しぶりで、それだけでもうれしいくらい。ただ……」


 キャナリーはちらりと、旅行鞄と台所を見る。


「もしかして、おなか空いてます? さっき説明したとおり、帰ってきたばかりだから、ろくな夕飯は出せないわ」

「お構いなく。勝手におしかけてきた、我々が悪いのですから」


 アルヴィンが謙虚けんきょに言う。そんな態度をとられると、逆にもてなしたくなるものだ。


「多分、その傷だとジェラルドさんは、数日はていたほうがいいわ。服の様子からして、出血もひどかったみたいだし。今日はチーズと携帯けいたい食の固いケーキで、夕飯にしてください。明日からは、森で調達したキノコや山菜になるけれど、それで我慢してくださいな」


 残りわずかな、子爵家からの食糧しょくりょう。森の暮らしでは、もうこんなにたっぷり卵やドライフルーツやバターの入ったケーキは、食べられないかもしれない。

 でもそれならば、この身分の高そうな人たちの口には合うだろう。


「もちろん、いいが。キャナリーさん。きみの食べる分は、あるんだろうな?」

「無理をしなくてもよいのですよ。金貨も銀貨も持っておりますから、それでおはらいはさせていただきますが」


「お金なんかいいから。そんなことより怪我人は、早く治すことだけ考えるべきよ。それからベッドはひとつだけで、私は屋根裏に寝るから、悪いけれどアルヴィンさんは椅子で寝てくれる? 毛布を貸すわ」


「椅子で充分じゅうぶんです。あれもこれも世話をかけて、申し訳ありません」

「謝る必要なんか、全然ないわよ」


 しきりに恐縮きょうしゅくそうなジェラルドとアルヴィンに、ただし、とキャナリーは付け加えた。


「その代わり、ジェラルドさん。化膿かのう止めの煎じ薬は、しっかりと飲んでくださいね。この木のボールに、なみなみいっぱい。それが、この家にまる条件よ」




「うっ……ぐ、っう、ぐぐっ」


 煎じ薬の入った木のボールに口をつけ、ジェラルドはキャナリーが言った意味を理解したらしかった。

 この煎じ薬は、傷による発熱や化膿をおさえるが、とにかく、おそろしく不味まずいのだ。

 たとえるならば、へびの皮と蜘蛛の巣、それにラミアの足の指を、同時に口に入れるくらいに不味い。

 ジェラルドは治療の時より、ずっと苦しそうな表情と声で、なんとか少しずつボールの中身を飲んでいく。が、途中でとうとう音を上げた。


「な、なんだ、いったいこれは。臭いからして覚悟かくごはしていたが、苦くて、すっぱくて、ひどい味だ」

「なんだ、ってお薬よ。効く薬ほど舌はいやがる、ってことわざがあるでしょ」


 言ってキャナリーは、ジェラルドの高い鼻を、むぎゅっとつまんだ。


「うぐっ、なっ、何を」

「キャナリーさんっ! ジェラルド様の尊いお鼻に、何をなさいます!」

「私が子どものころ、ラミアはよくこうして、薬を飲ませたものだわ。さあ、もっと、ぐいっと飲んで」


 うう、とジェラルドは顔をしかめたが、渋々しぶしぶと木のボールを、再び口へと運ぶ。

 間近で見ると睫毛まつげが長くて、すごく男前だなあ、とキャナリーは思った。

 ダグラス王国の王太子とはまるで違い、頬から口元は精悍せいかんまって、気品もある。

 その彼が子どものように、必死に薬を飲んでいるのを見るうちに、キャナリーは応援おうえんしたいような気持ちになってしまった。


「ま、まだか。全部でなくてもいいんだろう?」

「頑張って。決まった用量を飲まないと、治りがおそくなるわ」

「そ、そうか。わかった。……すべては、俺の身体のためにしてくれていることだからな」


 ジェラルドが素直すなおに応じてくれたことが、なんだか嬉しい。キャナリーを信用して不味い薬を我慢してくれている、と感じたからかもしれない。

 彼の形いいくちびるの回りを丁寧ていねいに拭い、少しずつ根気よく、ジェラルドに薬を飲ませていく。そうして苦戦しながらも、ジェラルドはすべての煎じ薬を飲み干した。


「よくできました! それじゃあケーキと、お茶を用意するわね」


 キャナリーは、空になった木のボールを持って台所へ行きながら、まるで自分が薬を飲み終えたようにホッとしていた。

 それからもう一度湯を沸かし、一番上等の、もったいないとラミアがなかなか使おうとしなかった、とっておきの茶葉を取り出した。

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