2-2


 ぎいい、ととびらを開くと懐かしい薬草の香りに、かすかにカビとほこりにおいが混じっている。

 燭台しょくだいの、半分けた太いロウソクに火をともすと、青年たちがよごれたり破れたりはしているものの、どちらも立派な服装をしているのがわかった。

 支えているほうの男はローブをつけ、かみが長く、神官か僧侶そうりょのようだ。

 怪我をしているもう一人は、黒い上等の布に銀糸で見事な刺繍ししゅうほどこされた、長い上着を着ている。


「どうぞ、そこに……」


 言いかけてから、キャナリーはあわててベッドカバーを外に持っていき、パタパタとはたいてもどってきた。それから大急ぎで、シーツを新しいものにえる。


「ごめんなさいね、ずっと留守にしていたから、部屋が埃だらけなの」

「いえ、どうかお気になさらずに。助かります」


「おこしの物と上着はこちらに。靴は脱いでね」

「すま……ない。世話に、なる」


 怪我をしているほうの青年は、息もたえだえに、苦しそうに言った。

身なりからして二人とも身分は高そうだが、こんな状態なのに低姿勢で謝罪をできるならば、きっといい人だとキャナリーは確信する。


(それにしても、にんを休ませるにはテーブルも椅子いすも、このままじゃ汚れすぎよ)


 キャナリーは、おけを手に取った。


「待たせてばかりで悪いけれど、水をんでくるわね」



 近くの泉まで行って水を汲み戻ってくると、神官風の青年が、怪我人をベッドに横たえ終えたところだった。

 水瓶みずがめに水を移し、今度は布をしぼって木製の家具を拭きながら言う。


「さあ、こっちの椅子は綺麗きれいになったわ。どうぞ、座って」


 ベッドの横にたたずむ神官風の青年に、キャナリーはほほむ。


「ありがとうございます。では、使わせていただきます」

「二人とも、この辺りの方じゃないわよね? よかったら、名前を聞かせてもらえない? なんて呼べばいいのか、わからないもの。私はキャナリー」


 もうキャナリーは子爵家ししゃくけとは関係ない。だから、ただキャナリーとだけ名乗った。

 神官らしき青年はまず、横たわった青年を手のひらで示して言う。


「失礼しました。こちらから名乗るのが礼儀れいぎでしたね。こちらの方は……ジェラルド様。私の主で、自分は従者のアルヴィンと申します」

「お国はどこなの? きっと旅の方でしょう?」


 キャナリーがそう言ったのは、衣類の雰囲気ふんいきがダグラス王国とはかなり違ったし、銀髪ぎんぱつに青いひとみという特徴とくちょうの人も、あまり見なかったからだ。

 特に怪我をしている青年の瞳は、驚くほどに濃い、真夏の空のような青をしている。


「はい。馬車で半月ほどの国から参ったのです」

「そうだったの。長旅のつかれもあるでしょうね、アルヴィンさんと、ジェラルドさん。ともかく、傷の手当をしましょう。この家には、薬だけはどっさりあるから」


 キャナリーは言って、久しぶりに生まれ育った家の戸棚とだなをあさり始めた。

 そして、ケホケホとき込んでしまう。


(うう、やっぱりこっちも、すごい埃。それに、蜘蛛くもだらけだわ)


 キャナリーは鞄からハンカチーフを取り出して、それで口元をおおい、首の後ろでぎゅっと縛った。

 こちらもあちこち、からくりが仕掛けてある戸棚を開き、中から塗り薬のびんせんじ薬、包帯などを取り出す。

 室内には独特の、ハーブの匂いが立ち込めていた。

 ラミアは何十年もここで薬草を調合し、薬を売って暮らしてきた。

 そのため台所には、数カ所のかまどに大鍋おおなべがかけられ、薬のつぼもたくさんある。

 キャナリーは乾燥かんそうした薬草の粉を調合し、それに瓶の油を混ぜ合わせた。

 塗り薬が出来上がると小鉢こばちと包帯を手に、横になっているジェラルドの様子をる。


「ひどい怪我ね。いったい、何があったの? さあ手をこちらに。手当をするわ」

「お、お待ちください。そのように気安くれては……」


 なぜかアルヴィンがキャナリーを止めようとしたが、ジェラルドがそれをさえぎった。


「よい。治療をしてくれるというのだ。ありがたく、好意を受けよう」

「はい。ジェラルド様が、そうおっしゃるなら」


(子爵家で、貴族は庶民しょみんとは触れ合わない、って教えられたわ。この人たちもどこかの国の、えらい人たちなのかな)


 そんなことを考えていると、ジェラルドは痛みに汗を流し、まゆを寄せながらも、キャナリーに謝罪の言葉を口にした。


「気分を害したなら、すまない。このような境遇きょうぐうに、慣れていないだけだ」


 全然、とキャナリーは微笑んで首を左右に振る。


「こう見えても私、少し前まで貴族として暮らしていたの。そこではメイドと対等に話しているだけでもおこられたわ。でもそう言ってくれるなら、遠慮えんりょなく治療にかからせてもらうわね」


 言いながら、キャナリーはジェラルドの服を脱がしにかかった。

するとかなりの細身だと思っていたのに、しっかりと筋肉のついた身体からだに、少しばかりドキリとする。男性の体を間近に見るのは初めてだ。

 だが、あちこちに打撲だぼくの痣があったり、出血したりしていて、それどころではなかった。キャナリーは急いで、痛々しい傷の様子を診る。


「もしかして、きみが薬を調合したのか?」

「そのとおりよ。任せて、薬作りには自信があるの」


 話しながらてきぱきと、薬を塗り、膏薬こうやくっていく。


「貴族として暮らしていた、というのはどういうことですか?」


 背後に立ち、治療を見守っているアルヴィンにたずねられ、キャナリーは事の経緯けいいを話して聞かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る