2-11


(私には森での暮らしが合ってるわ。この家も好きだし、寂しくても動物たちがいるし)


「もちろん、きみは森での暮らしが好きだろうけれど、俺たちはその森のめぐみを、かなりいただいてしまったはずだ。そのお返しをさせてくれないかな」


 気をつかわせてしまったのかと思い、キャナリーは慌てた。


「そんなのいらないわ。言ったじゃないの。私がしたくてしたことよ」

「それなら、俺がしたいことだってさせてほしいな」


 ジェラルドは、明るく笑ってみせる。


「これからの旅の先々で、きみに美味しい料理を、お腹いっぱいご馳走させてほしいんだ」

「えっ!」


(お腹いっぱいのご馳走……!)


 キャナリーの脳裏のうりに、子爵家で出された肉や魚、様々な料理が駆けめぐる。

 ほかほかの焼き立てパン、分厚いハム、コクのあるチーズに濃いミルク、ほっくりした白身の焼き魚に、じゅわわと肉汁にくじゅうあふれるステーキ。


「もちろん、甘いお菓子かしもどっさりだ」


 とろとろ蜂蜜はちみつ、ふわふわスフレに冷たい生クリーム、つややかな果実のジャムとしっとりスポンジケーキ。

 ジェラルドは冗談じょうだんっぽく笑って言ったが、先々の生活を心配していたキャナリーにとって、あまりに魅力みりょく的な提案だった。

 ラミアがいないこの家で寂しさを耐えるより、ジェラルドと旅をして、ご馳走を一緒に食べられるなら、それはどんなに素敵すてきな日々だろう。


「……わ、わかったわ。私、ジェラルドの旅についていきたい。本当に、いいのね?」


 キャナリーの言葉に、一気にジェラルドの表情は晴れやかになり、白い歯が零れる。


「もちろんだ! よかった、承諾しょうだくしてくれて嬉しいよ、キャナリー。それなら早速、通行手形も旅支度じたくも、こちらで用意しよう。それでいいな、アルヴィン」


 ちょうど戻ってきて、ドアを開いたアルヴィンに、ジェラルドが言う。


「はい? なんのお話ですか」

「キャナリーを、一緒に連れて行くという話だ。手形のための書類と、彼女のための馬車が必要になるが」


「ジェラルド様が、そうされたいというのであれば。キャナリーさんは、ジェラルド様の命の恩人ですから、私にとっても大切な方です。けれど、そのためにはまず、はぐれた者たちと合流しなくては」

「うん。無事でいてくれるといいのだが」


「ジェラルド様も、明日には魔力も回復されるでしょう。私の魔法具も、力を取り戻し始めました。特に悪い予感もしないので、おそらく、皆無事と思われます。出かける途中、この場所を示した伝令魔法具を飛ばしておきました」

「では明日には合流できるかもしれないな」


 魔法具? 伝令? とよくわからない話にキャナリーは首を傾げる。


(そういえば、ジェラルドはゴーレムと戦える、っていうことは、魔力があるのよね。さっき、魔力の回復とかどうとか言っていたし。もしかすると、どこかの王族?)


 考えかけたキャナリーは、まさかね、と首を振った。


(だって私が剣の主、っていうのになったみたいだもの。王族が迂闊うかつにそんな誓いを、私と交わすわけないじゃない)


 さらに、旅に同行するようさそわれた後ではなおのこと、そんなことがあるわけない、としか思えない。


(それに、別にジェラルドが王様でも、怪物でも、なんでもいいわ)


 ただ明日からもジェラルドと一緒に居られるのだ、と思うとキャナリーはそれだけで、心が弾んで仕方なかった。



 ***



 翌朝、二人の傷も体力も、驚くほど完全に回復していた。

 ジェラルドの縫うほどだった深い傷まで、ほとんど痕も残っていないくらいだ。

 家を出て間もなく森を抜けた街道に、複数の馬車が止まっている。


「ジェラルド殿下でんか! アルヴィン様もご無事で何よりでございました!」


 転がるようにして駆けてきた大勢の従者たちが、二人を見てなみだを流して喜んでいる。

 ご馳走、ご馳走、と上機嫌だったキャナリーだが、さすがにこの状況じょうきょうに戸惑い始めた。


(この馬車……子爵家のものより、何倍も豪華ごうかで立派に見えるわ)


 そしてキャナリーには、気になったことが他にもあった。


(ジェラルド殿下、って言ったわよね? それに、馬車に打ち出された金の紋章もんしょうの立派なこと。これは獣のあしをした大きな鳥みたい。結局聞きそびれていたけれど、どこの国の人たちなんだろう)


 立ち尽くしているキャナリーに、ジェラルドが駆け寄ってきて言う。


「キャナリー。きみには、女性用の馬車を用意した。快適に乗れるよう、上等のクッションを用意させたよ。軽食もある。到着とうちゃくしたら、部屋はとなりにしてもらおう」

「え、ええ。ありがとう」


 ところで、と聞きかけたキャナリーだったが、再びジェラルドは従者や護衛の者たちに囲まれてしまう。

 呆然ぼうぜんとしていると従者たちが駆けてきて、丁寧に礼をした。


「キャナリー様、どうぞ、あちらのお馬車へ」

「えっと、その前に。少しお尋ねしたいんだけれど」


 親切そうな従者の一人に、キャナリーは疑問を口にする。


「あなたたちって、どこの国の人?」

「はい?」

「ジェラルドって、何者なの?」

「はっ、えっ、はああ?」


 仰天ぎょうてんした様子の従者は、珍獣ちんじゅうでも見るような目をキャナリーに向けつつ答えてくれる。


「わ、私どもは、グリフィン帝国ていこくから参りました。ジェラルド皇子殿下は皇帝こうてい陛下のご子息、第三皇子であらせられます」

「ああ、そう、グリフィン帝国……皇帝陛下の……」


 じわじわと、従者の言葉の意味が頭の中に染みていくにつれ、キャナリーは目を真ん丸に見開く。



「ええええ!? ここっ、皇帝陛下の子息? ジェラルド、おっ、皇子殿下?」



 はい、と当然のように従者はうなずいてから、馬車のほうを見た。


「さあ、お急ぎください、もう出立します」

「あっ、あのっ、もうひとつ」


 従者たちに追い立てられるように馬車のほうへ向かいながら、キャナリーは言う。


「これからどこへ行くの?」


 まさか本当に、ダグラス王国へ行くのだとしたらどうしよう。


「ダグラス王国の、王宮です」


 サーッとキャナリーは、頭から血の気が引く音を聞いた。ダグラス王国というだけでもまずいのに、王宮とは……。

 何しろつい先日、王太子に追放された身なのだ。


「待って、待って、ちょっとストーップ!」

「あっ、もうジェラルド様の馬車が動き出しましたよ! お早く!」

い止めのお薬もあるので、ご心配なく!」


 両脇りょうわきから従者たちがキャナリーを抱えるようにして、馬車のほうへと連れて行く。


「違うの、聞いて、ちょっと待ってええ!」


 こうしてキャナリーは問答無用の状態で、可愛らしい女性用の馬車に乗せられ、よりによって追放されたばかりの王国へ、向かうことになったのだった。

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