書き下ろしSS

コミックス①巻発売&小説続刊決定記念SS「追放された元令嬢、皇子をナスビで悩ませる」



 台所からぐつぐつと、スープの煮えるいい匂いが漂ってくる。

 街道でゴーレムの大群におそわれ、おおを負ったところを助けてくれたキャナリーの家は、森の奥深くにあった。

 皇子おうじであるジェラルドと従者のアルヴィンは、まつな木製の椅子いすに座り、れてもらったハープティーを飲みながら、かまどの前に立つキャナリーの後ろ姿を眺める。


「……彼女と出会えて、本当によかった。不幸中の幸いだったな」


 すでに傷は治り、明日には出立する予定だ。

 ジェラルドのたっての希望により、キャナリーも連れていくことになっている。


「ジェラルド様は本当に、彼女をお気に召されたのですね」

 アルヴィンは穏やかに笑って言う。


「長くお傍におりますが、女性と話していてあのように楽しそうなジェラルド様は、初めて見ました」

「ああ。実際、楽しいからな」


 ジェラルドは素直に肯定した。


「それに向こうはこちらの正体を知らないから、地位や資産を目当てにするはずもない。まったく純粋な親切心で、精一杯せいいっぱい、手厚くもてなしてくれている。本当に心優しい女性なのだと思う」

「そうですね。素敵な女性だと私も思います。……が」

「が? なんだ、アルヴィン。俺が彼女に好意を持ったら、問題でもあるのか? まあ、自由に恋愛をするには皇族の身分が厄介やっかいだと感じるが、その程度のことで俺は心を変えたりしないぞ」


 すっかりキャナリーの明るさ、誠実さに心をうばわれているジェラルドが熱心に言うと、アルヴィンは苦笑した。


「ジェラルド様の性格からして、それは理解しておりますが。そうではなく、問題があるとしたら……この環境ではないでしょうか」

「環境に問題? どういう意味だ」


 困惑しているジェラルドに、アルヴィンはゆっくりと、家というより小屋を見回して言う。


「この家の中には、子ども向けの絵物語の書物さえ、見当たりませんでした。あるのは木片に記された、薬草の説明書ばかり。森の奥深く、近くに他の家もなく。育てのおばあ様と二人きりで過ごした後、女性だけの歌唱団に入れられていたのであれば……男女の心の機微きびに、とてもうといのではないかと」


 なるほど、とジェラルドも家の中を見回したその時、キャナリーがスープ皿を乗せたトレイを持ってやってくる。


「さあ、できたわ。この家で食べる最後の夕飯よ。じっくり味わってね」


 キャナリーの温かな茶色のひとみに、しょくだい蝋燭ろうそくの炎が映り、きらきらとはく色に輝いて見える。ジェラルドはれながら、食器を並べるのを手伝った。

 と、キャナリーがふいに天井を見上げる。


「……こんなふうに楽しく男の人と話していると、女神(めがみ)イズーナが金色のナスビを置いていくかも……」


「?」とジェラルドとアルヴィンは、互いに顔を見合わせる。


「ええと、キャナリー。金色のナスビというのは、いったい何かな?」

 ジェラルドが尋ねると、キャナリーは驚いた顔をする。


「えっ、知らないの? ……アルヴィンさんも?」


 こくり、と二人がうなずくと、キャナリーは得意そうに説明を始めた。


「ラミアは物知りだったから、なんでも教えてくれたのよ。……血の繋がらない男女がひとつ屋根の下で仲良くしていると、女神イズーナがその家の屋根に、金色のナスビを置いていくの。そうすると、いつまでも仲良く暮らせるんですって」


 またしてもジェラルドとアルヴィンは、なんとも言えない表情で顔を見合わせた。


「そ、そうなのか。しかしナスビと、いったいなんの関係が?」

「あのね。そこから先は、少し難しいんだけれど」


 キャナリーは台所のほうに引き返し、細かな文字が書きつけられた板切れを持ってくる。


「そうそう、確かこれに書き留めてあるわ。……まず、ナスビを水でよく洗います。次に布巾などで水気を切ってから、こんがり焼き色がつくまで火にかけます」

「……キャナリー……?」


 ジェラルドはポカンとしたが、キャナリーは真剣に読んでいる。


「手ごろな大きさのつぼを用意し、ナスビを入れ、全体にまんべんなく塩を振ります。この時、笑顔で作業するのを忘れずに。お好みで香辛料を振りかけたら、ふたをして満月の夜に地面にめます。仕上げに呪文を唱え、十カ月間待ちましょう」


 キャナリーは板切れから視線をジェラルドに向け、にっこり笑った。


「そうすると、赤ん坊が地面から生えて家族ができるんですって! 不思議よね」

「そっ……そうだったのですか! 知りませんでしたね、ジェラルド様!」


 調子を合わせるアルヴィンに、ジェラルドは笑い出しそうになったのだが、なんとか堪えてうなずいた。


「よ、よくわかったよ。ありがとうキャナリー」

「さあ、疑問が解決したところで、どうぞ召し上がれ。スープが冷めてしまわないうちに」


 屈託くったくのない、明るい声で言うキャナリーは真に受けているらしいが、おそらくてんこうな養母にからかわれたのに違いない。

 これは一筋ひとすじなわではいかないぞ。とジェラルドは思ったが、キャナリーを想う気持ちは微塵みじんも揺るがなかったのだった。



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コミックス①巻(B's-LOG COMIC)は、

2023年4月1日に発売★


そして……

!!大人気御礼!!

小説②巻(ビーズログ文庫)の刊行も決定いたしました✨


続報をお楽しみに♪

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追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺愛され聖女に目覚める もよりや/ビーズログ文庫 @bslog

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