第27話 27
ハッキリとしない発音でそう告げると兼続はソファーに置いておいた鞄を手にし、急いで玄関へと向かった。
辺りには静寂しか無かった。夜空に浮かぶ欠け始めた月だけが、その光で存在を主張している。住宅街とはいえ、まだ時刻もそう遅くはなく多少の人通りがあるはずである。
異様な程の静けさに溶け込むように、制服姿の一花は気配を感じさせずに歩いていた。その様子や表情の無さは昼間とは異なり、別人なのではないかと思えるほどである。
やがて目的地へと辿り着くと、目の前のロートアイアン門扉の前に佇む。すぐに手を伸ばし、門扉に触れると躊躇無く力を込めた。ゆっくりと門扉が動き、一花を歓迎するかのように門は開け放たれた。
一花は石畳の上に足を踏み出した。ゆっくりと歩を進めながら、携帯を取り出す。画面に相手の番号を表示し、通話ボタンへと指をかけた。
「Buona sera! signorina」
突然の呼びかけに手を止め、一花は声のした方へと視線を向けた。夜の闇に溶け込むような漆黒のスータンを背景に、月の光を受け淡く輝く十字架が浮かび上がった。
今、この場に普通の人間は居るはずがない。だが、目の前に現れた人物なら、それも可能であると一花は納得をし、次の対応を考える。
「若い女性が出歩く時間ではありませんよ」
少し楽しそうな口調でそう言いながら、琉架は足を踏み出した。琉架が歩みを進めた分、一花は後ろへと下がる。
「このような時間に、何か困り事でしょうか?」
琉架と一定の距離を保とうとするがそれも難しく、一花の足は石段に目的を遮られ、バランスを崩し倒れ込んだ。
「彼氏に会いに来ただけよ」
立ち上がり、体勢を立て直す時間を稼ぐためにもっともらしい言葉を口にする。その言葉に反応したのか、琉架が足を止めた。
「そうですか……」
一花を見下ろしながら、琉架が答える。
「てっきり、懺悔に来たのかと思ったんだがな」
一花を見下ろす琉架の表情と口調が変わった。獲物を追い詰めた喜びを隠そうともせずに一花へと向ける。一花は無意識に後退ろうとするが、石段のせいで叶わなかった。
「なぜ、私が懺悔をしないといけないの? 好きな人に会いに来るのは罪なの?」
少し震えながら告げた一花の問いに、琉架はおかしさを堪えきれないというように笑いを漏らした。
「好きだとかそんな感情、お前らが持っているとでもいうのか?」
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