第12話 12
今まで一花の姿をミサで見かけたことは無かった事を疑問に思い、兼続は何の気無しに尋ねてみた。とたん、一花の表情が少し不機嫌な物に変わり、何か拙いことを訊いてしまったのかと兼続は不安を覚えた。
「一花」
少し拗ねたような口調で一花が言った。それを聞き、兼続は名前の呼び方問題を思い出す。本人が名前で呼んで欲しいと希望しているわけだから、特に問題は無いのであろうという結論に辿り着いた。
「い……一花」
良いのだと理解はしていても、意識している女子を名前で呼ぶことに少し羞恥を覚え、兼続は頬を染めながら一花の名を口にした。すぐに、一花は嬉しそうな笑みを返す。
「あーその、なんとかってオヤツ食べる?」
一花の笑みを浮かべた表情から軽く視線を反らし、逸る鼓動を静めようと兼続は別の話題を振る。
「ズッパイングレーゼ?」
「だっけ?」
幼い頃から毎日、父親はオヤツに色々な菓子を作ってくれたが、どれがどういう名前なのか兼続は何一つ理解していなかった。
「イタリアのケーキだよね」
「そうなの?」
「うん」
嬉しそうに答え、一花は足を踏み出した。繋いだ手が引かれ、兼続も歩き出す。
「そうなんだ」
父親は中学を卒業後、兼続が生まれるまでずっとイタリアに居たと言っていた。いつも食卓に並んでいるよく分からない洋食もイタリア料理だったのかと兼続は思った。正直に言って、兼続の中で認識されているイタリア料理はピッツアとパスタだけであった。
嬉しそうにケーキについて語る一花に頷き答えながら、兼続は家路をたどった。
ステンドグラスから入り込む鮮やかな光を背にして備え付けられた質素な十字架を見上げる長身痩躯な男の姿があった。男は、礼拝堂という場所にもっとも相応しい服装であるスータンを身に纏い、胸には質素な十字架を掲げていた。二十代半ばと思われる男は整った顔立ちではあるが、穏やかさは見受けられず神父には似つかわしくない物であった。どちらかといえば、獲物を求める野生動物といった感じである。
背後のドアが開く音がし、男はゆっくりと振り返った。開くドアへと向けられた表情は先ほどまでの物とは違い、穏やかな表情が貼り付けられている。
「あれ?」
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