第6話 6

 名前で呼ばなければ、不本意な呼び方をすると言われていたことを思い出し、兼続はどう対応するべきか判断がつかずに悩む。少し悪戯っぽい表情と視線を向けながら、一花はゆっくりと口を開いた。


「おはよ。浅井くん」


 予想とは違った普段と変わり無い一花の様子に、兼続の表情が安堵の色を浮かべた。


「お、おはよ……」


 挨拶を返したは良いが、その先の対応に戸惑い兼続はそのまま黙ってその場に立ち尽くす。突然、首に何かが絡まるのと同時に兼続の身体に重みがかかった。


「何? そこの二人、なんかあやしくない?」


 いきなりなクラスメートの行動と言葉に、兼続は戸惑い、言葉が上手く出てこなかった。


「挨拶をしていただけよ」


 一花が兼続の背後にしがみついている相手に向かい、事も無げにそう告げる。


「あ、そうそう。挨拶」


 一花とは違い、兼続の様子や言動は明らかに不審を伺わせる物であり、クラスメートは疑いの視線を向けた。


「じゃあ、また後でね」


 一花はそう言い残し、教室へと向かった。


「また後でね。だって」


 二人の様子を訝しむように、クラスメートは口を開く。後でと言い残した一花の真意が気になり、からかい混じりのクラスメート言葉は兼続の耳には届かなかった。


 


 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いたが、兼続は身動ぎもせずに机に向かい続けていた。朝からずっと一花が残した言葉の意味を考えており、授業など身に入っておらず、終了の合図も聞こえてはいなかった。


「浅井くん」


 名を呼ばれ、兼続は声のした方へと視線を向けた。確認するまでもなく、そこには一花の姿があった。


 何か用かと訊くのもわざとらしい気がして、兼続は一花の出方を待つ。朝、『また後で』と言った意味は昨日の発言に対しての答えを希望しているのか、それとも他に用事があるのか、逸る鼓動と共に一花の口が言葉を紡ぐのを黙って見つめ続けた。


「お昼、一緒に食べても良い?」


「え? あ、うん」


 小首を傾げながら視線を向ける一花に、兼続は思わず了承の返事をする。


「ありがとー」


 嬉しそうに一花は礼を述べた。


「ねえ。天気が良いから、外で食べない?」

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