第9話 9

 兼続の問いに、一花は無言で俯いた。


「俺、可愛いの?」


 再び、兼続の質問に一花が頷く。信じられないという表情を浮かべたまま、兼続は黙り込んだ。


「だから、誰かに先を越される前にと思ったんだけど……」


 不安を浮かべた表情と視線を、一花は金つげへと向けた。


「あ、俺……。本当に今までこういうのって無かったから、よく分かんなくて……」


 一花の言葉にどう応えてよいのか分からず、兼続は悩む。クラスメートとはいえ、昨日までは特に意識したこともない相手である。とはいえ、昨日の発言が頭から離れず、一花が気になる存在に成っている事は間違いなかった。


「ごめんなさい。突然だったから浅井くん困ったよね……。」


 落ち込んだ声音と共に少し視線を反らした後、一花は僅かに顔を伏せる。


「あ、いや、別に困ってないし……っていうか、嬉しい……」


 困っていないというのは多少嘘になるが、嬉しいというのは本当である。だが、それが恋愛感情なのかどうかは、兼続には判断出来なかった。上がりっぱなしの体温と早鐘を打つ鼓動が、兼続の思考を鈍らせたのだ。


「ありがとう」


 嬉しそうな笑みを浮かべ、一花が礼を述べた。その様子に、原価だと思っていた兼続の心臓が更に跳ね上がった。


 


 六時間目の終わりを知らせるチャイムが、どこか遠くで響いているような感じで兼続の耳に届いた。昼休み、ハッキリとはせずに何となくそのまま終わりを迎えてしまったが、あれは一花の告白を了承したということになるのか、それとも違うのか曖昧な状況に兼続は悩み続けていた。


 放課後、一花に確認を取るべきなのか、それともこのまま様子を見て判断するべきなのか、この様な事柄に対しての経験値が全くない兼続には難しい問題であった。


 思考を遮るかのように自分を呼ぶ声が聞こえ、兼続は視線をそちらへと向ける。心配そうに覗き込む一花の表情がいきなり視界に現れ、兼続は思わず椅子から落ちそうになるほど驚いた。


「浅井くん? 大丈夫?」


「あ、うん」


 慌てて体勢を立て直すと立ち上がり、兼続は一花に返事をする。それを聞くと一花は安堵の表情の後、に笑みを浮かべた。兼続は辺りを見回し、教室内の生徒が減っていることに気が付き首を傾げた。


「あれ? 授業は?」


「終わったよ。ホームルームもさっき終わったよ」


 不思議そうに辺りを見回す兼続に、一花は少し悪戯っぽい表情と声音で答える。


「え? 嘘!」


「ホント」

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