第11話 女神保障
みんなが僕の顔をじっと見ている。川遊びの許可を待っている。
エーヨだけが不満気味だったが、リズが背後から近付いて黒縁メガネを外す。
普段は決して笑わない仏頂面なエーヨだけど、メガネを外すと人が変わる。
手にしていたマグカップを落とし、紅茶をこぼす。そして笑う。
「ふふふっ。おっかしぃ。シミになっちゃうから洗わないと!」
見た目は王国一だが、笑い上戸でドジっ子で、視力がアレだ。
エーヨはハーツから水着を受け取ると、茂みの奥に消えていく。
戻ったときには着替え終えている。僕以外の川遊び反対派が絶滅した瞬間だ。
「ふふふっ。どうですか、トール殿下? もう、一緒に泳ぐしかないでしょう」
自慢げに振る舞う水着姿のエーヨ。見せびらかしたいのだろうか。
僕は背後からしか見ていない。だってエーヨが見せびらかしている相手は木。
エーヨは1本の木を僕だと勘違いしているようだ。なんて近眼ドジっ子だ……。
みんなが僕の顔を改めてじっと見ている。懇願の表情だ。
まったりのんびりタイムの確保以外に、僕が反対する理由はどこにもない。
それに、旅の序盤でみんなと親睦がはかれるのはいいことだ!
そうだよ。みんな、こんなときのために頑張ったんじゃないか!
チャッチャやハーツやエーヨも。キャスだって!
最初から答えは決まっていた! それなのに僕ったら……。
「いやっ、ダメだ! 旅を急がないと、日が暮れてしまう」
川遊びなんかはじめたら、1時間では済まないだろう。
後片付けの時間も合わせれば、相当なロスタイムだ!
まったりのんびりするだけなら、30分でもいい。
一時の感傷で旅の予定を繰り下げるなんて愚の骨頂だ。
「そんな心配は無用よ!」
と、力強く言い放ったのは、リサ。続けて。
「さっき結界を張ったから、時間が止まってるもの!」
はいっ? リサったら、何をおっしゃいますのやら。
結界って、聖域と俗域の境目ってこと? 時間が止まるって?
「賊や獣、魔物の類は侵入できないし、結界内は無事故保障よ!」
シャノーレ様も……女神って、すっげー便利!
だけどそんな不確かな情報、認められない。結界の存在なんて、認めない!
「あー、食事も全員で同時に楽しめますね、立食にすれば!」
それは魅力的だ。
交代で食事にすると、誰かを待たせるわけだ。それはとっても気を使う。
エミーの言うように全員で同時に食事にすれば、待たせなくって済む。
気を使わずに済む。最高じゃないか!
でもそれだと、結界の存在を認めることになる。
そうなれば、自然に川遊びも肯定することになってしまう。
「それではーっ。食後はみんなで川遊び。ということで、いいですよねぇ!」
猊下が決断を迫る。その背後でみんなが僕を威圧する。
1本の木に頭を下げて謝っているエーヨ以外は。
「わっ、分かったよ。こうなったら気の済むまでとことん楽しもう!」
みんながよろこぶなら、それでよし。
僕のまったりのんびりライフが遠のくのは致し方ない。
食事の席ではみんなとはなすと決めていた。
でもまさか、みんな食事前に着替えるだなんて、困ったものだ。
僕の……目のやり場に……。
「先に着替えないと、つい食べ過ぎてしまうんですよ」
リズにしては女の子らしい理由だ。
脱いだらすごいリズだけど、水着さえ着ていれば大したことない。
目のやり場に困らない唯一の存在かもしれない。
「ふふふっ。トール殿下がロリってうわさ、本当なんですね」
と言って僕を揶揄うのはメガネを外したエーヨ。
こちらは目のやり場に困る第1位と言っていい。
黒縁メガネをかけてくれれば困らないのに。
「そんなことあらへんよ。トールはうちに夢中なんやから」
ハッ、ハーツ! そんなにくっつくなーっ。やわらかいじゃないかーっ。
1位が増えるのも困るし!
「おっ、おい。トール殿。美少女の独り占めはじゅるいじょ」
よだれさえなければ、チャッチャだって1位級。
そういえばリズはチャッチャとハーツとエーヨの実家に支えていたんだっけ。
その3人娘が揃ってリズを畏怖しているフシがある。
それほどまでに、リズは脱いだらすごい、すご過ぎる。
騒がしいのは好きじゃないから、4人からそっと離れてみた。
それで気付いたんだけど、どこも似たり寄ったりのようだ。
静かにしているのはエミーくらい。朝からずっと気になっていることもある。
だから近付いていき、聞いてみることにする。
「ねぇ、エミーと猊下って……」
「……あー、最高司祭は私の姉です」
僕の言葉を遮ってまで、またわけの分からないこと……でもないか。
いつもはわけの分からないことを言うから、つい疑ってしまったが、
他人というよりは、姉妹だって言われた方が、合点がいく。
容姿がそっくりなのも、今朝のやりとりも。ただ、少し意外だった。
あっさり認めることが。
人の言葉を神に伝える最高司祭、神の言葉を人に伝える巫女。
猊下の現職とエミーの元職は表裏一体と言っていい。
僕の中で2人への興味がさらに広がった。
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