第19話 どこぞの◯◯

 外へ出る。太陽が動き出す。速い! 通常の100倍近い速度だ。

雲間から漏れる光の強弱、樹木が作る影の向きと長さ、太陽そのものの位置。

陽光の織りなす景色がどんどん変わる様は、まさに絶景というに相応しい。


 太陽が西の山脈の向こうに完全に沈むと、一瞬、漆黒の闇が訪れる。

その直ぐあとには東の山脈から、満月が太陽と同じ速度で登っていく。

耳の奥が掻きまわされるような不快感から頭痛を覚える。

リサもシャノーレも嘘ばっか。男の僕だって完全に酔わないわけじゃない。


 テントの中から『ヒックヒック』と力のないシャックリ声が聞こえる。

もしこれが酔いによるものだとすれば、女性には相当酷いな、とは思う。

その思いが僕を奮い立たせる。今、戦力たるのは僕だけだという自覚だ。

こうなったら獣でも魔物でも、何でもござれだ!




 僕は、馬車の影に陣取った。ここからだと、森の茂みがよく見える。

それでいて茂みからは暗がりで見えないはず。奇襲に備えるには最高だ!


 茂みは月明かりに照らされて白く輝いている。とても幻想的な景色だ。

万分の1に満たない確率を警戒して、素晴らしい景色を見逃すのは勿体ない。

僕は次第に、見張っているのがバカバカしくなってしまった。

そんなことより、今こそまったりのんびり過ごすべきじゃないだろうか。


 そう思ったのがいけないのか、馬車の先の茂みからガサゴソ音。

何かいるぞ。獣か? それとも魔物か? いやーな予感がする。

静かに抜剣。奇襲を警戒して低く構える。さぁ、いつでも来い、うさぎなら!


 ガサゴソ音は小刻みになってはしばらく止み、また小刻みに響く。

それを何度か繰り返しながら次第に大きくなる。緊張が高まり、手に汗を握る。


 しばらくするとガサゴソ音に別の音というか、声が混ざっているのに気付く。

『ヒック、ヒック』というシャックリ声。若い女性? 酔っている?

音源はあっちにフラフラ、こっちにフラフラと不規則に移動する。


 なんとも緊張感のない騒音に、僕は剣を納めて様子をみる。

そしてついに、シャックリ声の主がその姿を現す。ただし、うしろ姿だ。

靴は高いヒールなのに決して転倒しないあたり、履き慣れているようだ。

両脚は黒い網タイツを履いているせいか、カモシカのように細く長く見える。

月明かりに照らされたお尻の辺りには白い毛玉があって僕の眼を誘う。


 胴体部分は木の影でよく見えないが、頭上には2本の……耳?

ただし、本物ではない。よくある作り物、カチューシャタイプのうさみみだ!

 

 若い女性? 野良うさぎ? いや、バニーガールだ! と言いたいが、違う。

眼を凝らすと、細くて白い華奢な背中がよく見える。あれ? 履いていない?

そう、バニーガールには必須の、バニースーツを履いていない。

つまり、上半身裸ってこと?


 僕は驚きのあまり後退り、そのときに小枝を踏んでしまう。

『ポキッ』という乾いた音に、上半身裸のバニーガールが振り向く。

目を虚に、頬を紅く染め、笑みを浮かべて、白銀色の長髪を靡かせて。

そして、ときどきシャックリ声を混ぜながら、ゆっくりした口調で言う。


「あーっ、おにぃーさーん。こんなところにいたーっ!」

 上半身裸のバニーガールはにぱっと笑い相変わらずの千鳥足で近付いてくる。

茂みを抜け出すと月明かりがその全身を露わにする。

細くて長い脚や華奢な背中からは想像できない大きな胸が、

その足取りに合わせて右に左に、上に下にと弾んでいる。


 間違いない! 近付いてくるのは、どこぞの女神だ!

その証拠に、僕は上半身裸のバニーガールを見れば見るほど視力を失っていく。

安全祈願のときにリサを見たときと同じ現象だ。

あのときはたしか、リサにタオルを差し出したんだ。


 そうだ、タオルだ。僕にはエミーに渡された大きめタオルがあるじゃないか!

僕は目を逸らし、左手に握られたタオルをどこぞの女神に差し出す。


「とっ、兎に角、これ」

「おにぃーさん、紳士ーっ。でも、だいじょーぶだよ!」

 僕が大丈夫じゃないのを分かって。女神の裸体は強烈過ぎて失明してしまう。


「いっ、いいから、使ってくださいっ!」

「でもぉ、こーすれば、タオルは使わなくっても、へーきっ」

 どこぞの女神はそう言いながら、僕に抱きついてきた。

いやでも胸のボリュームを感じてしまい、思わず息を呑む。


「……」

「ねぇっ、へーきでしょー。こーすれば、へーきでしょー」

 細い腕が僕の首から肩に巻き付く。頬と頬がしっとりとくっつく。

喉が乾く。カラカラになる。鼓動が速くなる。バクバクする。

何も言えない。何も考えられない。何もすることができない。


 でも、たしかに平気だ。僕の視界から、どこぞの女神はほとんど消えている。

唯一残っているのは、ときどき風に靡く長くてストレートな白銀色の髪だけ。

言葉も思考も行動も失った僕だけどどこぞの女神の存在を感じることができる。

それはとても暖かい、まったりのんびりとした雰囲気の存在だ。


「……」

「おにぃーさーん、あーったかーいっ」

 言ったきり、寝息をたてるどこぞの女神。僕はどうすればいいんだ……。

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西の館の第3王子はモテ期が来てもラブコメしないでまったりのんびりしたい 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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