第18話 最後のひとしごと!
すごい、すご過ぎる。テント内の至る所に乙女の花が咲いている。
まるで花園のようなその香りに、僕のテンションはあげあげだ。
僕だって歳頃の男。ここにいる誰かと何かが起こっても、なんの不思議はない。
パジャマパーティーに招待されれば、据え膳は堂々いただく所存にございます!
いや、しかし。これは罠に違いない。それが違和感の正体。
今までの上げては叩き落とすの繰り返しを思えば明白だ。
慎重に行動しなくては、あとでしっぺ返しが待っている。
そしてそのしっぺ返しは、高く登れば登るほど深くなる。
今回は、かなりの落差を覚悟しないといけない状況だ。
さて、どこで寝れば怒られなくて済むだろう。
タオルの端を握り締めてダメージの少なそうなところを探してそぞろ歩く。
テントの1番奥で手を振っているのはリサ。その横にはシャノーレ。
「おーい、トールくーん! こっちこっちーっ!」
女神だけに上座ということか。
呼ばれたのでは仕方ない。何より落差が怖いが、言われた通りにする。
「いいんですかね? 僕なんかがこんなに奥に入っても」
どうしても、何かあるんじゃないかと疑ってしまう。
リサもシャノーレもそんな僕の表情を見て楽しんでいるようだ。
2柱して笑いながら、僕を揶揄う。
「いいんじゃないの? みんなトールくんについてきているんだもの」
「奥まで入った方が、きっと夜も退屈しないだろうなって!」
「シャノーレ、言い方……」
僕には、そんなテクニックはない……たぶん……あればいいけど……。
「でも、本当のことよ。今日だって本当に楽しかったわ!」
「幸せだったなーっ、トールくんに全身をオイルで塗ってもらえて」
「ぼっ、僕は辛かったですよ。足を攣ったり……」
危うく溺れるところだった。2柱は見ているだけで助けてくれなかった。
「いいじゃないの、足くらい。女神保障だってあるんだし」
「そうそう。とてもいいラッキースケベだったでしょう」
「そんな呑気な! 本当に苦しかったんですよ、溺れそうで!」
何度も水を飲んだのを今でも覚えている。
「あら、溺れそうだなんて、眠る前に水のはなしは禁物よ」
「そうそう。お漏らししちゃうわよ……って、一体、何を漏らすのかしらっ!」
「ももも、漏らしませんよ!」
揶揄うのもいい加減にしてほしい。特にシャノーレ。
恋愛の女神が聞いて呆れる。もっとプラトニックな愛を提供してほしい。
そう思った矢先に、今度は2柱とも険しい顔になる。
「じゃあ、トールくん。こっからが本題よ」
「この場所は覚えたかしら?」
「…………」
どういうことだ? 急展開についていけず、何も言えない。
揶揄われるのはいやだけど、本当はシリアスな話題もお断り。
僕が求めているのは、まったりのんびりタイムだけなのに。
「問題は、1度結界を解かないといけないってこと」
「時を進めたら数分後にはまた結界を張るから、夜も安心なんだけど……」
「……結界を解いている数分間、外敵から襲われないようにしないといけない!」
聞いたことがある。結界の張り直しは危険が伴うって。
結界による正のパワーが負のパワーを持つ魔物を引き寄せてしまう。
魔物は結界を張っている間は入って来れないけど、解いた瞬間に襲ってくる。
女神パワーの結界なら、張り直し時の危険も大きいだろう。
つまり、数分間は誰かが見張りをしないといけない。でも、何でそれが僕?
「はなしがはやくて助かるわ。でも、それだけじゃないの。時空酔いよ!」
「急に時を進めると、女性はみんなお酒に酔ったようになるの」
「…………」
時が止まるの自体が初体験だったけど、時空酔いなんて初耳だ。
お酒に酔うと人が変わるってこともあるらしい。その変化は様々。
泣き上戸に笑い上戸、怒り上戸に機嫌上戸なんてのもある。
「でも不思議なことに、男性は酔わない」
「実のところ時を司る女神キャヌーの悪戯なのよ」
「…………」
女神キャヌーが悪戯好きっていうのは聞いたことがある。
自身の領分である時の流れに干渉された仕返しに悪戯する。
っていうのは僕なりに納得できる。
「数分間とはいえトールくんを危険に晒すことになる」
「本当に申し訳ないとは思うけど、しかたないんだ」
「……分かりました」
ここは男として、その役割を果たすしかない。
今、ここに、男は僕だけなんだから。
たとえどんなに危険だろうとも、僕にしかできない。
魔物が襲ってくるって決まったわけじゃないけれど。
「じゃあ、テントの外、よろしく」
「しっかり見張っててね。襲われないようにね」
「僕にだって腕に覚えがありますから!」
こうして、僕はひとりでテントの外に向かった。その途中。
「あー、これ。忘れないでください」
「タオル?」
しかも大きめだ。そういえばさっきも僕にタオルを渡してくれた。
そのあと直ぐに身体を拭うのに使って放っておいたんだ。
エミーのことだから説明を聞いても分からないだろう。
そんなことは百も承知だけど、聞かずにはいられなかった。
「何で? 普通は松明とかじゃないの?」
「あー、今日は満月です」
エミーにしてはまともな答えだった。
松明は不要のようだ。タオルの使い道は謎のままだけど。
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