第4話 ペチペチとむぎゅむぎゅ

 さっきの夢の続きが観たい! ムフフな女子とのひとときを過ごしたい。

ビーチでまったりのんびりなんて、どうせ現実にはあり得ない。

しかも、いつもと違い従順な猊下が一緒だなんて、最高だ!

最高なのは夢の中の猊下であって、現実ではない。

できることなら、ずっと夢の中にいたい。


 そんな僕の願望にはお構いなしに、師匠が言う。


「旅の途中、くれぐれもテントには気をつけるんじゃぞー!」

 テントに気を付けるって、どういう状況?

リーフ島は遠い。何日も馬車に乗り、そこからさらに船で移動する。

野宿のためにテントを張ることもあるだろう。気を付けるのはそのとき?


「分かりました、テントには気を付けます!」

「旅はもうはじまっておるぞーっ! 気を付けるんじゃぞーっ」

 それを最後に、師匠の声が聞こえなくなり、周囲がだんだん暗くなる。

残念ながら、夢の続きはおあずけだ……短い夢だった。


 でも、僕はリーフ島へ遊びに行くわけじゃない!

折角手に入れた領地。新米領主の僕にだって何かできることがあるはずだ。

雑念を捨てて、仕事に励むと決める。ビビっていてもはじまらない。

これから先、僕は領主としてずっと上を向いて頑張る覚悟だ!

いつの日か、心からまったりのんびり過ごすそのときまで!




「トール殿下、トール殿下……」

 猊下の声に普通に起こされる。それは、とても幸せなことに思えた。

無理にむぎゅむぎゅとかペチペチとか要らない気がする。

こうして毎朝、猊下が僕の横で囀ってくれれば、それだけでいい。


 視界には天井。僕は仰向けに寝ている。

猊下の声が聞こえる右側に目を向けようとすると……。


「いいむぎゅむぎゅができるブラジャーを着用した場合、いきまーす!」

 ヘレン、そんなに高らかに宣言しなくってもいいのに。

相変わらずの速攻だなって思っていると、直ぐに視界がゼロになる。

むぎゅむぎゅは、もう、はじまっている。


 ブラを着けてのむぎゅむぎゅは、さっき同様にやわらかく、気密性が高い。

はっきり言って、甲乙付け難い。僕調べでは、いいむぎゅむぎゅだ。

本当にブラジャーを着用しているのだろうか? と、疑いの目を向けてしまう。

でも今の僕は、視界がゼロだった。


「お具合はいかがですか?」

 余裕たっぷりの猊下の声が聞こえる。

『とてもいいむぎゅむぎゅです』と口にしたが、伝わっていない。

ヘレンの胸が邪魔で、声にならないからだ。

でも、僕ののどやくちびるの振動は、直にヘレンの胸を震わせた。


「あん、ご、ご主人様ったら……くすぐったいですよ」

 言いながら身体を小刻みに揺するヘレン。

今度はその振動が僕の顔面に伝わり、熱くする。


「ヘレン、いつまでもむぎゅむぎゅしているからよ」

 至極まともなことを言う猊下。ヘレンがむぎゅむぎゅを止める。

それでも僕の視界に天井は戻らない。ヘレンが心配そうに僕を見ている。

ドアップだ。ヘレンは行動がアレだけど、その見た目はいい。

じっと見つめられては、こっちが恥ずかしくなってしまう。


「と、とてもいいむぎゅむぎゅでした」

 と、蚊の鳴くような声で言う。ヘレンの表情が心配から歓喜へと変わる。

素早く立ち上がり、右側にいる猊下に抱きつく。


「やっ、やりましたよ。猊下!」

「えぇ、おめでとう。おめでとう、ヘレン!」

 何がめでたいのかは今ひとつ分からないが、

抱き合う2人に視線を移し、びっくりした!

猊下は、上半身裸じゃないかーっ!

これは、目のやり場がない。どーしよう、どーしよう、どーしよーっ!


「ヘレン、もういいでしょう。抱擁を解きなさいな」

「あっ、あぁ。そうですね。急に抱きついて御免なさい」

 2人が離れる。その一瞬前に、僕は視線を天井に定めた。




 ところで……気になるから一応訊いてみることにした。

ペチペチについてだ。答えてくれたのはヘレン。


「ペチペチはどんなときにするの?」

「それは簡単です。ケダモノには頭をペチペチです!」

 なんだって! 主人をケダモノ扱いだなんて、さすがに酷過ぎる。

ヘレンはちょっと見た目がいいからって調子に乗っている。

僕だって、僕なりに上を向いて頑張っているんだ。


 文句の1つも言ってやろうと思っていると、横から猊下。ヘレンが口答え。


「ヘレン、さすがにケダモノはかわいそうですよ」

「ですが猊下、朝からテントを張るのはケダモノですよね!」

 テント? 夢の中での師匠の言葉を思い出す。

まだ旅立ってはいないし、さすがにそんなものは……。


 はっ、しまった!


 上を向いて頑張ろうと決めた僕だけど……。

上を向いてはいけないところが向いていたようだ。

慌てて両手で抑え隠すが遅過ぎ。2人にしっかり見られたあとだった。


「なるほど。たしかにトール殿下はケダモノですね」

 御免なさい、御免なさい、御免なさーいっ!


「ええ。ですから朝一番には頭にペチペチをしました!」

 されました。それはそれで、僕の自尊心を刺激した。


「ヘレン、貴女は何か勘違いしてますよ」

 猊下がそう言うと、ヘレンは斜め上を向く仕草で考え、ある結論に達した。


「いっけない。頭って、テントの頭のことでした。ペチペチし直しますねっ!」

 ヘレン、今、なんて言った? テントの頭をペチペチって?

んーなことされたら、健全なる童貞男子はヴォルケーノだ。

やめろーっ! 絶対にやめるんだーっ!


 ヘレンが迫る!

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