第12話 束の間

 エミーと猊下。2人の関係についてもっと知りたい。

そんな思いを強めた僕は、エミーに聞いてみることにした。


「エミーは猊下と一緒に仕事をしたことはあるの?」

「あー、何度も。最高司祭が粘土を開発するまでは」

 粘土。そういえば、今朝の安全祈願のときに猊下が使ってた。


2柱にとっても、巫女ではなく粘土に宿る方が居心地がいいらしい。

宿主が巫女だと、どうしても巫女個人の意識が混ざってしまう。

神が巫女の意識に強く抗うと、巫女の意識を崩壊させかねない。

神と巫女。粘土は双方の負担を軽減する世紀の大発明だ。


 問題もある。粘土が出回って以来、巫女の多くが仕事を奪われたとも聞く。

元巫女の中には粘土を開発した猊下を目の敵にしている輩もいるらしい。

エミーは猊下を恨んでいるのだろうか。だったらイヤだな。


 エミーは猊下の開発した粘土のことをどう思っているのか。

2人の関係を掴むには、避けては通れないことだと思う。


「猊下の開発はアレなものが多いけど、粘土はすごいよね」

 しれーっと聞いてみる。

粘土に対してどう思っているかは、エミーが猊下をどう思っているかの鏡。

そんな気がしたから。


 エミーの表情は変わらないけど、わずかに声色を明るくする。


「あー、本当にすごい。リサもシャノーレもノリノリ」

 エミーの粘土に対する感想は、少なくとも否定的ではない。

どちらかというと神寄りの感想ではあるが。

それがエミーの優しさなんだと思う。


「うん。元気過ぎて調子に乗ってるよね」

「あー、2柱は元々、お調子者です」

 エミーの極めて冷静な分析だ。


「詳しいんだね」

「あー、元主人で、何度も宿っていただいていますから」

 丁寧な言いまわし。エミーは冷静。だったらもう1歩踏み込もう。


「猊下を恨んでいる巫女もいるって聞くけど、エミーは?」

「あー、最高司祭は失業した巫女を司祭として雇用しています」

 ちょっとはぐらかされたような物言いが、かえってエミーらしい。

それがおかしくって、つい笑ってしまう。


「あははっ」

「あー、何か、おかしいことでもありますか?」

 真顔で言われる。気を悪くした様子ではないが。

エミーと猊下は仲が悪い。そんな心配をして損をした。


「いやね、エミーと猊下って随分と仲が……」

「……あー、姉妹ですから、人並みに喧嘩もします……」

 でしょうね。僕だって長兄や次兄とはよく喧嘩をした。

ただし、最後は仲直りというのが鉄則だ、うんうん。


「……あー、ですが、人並みに仲良しでもあります」

 付け足すように言われたが、真っ赤な嘘ではないと信じられる。

猊下が2柱と一緒に遠くから手を振ってエミーを呼んでいるのが証拠だ。


「うん、そうだね。兄弟も姉妹も仲良しじゃないとね!」

「あー、では最高司祭のところへ行ってきます」

 そう言って一礼し、立ち去るエミーのうしろ姿は、いつになく明るい。


 合流したエミー。その口に猊下が果物を運ぶと、エミーがそれをついばむ。

今度はエミーが猊下の口に果物を運び、猊下がついばむ。『姉妹あーん』だ。

リサとシャノーレが2人にあーんをせがむ。2人が2柱にあーんしてあげる。


 と、見せかけて……エミーは猊下の、猊下はエミーの口に果物を放り込む。

2柱がぶーたれる。ころころと笑う猊下に、無表情のままのエミー。


 これだよ、これこれ! 僕が待ち望んだ光景だ!

幸せそうなみんなを、ただただ眺めるだけの時間。

しばらくはまったりのんびりと、それを眺めると決める。


 その瞬間。


「ご主人様、お願いがあるんですが!」

 と、ややこしいのが来た。ヘレンだ。そわそわと恥ずかしげだ。




 ヘレンは後ろ手に何かの大瓶を携えている。

隠しているつもりだろうが、丸見えだ。

身体が細くて大瓶だとどうしたってはみ出してしまう。


「なんだい? そんなにあらたまって」

 どうせ『ジュースで乾杯したい』とか、そんなことだろう。

ヘレンはまだ11歳だし、主人としてその願いを叶えるのもいい。

本当はもう少しエミーと猊下をまったりのんびり眺めていたいけど。


「はいっ。こっ……これを塗ってほしいのです!」

 こっ、これは! 


 ヘレンが差し出したのは、ジュースではなかった。

瓶詰めの日焼け止めだ。まだ日焼けを気にする歳ではないだろうに。

困惑と動揺からたじろいでいると……ヘレンの背後にきれいな列ができている!


「どどど、どうしてそんなものを持っているんだ?」

「だって南の島に行くんですよ。レディーの必需品です」

 言い切った。レディーって言い切った。

たしかに見た目はレディーで通る。でもヘレンはまだ11歳。

どうしたって保護者目線で見てしまい、断れない。


「わっ分かったよ。塗るよ。塗らせてもらうよ」

 ヘレンが小さくガッツポーズする。それは次々に背後へと伝播する。

これでもう、みんなに日焼け止めを塗らないとおさまらない。

どうやら、僕のまったりのんびりタイムは、束の間に終わりを迎えたようだ。

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