第13話 背中クリーム

 ヘレンはタオルの上にうつ伏せになり、器用に後ろ手にトップスの紐を解く。

なんて格好なんだ! それに、背中全体は本当に透き通っているように白い。

普段服に隠れている部分と露出している部分の違いがはっきりと分かる。

ヘレンの背中にクリームを垂らしても、見分けがつかないほどだ。


「ひやっ! ご主人様、冷たいですよぉーっ」

 そのうえ、敏感のようだ。


「しょうがないだろう。我慢しろって」

 本当は、こっちの方がいろいろと我慢できない。


「はっ、はぁーいーっ」

「よしっ、いい子だ!」

 いざ、ヘレンの背に触れる。

すべすべなのはクリームのせいではない。ヘレンの肌の張りが強いから。

額が汗まみれになるのは緊張している証拠。気付かれないよう気をつける。

並んでいるリズに見られてるのが恥ずかしいが、今はヘレンに集中!


「そうやって子供扱いするの、やめてください。セクハラですよ」

「子供は、子供だろう。いい子は褒め言葉だぞ」

 いい子だから願いを叶えてあげるって決めたんだ!


 何度か擦り付けていると、ヘレンの背中が赤みを帯びてくる。

淡いオレンジとも薄いピンクともいえない天然色だ。

ちょっと力を加減しないと、アザになったら大変!


「そうですか。だったら前も塗ってくれますか?」

「冗談! そこは自分でできるでしょう」

 前といえば胸。ヘレンの体型は11歳離れしている。

絶対にムリだ! 手加減できる自信がない。


「だったらせめて、側面はお願いしますね」

「まっ、まぁ……いいだろう」

 側面はかなり際どい気もするが、クリームが少し余りそうなのもある。

ギリギリセーフということにする。兎に角、慎重に手を動かす。




 ヘレンの次はリズ、キャス、チャッチャと続く。

はじまりはいつも『ひやっ!』だ。

ちょっと揶揄うと、すごい剣幕で半身をよじり、僕を睨みつけてくる。


「ははっ。そんなに冷たい?」

「トットール、今、笑ったな! みみみ、未来の旦那とて、許さんぞ!」

 軍服の麗嬢と呼ばれるだけあり、絵画の世界から飛び出てきたように美しい。

少し紅色がさした頬、風に靡く黄金色の髪。つい、見惚れてしまう。

いつもは鋭い目付きが、このときは大きく開き、潤ませている。


 慌てて目を逸らし、少し下に向ける。それがいけない。

ドーンッと僕の目に飛び込んできたのは、チャッチャの胸。

丸さのある膨らみから、胸とそうでない部分の堺がはっきりと視認できる。


「ごごご、ごめん、ごめん。チャッチャ、姿勢直して!」

 そうしないと、全てが見えてしまいそうだ。


「トットール、今、見たな! みみみ、未来の旦那とて、未来の旦那とてーっ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいーっ!」


 チャッチャの姿勢が落ち着いたあと。


「でもちょっと意外だったな。チャッチャが並んでるんだもの」

 しかも4番目だ。相当に気合が入っているように思える。


「そっ、そうだろうか。私は、ルールや規則にはうるさいのだぞ」

「そうじゃなくって、隊やうちのメイドの誰かに頼むかと思ってたんだ」

 あるいは、僕に嫉妬して大暴れしているのをリズに止められる。

その方がありがち。宮殿舞踏会のときも再現道化の再現のときもそうだった。


 そんな腕っ節のいいチャッチャも背を見れば細く、触れればやわらかい。

電光石火の剣技を繰り出す筋肉はどこについているのか不思議だ。


「トールがいけないのだぞ、トールが」

「どうして? 僕の何が悪いんだい?」

 よく分からない。


「トールが、他の女子の背を摩っているのを黙って見てはいられないのだ。

いや、もっと単純に、私とて未来の旦那に背中を摩ってもらいたい……のだ」

 そう言うチャッチャの背中は、誰よりも紅潮するのが早い。

僕はまだ一擦りしかしていないのに、全体真っ赤に染まっている。




 5回目の『ひやっ!』はハーツ。ハスキーボイスがさらにハスキー。

今のだけで並の国なら傾いているかもしれない。傾国の美少女、恐るべし。

ハーカルス王国がいつまでも続くように、慎重にクリームを擦り付ける。


 そーっと、そーっとゆっくりと撫でるように塗る。

ここへきてペースが落ちたと思い焦ったのか、割り込んできたのが……。


「早くしてください。トール殿下、私にも塗ってくださいましーっ」

 猊下だ。見事な甘えっぷり。あれっ? この展開、夢で見た気がする。

夢の中ではたしか……割り込みを許さず、きっぱりとノーを突きつけた!


 よしっ、現実でも言ってやるーっ!


「ダメです。僕は猊下に触ることができません! 規則ですから」

「結界内は無礼講。この私にいくら触れても咎められませんよ」

 なぬ! 何というご都合主義だ。

念のため確認したくてリサを見る。リサの背中から長い翼が生えてくる。

両側にきれいな曲線を描き、大きな丸を作り出す。

でもリサ、そんなことのために翼を生やさないでくれ。


 何てこった! 猊下に触り放題だなんて、結界、スッゲーッ!

だが、ズルはズル。割り込みを許すわけにはいかない。


「でも猊下、順番ですよ順番。並んでください!」

 と、夢以上に男らしく言うと、猊下は渋々列に並んだ。

ずっとうつ伏せたままのハーツが言う。


「トール、うちを選んでくれたんやね! うち、幸せっ!」

 選んだつもりはないが、ハーツが幸せならそれでいい。

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