第6話 真剣勝負
安全祈願がはじまったというのに、肝心の女神の姿はどこにもない。
女神といっても本物ではなく、依り代となる巫女のことだ。
巫女は体内に神を宿す。故に儀式において巫女は神に等しく扱われる。
その巫女がどこにもいない。そんな安全祈願、単なる茶番じゃないか!
あるいは、昔取った杵柄で、エミーの出番か?
「あー、あの粘土が巫女なのです」
僕の直ぐ横にいるエミーが、またわけの分からないことを言う。
巫女になるには相応の素質と相応の鍛錬が必要とされるが、それだけではない。
神々は穢れを嫌う。清廉さをも持ち合わせていなければ、巫女にはなれない。
穢れを嫌う神々が粘土なんかに宿るはずはない。そんなことは僕にも分かる。
ところが。
「聡明なるリサ神よ、そこな粘土に宿られよーっ!」
猊下がそう言いながら、何かを粘土に振りかける。
すると、単なる粘土が形を変えはじめる。
気が付いたときには粘土は女神の姿となっていた……いたっー。
姿形ばかりではない。土全体がピカーッと光ったあとは、
その肌の色も、その髪の質感も、その目の輝きも……
ありとあらゆるものが完全無欠の女神様へと変わったーっ!
しっ、しかもフルヌード! これはーっ、女神だからセーフ、女神だからーっ!
人間じゃないからーっ!
女神ゆえの神々しさからか、凝視した僕の眼は次第に視力を失っていく。
バチだーっ。バチが当たったんだーっ! むしろアウトだーっ!
僕は、微かに残った視力で猊下を見た。
猊下はいつもの大人の余裕たっぷりの笑顔で不思議な呪文を唱える。
猊下の後方にいるのはヘレン。大きめタオルを手にしている。
それが、ヘレンの手を離れて飛んだ!
「あぁっ、大きめタオルがーっ!」
大きめタオルは猊下に吸い寄せられるようにして飛び、その手に収まる。
猊下はちょっと前まで粘土だったモノにそれを被せる。
気が付いたら服を着た女神がそこにいて、僕の視力は元に戻った。
大きめタオルが女神の力で服に変化したようだ。うん、これなら見ていられる。
「あー、もう少し遅かったらトール殿下は視力を失っていました」
それが、女神リサのフルヌードの破壊力……恐るべし!
見る男性の全てがその姿を目に焼き付けてしまい、挙句には視力を失うという。
それを防いでくれたのは猊下の能力だ。あれ? でも、おかしい。
「ヘレン、ありがとう」
と、猊下は言うけど、猊下がエミーから大きめタオルを受け取り、
最初から粘土にタオルを被せてれば、僕は一時とはいえ視力を失わずに済んだ。
そんな疑問を挟む余地はなく、猊下と女神の真剣勝負が開幕だ!
もはや、誰にも止められない! 見ているのが、精一杯。
いつも丁寧な口調の猊下が言葉を荒げてるのがその証拠。
「女神リサ。入浴とは余裕だな。危うく祭事の途中で死人がでるところだった」
「待たせ過ぎる猊下ちゃんが悪いのよ。お風呂くらい許してよ」
猊下ちゃんって、神の為せる技か? ではないだろうが神業なのは水鉄砲。
女神リサは入浴中に呼び出された腹癒せか、大量の水を猊下に向けて放つ。
猊下はひらりと避けるが、真後ろにいたヘレンにジャストミート!
「いやだぁ……びしょびしょじゃないのぉーっ!」
僕は手にしていたタオルをびしょ濡れのヘレンに渡した。
はなしは、猊下と女神の真剣勝負に戻る。
「多少待ったとて、永久を生きる女神には問題ないのでは?」
「まぁ、そーだけど。だってこの館の主人って男の子でしょう!」
女神リサはそう言いながら僕にウインクを飛ばす。惚れてまうやろーっ!
「さては、あわよくばこの館の主人の視力を奪おうとしたのではないか?」
「そうね。でもそんなの、あわよくば、としか思ってないわ」
こっ、怖い。この人、じゃない女神は僕の視力を狙っている!
『ついうっかりやっちゃいましたーっ。てへぺろっ!』とか言いそう。
「さすがにめざといな。だが、ここ西の館の主人はダメだ。ヘタレ過ぎる」
酷い。猊下、酷過ぎる! たしかに僕はヘタレですけど……。
「あらっ、そうなのかしら。だったらここを守護する価値もないわね」
「たしかに、現状は何の価値もない。西の館にも、その主人にも」
はい。僕には何の価値もありませーん。
「最初から交渉なんて不要じゃない。この館ごと吹き飛ばしてあげるわ」
「それで、いいんだな。もう2度とリーフ島へは行けなくなるぞ!」
リーフ島……だと? 僕の領地じゃないか! これから向かうところだ。
「でも、リーフ島って今は寂れてるんでしょう?」
えっ、そーなの? ベリベリグーなリゾートアイランドじゃないの?
師匠はそう言ってたけど、違うのか?
「だからこそだ。リーフ島を再建できるのは、トール殿下のみ!」
「トール……なるほどそれが猊下ちゃんの切り札ね、面白い。で、条件は?」
えっ? 僕が切り札って、どゆこと?
「西の館の改修工事の守護、期間は4ヶ月。それと」
「まだあるの? 守護って休めないからメンドーなのよ!」
女神がため息を吐く。
「まぁ、そう億劫がるな。もう1つはリーフ島への旅の安全だ」
「旅の安全って! そっちの方が何倍も難しいわ」
「なるほど、名ばかりの女神だけあって、無理ということか」
「誰も無理だなんて言ってないわよ。いいわ。やるわよ!」
こうして、交渉は成立。安全祈願は終了した。
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