第7話 出発!

 さすがは辣腕の猊下。

あっという間に西の館の改修工事の安全を確保した。

それだけではない。リーフ島への旅の安全も含まれている。


「それでは、出発なのじゃーっ!」

 張り切っているのは猫谷組のアース、猫谷組の棟梁。


「おいおい、アースは西の館の改修工事があるんじゃないか?」

「何を言うのじゃ。そんなもの部下に任せれば充分なのじゃ」


「じゃあ、アースもリーフ島へ行くのかい?」

「もちのろん、なのじゃ」

 まぁ、工事の安全はリサ様が保証してくれるんだし、それでいいか。

いい雰囲気での出発の流れを切ってしまった。なんだか申し訳ない。


「では、参りましょう!」

 今度は猊下。ハイテンションなのはアース以上だ。


「げっ、猊下も行くんですか?」

「当たり前です。何もない空っぽの地域に産業をもたらすのです」

 空っぽというのはリーフ島のこと。

かつては知らない人のいないリゾートアイランドだったらしいが、

最近、というか200年前からは寂れているらしい。師匠の発言が謎だ。

 

 気が付けばこの旅、移動する距離も人数もかなりの規模になっていた。

僕にまったりのんびりする時間はあるだろうか。いささかの不安を覚える。


「ックション!」

 と、かわいいくしゃみはヘレン。

大きめタオルで身体は拭いたが、服がまだびしょびしょ。


「ヘレン、着替えてきなさい!」

「でも、直ぐに出発ですよね」


「そのくらいの時間はあるから、心配しないで着替えなさい」

「分かりました。ご主人様、くれぐれも乗る馬車は間違えないでくださいね」

 はい、はい。そんな間違え、しないよ。


 と、気楽にヘレンを見送ったあとになって思い出す。

あれ? 間違えるも何も、そもそも乗る馬車を聞いてない。

西の館の門前には豪華な2頭引き4人乗りの馬車がズラリ3台。

一体、どれに乗ればいいんだろう。


 馬車には普通、その家のエンブレムが掲げられる。

そうだ、エンブレムだ。エンブレムを見れば乗る馬車が分かる。

でも僕の家にはまだエンブレムがない。王家のエンブレムを勝手には使えない。

エンブレムのデザインはトーレにでも頼もうかな。


 などと考えているうちに、エミーと逸れてしまう。もはや頼る相手もいない。


「さて、本格的に困ったぞ。どの馬車に乗ればいいんだ」

 呟きながら先頭の馬車に近付く。そこにいたのは軍服の麗嬢チャッチャ。

掲げられているのは馬のエンブレム。イエスカーブ家の馬車で間違いない。


「トール殿、おはよう。どうだい、当家の馬車は?」

「おはよう、チャッチャ。サスペンション付きで豪華だね」


「旅の途中、賊が現れたら、即座に退治いたしますよ!」

「うん。近衛騎馬隊長のチャッチャが一緒で安心だよ。あははははっ」

 別の馬車に移動する。


 2両目。1両目と比べると豪華とは言い難いが、設備が充実している。

エンブレムに頼らずとも、誰の馬車かは一目瞭然だ。エーヨの馬車だ。

名より実を取るのは、鉱工業と商業で成功しているオートスリア家らしい。

近付かない方がよかったかもしれない。


「あら、朝から読書の邪魔をしにきたのかしら?」

 案の定、仏頂面のエーヨの洗礼を受ける。


「ご挨拶だなぁ。そんなこと、したことないだろう」

「どの面下げて言うのかしら。お粥さんを出されたときにはびっくりしたわ」

 これだけの悪態をついていながら、本を読む手を緩めない。

呆れるのを通り越して尊敬さえする。羨ましくもある。


「あれは、君のご両親に頼まれて、しかたなかったんだって」

 言ったところで許してはくれない。相当恨まれているようだ。

これでも、条件付きながらゴガーツ家が再興したのに、

メイがエーヨ付きのメイドに戻り、多少は収まったが。


 3両目の馬車の豪華さはこれまでで1番!

ちょっと古めかしくてサスペンションはないようだけど情緒がある。

ついに、第3王子の僕にこそ相応しい馬車に巡り合えた!

と、思いきや……稲と小麦のエンブレム。

これはたしか、ドンスカター家のもの。


「トールやんか! おはようやで」

 3公女の中では唯一僕の味方だ。一緒に載せてくれたらうれしい。

愛想よく、元気に言う。


「ハーツ、おはよう」

「なんや、うちの馬車に猊下が乗るんであやかりにきたんか?」

 ドンスカター家は敬虔なるハーカルス教徒。

最高司祭だというだけでありがたがって迎える。

猊下は、見た目はいいけど開発がアレだというのに……。


「うーん、そうだね。あやかりたい、あやかりたい!」

 先約ありでは同乗の望みは薄い。

他に2人の人影も見える。きっと猊下の関係者なんだろう。

そのあとは適当にはなしを合わせながら、その場を離れた。


 結局、3両のどれも僕が乗る馬車ではなさそうだ。

じゃあ、一体、僕の乗る馬車はどこにあるんだ?


 途方に暮れていると、物陰から馬の嗎を聞く。

ペカリンだ! あの力強い嗎はペカリンで間違いない!

そうだよ。最初から馬を見れば、乗るべき馬車は分かったじゃないか!


 僕は、ペカリンの嗎が聞こえた物陰へと足を進めた。

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