第16話 まったりのんびりタイム
キャスとリズが迫ってくる。
ダメだ。このまま押し切られたらダメだ。
僕のまったりのんびりタイムがなくなってしまう。
「冗談。わざわざよじ登っといて飛び降りるなんて、無駄……」
でもないか。着水したときの爽快感は病み付きになる。
安全なら、みんなにも味わってもらいたい。でも、僕は必要?
「……僕を巻き込まないでくれ。1人で飛べばいい」
「ふふふっ。そうはいきませんよ……」
真っ向から僕を否定したのはエーヨ。
「……手を繋いでいるだけで、ドキドキが止まらないんですから!」
うっとりとした目で見つめているのは……僕ではなく樹木だった。
まるで人の手を取るように、木の枝を掴んでいる。
「兎に角、登った、登ったーっ!」
最後は女神たちに背中を押され、結局はみんなと飛び降りることになった。
よじ登って飛び降りるまではまだいいが、足を攣るから始末が悪い。
2柱を残して、僕は根を上げた。
「もう、いい加減にして。水中で足攣るとか、心臓に悪いよ」
「安心してください。私たち女神は大丈夫ですよ」
「粘土ですからねっ! 構造上、足を攣りません」
リサとシャノーレ。たしかに2柱なら安心。足を攣らないだろう。
だったら、あの病み付き爽快感を最後の最後に堪能しよう!
滝の上、僕と2柱。
「よしっ、飛び降りよう!」
「リサ、いきまーすっ!」
「シャノーレ、参るっ!」
こうして飛び降りた僕たちだけど……。
「おーっ、攣ってるぞ。攣ってるではないかーっ」
「なかなかの攣りっぷりやなぁ」
「ふふふっ。ぶくぶくと沈んでおりますわ、きっと」
「あー、でも大丈夫!」
「しーんぱーい、ないさーっ!」
「女神保障がありますもの!」
大丈夫じゃなーい。みんな見てないで助けろーっ。
足を攣らない女神に代わって、足を攣ったのは僕だった。
沈む身体を手だけで浮かせ、2柱に助けを求める。
「おっ……おい。リサ、シャノーレ……見てないで……助け……て……」
「それはできないわ。私たち、女神ですもの」
だったら余計だ。
「人を助けるのが女神の仕事じゃないのかーっ!」
「女神は自らを助るもののみを助、です」
ひどい。ひどい理屈だ。
とんだ仕打ちに、何とか自力で這い上がり、木に寄りかかった。
溺れて死ぬんじゃなかろうかという恐怖、誰も助けてくれなかった孤独。
こんなことならみんなを無視してまったりのんびりしとくんだったという後悔。
あらゆるマイナスの感情が僕を支配し、僕は自ら殻に閉じこもり、やさぐれた。
もう、死んでしまいたい。本当は領地も爵位も要らない。
婚約者もメイドも、女神の祝福や加護や保障も、何も要らない。
今、僕が欲しいのは、まったりのんびり過ごす時間だけなのに。
身も心もボロボロになって、僕の得たものは何なのだろうか。
そこへ……。
「トールくん、よく頑張りましたね」
「貴方は女神の助けを得るに値します」
今更、何を言うんだ。僕が本当に苦しいときには助けてくれなかったのに。
僕は女神から目を逸らし、身体を右によじる。その先には猊下とエミー。
「トール殿下、お疲れ様です!」
「あー、ご主人様。お休みください」
言われなくてもそうするさ。ただし、その顔を見たくはない。
僕は身体を反対側によじり2人に背を向けた。
「本当にボリョボリョににゃって!」
「それだけトールが頑張ったちゅうことやな」
チャッチャとハーツ。声をかけてくれてうれしい! と、言いたいが……。
今は独りになりたい。放っておいてほしい。
そうだ、旅がはじまる前に決めたじゃないか。上を向いて生きるって!
変に能動的にまったりのんびりしようとするからいけないんだ。
努力していれば、自然とそんなときもきっと巡ってくるだろう。
僕は、決意を新たに、拳を突き上げ、目を上に向けた。
「ようしっ、やる……ぞ……」
その視線の先にいたのがシャルとエーヨだった。
2人は木に登っていたようだ。
「ごごご主人様、やややっやるだなどと、昼間から言われましても……」
「ふふふっ。やっておしまいってことね」
シャルは何か勘違いしている。それはいつものこと。
問題はエーヨ。意味が全く分からない……。
兎に角、僕は囲まれている。
木を背にして3方に、ご丁寧に上を加えて。
「いいでしょう。久しぶりにやりましょう!」
「あー、やってしまいましす!」
「やるんやで!」
「ふふふっ。やりますわ!」
何がはじまるんだ?
エミーに手を取られ、用意された椅子に腰掛ける。背もたれはない。
だけどゆっくり背を倒すよう促される。言われた通りにするしかない。
今の僕はまな板の上の鯉、流れに身を任せると、覚悟を決めたばかり。
「あっ、あれれ? これ以上は倒れない……」
とてもやわらかくてあたたかい何かに当たり、寄りかかっている。
それが何かを想像するよりも早く、リサとシャノーレ。近い! かなり近い。
一体、何が起こっているんだ……。
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