E.p.3/地下道ー目覚める力

 カルバートハイウェイは東京の地下に張り巡らされた自動車専用の高速地下道である。

 警視庁の刑事・板木は息を飲んでオレンジ色の灯光に照らされたトンネルの奥を見つめていた。

 板木の背後からオートバイのエンジン音が段々と近づいてくる。 

 さっきまでの追っ手が追い付いてきたのだ。 

 板木は懐から熱戦拳銃を取り出して次郎を自分の背中に抱き寄せた。

 板木が目を凝らしたトンネルの奥には黒ずくめの女が天井から長い白髪を垂れ下げて蝙蝠の様に逆さになってぶら下がっていた。

 女の顔は青白く、唇と眼は血を塗り込めた様に赤い。

 「誰だ!お前は」

 板木の声がトンネルに響き渡る。

 女は黄色い笑いを響かせる。

 「私はカーミラ。そこの子を渡してもらえるかしら」

 「断る」

 板木が即座に断言した。

 「残念ね」

 そう言うとカーミラは天井から足を放して体をひねって体制を変えつつ蝙蝠の怪人へと変身した。

 体つきは女のそれではあるが黒くヌメヌメとした肌に割けたようにつり上がった口からは鋭い牙が覗いていた。

 蝙蝠女は両腕と一体になった皮膜のついた翼を外套をなびかせるようにして広げていた。

 板木は蝙蝠女の姿を見ると即座に熱線拳銃の引き金を引いた。

 蝙蝠女は体を少しだけ左に動かして熱線をかわした。

 蝙蝠女は素早く体制を変えて滑空して板木に急接近する。そして板木の目の前に降り立つと翼で板木の体を覆って板木の顔を覗き込むようにして自分の顔を近づけた。

 獣臭さが板木の鼻を突く。蝙蝠女の禍々しい顔を目にした板木は恐怖のあまりに目を大きく見開いて固唾を飲んだ。

 板木は背中に抱き寄せていた次郎の学ランを強く掴んだ。

 板木に応えるようにして次郎も板木のジャケットの裾を強く掴み返した。

 「さぁその少年を渡しなさい」

 しゃがれた声で蝙蝠女が言う。

 「断る。少なくとも貴様には渡さん」

 板木は声を上ずらせて言った。

 蝙蝠女は口をグワッと勢いよく開くと喉の奥を震わせて超音波を板木に向けて発した。

 板超音波を真っ正直から受けてしまった板木は言い知れようのない寒気と嘔吐感に襲われた。

 激しく強い動悸に襲われた板木は膝をついた。

 板木の意識が遠退き思考が混濁する。怪人への恐れが次第に強くなって板木は思わず藪から棒に熱線拳銃を乱射した。

 蝙蝠女は熱線をものともせずに板木へと歩みよった。

 「ほら、渡してしまいなさい」

 板木は荒い息を立て歯を食い縛りながら首を横にふった。

 「ならば狂いなさい」

 再び蝙蝠女が板木に超音波を浴びせた。

 「ァァァァァァァッ」

 板木の叫び声がカルバートハイウェイのトンネルに反響する。

 板木は苦痛に更なる苦痛を加えられついに正気を失ってしまった。

 彼はヒューヒューと荒い息をたてて蝙蝠女に飛びかかった。

 しかし蝙蝠女は板木のジャケットの襟をつかみ軽々と板木の体を放り投げてしまった。

 板木は地面に叩き付けられて嗚咽を漏らした。

 「板木さん」

 次郎が板木へと駆け寄った。

 しかし板木は次郎の声に反応すると短い悲鳴を上げて熱線拳銃の引き金を引いてしまった。

 次郎の足元に熱線が当たりコンクリートから白煙が立ち上る。

 「彼はすっかり狂ってしまったのよ。所詮は劣った人間。恐怖を前にして思考能力を取り戻せないとはね」

 蝙蝠女は板木を哀れむように見て侮蔑した。

 板木の心中には実体のない漠然とした恐怖で満ちていた。

 一つの音や視線に対して恐怖心が敏感に反応して自身を守ろうとしてすぐさま攻撃してしまう状態に陥っていた。

 (恐ろしい敵。あの怪人には全く歯が立たない。俺が何をしたって殺されてしまう。今朝の蜘蛛の怪物だってそうだ。俺は何もできない無力なヤツなんだ。結局は助ける立場ではないんだ)

 板木の心は蝙蝠女の超音波の効力で無力感と深く結び付いた恐怖で深く傷ついてしまっていた。

 蝙蝠女は更に追い討ちをかけて板木に超音波をあてる。

 板木は超音波を受けて激しく痙攣する。

 「さぁ・・・・・・その子を渡しなさい」

 蝙蝠女が板木に言う。

 板木は力のない足取りで次郎へと近づく。

 「板木さん!板木さん!」

 板木は次郎の呼び声に全く応じない。

 次郎は板木の顔をじっと見つめながら後退りしていた。

 板木の目には次郎の顔が緊張と恐怖で表固まっているのが確かに解っていた。

 しかし彼の体は一歩ずつ力なのない足取りで次郎へと近づいていた。

 なんと情けないことかと板木は思った。無力感にうちひしがれて守るべき相手を守れずにこのまま敵の良いようにされてしまうのが辛くて堪らなかった。

 板木は混濁とした意識の中で、嗚咽を漏らしながら熱線拳銃を持つ右手に意識を集中させた。

 右手は寒さに凍えるかの様にガクガクと不規則に震えながら動いて熱線拳銃の銃口を板木の喉元へと当てた。

 「ジ・・・・・・ロウ」

 板木の目に涙が溢れて流れた。

 次郎を守りきれない悔恨と自ら命を断つ狂気と覚悟が滲んだ涙が流れる。

 それは狂気に支配された板木の僅か一握りだけ残った信念の結晶でもあった。

 「板木さん!」

 次郎が頭を前のめりにして叫ぶ。

 板木が熱線拳銃の引き金を絞ろうとしたその時、板木の腕が滑らかに動いて熱線拳銃の銃口を蝙蝠女へと向けて、すかさず発砲した。

 蝙蝠女の右目眼を熱線が焼き抜く。

 蝙蝠女は不意に襲った痛みに驚き両腕で右目を覆った。

 そして、その拍子に板木にかけていた催眠音波のコントロールを解除してしまった。

 力強い佇まいで蝙蝠女に板木は銃口を向けていた。

 「貴様、意識はとうに消えていた筈だろう」

 蝙蝠女が悶えながら言う。

 「人間の意志は決して消えたりはしない」

  どこからともなく快活な男の声がカルバートハイウェイのトンネルに響く。

 追撃してきた蝙蝠女の部下の乗ったバイク追い付いて、板木達の背後で停止した。  バイクのヘッドライトに板木が照らされて影が濃く足元に写る。

 そして、その板木の影が水面に波打つ様に揺らめいて影の中央が盛り上がり、一人の気障りな出で立ちの男が姿を現した。

 男は黒いハット帽を被り、革のチョッキとジャケット着て裾の広いパンツとローカットのウェスタンブーツを履いていて、シャツはサテン地で赤く煌めき、白いスカーフとグローブと派手なカウボーイの様な気障りな出で立ちをしていた。

 「よく耐えてくれた板木」

 気障りな男、一久が言う。

 「お前、ずっと俺の影に」

 板木が掠れた声で言う。

 「あぁ、屋敷を出てからずっとな」

 一久が答えた。

 板木は一久が自分の影に入り込んでいたのを知ると無意識のうちにスリップした車の建て直しをしたり、蝙蝠女に銃撃したりしたのも一久の力によるものだと理解した。

 「ほぉ、護衛がついているとは思っていたがフラッカーズがご登場とはね」

 蝙蝠女が一久を指して言う。

 「しかし、こんな中途半端な所ででてきて良かったのかい」

 蝙蝠女が嘲る。

 一久は蝙蝠をしたり顔で見据えて不適に一笑した。

 「俺の本来の任務は敵の素性を掴むことと板木と次郎の護衛だ。二人を囮にしてアジトに案内してもらおうと思っていたが、だがどうだ、こうも滾る様を見せられちゃ出てこない訳にはいかないだろうよ!」

 一久は鋭い目付きで蝙蝠女を見据えながら言った。

 「ならば、そのいらない義侠心のために死にな!」

 蝙蝠女が言いはなつと、一久達の背後にいた配下の黒ずくめの男二人が次郎と板木に飛びかかった。

 一久は素早く腰のホルスターからシルバーメタルのレーザーガンを抜くと瞬く間もなく二人の黒ずくめの男の太股を撃ち抜いて行動を封じた。

 蝙蝠女の部下は太股を押さえなが身震いをすると蝙蝠と人間の合の子の様な怪物の姿へと変身した。

 蝙蝠女とその部下は素早く飛び上がると滞空し、一久や板木へと襲いかかった。

 一久のレーザーガンの銃口からチッチッと小さな光か漏れる。

 その閃光はレーザーの瞬きである。

 一久のレーザーガンは一弾指規格で、出力によっては容易に一秒以下の時間で人体に一兆度以上の熱量を与える事ができる性能がある。

 蝙蝠女とその部下はレーザー光を胸や足に受けて、焦げた肉の匂おいと細い白煙を漂わせて空中でギイと鳴き声をあげて悶えた。

 しかし、蝙蝠女とその部下は翼を器用羽ばたかせて体制を直ぐに立て直し再び次郎と板木へと襲いかかった。

 一久は駆けながら手近の蝙蝠女の部下をレーザーガンで銃撃して牽制し、次郎から引き離した。

 一久がは手早くレーザーガンの銃口を蝙蝠女へと向ける。

 その瞬間、サイト越しに一久の目に写ったのは真っ赤な大口を開いた蝙蝠女の姿であった。

 蝙蝠女は喉の奥の超音波発生装置を振るわせた。

 一久は至近距離で蝙蝠女の超音波を浴びてしまった。

 一久は呻きながらオーラをまとめあげてシールドを張り身を守った。しかし、蝙蝠女から受けた体の内部のダメージはひどく、脳の血管が激しく脈打つ刺々しい痛みと激しく重たい動悸が一久を痛め付けていた。

 蝙蝠女がギィギィと鳴き声をあげて部下に号令を出す。

 蝙蝠女の部下は一久の頭上を悠々と過ぎて板木と次郎に向かった。

 一久は額に大量の汗を滲ませながらレーザーガンのグリップを握り直した。そして、引き金を引き蝙蝠女の部下に向かって銃撃する。

 蝙蝠女の部下はレーザーをヒラリと飛んで交わしてから片割れが一久に向かって襲いかかった。

 一久はレーザーガンを構えるが視界がぼやけてしまう。

 一久の目は超音波のダメージのせいか目が霞んで蝙蝠女の部下への焦点が合わせられなくなっていた。

 その隙を蝙蝠女の部下は見逃さずに飛行しながら頭を一久の方へと向けると大口を開き、その奥の喉にある超音波発生装置を振るわせて一久に超音波を浴びせた。

 一久はオーラシールドで身を守るが、彼の気力はそれで精一杯であった。

 蝙蝠女とその部下の一体は悠々と板木と次郎へと接近して二人の頭上に滞空した。

 そして、蝙蝠女と蝙蝠女の部下は二人に催眠音波を浴びせようと大口を開いた。

 「ぬぅん!」

 一久がいきむと、彼のオーラは増大しオーラシールドが次郎と板木をシールドで保護できるほどに膨張した。

 蝙蝠女と蝙蝠の部下は一久のオーラシールドに超音波を浴びせる。

 次郎と板木は一久のオーラシールドに守られて蝙蝠女達の超音波を受けずにいられた。

 しかし、一久は違っていた。彼は自身のコントロール下においているオーラを通じて蝙蝠女達の超音波を僅かながらに受けていた。

 一久の顔は脂汗を滲ませて苦悶しながらも強がりな笑みを浮かべていた。

 蝙蝠女達の超音波は勢力を増して、一久の表情は益々と辛いものへと変わっていった。

 しかし、一久は口元にたたえる笑みだけは崩さないでいた。

 限界寸前の一久の耳に馴染みのあるモーターの励磁音の響きが聞こえた。

 蝙蝠女達が音に気がついて超音波を止めて顔を上げる。

 甲高いモーターの駆動音を響かせて一台のバイクがカルバートハイウェイを走り抜ける。 

 バイクは速度を緩めずにフロントとリアのバーニアスラスタを吹かして車体を飛び上がらせた。

 バイクは蝙蝠女の部下の一人に衝突し、蝙蝠女の部下を引き摺りながら着地した。

 バイクがタイヤを軋ませて甲高いスリップ音を響かせながらクイックターンをして蝙蝠女や一久達の方を向く。

 バイクにまたがっていたのは右目に眼帯をして襟が白く染め抜かれた黒地のダブルカフスのカッターシャツの上に黒地に裾と脇に白い二本のボーダーの入ったロングコートを着込み、黒いカーゴパンツとベルトをあしらった黒いハーフブーツを履いた青年、千里春樹である。

 「レディ!」

 春樹は自身のオーラを結集させて黒い革の拘束衣とベルトに身を固めた女、能力の化身であるレディ・ゼロを呼び出した。

 春樹はレディが出てくるのと同時にバイクのブレーキを解除してバイクを走らせる。

 レディと春樹の乗るバイクは蝙蝠女とその部下めがけけて突撃したが寸でかわされた。

 しかし、春樹とレディは蝙蝠女とその部下を掻い潜る形で一久達のすぐ近くに位置をとれた。

 春樹がバイクから降りると春樹とレディは一久のオーラシールドと自身のオーラを同調させてシールドを補強した。

 「すまん、遅くなった」

 春樹が言う。

 「なに、主役は遅れてくるんだろ」

 一久が明朗に言い返した。

 「一気に押し返すぞ」

 レディが語気を強めて言う。

 春樹、一久、レディの三人は意識を研ぎ澄ましてオーラに与えるイメージをシールドに与えるのではなく自身の体の内側に集約させるイメージをした。

 オーラはイメージに呼応して三人の血の流れ、呼吸、心臓の鼓動を通して体内にオーラが漲りつつあることを伝える。

 三人がオーラに与えるイメージとオーラが三人に与えるイメージが循環し熱を帯びた活気のあるオーラが三人の体内に蓄積される。

 オーラの放つエネルギーが最高点に高まって三人の体に染み入る様な温もりが満ちる。

 「「「オーラ・シュトルーム」」」

 三人の雄叫びがカルバートハイウェイに響き渡り、三人の体に内包されたオーラが目映い黄金色の光の暴風となって、たちまち蝙蝠女と二人の部下を呑み込んだ。

 蝙蝠女と二人の部下は光の嵐に呑み込まれて光の熱に焼かれながら吹き飛ばされてていった。

 春樹と一久はシールドを解いてから素早く身構えてオーラを体内に行き渡られせた。

 「チェンジ、セイバー」

 「チェンジ、ガンナー」

 春樹と一久が叫ぶと二人の体目映い光に包まれて金属的で艶やかな生体装甲に身を固めたクロム戦士へと変身した。

 黒い生体装甲をもつクロム・セイバーとガンメタルの生体装甲をもつクロム・ガンナーそして、レディ・ゼロの三人が並び立ち蝙蝠女に向かって身構える。

 蝙蝠女は再び飛び上がると二人のクロム戦士へ向かって突撃してきた。

 二人の部下も蝙蝠女の真後ろについて突撃する。

 セイバーとガンナー、レディは互いに顔を向けて頷き、セイバーとレディが蝙蝠女に向かって駆け出した。

 ガンナーが両腕を正面に付き出して構えるとガンナーの両腕の装甲が展開して二連装のオーラ・レーザー砲がせりす。

 ガンナーは両腕を付き出したまま両手を組んで構えた。

 ガンナーの両腕の砲門がチッと激しく瞬いた。

 蝙蝠女の体にレーザーショットが命中した。

 蝙蝠女は体から白煙を立ち上らせ、胸骨の形状がくっきりと胸の筋肉に浮き出る程に体をレーザーに焼かれてしまい、痛みに悶え苦しみながら空中で失速し墜落した。

 セイバーとレディは蝙蝠女が撃墜されるやいなや、畳み掛けて後続の蝙蝠女の部下へと各々組みつき、墜落させた。

 セイバーは素早く起き上がり蝙蝠女の部下と相対した。

 セイバーの腰の装甲が展開して一握り程度の棒がせり出す。

 セイバーは棒を手に取ると一振して刃を展開させて一刀の黒塗りの刀を形成させて両手で柄を掴んで構えた。

 蝙蝠女の部下はセイバーに向かって吠えると素早く羽を羽ばたかせて飛び上がりセイバーに向かって突撃してきた。

 セイバーは蝙蝠女の部下に向かって身を引いて刀を構える。

 蝙蝠女の部下が降下しセイバーに接近してきた。

 セイバーが刀を蝙蝠女の女に向かって切り上げる。

 セイバーの振るった刀の刃が蝙蝠女の部下を捉えて右の翼を切り落としす。

 蝙蝠女の部下はギィと一声あげると青白い血を吹き出しながらセイバーの後ろへと墜落していった。

 一方のレディは組み付いたままで蝙蝠女の部下を関節技で抑え込んでいた。

 蝙蝠女の部下が激しくもがいて抵抗するとレディは蝙蝠女の部下の両腕が軋む程強く締め上げた。

 蝙蝠女の部下はギィギィと呻き声をあげて首を左右に激しく振る。

 「ほーら、じたばたしない」

 レディが抑揚のない口振りで言うと蝙蝠女の部下の体が限界を迎えて両腕の間接が外れた。

 蝙蝠女の部下がギャッと呻くとレディ「ほれ見たことか」と呆れた口振りで言った。

 「ぬぅ、おのれ・・・」

 蝙蝠女が息を切らしてセイバー達を睨み付けて言う。

 「お前の目論みもこれまでだ蝙蝠女」

 セイバーが刀の切っ先を蝙蝠女に向けていい放つ。

 「目論み?そんなものはまだ始まっていない」

 蝙蝠女が鋭い牙を覗かせながら禍々しい笑みを浮かべて言う。

 「我々はこのトンネルで貴様等に頃合いを見ながら仕掛けたのではない。待ち構えていたのだよ」

 蝙蝠女はそう言うと喉に仕組まれた装置を使った超音波で合図をトンネルに響かせた。

 ギィギィという無数の呻き声がトンネルの壁面越しに響いてくる。

 呻き声は次第に数を増して大きくなっていく。

 トンネルの壁面にヒビが入り次第に広がる。

 セイバー達は次郎と板木の直ぐ側に寄って集まると身構えた。

 トンネルの壁面に一際大きくヒビが入り、すぐさまトンネルの壁面がぐしゃりと歪むとそのまま崩れて濃い砂煙が舞った。

 そして、その穴からは砂煙を突き抜けて無数の蝙蝠女の部下の蝙蝠怪人が飛び出してきたのだ。

 無数の蝙蝠怪人達は春樹達を目掛けて濁流の様な勢いで襲いかかってきた。

 セイバーとガンナー、レディはオーラシールドを展開して守りの態勢に入った。

 幾つもの蝙蝠怪人がオーラシールドに激突し、後続の蝙蝠怪人に押し退けられていく。その流れの切れ間は無く、永遠に続いていた。

 セイバー達は蝙蝠怪人の絶え間ない襲撃を凌ぐ中で、僅にオーラに震えるものを感じ取った。

 「まずいぞ!」

 ガンナーが叫ぶ。

 蝙蝠女と蝙蝠怪人達はセイバー達に向かって大口を開いていた。

 蝙蝠女達は各々に埋め込まれた数千と言う数の超音波装置からセイバー達のシールド一点に対して音波攻撃を浴びせたのだ。

 セイバー達は苦悶の声を漏らしながらもシールドを維持していた。

 セイバー達のオーラシールドは三人のオーラをきめ細かく織り込む様にしてオーラの膜を張っている。

 この膜に対して蝙蝠女達からの超音波攻撃は板木と次郎を守りはするが、シールドがオーラで作られている為にオーラを通じてセイバー達の脳髄に直接ダメージを与えている。

 セイバー達は絶え間ない激痛に耐えていた。

 「春樹、どうする」

 ガンナーが苦々し声で尋ねる。

 「レディ、俺がお前の分のオーラを補う。敵にカスケードハリケーンを撃ち込んでくれ」

 春樹がレディに言う。

 「わった。耐えろよ」

 レディが頷く。

 春樹にはレディの分のオーラを補うのは造作もないことであったが、レディが受けていた分の超音波からのダメージを受けて長くは耐えられないのだ。

 「待って下さい!」

 三人の背中から次郎の叫びが突き抜ける。

 セイバー達と板木が次郎に顔を向ける。

 「僕が行きます。僕が行けば皆が助かるんでしょ」

 次郎がさっきとは変わって力なく言う。

 「次郎君・・・・・・・」

 板木が次郎の肩に手を添えるが言葉に詰まった。

 一度、目線を次郎から外してから再び次郎の目を見据える。

 「それは違うぞ次郎君」

 板木はセイバー達に目を移す。

 「アイツらはキミを守り抜く為にいまああいう風にしているんだ。今、君があの怪物の元に行ってしまったらここまでの全てが無駄になってしまう」

 「けれど、このままじゃ!」

 次郎が強く食い下がった。彼は胸のうちに千里亭で春樹と別れた時に感じた熱いものが沸々としていた。

 「次郎君!」

 セイバーが次郎の方に振り向きながら呼び掛けた。

 次郎はセイバーに呼ばれて顔を向けた。

そうすると、直ぐにセイバーの背中越かつセイバーの仮面の目元を覆う黒いバイザー越しに目線が合ったのが分かった。

 「次郎君、いま君が本当に俺達の為に立ち向かおうというのならば俺達に力を貸してくれ」

 セイバーは受けているダメージを次郎に感じさせないように朗々とした口振りで言った。

 セイバーはレディに顔を向けて「頼むぞ」と言った。

 レディはセイバーつまりは春樹の心持ちを察すると次郎へと歩みよった。

 レディが次郎の前に跪いて顔を向ける。

 次郎はレディの白い肌と黒いリップ、目元を覆う革ベルトという顔を見て、まだ未成熟な次郎の心は言い知れようのない妖艶な美しさと恐ろしさに魅せられそうになった。

 レディは次郎の目を見据えると懇々と語り始めた。

 「いいか、次郎君。君の力は君の意思によって表れかたを変えてくる。君の力が何でも壊してしまうのは君の心が自分をどう表して良いのかを知らない故の叫びの様なもので、本来の力は全く別のものだよ」

 「そんな訳無いでしょう」

 次郎が疑い深そうに首をかしげた。

 「いや、ある」

 レディが強く否定した。

 「君が今の春樹と同様の力を持つわけが無い。君の本質は今この瞬間にどうしようとしたか、何でそうしようとしたかが指し示している。自ら問い、答えるのだよ次郎君」

 「自分に問い、答える」

 次郎はレディに言われるまま自分がどうしたいのかを問いかけた。

 「この場を切り抜けたいです」

 次郎は答えた。

 「ならば、どう切り抜ける」

 レディが問いかけた。

 「僕の力を使って皆で」

 次郎が直ぐに答えた。

 「君は何故そうしたい」

 レディが問いかける。

 「皆の役に立ちたい。皆の為になることをしたい」

 次郎の答える語気が段々と強くなる。

 「どうすれば役に立てる」

 レディが口元に笑みを湛えて問いかける。

 次郎は答えずに頷いた。ただ胸のうちにはセイバー達の助けになりたいという強い一念が熱く根付いて、それは直ぐに次郎とオーラを結びつけた。

 次郎の思いがオーラになって伝わりセイバーや蝙蝠女達に干渉した。

 その結果、蝙蝠女と蝙蝠女の部下達の超音波発生装置の出力がみるみる上昇し始めた。

 それと同時にセイバー達のオーラが一層強くシールドへと漲り始めた。 

 蝙蝠女達は調子よく超音波を発生させていたが直ぐに異変に気がついた。装置のコントロールが利かなくっていた。

 慌てて装置を停止させようとするが、超音波発生装置は完全に暴走していて止めようがなかった。

 一方のセイバーとガンナーは自身のオーラが無尽蔵に高まりつつあるのを感じとっていた。増大するオーラはやがて、超音波がオーラに与える影響が微々たるものになる程にまで高まり、セイバーとガンナーに与えられるダメージも段々と軽くなっていた。

 やがてセイバー達のオーラの高まりと蝙蝠女達の装置の暴走が最高点に達した。その時に明暗は明確に別れた。

 限界に達した蝙蝠女達の超音波発生装置が自壊したのだ。

 蝙蝠女と蝙蝠女の部下達は喉元を抑えてギィギィと声をあげて倒れ付していった。

 「今だ、カズ!」

 セイバーが叫ぶ。それと同時にオーラシールドが解かれた。

 ガンナーはセイバーの呼び掛けに応じて自身の背中から一対のレーザー砲を展開させた。

 セイバーは拳を振り上げて身構える。

 そして、高まりきったオーラをガンナーは展開したショルダーキャノンに、セイバーは拳に集中させた。

 「カスケード・ハリケェェェェェェンッ」

 セイバーの拳が空に振るわれるとオーラが黒い旋風となって放たれた。

 「オーラ・レイ・カノン」

 ガンナーの脹ら脛の装甲が展開して反動を受け止めるピンになって地面に打ち立てられた。

 「シュートッ!」

 ガンナーが叫ぶと両肩のカノンから大出力レーザーが放射される。

 レーザーはたちまち白熱した目映い光の束になって周囲の大気をプラズマ化させながら絶え間なく出力される。

 黒いオーラの旋風と目映いレーザーの光が蝙蝠女の部下達を呑み込み瞬く間に消し去ってしまった。

 蝙蝠女は運の良いことに生き残っていたが全身が焼けただれて仰向けになり息が絶える寸前であった。

 セイバーは蝙蝠女を息のあるうちに捕らえるために大急ぎで蝙蝠女に向かって走り始めた。

 蝙蝠女の耳にはセイバーの足音がトンネルに反響するのが明確かつゆっくりと聞こえていた。

 蝙蝠女は足音が近づいてくるのは分かっていた。しかし、混濁した意識では誰の足音なのかは分からなかった。

 不意に、蝙蝠女の脊髄に埋め込まれた通信装置から声が出力される。

 『ストーカーが死んだ。カーミラよ』

 ストーカー、それはE.M.Cの本部を襲撃し倒された蝙蝠男である。彼は組織に入る前と後を通して蝙蝠女の最愛のパートナーであった。

 蝙蝠女の内心には言葉にできない類いの絶望と憤りが溢れていた。

 ストーカーが死んだという淡々とした知らせは蝙蝠女カーミラに途方もない負の情念を抱かせるのには十分であった。

 カーミラに渦巻くストーカーを失った絶望感と怨念はたちまち彼女のオーラを変調させてしまった。

 カーミラのオーラの変調にセイバーとレディが気がついた。

 セイバーは駆け寄るの止めて蝙蝠女に向かって身構える。

 レディもまた、蝙蝠女に向かって身構えて様子を伺っていた。

 次いでガンナーも異変に気がつきアームレーザーの銃口を蝙蝠女へと向けて構えた。

 「うぐっ、ぐぁ」

 蝙蝠女が呻くと、蝙蝠女の身体が激しく痙攣し一回り、二回りと体躯が大きくなっていく。

 目は白濁し牙の並びはでたらめで荒れ果てた肌は赤黒く変色していた。

 オーラの変調はオーラを発する物や生命の有り様に変化が生じるということで、その変化は日常的に起こる。しかし、それは内面や成長がそうさせるのであって劇的な変化をもたらすものではなのだ。

 セイバー達は蝙蝠女のオーラの急激な変調に戦慄していた。

 人のオーラが外見を急激に変貌させてしまう程の変調が指し示すのは強大な敵の存在と深いマイナス感情の増大である。

 今、セイバー達は敵の負の感情が増幅して蝙蝠女の身を滅ぼす様をありありと肌身で感じ取っているのである。

 蝙蝠女は激しく痙攣し甲高い叫びをあげる。

 骨と肉が隆起して脈打ちながら肥大化し巨大な蝙蝠の怪物へと変貌した。

 蝙蝠の怪物が大きく吠える。トンネルにその遠吠えが反響し、コンクリート壁にヒビを入れた。

 「まずいぞ」

 ガンナーが天井のヒビを見て言う。

 蝙蝠の怪物はギョロりとした目玉でセイバー達を見据えると身体を深く屈めてから力強く飛び上がった。

 「レディ、カズ!オーラシールドだ」

 セイバーの指示に合わせてセイバーの三人は再びオーラシールドを張った。

 蝙蝠の怪物はトンネルの天井を突き破って飛翔する。

 トンネルの天井が蝙蝠の怪物が突き抜けた穴を起点にして連鎖的に崩落し、幾つもの巨大なコンクリートの破片がセイバー達をあっという間に呑み込んだ。

 蝙蝠の怪物は冷たい夜空を無作為に飛び回っていた。

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