EP.16 黴ー死地にゆくー

 

 空陸両用のバイク・スカイ=ロータスに跨がってクロム=セイバーは皇居の内堀の横を走り抜けていく。

 丸の内から日比谷にかけては都市部でありながら皇居の日照権の兼ね合いもあって一五階建ての低層ビル群が立ち並んでいる。

 東京の都心部、特に隅田川から皇居よりの地域では大震災前と復興後では最も町並みが変わらなかった地域である。

 クロム=セイバーは誰もいない内堀の横の遊歩道をスカイ=ロータスを駆って抜けていく。それから日比谷の交差点を過ぎるとカビの胞子が漂いはじめた。更に日比谷公園を過ぎる頃には次の交差点を目視するのがやっとな位の濃いカビの霧がかかっていた。

 日比谷公園を突っ切って内幸町の交差点に入った瞬間に方々のビルの壁や窓を突き破って菌糸が勢いよく延びてクロム=セイバーに襲いかかってきた。

 スカイ=ロータスを鋭くカーブさせて鳥森にへと延びる路地に入ってクロム=セイバーは菌糸をかわして鳥森の路地を新橋の駅の方向に向かって突っ走る。その前後から菌糸がクロム=セイバーを串刺しにしようと勢いよく延びてくる。ガード下をめがけて走るが突然地面が隆起して巨大な菌糸が伸び上がってクロム=セイバーの行く手に立ちふさがる。

 クロム=セイバーはクラッチレバー横の変形スイッチを押してスカイ=ロータスの空中モードを起動させる。スカイ=ロータスの回転計と温度計が瞬く間に上昇しTDエンジンがキーンと甲高い唸りをあげて速度計の表示が一気に跳ね上がりフロントフォークからガスが噴射されて前輪部が跳ね上がり大きくウィーリーすると間髪入れずに三対のマフラーからロケット噴射が開始されスカイ=ロータスを延びてきた菌糸に向かって飛び込んでいった。

 クロム=セイバーは腿に力を込めて体をスカイ=ロータスに押さえつけると両手をハンドルから両手を離して大きく振りかぶってオーラを一気に溜める。

 「カスケード=ハリケェェェン」

 クロム=セイバーが両腕を振り下ろすのと同時に叫んで溜めていたオーラを菌糸に向かって放出する。ドス黒いオーラの渦が菌糸を呑み込んで木っ端微塵に吹き飛ばす。崩れた菌糸を翼を広げて空中に飛び出したスカイ=ロータスが突っ切る。

 スカイ=ロータスを追うようにして菌糸が幾重にも伸び上がってくる。

 菌糸に追われるクロム=セイバーはスカイ=ロータスを急降下急旋回させて菌糸をかわしていく。

 スカイ=ロータスを追いきれない菌糸が次々と道路やビルの壁面に突っ込んでボロボロになっているビルや道路を崩壊させていく。

 降下してビルとビルの合間をスカイ=ロータスは飛んでいくが真っ正面にスカイ=ロータスを捕らえようと菌糸が網を張っていた。更に後方と下からも菌糸が延びてきてクロム=セイバーを追いつめる。

 しかしクロム=セイバーはスカイ=ロータスの速度をゆるめない。むしろアクセルレバーを思いっきり引いて加速させる。

 クロム=セイバーは身を屈めてフロントカウルの超振動発生装置とレーザー機銃のスイッチを跳ね上げる。スカイ=ロータスのフロントカウルからレーザー機銃がせり出すとクロム=セイバーは狙いを付けずにレーザー発射ボタンを押した。

 正面の菌糸の網が打ち込まれたレーザーに焼き切られる。焼き切られた網の穴をスカイ=ロータスが突き抜ける。そしてスカイロータスが一八〇度ループからバレル=ロールして追ってきた菌糸に向かって突撃する。菌糸もスカイ=ロータスをめがけて突撃してくる。ロールしているスカイーロータスから振り落とされないようにクロム=セイバーはハンドルのグリップをしっかりと握りしめる。

 向かってきた菌糸を急加速の勢いのままスカイ=ロータスと正面から衝突させてフロントカウルから発せられる超振動波が菌糸をズタズタに引き裂いた。そしてスカイ=ロータスが菌糸を引き裂きながら菌糸の仲を突っ切る。

 菌糸を突き抜けたスカイ=ロータスはSL広場に激突しそうになりながら機首を上げて失速させて急制動をかけながらリフトジェットが吹かして機体のバランスを取り直す。そしてスカイ=ロータスは路面を滑るような軌道でSL広場に着地した。

 クロム=セイバーが顔を持ち上げると無数のカビ女が周囲を取り囲んでいた。


 地底を進むモール=ディグの地中用ソナーが接近する物体を捕らえた。オペレータ席のモニターに物体の位置座標が表示されるのと同時にアラートが鳴り響く。

 「Z+一〇〇〇、X-四〇〇、Y-五〇に反応。相対距離一〇七八」

 オペレーター席に座る理沙が言う。

 「誘導弾一番、二番用意、相対距離五〇〇で発射」

 土門が指示を出す。

 「対象座標送ります」

 真理が火気管制席に察知した敵の座標を送ると火気管制席のモニターに敵の座標が表示される。

 「座標もらった」

 モニターに表示される物体の座標を見て竜崎が言う。そして手元のキーボードをたたいて誘導弾の発射設定を打ち込む。

 「誘導弾用意よし」

 竜崎が言う。

 モニターに映し出されたグリット線の上を点滅するビーコンがモールーディグに迫る対象の動きを表示する。そしてビーコンの横に敵の座標が小さく表示されている。モニターの横の座標カウンターには誘導弾の発射タイミングの表示されている。

 そしてビーコンの横に表示される相対距離が五〇〇を示すとモール=ディグから二発の有線式誘導ミサイルが発射され座標カウンターの表示が切り替わり二〇〇〇からカウントダウンされていく。

 モール=ディグに搭載されているミサイルはミサイルとモール=ディグ本体とを全長二〇〇〇メートルの通信ケーブルで繋いだ有線誘導ミサイルである。ミサイルの弾頭には地底掘削用の円錐型ドリルのキャップが取り付けられていて地中を掘り進んで目標へと向かっていく。この際に目標の動きに合わせて火器管制席かオペレーター席から通信ケーブルを経由してミサイルを誘導する事ができる。

 目標の座標に向かって二発のミサイルが向かっていく。すると目標の座標カウンターの表示が急速に変動し始める。それを見ると竜崎は手早く手元のキーボードを操作してミサイルの向かう座標を矢継ぎ早に打ち込む。

 グリット線に表示される目標と二発のミサイルのビーコンが重なりあうとビーコンが消えた。ミサイルの爆発によってソナーは一瞬だけ機能が喪失する。

 「機首レーザー砲用意」

  土門が指示を出す。ソナーが効かない一瞬に目標に対処する為である。

 「爆発音確認しました」

 真理が言う。

 「当たっているわ」

 理沙が言う。ソナーが復旧するよりも早く理沙は目標のオーラが消えているのを察知していた。

 「来た。X+三五〇にて反応増大。一気に来るわ」

 オペレーター席のモニターに表示されたグリット線上を埋め尽くす無数のビーコンと

感じ取ったオーラの気配を合わせて理沙が言う。

 無数の点が一つの波になってモール=ディグのビーコンに押し寄せる。菌糸の群がモール=ディグを目指して迫って来ているのだ。

 「一久、増速五〇、進路そのままだ」

 土門が言う。

 「了解、増速五〇」

 一久がスロットルレバーを操作してモール=ディグを加速させる。

 モール=ディグは猛烈な勢いで菌糸の群へと突っ込んだ。モール=ディグの進む勢いと菌糸の群の勢いが正面からぶつかり合う。

 コクピットの中は激しく機体ごと揺さぶられ座標カウンターの数値が乱高下する。

 「カズ、マニュアル操縦に切り替えるんだ。竜崎、機首レーザー砲を一五秒照射でセットしろ。それから拡散レーザーを撃て」

 土門が指揮官席の膝掛けにしがみつきながら指示を出す。

 一久と竜崎は土門の指示に従ってコンソールを操作する。モール=ディグの操縦が自動制御から一久の操縦に切り替わると機体が一際大きく揺れる。

 一久は握っていた操縦桿が一気に重たくなったのを感じ取った。両腕にしっかりと力を込めて操縦桿を支えているが、操縦桿を通して伝わる菌糸の群の生み出す流れに呑まれそうな感覚と逆らっている振動に流されそうになる。

 竜崎は手早く機首レーザー砲の設定をすませて照射ボタンを押した。次いでスプレットレーザーを起動させると直ぐに発射ボタンを押した。

 モール=ディグは菌糸の群に揉まれながら機首のドリルからレーザー光線を照射しフロント面の二対のレーザー砲塔から拡散レーザーが雨霰のごとく発射されて菌糸の群の流れを焼き切っていく。それでも菌糸は矢継ぎ早に増殖してモール=ディグの機体を責め立てる。

 「春樹は囮になっているか」

 激しく揺れるコクピットの中で竜崎が言う。

 「敵が延ばしてきている菌糸はこれ一本だけ。つまりコレが敵の精一杯の攻撃ということよ。あとは他の菌糸の維持と春樹への攻撃にリソースを割いているのよ」

 真理が言う。

 「コレ以上があんのかよ」

 竜崎が叫ぶ。

 竜崎の叫びをよそにモール=ディグを押しつぶそうとして菌糸は圧をかけるが電磁シールドに阻まれる。

 「電磁シールドの出力増大」

  真理が言う。

 「目標までの距離はどうだ」

 土門が言う。

 「Z+三〇〇〇です」

 理沙が言う。

 「三キロくんだり一気にぶち抜ける」

 一久が言うと変速レバーを全速に切り替えてアクセルペダルを一気に踏む込む。

 「一久、頼むぞ」

 土門が言う。

 一久は操縦席に表示されるコンパスとカーソルを頼りにして菌糸の中心核の方向をとらえる。そして菌糸に揺さぶられてぐらつくモール=ディグの進路を操縦桿を巧みに操って目的地へと着実に進むように操縦する。

 モール=ディグが地中を菌糸をと掘り進めながら駆け抜けると遂に中心核へと到達した。その瞬間、一久の握る操縦桿が一気に軽くなった。

 「やばい」

 一久は操縦桿が軽くなると咄嗟に変速機を減速に入れてブレーキレバーを引いて急制動をかけた。

 モール=ディグは中心核の外郭を突き破って内部の空洞に機首を突き出すとそのまま機体の自重に引っ張られて空洞の地面に機首から勢いよく突っ込んだ。その衝撃はコクピットにも伝わり一久達の体ををシートに叩きつけた。

 「到着だ」

 一久が薄ら笑みを浮かべて言った。

 「早く片づけるわよ」

 理沙がオペレーター席から立ち上がって言う。彼女に続いて真理と一久も自席から離れる。

 「土門さん私たちが外に行っている間にモール=ディグのメンテナンスをお願いします」

 「まかしておきな」

 土門が深くうなずいて真理達を見送った。

 真理・一久・理沙の三人はコクピットから出て行いって外に通じるハッチの前に立った。三人は各々の顔を見合わせた。鋭い視線に口元にうっすらと浮かぶ不適な笑み。互いの顔を見て普段と変わりのない覚悟を持っているのを伝えあった。そして互いに伝わっていた。

 「やるわよ二人とも」

 真理が自分の両頬を叩いて言う。

 「おうよ」

 「ええ」

 一久と理沙が応えた。

 三人はオーラをたぎらせせて体を戦闘に特化した姿へと変化させる。そして目映いオーラの光の中から艶やかで煌びやかな生体装甲に身を固めたクロム戦士へと姿を変えていた。

 「二人とも行くわよ」

 理沙が変身した紫色の生体装甲に身を固めたクロム=キッカーが言う。

 真理が変身した赤い生体装甲のクロム=アナライザーと一久が変身したガンメタルの生体装甲のクロム=ガンナーが頷く。

 クロム=キッカーは胸元にはめ込まれている翡翠の宝玉にオーラを通わせる。クロム=キッカーのオーラは宝玉を中継してクロム=アナライザーとクロム=ガンナーの体を取り巻いていく。

 「転移」

 クロム=キッカーが叫ぶと三人のクロム戦士が光に包まれてモール=ディグの電磁シールドの外へとテレポートしていった。

 

 中心核の空洞にテレポートしてきた三人のクロム戦士の姿が現れる。

 クロム戦士が現れると同時に空洞内に菌糸が伸び上がってきてクロム戦士達を突き刺そうと迫ってきた。

 三人のクロム戦士は別々の方へと散って菌糸を避ける。

 「外道化殺ピラミッドシールド」

 クロム=キッカーは自身の周囲に三角錐型のオーラシールドを張った。

 「来てアナライザー」

 クロム=キッカーは自身のオーラーをクロム=アナライザーに繋ぐ。そしてシールドの中へとクロム=アナライザーをテレポートさせた。

 「頼むぞ二人とも」

 クロム=ガンナーがシールドの中に居る二人のクロム戦士に言った。

 クロム=ガンナーは両腕のアームガンと背中のオーラビームカノンを展開して周囲に狙いを定めずにオーラを濃縮した熱光線をばらまくように撃ちまくる。

 クロム=ガンナーをめがけて菌糸が伸びてくる。

 クロム=ガンナーは両腕のアームガンにマシンガジェットを取り付けると迫り来る菌糸に向かって構える。そして菌糸に狙いを定めてオーラマシンガンを撃ち放つ。クロム=ガンナーのオーラが光弾になって菌糸に霰のように浴びせられる。菌糸の動きを止めるとクロム=ガンナーはオーラマシンガンを撃ちながら駆け出す。

 右腕のガジェットをバズカーガジェットに切り替えて高出力光弾を迫る菌糸に向かって撃ちだした。そして光弾が命中して菌糸ごと爆散する。しかし爆煙を突き抜けて更に菌糸がクロム=ガンナーに向かってきた。

 「キリが無ぇぞ」

 クロム=ガンナーが左腕のオーラマシンガンから光弾を矢継ぎ早に放ちながら菌糸を牽制して逃げ回る。逃げ回るより他にクロム=ガンナーに出来ることは無い。そうやって少しでもカビ女の気を引いてやらねばアナライザーとキッカーの作業が難航するからである。

 

 クロム=キッカーの張ったシールドの中ではアナライザーとキッカーの二人がオーラを同調させてカビ女のオーラに干渉していた。

 二人のオーラが完全に同調してカビ女の操る菌糸と接触する。

 理沙と真理はオーラの流れを掴むが二人の見えているオーラの流れは違っていて真理は菌糸を操るエネルギーの流れと構造が無数に張り巡らされているのを見ていて理沙は

菌糸が操られる意識のオーラの線を見ていた。そして二人は互いのオーラを同調させる事によってお互いの見ているオーラの流れを共有していた。その共有によってエネルギーの放出量の最も多い場所と意識の流れの源流を重ね合わせて中核になっているカビ女の場所を突き止めようとしていた。

 オーラの広がりは個人差によって左右されるが無限である。その目に見えない金色の宇宙空間を真理と理沙の意識はたった一つの敵の意識を目指していた。エネルギーの大きな場所を目印にして意識の流れを真理と理沙は辿っていく。その奥に進むほどにカビ女のクローン達の意識や記憶が濃密になりエネルギーは強大になってきて真理と理沙を同化しようと意識とオーラに浸食してきていた。真理と理沙はそういった干渉をはねのけて意識を維持するのに体力を消耗させていた。

 理沙はオーラの流れから読みとれる風景を通して仲間たちの状態を察知していた。モール=ディグは電磁シールドに守られていて暫くは持ちこたえそうである。クロム=ガンナーは四方八方にレーザーや光弾を打ち込んでは菌糸から逃げ回ってカビ女の注意を引いていた。こういった妨害に対しての苛立ちと凄まじい殺気が中心核から菌糸やクローンに向かっていっていた。

 そういったカビ女の感覚を探っていた矢先に突然おおきな感覚と記録の欠落が起こった。そして欠落を塞ごうとしてカビ女のオーラが駆けめぐる。この時に走った痛みと憎しみの鋭い感覚と大量かつ素早いエネルギーの流れを真理と理沙はしっかりと捉えた。そしてカビ女の菌糸群の中心核のオーラを突き止めたのである。

 そうして二人の意識はエネルギーとオーラの通った跡を中心核を目指して駆けだした。

 (今の欠落は・・・春樹のね)

  真理が理沙と共有しているオーラの流れを利用して状況を察知した。

 (敵の中心核は捉えられたわ。一気に行くわよ)

 駆ける二人の意識は迷いがなく鋭かった。目指す先を見いだした二つで一つの意識はカビ女のオーラと意識の流れを引き裂きながら進んでいった。


 SL広場周辺のビル群から這いだしてきたカビ女のクローン達が一斉にクロム=セイバーに襲いかかってきた。

 スカイ=ロータスをターンさせてクローンの大群から逃れようとするが進む先にもカビ女のクローン達がスカイ=ロータスに迫っていた。

 クロム=セイバーを取り囲んだカビ女のクローン達が一斉に飛びかかる。

 クロム=セイバーはスカイ=ロータスのシートを踏み台にして飛び上がった。眼下にはスカイ=ロータスに群がるクローン達の渦が見える。

 「すまん」

 クロム=セイバーが言うとスカイ=ロータスにセットされていた自爆システムが作動してカビ女のクローンをSL広場を巻き込んで爆発した。

 爆発の熱風はSL広場のタイルやビルの外壁を一瞬で溶かし爆風が脆くなった鉄骨を吹き飛ばした。爆心地にいたクローン達は一瞬で焼く尽くされてしまい、中空にいたクロム=セイバーは爆風に巻き込まれて空高く打ち上げられていた。

 スカイ=ロータスに搭載されているTDエンジンは小型の重水素核融合炉心から動力を得ているエンジンである。スカイ=ロータスの自爆は核融合炉を加圧して爆発を発生させる事によって行われているのだ。

 中空に打ち上げられていたクロムーセイバーはスカイ=ロータスの自爆によって発生した膨大な熱エネルギーと中性子を吸収して自身のオーラに変換していた。そしてクロム=セイバーは自分の許容できる範囲を大幅に越える量のエネルギーを瞬時に自分の体にため込んでいった。そのエネルギーをクロム=セイバーが保持することはできない。

 「いくぞ、黒死旋風っっっ!」

 体の奥底からひねり出す様な叫びをクロム=セイバーがあげる。同時にクロム=セイバーの体から保持しきれないオーラーが彼の破壊能力となって放出された。磨き上げられた黒曜石の様な深くて艶やかな黒いオーラの旋風が瞬く間に吹き荒れて地表にある菌糸や胞子のうを呑み込んで破壊し尽くし胞子の雲と塵を吹き払った。

 黒死旋風は春樹の破壊能力を四方八方に放射する技である。この時に春樹は破壊するのと破壊しないのとで対象を切り分ける事ができる。しかし黒死旋風に費やされるオーラの総量は春樹がレディ=ゼロの実体化を維持できなくなる程、消耗されるのだ。

 カビの霧と雲が晴れてクロム=セイバーの黒くて艶やかな生体装甲が燦々とした日差しに照らされて滑らかな光沢を放っている。そして体力を殆ど使い果たしたクロム=セイバーはスカイ=ロータスの自爆によって地面を抉られたSL広場へと落下していった。

 落下してくるクロム=セイバーを勝手に実体化したレディ=ゼロが受け止める。

 「また派手にやったな」

  拘束に覆われたレディの顔のうち唯一露わになっている口元が穏やかな笑みを浮かべる。

 「あぁ、やった。やってやったとも」

 荒い息をあげてクロム=セイバーが言う。

 「これで地下に潜っている連中は楽になるだろうよ」

 クロム=セイバーが地面に寝かされながら言う。

 「気分が良いぜレディ」

 バイザー内の眼に写る太陽の光と生体装甲から感じる暖かさ、体の内からわき上がる鼓動と高揚感がクロム=セイバーには気持ちよかった。

 「ここまで暴れれば・・・・・・」

 言い掛けてレディの口元が険しく食いしばられる。

 何か巨大な者が地の底から上ってくるのをクロム=セイバーは感じ取った。クロム=セイバーは覚束ない動きで体を起こすが立ち上あがろうとするのがやっとであった。

 瞬時にレディがクロム=セイバーを担いで飛び上がる。

 重たい地響きがだんだんと近づき大きな揺れが倒壊したビルの残骸を揺さぶる。そして地面から大量の土砂が吹き上がり浅草線の6500系車両が丸々一編成分、鯨が跳ね上がった様に打ち上げられた。

 地下鉄の車両を一編成ごと地下から打ち上げたのは手であった。その手は地面を力強く掴むと周りの地面やビルの残骸を押しのけながら50メートル近い巨人の姿を現した。

 「カビ女め。数で勝てぬと見たか、それとも最後の悪足掻きか」

 レディが現れた巨人の姿を見て言う。

 巨人はカビ女の菌糸と胞子の集合体である。カビ女の巨人は猛々しく吠えながら全身に纏った胞子のうから絶えずカビの胞子をまき散らしていた。

 「このままでは元の通りに押し返されるな」

 巨人から離れたビルの残骸の陰に隠れてレディが言う。

 「レディ降ろしてくれ立てる位にはなった」

 クロム=セイバーが身を捩りながら言う。

 「強がるな春樹」

 レディが強い語気でクロム=セイバーを制する。

 「ガス欠はお互いだろう。それに巨人が一体だけなのが付け目だ。さっきので俺もかなり消耗したがカビ女もだろうよ」

 クロム=セイバーが言う。

 「やっぱりなけなしか。となれば下手に増える前にしとめなければな。だが今のお前の力じゃ私の実体と変身を維持するのが精一杯だろう」

 レディが言う。

 「そうだ。だが手はある」

 そういってクロム=セイバーは東京駅の丸の内広場に待機しているガレア=コルベットに通信をつなげた。

 「ガレア聞こえるか」

 クロム=セイバーが言う。

 『こちらガレア=コルベット、春樹さん無事でしたか』

 ガレアに所属するオペレーターが言う。

 「なんとか無事だ。それよりもそっちのレーダーでデカい標的を捉えているか」

 『捉えています』

 「よし。たしかガレアには多目的自走ランチャーとハイパー=ナパームが積んであったよな」

 『はい積載されています』

 「直ぐにハイパー=ナパームをレーダーで捉えている目標に撃ち込んでくれ。俺の心配はいらないからな」

 『了解しました。直ちに用意します』

 「たのんだぜ」

 そう言ってクロム=セイバーは通信を切った。

 「レディいい加減に降ろしてくれ」

 クロム=セイバーが言う。

 「イヤだね」

 レディはそういってクロムーセイバーを背中におぶると駆け出した。

 レディが動き始めたのを察知したのか巨人がレディに向かって菌糸ブレスを吹きかける。

 レディは辛うじて残っているビルの壁や鉄骨を足場にしながら飛び回って巨人の吐く菌糸ブレスを交わしていった。しかし一跳びするごとにレディの跳ぶ高さが低くなり勢いが衰えていっていた。レディ=ゼロは春樹のオーラの結晶体であるが意志と行動は春樹から完全に独立していて彼女は春樹の意志に関わらずに実体化する事ができる。しかし彼女の実体化と実体の維持にはには少なからずとも春樹のオーラが必要となるのである。レディが逃げ回れば逃げ回る程、消耗しきっている春樹のオーラは更に消耗してしまうのである。そしてオーラが完全に尽きたとき春樹はレディを実体化させるどころか二度と立ち上がる力を失ってしまうのだ。

 そうしてレディが逃げ回っているうちに青空の彼方から二発のミサイルが飛来してきてカビ女の巨人の前で炸裂した。ミサイルはガレア=コルベットから発射されたハイパー=ナパームを弾頭に装備したミサイルで弾頭から飛び散った燃焼剤が巨人に飛び散り爆発の熱でたちどころに発火した。そうして瞬く間にカビ女の巨人は炎に巻かれてしまい焼かれていった。

 「さすが仕事が速いな」

 燃え上がる巨人を見ながらクロム=セイバーが言う。

 「とにかくガレアに引き返すぞ」

 レディが言う。

 燃えさかる巨人をよそに町中に張り巡らされていた菌糸が消え去っていく。真理の物質変換能力によって菌糸が空気中の酸素と窒素に変換されていっているのだ。

 カビ女の驚異は去ったかに思えた。しかしクロム=セイバーとレディの二人には違和感があった。カビ女の気配が消えないのだ。巨人の気配もオーラも小さくなっていくばかりで完全に消えないのだ。その違和感に捉えられて体中が燃え上がって崩れていく巨人の姿を見ていた。そして巨人の頭が焼けて首から転げ落ちた。その頭は地面に落ちると大きな破片になって飛び散った。そしてその破片の一つから腕が勢いよく飛び出してきた。

 (春樹そっちに逃げられた)

 クロム=セイバーの脳裏にクロム=キッカーの声が響く。

 破片は燃えているが飛び出してきた腕までは火の手が回っていない。巨人の破片が燃え尽きる前に卵の殻を内から破るようにして巨人の破片からカビ女が姿を現した。

 「残念だったな千里春樹。我々の作戦は遂行されたよ」

 力尽きかけているクロム=セイバーとレディ=ゼロに向かってカビ女は胸を張って言い放った。


 エネルギーとオーラの大きな欠落が起こると中心核から巨大なエネルギーが地上に向かって撃ち出されていった。

 真理と理沙は中心核のオーラが弱まった一瞬のうちに自分たちのオーラと中心核のオーラを同調させた。

 中心核から流れるエネルギー量は膨大でああったが一点に集中させられていて中心核を目指していた時よりもオーラを操るカビ女の意志は少なかった。ただ強烈な殺気は変わらず中心核に近づいた分さらに濃厚になっていた。

 この濃厚な殺意と憎しみから身を守りながら真理と理沙は中心核の中に居るカビ女の意志と自分たちの意志を繋げなければならないのだ。しかし中心核から放たれる殺気だったオーラが真理と理沙の意志を拒絶していた。しかし二人は拒まれてもカビ女の意志に入り込もうとカビ女のオーラに自分たちの意志を触れさせていた。そして草の根をかき分けるようにしてカビ女の殺気や憎しみの奥底へと入り込んでいった。そしてカビ女と理沙と真理の意志が繋がった。

 意志が繋がると逃すまいとして理沙が自分のオーラをカビ女の意識に流し込んだ。それと同時に理沙にもカビ女の意識が流れ込んできた。そして真理とカビ女の意識も繋がっていた。そして繋がった意識は瞬時に互いの過去と経験と価値観を共有した。その中には地上でクロム=セイバーが絶対絶命の危機に瀕している事と日本政府がカビ女の撤退と引き替えに真理達が新開発したOSのマスターデータと開発データの全てを引き渡す事があった。更に真理と理沙はカビ女の過去から今までの記憶と心の底から沸き上がる憎しみと苦痛の数々を知った。対してカビ女は真理と理沙の歩んできた過去と乗り越えた苦しみを知ったのである。

 (辛いことや悲しいことなんて誰にだって有るわ。同じ事じゃないのはそうだけと。互いに励ましあったり話す事はできるでしょう)

 真理の思念がカビ女に飛んだ。

 (それは貴様が偶然そうなっただけであろう。私は誰からも個人や個性を求められなかった)

 カビ女の思念が応える。

(そう思い込んでいるだけよ。貴女は一人じゃなかった筈よ)

 真理が返す。

(だったら何故だれも手を差しのべてくれなかった)

 カビ女が猛る。

(誰もが貴女を思ってくれていたわ。その手を払ったのは貴女なのよ)

 真理が強く返す。

(貴女は逃げて甘えていただけよ。その成れの果てが今の貴女よ。どんなに手数を持っても貴女しかいない。そんな考えが今の貴女と能力を作ったのよ)

 更に真理が詰め寄るようにしてカビ女に思念を飛ばした。

(なんとでも言うがいい。その私どうしで殺し合った苦しみがお前には分かるまい。そのときの絶望と救いがどれほどのものだったか)

 カビ女が真理の意識との繋がりを拒絶しはじめた。

(そうさせたのは貴女が属している組織でしょうに。なんで憎しみの矛先を組織に向けないの)

 真理の意識が追いすがってカビ女の意識をつなぎ止める。

(総統が唯一、私を認めてくれた。そして私の苦しみの根元を示してくれた。道を示してくれた。進む力を下さった。それに報いようとして何がおかしい)

 カビ女が激しく真理を拒絶すた。

(逃げた先で甘やかされて都合良く扱われているだけじゃない。自分の進む道を切り開こうとしないで何様なのよ。そんな惨めな有様にされて何で平気でいられるのよ)

 真理の激しい怒りがカビ女に叩きつけられた。そしてカビ女の意識が離れていくのを真理と理沙は感じ取った。離れていくカビ女の意識は真理に向かって、哀れ哀れとあざ笑いながら逃げ去っていっていた。

(コントロールを取ったわ。やって頂戴)

 理沙の思念が真理に飛んできた。

 理沙がカビ女の意識が離れていく隙を突いて菌糸をコントロールしているオーラを掌握していた。そして掌握した真理のオーラと菌糸のオーラを接続させた。その時、真理と理沙は地上で暴れている巨人との接続が切れるのを感じた。 

 そして真理の能力が接続されたオーラに流れ込んで地中や地上に絡んでいた菌糸を大気や土と同じ物質に変換していった。この時の真理のオーラの流れに乗って一つの小さなカビ女のオーラが地上で崩れつつある巨人へと向かって逃れていっていた。

 (春樹そっちに逃げられた)

 クロム=キッカーがテレパシーをクロムーセイバーに飛ばす。

 菌糸群の物質変換が終わると真理と理沙の意志は二人の体へと戻っていった。

 菌糸でできた中心核はクロム=アナライザーの物質変換によって地底空洞へと変わっていた。

 「二人とも無事か」

 クロム=ガンナーが意識の戻ったアナライザーとキッカーに駆け寄る。    

 「まずいわ」 

 クロム=キッカーが言う。

 「まさか本気でOSを渡す気なの」

 クロム=アナライザーが言う。

 「どういう事だ」

 クロム=ガンナーが訪ねる。

 「カビ女を逃がしたわ。それにOSを敵に引き渡すのを政府が呑んじゃったのよ」

 クロム=キッカーが重たい口振りで言う。

 「冗談だろ。しかし春樹が地上にいるだろう」

 クロム=ガンナーが呆気にとられる。

 「その春樹はガス欠で死にかけよ」

 クロム=アナライザーが言う。

 「冗談だろ」

 深いため息を吐きながらクロム=ガンナーが言う。

 普段ならばクロム=キッカーのテレポート能力が宛てになるがカビ女のオーラを掌握するのに消耗しきっていてテレポートが使える状態では無いのだ。 

 「とにかく地上に戻るぞ」

 クロム=ガンナーが言とキッカーとアナライザーが頷いた。

 そうして三人は地底空洞で待機しているモール=ディグへと向かっていった。

 

 クロム=セイバーを背負ったままレディ=ゼロは瓦礫で溢れかえっている新橋・烏森の一帯を駆け回っていた。その背後からはカビ女がレディとクロム=セイバーに向かって菌糸を束ねた触手を振るいながら猛追してきていた。

 「逃げ回っても意味はないぞ。諸君らは負けたのだ。ならば蹂躙されて死に絶えるべきなのだよ」

 カビ女が甲高い叫びをあげながら言い放つ。

 レディはカビ女の言葉には耳を傾けずに走り続けていた。時にオーラを放ってカビ女を牽制しながら逃げていた。そして逃げながらも逆転のチャンスを見いだそうと知恵を絞っていた。しかしレディと春樹のオーラはカビ女と戦えるのに十分な量が回復できずにいた。

 「レディ、降ろしてくれ」

 クロム=セイバーが言う。

 「イヤだ」

 レディが強く言う。

 「聞いてくれレディ。このまま逃げても意味がない。戦わなくちゃ。そうだろう」

 クロム=セイバーが言う。

 「だが、お前の体が保たないじゃないか」

 レディが言う。

 「俺のオーラシールドを攻撃に回す」

 重苦しい声色でクロム=セイバーが言った。

 「バカを言うな。そんな事をしたら、たちまち胞子にやられてしまうぞ。それにシールドの分を回したって一撃になるかも怪しいじゃないか」

 レディが大声をあげて言う。そして走っているうちにレディの足取りは次第に鈍くなっていた。

 カビ女はレディの足取りが弱まっているのを見逃がさなかった。執念深く追い回して触手を振るいながら追い立てていっていた。そうやったレディを消耗させていって遂ににカビ女の振るった触手がレディ=ゼロの足を捉えた。

 足を触手に強く叩かれて足下をすくわれたレディは勢いのまま転んでしまった。そして突っ伏した状態から身を翻して背負っていたクロム=セイバーを胸元に強く抱き込みながら体を起こして追ってきたカビ女を睨みつけた。

 「レディ頼む」

 レディの胸元に顔を押しつけられているクロム=セイバーが言う。

 レディは抱き込んでいるクロム=セイバーを見下ろして、その顔を見つめた。そしてレディは起きあがるとクロム=セイバーの肩を担いで起きあがらせた。

 「春樹、私も一緒にやるよ」

 レディ=ゼロが言う。

 「ありがとうレディ」

 喉の奥からひねり出した様な重苦しい声色でクロム=セイバーが言う。

 クロム=セイバーとレディ=ゼロは互いに肩をかし支え合いながら目の前に迫ってきているカビ女に対して身構えていた。

 「覚悟がついたようね」

 カビ女が触手を地面に打ち鳴らしながら言う。

 「死ぬ覚悟なんて無いさ。私たちにあるのは自分自身の使命を果たす義務と責任だ」

 レディが朗々とした声で言い放つ。

 「そうだ。俺たちは貴様に勝たなきゃならいんだ。絶対にな」

 レディに肩を担がれたクロム=セイバーが言う。

 「負け惜しみを・・・・・・」

 哀れむような口振りで言ってカビ女は触手の鞭をクロム=セイバーとレディに向かって薙払う形で打ち下ろした。打ち下ろされた触手は空気を割いて唸りクロム=セイバーとレディの首をはね飛ばそうと迫っていた。

 そしてレディの首筋に触手の一端が命中しそうになった瞬間である。何者かが見事な弧を描いていた触手の真ん中を蹴り上げて触手を弾き飛ばしたのである。

 「全く堪え性というのが無いのだな二人とも」

 触手を蹴り上げた人物は茶褐色の光沢を放つ生体装甲に身を固めていて右手にアタッシュケースを持っていた。

 「ほう、総司令官が自らお出ましか。クロム=ファイター」

 カビ女が言う。

 「君のお父上から頼まれたのでね。それに君の能力下で活動できるのは僕を含めて数が限られている」

 クロム=ファイターが調子よく言う。

 「さてと、ここからは取引だ。君たちの要望どおりの代物を僕は持ってきた。これを君に引き渡す。だから君たちは、そこに居る二人には手を出さないでおいてくれ」

 手にしているアタッシュケースをちらつかせてクロム=ファイターが言う。

 「了解した。早速こちらに渡してもらおうか」

 カビ女が言うとクロム=ファイターは何の躊躇もなくアタッシュケースをカビ女に放り投げた。

 カビ女は投げつけられたアタッシュケースを受け取った。

 クロム=ファイターはアタッシュケースを放ると直ぐにクロム=セイバーとレディの元へと駆けていった。

 「父さん、どういうつもりなのさ」

 セイバーがファイターに言う。

 「政府が俺たちにカビ女の要求を呑むように通達してきたのさ。どうやら菌糸で新橋一帯を殲滅したのと同時に声明を送っていたらしい。お前達の暴れようがよっぽど効いたんだろう。それで俺がお前たちの救出とOSの受け渡しに来た訳だ」

 ファイターが朗々と調子よく言いながらセイバーの手をとる。そしてファイターのオーラをセイバーに流し込んで傷と消耗した体力を回復させていった。

 「こうもアッサリと渡されるのは心外だ」

 セイバーが言う。

 「安心しろ。立場上そうしたというポーズがしたいだけだ」

 ファイターがそう言うと彼の後ろで爆発がおこりカビ女が吹き飛ばされていた。

 ファイターがカビ女に渡したアタッシュケースにはOSではなく爆弾が仕掛けられていてアタッシュケースを開くと爆発する仕組みになっていたのである。受け取ったアタッシュケースの中身を確認しようとしたカビ女は見事にアタッシュケースの仕掛けに引っかかったのだ。

 「貴様だましたな」

 カビ女が大声をあげて怒鳴る。 

 「そうだとも。騙したとも」

 ファイターが声を荒げる。

 「我が子を守るためなら手を尽くす。それがだまし討ちだろうと何だろうとな」

 鬼気迫る強い語意でファイターは言い放った。

 「お前も言うようになったな大助」

 レディが立ち上がりながら言う。

 「言うようにさせてもらったんだよ」

 そう言ってファイターがセイバーに手を差し伸べた。その手をセイバーが力強く握り返す。そしてファイターに力強く手を引かれてセイバーは立ち上がった。

 「よし、いくぞ大助、春樹」

 レディが言うとファイターとセイバーが頷いて応えた。

 カビ女は怒り狂った様子でセイバーたち三人に向かってきた。

 ファイターとセイバーが同時に向かってきたカビ女の腕と肩をつかむと勢い任せに中へと放り投げる。中空に放られたカビ女を追うようにしてレディが跳び上がって落下してくるカビ女に空中でニーブロックを決めた。完全に体制を崩されたカビ女は成す術なく地面に叩きつけられた。

 「調子づくなよ貴様ら」

 カビ女がユラユラと力なく立ち上がりながら言う。そして一気に体中の胞子のうから胞子を噴出させた。カビ女とクロム=セイバー達を胞子の濃霧が覆う。その霧のせいでクロム=セイバー達の視界は濃霧によって遮られてしまいカビ女を見失ってしまった。

 この濃霧の中でカビ女はクロム=セイバー達の正確な位置を捉えて、できうる限り息を殺してクロム=ファイターの背後へと近づいてきていた。そして標的にされたクロム=ファイターはカビ女に背を向けていて明後日の方に身構えていた。カビ女はがら空きになっている背後からクロム=ファイターに襲いかかった瞬間である。クロム=ファイターの強烈な肘打ちがカビ女の腹を的確に打ち抜いたのである。

 「なにっ」

 クロム=ファイターの研ぎ澄まされた五感はカビ女の足音や僅かな気配から居場所を悟り後ろから襲いかかってきたの完全に察知していたのである。

 驚くカビ女えおよそにクロム=ファイターはカビ女の右腕をとって腕固をきめてカビ女の動きを封じるとカビ女の全身を担ぎあげた。

 「行くぞ、錐揉みファイター=シュート」

 クロム=ファイターが担ぎあげたカビ女に捻りを加えながら放り投げる。投げられたカビ女は加えられた捻りと捻りによって発生した強烈な旋風に巻き込まれて竹トンボの羽根のように回転してカビの濃霧を払いながらがら宙に舞い上がった。

 「今だっ」

 ファイターの激が飛ぶ。

 「行くぞレディ」

 「よし」

  クロム=セイバー、クロム=ファイターそしてレディ=ゼロの三人が宙に舞い上がったカビ女をめがけて跳びあがる。

 「「「トリニティ=クラッシュ」」」

 三人が声を合わせて叫び、右足に各々のオーラを集中させる。そして三人の渾身の蹴りがカビ女の体を捉えた。

 (ダメッ)

 カビ女の体が砕け散る寸前に三人の脳裏にクロム=キッカーのテレパシーが走った。

しかしクロム=キッカーの制止も遅くカビ女の体は跡形もなく爆発し燃え尽きた。

 クロム=セイバー達が着地すると強い振動とともにモール=ディグが地面を突き破って姿を現した。

 クロム=セイバーとクロム=ファイターの二人はモール=ディグを見据えてクロム=キッカーのテレパシーの真意が何だったのかと考えていた。


 カビ女による新橋・汐留一帯の制圧は広範囲が焼け野原になるという甚大な被害を伴って集結した。それから約一ヶ月半の時が過ぎ去った。

 芝大門の全壊した上増寺の門前跡を真理は喪服姿で通り抜けていった。境内の建物は殆どが焼け落ちてしまい再建が進められている最中で真新しい檜の骨組みが組み建てられていた。

 真理は境内を抜けていって一連の事件の犠牲者の慰霊碑の前にやってきて手を合わせていた。慰霊碑は檜の柱に災害慰霊碑と記された簡素なものであった。

 「失礼」

 不意に真理は背後から声をかけられた。振り向いてみると三谷社長の姿があった。三谷社長も喪服姿で片手に数珠を持っていた。それから真理と三谷社長は揃って慰霊碑に手を合わせた。

 真理と三谷社長は慰霊碑を後にすると境内を歩いて山門を目指していっていた。

 「三里さんから聞きました。あの慰霊碑に娘の名前を加えてくれるように君が頼み込んでくれたと。ありがとう」

 三谷社長が真理に深々と頭を下げた。

 「いや、その。そんな」

 真理は三谷社長にしどろもどろになっていた。

 「それで折り入っての頼みがあってだな。娘の事を教えてくれないか」

 頭を上げた三谷社長が真理の眼をじっと見据えて言う。

 「分かりました。お話させていただきます」

 そういって真理と三谷社長は組み立てられたばかりの石垣の土台の上に腰掛けた。

 「娘さん、美咲さんは自分から孤独になっていったんです。家を出て行かれた理由はは孤独から解放されて自由になりたかったからです」

 「自由?」

 「はい、美咲さんは私からしたら羨ましいくらいに恵まれた境遇だったと思います。それは三谷社長と奥様が目一杯の愛情を持っていたからできた事でしょう。しかし美咲さんは自分の境遇に対して次第に重荷を感じるようになっていきました。無償の愛には惜しみない期待があります。年頃で敏感な彼女の心はその期待の受け止めかたを誤ってしまいました。そしてその重荷から解放されようと家を出ていったのです」

 真理が口をつぐめて三谷社長の顔を見た。

 三谷社長は神妙な顔つきで真理の話に聞き入っていた。

 三谷社長の表情を見て真理は再び話を始める。

 「家を出られてから彼女はある組織と接触しメンバーに加わります。その組織が美咲さんに今回の事件を起こすように命じました。奴らは巧みに美咲さんの感じていた閉息感につけ込んで美咲さんを怪物に作り替えるに至りました。そして美咲さんの心を完全に歪ませる為に植え付けた能力で彼女のクローンを無数に作らせた上で互いに憎しみ殺し合わせたのです。それによって美咲さんは自分自身と憎しみ殺し合うという苦しみを味わいました。そして奴らは崩壊しきった美咲さんの心に貴方への強烈な憎しみを植え付けたのです。そうして今回の事件を起こさせたのです。後はご存じの通りです」

 一通り話し終えると真理は俯いていた。

 「私は今回の事件を起こした娘を、決して許されない事を犯した美咲をどう弔うべきかすら迷ってしまうような父親だ。君は無償の愛と言ってくれたが実を言ってしまえば父親なのだからという義務感に駆られていたのだよ。だから君の様に迷いなく娘に接する事ができなかった。なにを思っても後悔しかないのだよ。今は娘のことを深く知ってくれた人が居たというだけで救われた気持ちになれる。君のお陰だ」

 俯いている真理の方を見て三谷社長が言った。

 真理は三谷社長の言葉に何か返そうと思って口を開きかけたが何を言っても愛娘を失った父親の心を癒しきれないのだから要らない言葉を紡ぐ事はないと思って口を噤む事にして黙り込んだ。

 「もう一つ頼みごとをしても良いかな」

 三谷社長が言う。

 「はい」

 真理が静かに頷く。

 「私の部下達が君の構築したOSや仕事ぶりに感心していてね。是非とも一緒に仕事をしたいと言っているんだがどうだろうか。私としても君のような思いやりのある技術者には居てもらえると助かるのだがね」

 三谷社長が言う。

 真理は目元を拭ってから顔を上げると少し腫れぼったくなった眼を爛々とさせて三谷社長に顔を向けた。

 「ありがたいお話ですが私にはやらなければならない事があります。娘さんの、美咲さんと同じ目に遭わされる人を一人でも少なくする為に今は戦わなくてはいけないんです」

 真理は目尻に涙を溜めて声を震えさせながらも気丈な口振りで言った。

 「そうですか」

 コクコクと小さく頷きながら三谷社長が言う。

 それから真理と三谷社長は境内で別れていった。

 山門へと向かう石畳から駐車場の方へと一人で歩いてく三谷社長の後ろ姿は寂しさに疲れ切っていて丸まっていた。

 三谷社長の横に愛娘を立たせる事ができなかったのを一人で歩いていく三谷社長の後ろ姿を見送りながら真理は悔やみきれないでいた。

 三谷社長と別れてから真理は一人で山門へと歩いていった。そして再建の為にシートに覆われている山門の下に春樹、理沙そして一久の姿を見つけた。

 ため込んでいた涙が真理の頬を静かに滑り落ちた。真理は頬と目尻の涙を拭うと山門で待っている仲間達の元へと駆けていった。

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