E.p2/組織-E.M.C

 東京都葛飾区柴又の千里亭から少し離れた畔を流れる江戸川を挟んで対岸の千葉県松戸市矢切の木々が鬱蒼と生い茂る薄暗い林の奥深くに数十名の男が集結していた。

 男達は各々で違った身なりをしていた。スーツ姿・つなぎ姿・ラフなワイシャツ姿と様々な年齢と体格であった。

 男達は所定の位置に集まると何人かの男が手に持ったシャベルや鍬を使って足元の土を掘り返し始めた。

 暫くして土の中から人が二人か三人は入りそうな大きな黒い箱が掘り起こされた。

 男達は箱を堀穴から取り出した。そして  箱の前に一人の男が出てきて箱に手をかすと箱の外蓋にあるカバーが開いてキーパネルが現れた。

 解除キーを男が打ち込むと箱はシューとチャンバーにガスが加圧される音をたてて天蓋を開いた。

 男達は整列し順番に箱に納められた装備品を取り出していった。

 そして着ていた服を脱ぐと黒いつなぎに着替えてその上からボディーアーマーを着こんだ。顔面にマルチディスプレイの搭載されたゴーグルが装備されたフェイスガードと口に追加装備の超音波発振装置を取り付け、ヘルメットにコウモリを模したエンブレムを装着し被るとレーザー小銃を携えて男達は戦闘員の姿へと変わった。

 戦闘員が装備を整え整列する。そして戦闘員隊隊長がヘルメットに備えられたコウモリを模したエンブレムを点滅させる。すると他の戦闘員達も同様にヘルメットのエンブレムを点滅させた。そして口に装備された超音波発振装置から音波を発振させて共鳴する。

 戦闘員達のマスクから発せられる超音波の共鳴が森林の木立を揺さぶり鳥や小さな獣・蜥蜴・虫の鋭敏な感覚を刺激し発狂させる。ガサガサと生き物という生き物が地を這いずり回る。リス・猫・ハエ・アブ・蜥蜴・雀・カラスがいきり立ちながら森を駆け回り飛び回る。そしてのたうち回って死んでいく。虫は地に堕ちた。獣は親子が喰いあって死に絶えた。林のあらゆる生き物が異常に興奮しざわめきながら狂い死んでいった。

 その狂乱の中で正常であった生き物がいた。蝙蝠である。蝙蝠だけは戦闘員の周囲に集結し群れを成して静観するのみであった。 

 突如として戦闘員の隊長がエンブレムを点滅させる。共鳴を止めさせる合図であった。合図に従い戦闘員達が共鳴を止める。

 シンと林が風の音一つ無い位に静まる。そこに地を這う不気味な風が吹き込む。木立の合間を何かが抜けてくる。風と共にエケケケと笑い声とも呻き声ともつかない音が響き渡ると、不気味な化物が木立の合間を掻い潜るようにして飛来した。

 化物は両足をピンと伸ばし両腕の皮膜を広げて地面スレスレを飛びながら木々の間を掻い潜る。そして戦闘員の一団を見つけると高く舞い上がって一本の木の太い枝に逆さにぶら下がった。

 皮膜を閉じるとそれの体が脈動して姿が変わる。皮膜は艶のある黒いロングコートへと。筋骨隆々とした両足は細くスタイリッシュなスラックスと革靴に変化した。

 「諸君。今宵はよく集まってくれた」

 逆さ釣りの状態でロングコートの男が言う。顔は青白く髪は真っ白である。

 「我々はこれから敵に奪取された同胞の奪還作戦を決行する。偵察は既に慣行され同胞の位置は正確に把握されている。これより部隊を四つの班に分けて作戦を実行に移す」

 男が言うと戦闘の隊長が部隊を四つの班に編成し各班の班長に班長専用のエンブレムをヘルメットにつけさせた。

 編成が終わると戦闘員隊長はエンブレムを点滅させる。

 「よろしい。では、作戦の概要を説明する。現在我々は同胞のいる位置から約六キロ離れた森林にいる。同胞は江戸川を挟み対岸の敵の本拠地に捕らわれている。まず私と一班が江戸川の空中に進出し陽動を行う。三十分後に二班が陽動に参加し敵の側面を攻撃し葛飾橋に戦力を追い込む。三班は葛飾橋の上流方向の上空に待機し追い込みを完了したならば、超音波発生装置を用いて敵を攻撃せよ。その隙に四班は敵の本拠地に潜入し同胞を奪還せよ」

 戦闘員達は微動だにせずに戦闘隊長の指令を聞き作戦を理解した。

 「時計合わせ!作戦開始は三十分後だ」 

 戦闘隊長の号令が飛ぶと戦闘員達は指示された配置へと散っていった。         


        ◆


 春樹は部屋に入ると上着を放るようにして脱ぎ捨てると天井から吊るされた照明のスイッチの紐を引いて畳の上に座り込んだ。

 春樹の部屋は畳敷きで座卓と本棚が置かれている。本棚には東西の哲学書と歴史書・近代文学が自慢気に納められている。

縁側に面した位置の部屋であるが今は閉めきった襖に遮られていて主庭を望むことはできない。

 程なくして戸口がコツコツと叩かれる。

 「入るよ」

 理沙の声がする。

 春樹は「おう」と難無い返事をした。

 理沙ほ部屋に入ると春樹の横に座り手にしている写真を座卓の上に置いた。 

 春樹の鼻を理沙の心地の良い薫風の様な若々しくも落ち着いた香水の匂いがくすぐった。

 座卓に置かれた写真には森林の奥に整列する黒づくめ集団が写されている。

 「十五分前に撮影され送られてきたわ。出所は潜入中の隠密隊の隊員。撮影場所は中矢切の森林よ」

 理沙が春樹を見て言う。

 「江戸川の向かいに集まっているのか。状況はどこまで進行した」

 春樹は写真にやっていた目線を理沙に向けた。

 「現在参謀が防衛指令を出して甲虫機動隊と百獣騎兵隊に待機命令を出したわ。諜報員の報告によると敵はコウモリ怪人の部隊で超音波を武器に集団戦を行うらしいわ。指揮官の蝙蝠怪人は飛行能力と超音波攻攻撃が得意とのことよ」

 「超音波の効力は?」

 春樹が訊ねる。

 「超高周波の音波を人体に発振することによっ脳の平行感覚を狂わせる。催眠・嘔吐・目眩・効き目によっては発狂させることてきるわ。ただしこの装置は簡略化された物のデータが半月前に隠密隊に持ち込まれていて科学技術部が解析し対抗装備を完成させているわ」 

 「何故簡略化された物だとわかったんだ?」

 「怪人に備え付けれている装置の実験映像が手に入ったのよ。怪人の方がより細かく周波数をコントロールできるわ。肝心の設計データが未入手なのが手痛いわね」

 「わかった。これから参謀に連絡をとる。お前は真理と出動準備を進めておいてくれ。お前と真理を作戦にねじ込む。可能ならエアバイクを回す」

 「了解」

 理沙はそういうと素早く立ち上がり部屋を出ていった。

 ジャケットを拾い上げると裾に腕を通して立ち上あがり春樹は部屋を出ていった。

そして、板張りの廊下を抜けて電話台へとやって来た。

 木製の箱に有線の独楽こまの様な形をした受話器のデルビル電話風の通信機が壁にかけられている。

 春樹は受話器をとると側面のレバーを時計回りに二回・反時計回りに三回、回して参謀の個人通信機を呼び出した。

「こちらF-00。こちらF-00。竹中参謀へ応答願います」

 「竹中だ」

 竹中参謀は防衛隊から引き抜かれた若き参謀で現場での作戦指揮を統括指令する役割を担っている。

 「理沙から報告を受けました。こちらから理沙と真理を派遣します。それからエアバイクを二台都合していただきたい」

 春樹は身を屈めて通信機の送話向かって言った。

 「ありがたい。フラッカーズから人が来るとなると作戦が楽になる。エアバイクは二人に回すつもりか」

 「はい。敵との低空での空中戦が想定されます。蝙蝠を名乗る敵ですからジェットパック位は背負ってくるでしょう」

 「了解した。未改造のスペアになるが都合しよう」

 「作戦の概要は?」

 春樹が訊ねた。

 「江戸川土手を防衛ラインとして、河川、河川敷新葛飾橋に甲虫機甲隊と百獣騎兵隊を配置。北総線と常磐線の江戸川橋梁に武装列車をC-3貨物で配置。後方支援として江戸川機関砲座の支援攻撃と台場からの航空支援を行う。あと三十分後に配置は完了する。機関砲と武装列車によって敵の大多数を殲滅し残りを甲虫機甲隊と百獣騎兵隊で各個撃破する」

 「防衛ラインはどのくらい持ちますか」

 「恐らく三時間だろう」

 「了解しまた。どうも、それでは」

 そう言うと春樹は受話器を通信機においた。

 三時間三十分。それが春樹に与えられた時間である。春樹は廊下を抜けて千里亭の奥にある地下へと続く階段を降りた。


 千里亭は大正時代から建っている数寄屋造りの平屋の日本家屋である。春樹が下った階段の奥は古い防空壕の跡になっていてその防空壕の一番奥には黒い金庫が配置されていた。

 春樹が金庫のダイヤルを回すとダイヤルのツマミが展開して網膜スキャナーが現れた。金庫の奥からガランゴトンと何かの重たい音が響いてきた。春樹はスキャナーに自身の網膜を読み込ませた。

 シリンダーに油圧のかかるシューという音がして金庫の扉がひとりでに開いた。

 金庫は奥へと広く作られていて人が四人は寝転べるスペースがあった。

 春樹は金庫へ入り込むと壁面に隠されたスイッチを押した。すると金庫の扉が締まりオレンジ色の室内灯が点灯する。ガコンとジョイントが離れるされる音がすると春樹が入り込んだ金庫は地下へと下降を始めた。

 防空壕の金庫はダミーであって本来の機能は千里亭地下に広がるE.C.M本部基地へと続く直通エレベーターである。

 春樹はエレベーターを降りると飾り気の無い殺風景な廊下を足早に過ぎ去って特殊車輌の整備区画へと向かった。

 春樹が整備区画に立ち入るとすかさずベージュのつなぎ姿の整備員が駆けつけた。

 「お疲れ様です。ご用件を承ります」

 整備員が背筋を伸ばしきって尋ねた。

 「俺のバイクを頼む。十五番ドックにあるはずだ」

 春樹が言うと整備員は「承知いたしました」と会釈し走り去った。

 それから五分もたたずにペイロードに係留された春樹専用に作られたオートバイのスカイロータスが整備員と共に姿を現した。

 スカイロータスは黒いボディのオフロードバイクでハーフカウルが取り付けられている。

 春樹はバイクにまたがると起動キーを差し込みバイクのDTエンジンをスタートさせる。

 デューテリウムとトリチウムが粒子加速機から射出されて瞬時に融合炉が起動する。

 そしてインバーターが低く唸るような独特のハーモニーを奏でるとインストルメンタルパネルのモニターが起動しインジケータランプが一瞬点灯してから消えた。ブレーキとクラッチのレバーを交互に握った後に春樹はクラッチを外したままにした。

 「行ってくる」

 春樹が言うと整備員が頭を下げて敬礼し立ち去った。

 ペイロードのロックが外れバイクの車体がフリーになる。

 春樹はペダルを操って減速にギアを入れてアクセルを目一杯引き絞る。

 乾いた風のような駆動モーターの磁励音が整備ドック中にに反響する。インバーターの周波数が上昇しモーターの回転数が一気に三万八千まで立ち上がる。

 春樹はクラッチレバーを離しモーターとプライマリープーリーのクラッチを一気ににつないだ。

 バイクは後輪をペイロードに滑らせて白煙を巻き上げながら凄まじい勢いで発進した。

 春樹はマシンの発進用のシークレットルートを迷わずに進み柴又公園下のトンネル内のゲートから外へと出ていった。


        ◆       


 唐突に我に返ると普段から使いなれた覆面車の黒塗りのセダンに板木は乗っていた。

 ルームミラーに目をやるとリアシートには学ラン姿の三笠次郎がよそよそしい様子で座っていた。

 セダンは警視庁へ向けて六号線のカルバートハイウェイを走っていた。

 板木は不意に蜘蛛の化物から逃げた後にE.C.Mの本部に立ち入ってから出ていくまでの間の記憶が全く無いのに気がついた。

 理沙の能力によって無自覚のうちに記憶を限定的に消されたのだ。

 板木は自分がどれだけの重要な情報を忘れさせられたのかを考えると億劫になって軽い溜め息をついた。しかし超常的な能力に対して自分がどうこうできるわけもないと苦し紛れに開き直った。

 カルバートハイウェイは第二次関東大震災による復興事業によって整備された地下高速道路である。

 東京二十三区の主要道路は全てがこの暗渠道路として盛り土によって蓋をされてしまっている。カルバートハイウェイは完全な自動車専用道で地下のカルバートハイウェイから建物に出入りするための地上の徐行道路が整備されている。

 地上は歩行者と軽車輌専用になっているので車輌の主な通行が地下に分断されているのだ。

 板木はセダンを走らせてカルバートハイウェイをひた走った。

 板木は不意にサイドミラーに目をやるとセダンの後方に黒塗りのオンロードバイクが二台張り付いているのに気がついた。

 板木は追跡されているのかと考えて警視庁行きを諦めて六号線から明治通りに入りそこから蔵前橋通りを跨いで京葉道路に入り千葉方面へと向かった。

 黒塗りのオンロードバイクはまだついてきている。

 板木はステアリングを強く握り直す。そして追跡してくるオートバイにどのように対処すべきか思考を巡らした。

 板木の脳裏にふと今朝の蜘蛛の化物との遭遇が頭に過った。

 (あのライダーが化物になったら俺は次郎を守れるのか。無理だ。どんな装備をしていたって不可能だ。俺には昼間の黒い奴みたいな真似はできないぞ)

 そう思ってしまうと途方もない無力感が板木の内心に満ちてきた。

 カタカタとセダンのフロントガラスが小刻みに震える。

 その震えが段々と激しくなってやがてセダンの窓に大きなヒビが入り次第に細かくなる。

 板木は思わずブレーキペダルを踏み込んだ。

 セダンのタイヤが軋んで滑って車体がスピンして操作が効かなくなった。

 すかさず板木は無意識にペダルをアクセルに踏み変えてカウンターステアをゆっくりと当てた。するとセダンは体制を立て直しゆっくりと停車した。

 次郎はリアシートに身を寄せて突然の出来事に驚いていた。

 板木の驚きは次郎のそれ以上であった。自分がどうやってセダンの体制を回復させたのが全く解らなかったのだ。

 再びセダンの車体が小刻みに震え始めてすぐにセダンの窓ガラスが粉々に砕けて飛び散った。ボディにヒビが入りフレームが歪み始める。

 板木はドアのロックを外した。

 「出ろ!」

 鬼気迫る表情で次郎に叫んだ。

 次郎は言われるがままドアを開こうとするがフレームが歪みきっていて開かない。

 板木がサイドミラーを見ると二台のオートバイが真後ろで停車していて、オートバイから降りたライダーがすぐそばまで迫っていた。

 板木は懐からレーザー拳銃を抜いた。

 「無駄な事よ」

 薄気味の悪い女の声がカルバートハイウェイのトンネルに反響する。

 板木が声のする方に顔を向けるとカルバートハイウェイの天面からが逆さぶら下る人影があった。


        ◆


  日の傾き始めた江戸川土手河川敷の東京都側には続々とE.C.Mのメンバーが集まっていた。

 特殊装備を搭載した車輌を扱う百獣騎兵隊や個々人専用にカスタマイズされたコンバットスーツを装備している甲虫機甲隊が各々中隊規模で結集し防衛作戦の開始に備えて待機していた。

 理沙と真理は北総線の橋梁の近くの土手の上でコンバットスーツ姿でスカイブルーのエッジの利いたボディのエアバイクに跨がって待機していた。

 周りから聞こえてくるモーターの磁励音・ファンの回転音・エンジのアイドル音

が真理には心地よかった。

 コンバットスーツはE.C.Mの最も基本的な装備品である。各部隊もしくは個人に割り当てられた色のネオプレーンとナイロンでつくられたタクティカルスーツの上から肩・胸囲・腰・前腕・脛から足にアーマーを装着して頭にマルチデバイスを搭載したヘルメットを被ったものが基本的なスタイルになる。

 理沙は紫色のタクティカルスーツを着ている。

 対して真理は朱色のタクティカルスーツを着ている。

 アーマーやヘルメットはガンメタルカラーで二人はヘルメットのバイザーに黒い遮光板が備えられ口元をフェイスガードで覆ったライダーカスタムの物を被っていた。

 『C-3貨物現着。オペレーションスタンバイオールグリーン』

 オペレーターからの通信を聞くと理沙と真理は互いのバイザー越しに目を合わせた。

 『総員戦闘準備』

 オペレーターの声にあわせて理沙と真理はエアバイクのイグニッションを入れる。インバーターとエアダクトが唸りを上げてバーチカルブローが地面に吹き付けて小石を吹き払いながらエアバイクを離床させる。

 『敵反応多数。いまだに動きません』

 江戸川を挟んで向かいの河川敷はまだ静かである。

 『理沙・真理。一勝負といこうぜ』

 百獣騎兵隊のリオンが言う。彼女からの通信に甲高いエンジンのアイドル音が耳につくノイズとなっていた。

 『イイネ。私も乗るワ』

 甲虫機甲隊のシェンリーが陽気に応える。

 「私は良くてよ」

 理沙が応える。

 「私も同じくね」

 真理が落ち着いた調子で言った。そして、矢継ぎ早に口を開いた。

「レートは雑魚が二百・上玉が八百・ボスが千五・捕虜はその倍だ。装備品は後のボーナスにしてラストを決めたら一万と今夜は・・・・・・オーケー?」

 「えぇ構わないわ」

 理沙が頷く。

 『『オーケー』』

 リオンとシェンリーが溌剌とした声で応えた。

 『敵集団行動開始。第一次防衛攻撃開始します』

 オペレーターの声に合わせて土手の斜面が展開し針山のような機関砲群が姿を現した。

 さらに常磐線の江戸川橋梁に停車していたC-3コンテナのハッチが開き六連装ミサイルポットが展開される。

 六機のミサイルが飛翔して土手の斜面の機関砲がけたたましく敵の集団に砲撃を浴びせる。

 砲弾とミサイル弾頭が矢継ぎ早に河川敷に着弾して爆煙と轟音に水柱と土煙がたち上がりたちまち河川敷の芝生を散らせて焼け野原に変えてしまった。

 『機動部隊行動開始』

 オペレーターからのゴーサインと同時に土手に控えていた幾多のマシンがエンジンやモーターを高らかに響かせて立ち込める煙の中へと突撃する。

 E.C.Mの突撃と同時に敵の戦闘員がアサルトライフルによる銃撃を開始した。

 低空飛行をしながらの銃撃はバイクで先陣をきる百獣騎兵隊や歩兵中心の甲虫機甲隊には効果的であった。

 先陣のバイクに乗ったライダーが複数銃撃されスピンや転倒を引き起こすと突撃の勢いが挫かれてしまい足を止めた歩兵が良い的になっていた。

 理沙と真理はエアバイクを上昇させて高度を地上と戦闘員との間に固定して前進させた。

 アクセルを全開にして一気にエアバイクの最高速へと到達させる。

 降り注ぐ銃弾と空気を引き裂きながら理沙と真理は声をあわせて叫んだ。

 「チェンジ・キッカー」

 「チェンジ・アナライザー」

 理沙と真理の体が輝き、全身の細胞が戦闘形態へと変化していく。

 理沙は紫の光沢を帯びた生体装甲を形成した姿のクロムキッカーへと、真理は深紅の光沢を帯びた生体装甲を形成した姿のクロムアナライザーに変身した。

 「真理やるわよ」

 「えぇ。任せて」

 二人は両腕をクロスさせて単純な力を集結させるイメージを展開させて自身のオーラを体内の中心へと集中させる。

 そしてオーラの放つ鼓動を一際強く感じた瞬間に二人は集結させていたオーラを自身の体外に向かって放出した。

 キッカーとアナライザーの放ったオーラの波動はたちまち戦場を駆け巡り煙を一瞬で打ち払って敵をすくまさせた。

 煙が晴れるとE.C.Mのメンバーは誰もこの機会を逃さなかった。

 直ちに手持ちの火器を空に向かって構えて戦闘員を銃撃して撃ち落とす。

 撃墜された戦闘員は格闘を得意とする甲虫機甲隊の歩兵やロッドや刀剣を振りかざしながらライティングをこなす百獣騎兵隊のバイクやエアバイク・バギーの餌食になった。

 『どうだい。アタシはとっくに三万だぞ!』

 リオンの勢いが乗った声がキッカーとアナライザーの乗るエアバイクの通信機から響く。

 『三万だけ?』

 シェンリーが囃し立てる。

 「私達も負けてられないわね」

 キッカーがアナライザーに嬉々とした声色で言う。

 「ええ、トップはいつだって譲れないわ」

 アナライザーが応えた。

 キッカーとアナライザーの二人は自分のオーラを滾らせてイメージを膨らませる。

 オーラが迸り全身から溢れ出して自身の肉体と精神がオーラを通じて外界と繋がる。そしてキッカーの超能力とアナライザーの物質変換能力が同時に発動する。

 キッカーの能力が旋風を巻き起こし戦闘員を空高く巻き上げる。

 地上にいるE.M.Cのメンバー達は旋風に体を持ってかれないように足を踏ん張りマシンにしがみつく。

 戦闘員は風に巻かれて中空で体制を崩してしいた。直ぐに体制を修正しようとジェットパックを操作するがアナライザーの物質変換能力によって内部構造を変換されてしまい、ジェットパックが上手く作動せずに次々と地面や川の水面に墜落させられた。

 「これスコアは折半かしらね」

 キッカーが言う。

 「とどめになってるのは私のよ。当然、私のスコアよ」

 アナライザーが誇らしげに言いはなった。

 「でさぁ・・・・・・スコア解るの」

 キッカーが訝しげに訊ねた。

 「二万と三千ね」

 アナライザーがキッカーに自慢げに答えた。

 キッカーは手早く胸の翡翠に手を当てて辺りの敵や敵の装備品のオーラを探知した。

 「合ってる」

 キッカーが少し悔しそうに呆れたと言わんばかりの口調で呟いた。

 「楽しそうですね。お嬢さん方」

 薄気味悪い高い声色をした男の声がキッカーとアナライザーの直上から響く。

 キッカーとアナライザーは声のする方に頭をふった。そこには青白い顔をした黒ずくめの男が外套を翼のようにしてなびかせながら空に漂っていた。

 キッカーとアナライザーは男を見据えると二人は敵の部隊長である蝙蝠男だと確信した。

 二人はすぐさまエアバイクを旋回上昇させる。

 アナライザーはエアバイクを旋回させている最中に自身の能力を発動させ空気中にある素粒子を操り幾兆と結合させて強固な拘束バンドを生み出し男を拘束した。

 キッカーが男の正面に位置すると腰のスカートから宝剣を取り出し、男に切っ先を向けた。

 「直ちに投降なさい、これ以上の戦闘は無意味です」

 キッカーの胸の翡翠がキラリと瞬き彼女の凛とした声が戦場に響き渡る。

 『やるじゃんよ』

 通信を通してリオンのカラリとした快活な声が聞こえる。

 『今日は私達の奢りね』

 シェンリーがゆったりとした緊張感のない口調で言った。

 「流石はフラッカーズのクロム戦士といったところでしょう」

 男は体を屈ませながら嘲笑うような口振りで言いはなった。

 「しかしお分かりでしょう。私がまだ、何の力も発揮していないのを。これで終わりではありませんよ」

 男は両腕に力を込めて自身の体を拘束している拘束バンドを引きちぎろうとした。

 アナライザーは能力を駆使して拘束バンドを補修し強化する。

 強化された拘束バンドは男の体により一層強く食い付き締め上げる。

 「そうです。そのようにするのが私の狙いですよ」

 男は体を締め上げられるとそう言って気味の悪い薄ら笑みを浮かべた。

 男の姿が徐々に蝙蝠の怪人へと変身する。顔色が茶褐色に変色して毛髪が抜け落ちて犬歯が異常なまでに鋭く発達する。口は裂けたように赤く広がり眼は小さく白濁として上向いていた。

 蝙蝠怪人は首を左右に激しく振りながらゲェゲェとむせ返るようにして叫ぶと裂けたような口を大きく開き喉を震わせると超音波を戦場に響かせた。

 蝙蝠怪人を拘束している拘束バンドにヒビが入り蝙蝠怪人が翼と腕を広げて拘束バンドを力任せに引き裂いた。

 蝙蝠怪人は翼を広げて飛び上がると喉を震わせオーラを乗せた超音波を発した。

 キッカーとアナライザーは蝙蝠怪人の発した超音波からオーラを感じとると自身のオーラを使ってシールドを張り身を守った。

 蝙蝠怪人の超音波が止むとキッカーとアナライザーはシールドを解いた。

 次の瞬間キッカーとアナライザーはとてつもない狂乱と混沌を素肌とオーラから感じ取った。

 二発のミサイルがキッカーとアナライザーに向かって飛来する。

 二人は素早くエアバイクから飛び降りてミサイルをかわした。

 キッカーとアナライザーは着地してからミサイルが飛んできた方へと目線をやる。

 そこには百獣騎兵隊のリオンがまたがる金色の耐熱コーティングが施されたクアッドバイクが空になったミサイルポットをキッカーとアナライザーに向けていた。

 辺りから人の猟奇的な叫び声と銃声が響く。突如としてE.M.Cのメンバーは狂ったようにして敵味方関係なしに互いを蹂躙し始めた。  

 「リオン何のつもり」

 アナライザーがリオンに向かって怒鳴り付けた。

 リオンはクアッドバイクのスロットルを出鱈目に引いては戻してを繰り返してエンジンを断続的に吹かす。

 響くエンジン音は不愉快そのものでクアッドバイクまで気が狂っているようだった。

 出鱈目なエンジン音から一気に甲高い音がするとクアッドバイクがキッカーとアナライザーめがけて突撃してきた。

 キッカーとアナライザーは素早く避けると直ぐにクアッドバイクへと向き直った。

 「どうなってるの?あんなのリオンのテクじゃないわ」

 アナライザーが言う。

 「皆のオーラが酷く乱れているわ。さっきの超音波にやられたのよ」

 キッカーは自身の感じるオーラの波形が刺々しく乱高下して攻撃的になっているのを感じていた。 

 「オーラがここまで乱れるということは脳をやられているわ」

 アナライザーが判断する。

 間髪いれずに百獣騎兵隊のオフロードバイクがキッカーとアナライザーに襲いかかる。

 キッカーとアナライザーは各々左右に避けて戦場を駆け抜ける。そして二人は無作為に襲いくる攻撃をかわしながら話を続けた。

 (対応はできるかしら)

 キッカーがテレパシーを介して訊ねる。

 (可能よ。検知したオーラの波形からして錯乱状態は一時的なものよ)

 アナライザーがテレパシーを介して返答する。

(なら、カウンターをあてられれば)

 キッカーはそう言うと胸元に埋め込まれている翡翠に手を添えた。

 次の時間キッカーは殺気を感じた。そして中空へと飛び上がる。

 宙返りをして体制を整えから着地すると間髪いれずに蝙蝠怪人の戦闘員と甲虫機甲隊の隊員から激しい銃撃を受けた。キッカーは右に左にと銃撃をかわす。

 「これじゃオーラを集積できない」

 キッカーは吐き捨てるように言った。

 キッカーの能力はイメージした事象を翡翠を通してのみ実現することであるが能力を発現させるには彼女の胸にある翡翠とイメージを元にしてオーラを洗練するための集中力が必要なのだ。

 「どうだねクロムの女戦士よ」

 蝙蝠怪人が空中から見下すようにして言いはなった。

 「あんたの獣臭さ位最悪よ」

 アナライザーが強い語気で言い返した。

 「これは失礼」

 そう言うと蝙蝠怪人はクルリと鮮やかに回転しながら降下した。そして長髪で鼻の高い青白い肌にタキシードを着こんだ男の姿へと変わった。

 「この姿のほうがレディに対して敬意を表せるかな」

 人の姿に化けた蝙蝠怪人が言う。

 「獣臭い次は不健康そのものの姿って最低よ。そんなモヤシ姿で良くもデカイ口叩けるわね」

 アナライザーは不快感を言葉と語気に存分に込めて強く吐き捨てた。

 クロムアナライザー・真理の怒りは頂点に達していた。蝙蝠怪人の同士討ちによる共倒れを狙った姑息な戦いかたとあくまでも紳士的であろうとする態度が真理の神経を逆撫でしていた。 

 しかし冷静ではいられた。むしろ煮えたぎる怒りが喚起する闘争心が彼女の冷静な分析と状況把握に磨きをかけていた。

 真理は怒りの果てに必ずモヤシの様な蝙蝠の男を倒してやると意気込んでいたのだ。

 キッカーはアナライザーの発する冷ややかな殺気を感じとった。

 怒りとは程遠い感触で相手を屠る為に息を潜める獣のそれに近く思えた。

 「能力の発動にままならいとは実に歯がゆいでしょう」

 蝙蝠の男がアナライザーに嘲る。

 「クロムキッカーは能力を発動できず。クロムアナライザー。貴女はこういった集団戦では大技を使いづらい立場にある」

 「えぇ、そうよ。けどね私達はアンタと違って能力に言うほど頼りきってないのよ」

 アナライザーは強く言い放つと足から地面に向かってオーラを流し込んだ。

 アナライザーの物質変換能力が発動し湿り気のある粘土質の土が鋭く硬度のある岩へと変換され槍の様に蝙蝠の男へ向かって突出した。

 蝙蝠の男は岩の槍をかわした。しかし次の瞬間に腹部が歪むようにして沈みこむのを激痛と共に感じた。

 アナライザーの後ろ回し蹴りが蝙蝠の男の腹部を的確に捉えていた。

 アナライザーは能力による岩の槍を蝙蝠の男に避けさせて隙をつくり蝙蝠の男が避ける事に意識を反らした一瞬を狙い澄まして蹴りを打ち込んでいたのだ。

 「どうかしらこれが私のやり方。アンタみたいなモヤシにはできないやり方よ」

 アナライザーは地面に突っ伏している蝙蝠の男に堂々とした口振りで言った。

 「いやはや実に噂通りのお人だ」

 蝙蝠の男はゆらゆらと立ち上がる。

 「あらゆる学問に精通しながら体術にも秀でる。しかし芸術的ではない」

 蝙蝠の男が自信満々にアナライザーに言いきる。

 「私はかつて数多の舞台に立ち、この声で劇場を支配した今はこの戦場が我が劇場なのです。つまりこの私が支配者なのです」

 蝙蝠の男は再び蝙蝠怪人へと姿を変えて飛翔した。

 「幕間は終わりです。ここからはフィナーレへと向かうのみ」

 アナライザーは蝙蝠怪人の訳のわからない言い回しに辟易としながらも再び足からオーラを地面に流し込んだ。

 アナライザーの足元の地面だけが急速に隆起しアナライザーを空中へと押し出した。

 その勢いに乗ってアナライザーは蝙蝠怪人へと飛びかかろうとしたが不意に横っ腹に強い打撃を受けた。

 バランスを崩したアナライザーは力無く空中から舞い落ちて地面に叩きつけられだ。

 落下の衝撃からくる痛みと衝撃に身もだえしながら体を起こすと彼女の喉元に槍の切っ先が突きつけられた。

 「シェンリー貴女もね」

 アナライザーが苦々しい口振りで言う。

 アナライザーに槍を向けていたのは紺色のタクティカルスーツと黒いボディーアーマーを着こんだ甲虫機甲隊のシェンリーであった。

 シェンリーがアナザーめがけて槍を大きく振りおろす。

 アナライザーは素早くシェンリーの槍をかわすと直ぐに立ち上がり身構えた。

 不意にアナライザーの背中にキッカーの背中が重なった。

 背中合わせになった二人はバイザー越しに互いに視線を送ると素早く立ち位置を入れ換えた。

 「さぁ如何にして対応するかな!お二人がまともに相対すれば私の狂戦士は呆気なく落命してしまいますぞ」

 蝙蝠怪人が下卑た声色で言う。

 リオンがクアッドバイクのスロットルを全開にして無理矢理エンジンに金切り声を出させる。

 合わせてリオンが槍を振りかぶり飛び上がる。

 キッカーとアナライザーはリオンとシェンリーからの攻撃に備えて身構えた。

 リオンのクアッドバイクが残りのミサイルを乱射してシェンリーが槍を振り下ろしす。

 しかし狙われたのはキッカーとアナライザーではなかった。

 ミサイルの軌道の先と振り下ろされた槍の先。それはリオンとシェンリーであった。

 リオンはクアッドバイクから放り出されてシェンリーは爆発したミサイルの爆風を受けて空中で体制を崩して地面へと全身を打ち付けた。

 「リオン!」

 「シェンリー!」

 キッカーとアナライザーは二人の名前を呼びながらかけよった。

 「もうちょっと優しく起こして欲しいわね。男に嫌われるよ」

 シェンリーが重々しく体を起こしながら言う。

 「うるせぇな・・・・・・この寝ぼスケが」

 リオンはクアッドバイクのボディーを支えにしてフラフラと立ち上がる。

 「二人とも平気よね」

 キッカーが強い口振りで訊ねた。

 「勿論」

 「たりめぇーだ」

 シェンリーとリオンはハッキリとした声色で応えた。

 二人の身体は深刻なダメージを追っていた。

 リオンはシェンリーから受けた頭部への一撃で出血し体の感覚が麻痺していた。

 シェンリーはミサイルの爆風と地面に接触した時に胸骨を損傷してした。

 二人は身体を傷つけながらもギリギリ残った理性を振り絞って再起したのだ。

 「さてとアタシのゴールドレオに変な声出させた奴に」

 リオンがクアッドバイクのスロットルを引きエンジン音を高々と唸らせ重々しく響かせる。

 「私に槍を粗末にさせた奴に」

 シェンリーは槍を拾い上げると確りと柄を握って手元で踊らせ槍を縦横無尽に回転させて演武してみせた。

 「「ツケを払わせてやる」」

 リオンとシェンリーが声を合わせて言いはなった。

 二人の声が号令になったかのように次々とE.C.Mの隊員達が傷つきながらも正気を取り戻し始めた。

 誰もが身体に動けなくなく程の傷を追っていたが正気に戻った隊員達は痛みを打ち消すだけの闘志が満ちていた。

 「理沙・真理。あの蝙蝠野郎は任した。雑魚は寄せ付けねぇから思う存分やってくれ」

 リオンはクアッドバイクをターンさせてキッカーとアナライザーに背を向けた。

 「またミサイル撃ち込まれたら堪んないわ」

 シェンリーがリオンのクアッドバイクの後ろに飛び移り、リオンの顔を覗き込みながら笑い混じりに言う。

 リオンとシェンリーは銃声と爆撃渦巻く戦場へと臆せずに突撃していく。 

 二人の滾る闘志に呼応するかの様にクアッドバイクのエンジン音が高らかに響き渡る。

 キッカーとアナライザーは何も言わずに心中に信頼を込めて敵の渦中に突撃するリオンとシェンリーに背を向けて送り出した。

 「何故だ、何故私の声が効かないのか!」

 蝙蝠怪人が語気を昂らせながら言う。

 「アンタの催眠音波に対抗するための自己催眠装置が起動したのよ。もっとも、それを使ったとしてもギリギリの理性しか残せなかった」

 アナライザーが淡々と言う。

 「けれど皆は立ち上がってくれた。ギリギリの理性が戦うことを忘れなかった」

 キッカーが熱を込めて言った。

 「しかしどうかね。いくら聖騎士を気取っても強力な狂戦士に挑むのは無謀ではないかね」

 蝙蝠怪人は生臭い唾液を撒き散らしながら声をあらげた。

 「無謀ならとっくに撤退させられているわ」

 理沙が重々しい口調で言った。

 「そう。私達はアンタごときには負けないから」

 アナライザーが冷淡な口振りで言う。

 蝙蝠怪人は憤りが頂点に達して牙をギリリと強く噛み合わせた。

 そして大きく息を吸うと再び超音波を発した。

 キッカーとアナライザーは蝙蝠怪人の超音波にオーラが乗っていないのを直ぐに覚った。

 アナライザーは大気にオーラを廻らせて漂う元素の一つ一つを振動させる。それを集積させて蝙蝠怪人の発した超音波と全く同じ周波数の超音波を発振させた。

 アナライザーの発振させた超音波と蝙蝠怪人の発した超音波がぶつかり相殺される。

 「何っ!」

 蝙蝠怪人は思わず声に出して驚いてしまった。

 キッカーの胸の翡翠が輝き、蝙蝠怪人にキッカーのオーラが纏わりつく。

 それは蝙蝠怪人に溶け込み思考と五感をたちまち支配した。


         ◆


 蝙蝠怪人は眩い照明に照らされて一人で舞台に立っていた。

 照明の眩しさに目がくらみ思わず翼で顔を隠した。

 舞台には大勢の観客が様々な仮面を株って蝙蝠男を静かに見ていた。

 「なんだこれは!」

 蝙蝠怪人が叫ぶ。

 蝙蝠怪人の叫びとともに劇伴が流れ始めた。

 蝙蝠怪人には劇伴に聞き覚えがあった。それは蝙蝠怪人が嘗ては最も得意とした戯曲である。

 蝙蝠怪人は混乱し立ちすくむ。ふと観客に目を向けると観客達の仮面がひとりでに顔から剥がれ落ちて観客の素顔が露になる。

 蝙蝠怪人は観客の顔を見て愕然とした。     

 仕立ての良い燕尾服に赤々としたキメのある肌・逞しい体躯の男で全員が同じ素顔をしていた。

 その男達はかつての蝙蝠怪人の姿そのものであった。

 彼等は蝙蝠怪人を冷笑を浮かべながら憐れみの目で見つめていた。

 「私を見るな!ここは私の舞台ではない」

 蝙蝠怪人が叫ぶ。

 男達は変わらず蝙蝠怪人を憐れみながら見つめていた。


        ◆


 河川敷の芝の上に突如として蝙蝠怪人が倒れた。

 アナライザーとキッカーは蝙蝠怪人のオーラが全く感じられなくなったのを確認した。

 「相変わらず凄まじいわね」

 アナライザーが言う。

 「オーラが減退し過ぎなければ良いのだけど」

 キッカーが憂う様に言った。

 「そんなに強く術をかけたの?」

 アナライザーが訊ねた。

 「えぇ。そうでもしないと無力化出きる程に弱らせる事ができなかった」

 キッカーが静かに言う。

 キッカーは胸の翡翠に手を当ててオーラを河川敷の全域に廻らせた。

 キッカーのオーラは冷たく心地の良い風を吹かせた。

 風が芝生が揺らして、E.C.Mの隊員や蝙蝠怪人の部下を優しく穏やかに抱き抱える様にして吹き抜ける。

 風に乗ったオーラが蝙蝠怪人の部下達の狂気を運び去り、安らかな気持ちを吹き込ませた。

 E.C.Mの隊員達は心に吹き込む安らぎを感じとると手にしている装備を静かに下げた。

 キッカーとアナライザーがふと蝙蝠怪人に目をやると蝙蝠怪人の体が急速に朽ち果てて塵へと成り果てていた。

 その塵も風に吹かれて何処へと消えてしまった。

 キッカーとアナザーは変身を解いて理沙と真理の姿へと戻った。

 二人はただ目蓋を伏せて蝙蝠怪人の倒れていた芝生を見ていた。

 『作戦終了。事後処理に当たります。各セクションは被害報と・・・・・・』

 オペレーターの声が二人の通信機から流れた。

 「可哀想に自分が囮だって知らないで戦わされたのよ。本当なら立派な歌手だったのに」

 理沙がひとりでにポツリと悲しそうに呟いた。

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