Flaggers

ヨシムラ・タツキ

見参!フラッカーズ

クロム戦士の戦い

Ep.1/救出-クロムセイバー

 冬の昼下がりの城南島二丁目の一角にある廃ビルの前の通りにワインレッドのクーペが停まっていた。

 そのワイレッドのクーペの車内の助手席に警視庁の刑事・板木と運転席にE.C.Mの構成員の一久が乗っていた。

 板木は助手席から運転席のシートを倒してつっぱらかる一久の姿を見て少し辟易としていた。

 一久の身なりはクーペの色と同じくらい派手で赤いのサテンのシャツに黒いベスト・鹿革のジャケットとパンツ姿でフィンガーレスグローを嵌めていた。

 対して板木はグレーのジャケットとパンツの安いセットアップのビジネススーツ姿で堅実な身なりをしていた。

 「なぁ、真面目に張り込もうとは思わんのか」

 板木が呆れた口ぶりで言う。

 一久は薄目を開けると体をよじって板木の方を向いて眠たそうに答えた。

 「一昨日の晩から一睡もしてないんだ。それに警察の手伝いは俺達のラチ外なんだから」

 一久の眠たい態度に呆れた板木は溜め息をつくと張り込みの対象へと目をやった。

 二人が監視しているのは廃墟になった雑居ビルである。そこに出入りしている人間に容疑者がいないかを確かめるのが二人に課せられた任務であった。


 「なぁ、板木さん」

 気の抜けた口調で一久が言う。


 「何だ」

 板木の脳裏に一久が無茶苦茶な事をしようとして同意を求めてくるのではという嫌な予感がよぎった。

 「もし、今すぐに踏み込めるとしたらどうするさ」

 「どうするって、俺は突入の命令は受けていない」

 「だよなぁ」

 一久はシートのリクライニングをあげるとクーペのエンジンをかけた。

 「何をするんだ」

 板木が不安げに訪ねた。もしも一久が彼の組織の裁量で行動を起こしたら板木はただでは済まされない。手柄はE.C.Mに奪われるし、上司にはどやされる。下手をすれば命令違反で査問にかけられかねない。

 「安心してくれよ。アンタと組んでいる以上はアンタ等の裁量と指揮には従うよ。今、俺達は何の確証も得ていない。つまりはなにもできない。しかしな・・・・・・」

 一久は言葉を区切りシフトをリバースに入れるとクーペをターンさせた。

 「俺とアンタがする必要がないんだな」

 一久が言うと背後から低く唸るような重たい轟音がクーペの車体と車内の二人を揺さぶった。

 板木がリヤ側に目をやるとさっきまで監視していたビルが一気に倒壊していた。

 黄色い粉塵がもくもくとクーペに押し迫っている。

 「説明しろ、一体何をしたんだ」

 板木は三白眼を鋭くして一久に向けた。

 「言うよりは、来た」

 一久が言うと粉塵の中から男女三人の青年が現れた。一人は学ラン姿で肩を担がれている。その学ランの青年こそ誘拐された被害者当人であった。

 後の二人、男の方は右目に眼帯をしていて、黒い薄手のロングダブルコートを羽織りその下に黒いダブルカラーのカッターシャツとカーゴパンツを着込み、革製のブーツを履いて、彼が学ラン姿の青年を担いでいた。 

 女は茶髪のショートボブで垢抜けた顔つきの白いボリュームのあるレースをあしらった長袖のVネックのブラウスと白藍色のタックパンツと爽やかな出で立ちをしていた。

 板木は慌ててクーペから降りて三人に駆け寄った。

 「大丈夫か」

 板木は学ラン姿の青年に訪ねた。

「はい、大丈夫です」

 学ランの青年が答える。青年は少し疲れた様子で顔も学ランも白く煤けて汚れていたが、はっきりとした声色で答えた。

 「失礼。警視庁の担当者ですね」

 眼帯の青年が割って入りせかせかした口振りで板木に訪ねた。

 「被害者の身柄はここで預けます。今すぐに逃げてください」

 眼帯の青年はまだ晴れない粉塵へと目を向けた。

 「早く行け!」

 眼帯の青年が声をあげると粉塵から白い塊が飛んできた。

 眼帯の青年に白い塊が命中する。青年は勢いよく倒れて地面に叩きつけられた。

 「カズ・理沙、頼むぞ」

 青年が言うと理沙と呼ばれた女がうなずいた。そして板木と学ラン姿の青年を派手なワインレッドのクーペに誘った。

板木と学ラン姿の青年は理沙にうながされるがままにクーペの狭い後部座席に押し込まれた。

 そして理沙は助手席に乗り込むと「出して」と一久に言った。

 一久はクーペのアクセルペダルを深く踏み込んた。それと同時にシフトレバーとクラッチを器用に操作してクーペを急発進させる。

 モーターが磁励されて甲高く唸る。

 一久は瞬く間にシフトレバーとアクセルペダルを操作してクーペを加速させた。

 「さっきの眼帯のは」

 板木が訪ねる。

 「アイツなら平気だ」

 一久が答える。  

 「平気?よくわからないモノに撃たれていたのにか」

 「何に撃たれても平気よ」

 理沙が言う。

 「そう。平気さ」

 一久が不適に笑いながら言う。

 「何故だ」

 板木が問う。

 板木の問いに誰かが答える前に、黒い何かがクーペのリアからフロント側へ向かって横切った。

 何かは土煙を巻き上げながら何度も地面に叩きつけられた。

 「勢い任せにするなっ」

 一久が声を張る。

 ワイレッドのクーペはもくもくと立ち上る土煙に相対する格好で停止した。

 一久はハンドル横にあるレーザーマシンガンの起動トルクスイッチを指で弾いた。 

 クーペのフロントライトがスライドして裏からレーザー機銃が展開される。

 一久は土煙の中に向かってレーザーの発射ボタンを押した。

 土煙の中をオレンジのレーザー光がチッチッと瞬く。

 すると、土煙の中から白い糸が無数に飛び出して、クーペのフロントに張り付いた。

 一久は電磁シールドとフロントに仕込まれた超短波振動装置のトルクスイッチを立て続けに弾いた。

 電磁シールドが青白いスパークを発しながら白い糸を蒸発させる。

「捕まってろ」

一久はそういうとクーぺのギアを落としてからアクセルを目一杯踏み込んで土煙の中にクーペを突撃させた。

 ゴロンとフロントバンパーの方から鈍い音がした。一久はクーペのアクセルを緩めずに走らせ、荒々しくステアリングを切った。

 クーペが車体を軋ませて大回りにターンし、土煙の中を走り抜ける。

 土煙を抜けて視界が晴れるとフロントガラスの向かいには黒く鋭い体毛の生えた腕があった。

 板木と学ランの青年はその腕を遠目から見て人のそれではないと気がつくと息をのみ、戦慄した。

 腕がピクピクと動く。そして黒い影が飛び上がりバンパーの上に着地すると影の全容が露になった。

 黒い腕が三対生えていて口は昆虫の顎に似ている。九つの赤く濁った目玉がギョロリと蠢いてクーペの車内を覗き込んでいた。

 その出で立ちは蜘蛛と人の合の子の様な化物である。 

 蜘蛛の化物はフロントバンパーの上で立ち上がると口から針状の糸をフロントガラスに向かって吐き出す。しかし、糸はシールドに弾かれてフロントガラスに届かない。

 一久はステアリングを左右に断続的に切ってクーペの車体を揺さぶって蜘蛛の化物を振り落とそうとする。 

 蜘蛛の化物は身を屈めて真ん中と下の二対の手でバンパーの両端を掴んで体勢を安定させた。そして上の一対の腕でフロントガラスに向かって殴りかかる。

 しかし蜘蛛の化物の殴打は電磁シールドに阻まれた。

 板木は目の前の化物とそれを難なく相手にする一久と理沙に恐れおののいて固唾を飲むばかりであった。

 そして板木は少し震える手で隣に座る学ラン姿の青年の肩を抱き寄せた。

 学ランの青年の肩は強張っていて酷く怯えているが板木にはよく伝わった。

 蜘怪人は脚と三対の腕を使って飛び上がろうと身体を伸ばした。

 「させるか!」

 蜘蛛の化物が飛び上がる寸前に一久は電磁シールドの電圧をコントロールするダイヤルスイッチを回してシールドの電圧を一気に上昇させた。

 クーペから発せられる電撃が蜘蛛怪人の身体を突き抜ける。

 クーペの周囲で空中放電が起こって青白い稲妻が散る。

 クーペのシールドの上で蜘蛛怪人が激しく痙攣する。

 「どうだ!六〇〇万ボルトの高電圧シールドは!」

 一久はシールドのトルクスイッチ弾いてからステアリングホイールを激しく切った。

 クーペが車体を軋ませてターンする。

 クーペの上に転がっていた蜘蛛怪人はクーペのクイックターンの反動で地面に振り落とされた。

 クーぺのインストルメントパネルの無線通話の受信を知られるビープー音が鳴って赤いランプが発光する。

 一久がステアリングのスイッチを押すと眼帯の青年の声が聞こえてきた。

 『カズ、道草は程々にしておけ』

 「誰のせいだと思ってんだ、こいつでとどめだ!」

  一久は八連装ミサイルのトルクスイッチを弾いた。

 クーペのフロントバンパーパネルが下がってバンパーの裏から四対のミサイルランチャーが展開された。  

 「速射八連ミサイル発射」

 一久の叫び声によってセーフティロックが解除される。

 間髪いれずに一久が発射ボタンを押すとよろめいている蜘蛛怪人めがけて八発のミサイルが一直線に飛翔した。

 たちどころにミサイルは蜘蛛怪人に接近して蜘蛛怪人の目の前で炸裂して爆音を響かせた。

 蜘蛛怪人はミサイルの爆発の衝撃と熱風に巻き込まれて左右の腕と胴体の半分を吹き飛ばされた。

 黒い爆煙の中から蜘蛛怪人のおぞましいうめき声が響く。蜘蛛怪人の身体を裂かれた痛みと熱に皮膚を焼かれる痛みに苦しみ悶える叫び声が響いてくる。

 学ランの青年は眼を見開いて肩を上ずらせた。

 立ち上る黒煙から響く気味の悪い金切り声と四散している化物のおぞましい肉片は若く純粋な二つの瞳には衝撃的な光景であった。

 板木には目の前の光景は地獄絵図以外の何でもなかった。

 (一刻も早く車から降りなければ。あの二人に関わってはならん)

 板木は目の前の惨状に淡々と対応する一久と理沙に関わってならないと確信した。

 「終わったのか」

 板木は一久におずおずと尋ねた。

 「まだ終わっていないわ」

 理沙が答える。

 『いや、まだだ』

 クーペのダッシュボードに配された通信機から眼帯の青年の声がした。

 『敵のオーラが無軌道に増幅されている。感じるか理沙』

 「酷いわ。波形も流れも滅茶苦茶で力だけが溢れてでいる」

 理沙が凛とした声色で言う。

 『カズ潮時だ。すぐに引き上げろ』

 眼帯の青年が鋭い語気で指示を出す。

  「あいよ」

 一久がクーペをターンさせた。

 クーペがターンすると巨大な黒い鎌が宙を裂いてクーペのフロントバンパーへと振り下ろされた。

 鎌は三対現れて黒煙を裂いた。しかしよく見るとそれは鎌ではない。

 「脚か!」

 一久が巨大な鎌を見て言う。

 「蜘蛛よ」

 理沙が言う。

 もくもくと立ち上る黒煙の中から鋭く光る赤い六つの点がゆらりと浮かぶ。

 三対の巨大な脚と六つの赤い複眼に膨れ上がった腹部。巨大な蜘蛛の姿がそこにあった。

 蜘蛛怪人は耐え難い苦痛とダメージの末に自らの能力と再生治癒能力が暴走して巨大な蜘蛛の怪物へと変貌したのである。

 巨大蜘蛛はクーペに向かって鎌のような鋭い円弧を描く脚を振り下ろした。

 一久は電磁シールドのトルクスイッチを弾いて電磁シールドを再度起動させた。

 電磁シールドに巨大蜘蛛の脚が接触して青白い火花が散る。

 巨大蜘蛛は電磁シールドを力ずくで破ろうとしてもう一本の脚をクーペのシールドに振り下ろす。

 クーペの電磁シールドからとてつもない勢いで青白い火花が散っている。

 「おい、大丈夫なのか」

 板木が強い語気で言う。

 「大丈夫だ」

 一久は答えた。しかし彼が言ったほど事態は思わしくなかった。

 電磁シールドの電圧はレッドゾーンにギリギリ入らない所で出力されていた。つまりシールドの残り持続時間は僅かに迫っていた。

 シールドの電流メーターの指針がレッドゾーンに差し掛かかると赤い警告灯が点灯しアラートが鳴り響く。

 シールドはあと二分と持たない。二分を過ぎるとクーペは他の機能を保護するためにシールド専用のバッテリーからの電気供給を強制的に停止させてしまう。

 一久はシフトノブに手をかけた。そして両足をクラッチペダルとアクセルペダルに添えて神経を研ぎ澄ます。 

 (全ては一瞬で決まる。シールドが切れたその瞬間に一気に後退すれば・・・・・・)

 一久は意を決して巨大蜘蛛をキッと強く睨んだ。

 巨大蜘蛛は一久の視線に気がついたらしくグギゥと気味悪く呻き六つの個眼を蠢かした。そして、牙を左右に開くと粘着性の高い糸の弾を瞬時に複数打ち出した。弾の殆んどはクーペのシールドに焼かれた。たが。

 「くっそ!」

 一久はステアリングを小突いた。

 焼かれなかった糸の弾がクーペの周りに着弾してトリモチに囲まれる格好になってしまったのだ。

 シールドは限界で逃げ場は無し。後部座席にいる板木は学ランの青年の肩を強く抱き寄せた。

 (カズ、直ぐに後退できるようにしろ)

 眼帯の青年の思念が一久の脳裏に飛んでくる。

 (遅いわ)

 理沙が思念を飛ばす。

 (全くおいしい所を持っていくヤツだぜ、お前は)

 一久は不敵な笑みを浮かべて思念を飛ばした。

 (頼むぞ)

 (任せろ)

 自信に満ち溢れた眼帯の青年の思念が一久と理沙の脳裏に送られた。

 そして、危機に焦る心持ちや目の前の恐怖を引き裂くように猛々しい叫びがクーペに乗る全員の耳に響いた。

 「チェンジ・セイバー!」

 目映い銀色の閃光が散り、光の中から黒くきらびやか光沢を発する生体装甲に身を包んだ戦士が現れた。

 戦士は巨大蜘蛛に向かって一直線に駆け出す。

 巨大蜘蛛は戦士を関知すると腹の先をピクリと動かして糸の弾を打ち出した。

 戦士は両方の拳に自らの力の源、オーラを集中させる。そして打ち出された糸を矢継ぎ早に叩き落とした。

 「レディ!」

 戦士が突き進みながら叫ぶと戦士の身体から漆黒のオーラが溢れだして人の形になって実体化する。

 戦士のオーラが結集して現れたのは黒いレザーの拘束衣とベルト状の拘束具に全身を束縛された姿の女であった。

 オーラによって現れた女は戦士の能力の化身とも言うべき存在のレディ=ゼロである。

 戦士は左の太股の装甲を展開して中からサーベルを引き出してから巨大蜘蛛に向かって構える。

 戦士とレディ=ゼロは巨大蜘蛛めがけて駆け出した。巨大蜘蛛の後ろ足を掻い潜り腹の下をすり抜けて正面へと回り込む。  

 レディが一歩先を行ってクーペの周りに張り付いているトリモチ状の糸の塊をオーラの波動で破壊する。

 戦士がレディに続いて巨大蜘蛛の腹の下を抜ける。

 クーペの電磁シールドに突き立てられた巨大蜘蛛の二本の前足を戦士は手にしたサーベルで難なく斬り捨てた。

 巨大蜘蛛が呻き声をあげて後退する。斬られた二本の前足の断面からは紫色の体液を吹き出している。

 すかさず一久がシフトノブ・クラッチペダルとアクセルペダルを操作してクーペをターンさせて巨大蜘蛛から離れた。

 走り去るクーペの中から板木は戦士の背を凝視していた。一体、何者なのかと。


    ◆


 戦士とレディ=ゼロは巨大蜘蛛に面と向かって並び立つ。

 「行くぞレディ」

 戦士が言うとレディ=ゼロは唯一拘束されていない口から「あぁ」と答えて頷いた。そして両腕を縛っているベルトが緩まって拘束が解かれる。

 巨大蜘蛛は未知の外敵に向かっていきり立ち激しく威嚇する。斬りおとされた前足は再生が始まっていて未成熟な小さな前足が斬りおとされた断面から紫色の体液を吹きながら生えていた。

 戦士は背中の装甲を展開して中から棒を取り出し振り回す。すると棒が次第に伸長し刃が展開されて薙刀へと変形した。

 薙刀を携えて巨大蜘蛛へと戦士は駆け出した。

 巨大蜘蛛は糸の弾を戦士に向かって吐き出が戦士の振るう薙刀にいなされてしまう。

 戦士が素早く巨大蜘蛛の腹の下に潜り込んで巨大蜘蛛の四対の残っている脚の節を的確を狙って薙刀を振るって斬りおとした。

 支えを失った巨大蜘蛛の体が崩れ落ちてくると同時にレディ=ゼロが巨大化蜘蛛の頭部に脚がめり込む程の強烈な回し蹴りを見舞った。

 地面に体を引きずりな蹴り飛ばされた巨大蜘蛛の体が砂塵を巻き上げる

 戦士は薙刀の柄にあるスイッチを押して薙刀を槍へと変形させると天に向かって高く飛び上がり最高点で巨大蜘蛛の脳天めがけて槍を投擲した。 

 投げられた槍は身動きのとれない巨大蜘蛛の脳天に吸い込まれるような軌道を描いた。そして巨大蜘蛛の脳天に深く突き刺さった。

 巨大蜘蛛が苦痛に身悶えしながら激しい呻き声をあげる。

 紫色の体液を身体中のあちこちから周囲に撒き散らして六つの赤い個眼が不規則に激しく蠢く。

 戦士は着地するやいなや再び飛び上がった。

 同時にレディ・ゼロも飛び上がる。

 戦士とレディ・ゼロは最高点で合流すると空中で回転し巨大蜘蛛めがけて右足をつきだして落下する。

 落下する最中でレディ・ゼロの身体が粒子となって戦士へと纏われていく。黒い粒子の激流に身を包まれる戦士。レディ・ゼロと戦士二つの力が一つに合わされる。

 「バイ・クラッシュ!」

 戦士が叫ぶ。

 戦士とレディ・ゼロの力が掛け合わされた必殺の蹴りが巨大蜘蛛の脳天に突き刺さった槍の柄に命中する。

 戦士から迸る無制限の熱と電撃を伴った破壊エネルギーが槍を通じて巨大蜘蛛の身体を内と外から同時に破壊する。

 それだけにとどまらず戦士は蹴りの勢いのまま槍を更に巨大蜘蛛に食い込ませやがては戦士の身体ごと巨大蜘蛛の脳天を打ち抜いた。

 巨大蜘蛛の中に流し込まれた破壊エネルギーは熱量を瞬時に増幅させて巨大蜘蛛を爆発四散させた。

 おぞましい青紫の肉片と紫色の体液の雨のように天から降り注ぐ。

 その紫の雨の中で戦士は身を屈めるようにして着地していた。

 そして肉片も紫の体液も降ってこなくなると静かに立ち上がった。


        ◆


 一久の運転するワインレッドのクーペは軽快に街を走り抜けていった。

 「少しは落ち着いたか」

 板木は学ランの青年に訪ねた。

 「えぇ。少しは」

 学ランの青年がおずおずと言った。

 「そうか君になにが起こったのかを聞かせてほしいのだか大丈夫かな」

 板木はおもむろにジャケットの懐から手帳を取り出した。

 「はい」

 学ランの青年がゆっくりと頷いた。

 「今でなくてもいいだろうよ」

 一久がいなすように言う。

 「しかし事態をだな」

 板木は語気を少し強めて言った。

 板木は車を降りてから直ぐに次の行動に移れるようにしておきたかった。その為に被害者から事態を聞き取りを済ましておきたかった。

 E.C.Mよりも早く事件の全てを知る必要があると考えていた。

 「早く事態を把握したいというのは分かります。しかし、彼のメンタルのケアを十二分に施せない現状での尋問はよろしくはありません」

 助手席に座っていた理沙が鋭い口振りで言う。

 「あの・・・・・・・僕は大丈夫です」

 学ランの青年がおずおずと言う。

 「いいえ。そう思えるのかもしれないけれど今のあなたには無理は強要できないの。解るでしょう」

 理沙の口調は優しく温かみがあった。しかし解るでしょうという彼女の言葉には学ランの青年に対する強い制止の思いが込められていた。

 板木は理沙の真の通った強い語気に気圧されてしまった。

 板木は理沙の言葉尻と口調が不思議に思えた。一体彼女は何を思って「解るでしょう」と青年に言ってのかに強烈な疑問を抱いてた。しかしそれを理沙に問い詰めようとするのは理沙が言うよろしくはない時なのだろうと思った。

 板木は尋問を展開するのを諦めて出した手帳を懐にしまいこんだ。


        ◆


 クーペは城南島から地下高速道のカルバートハイウェイを利用して江東区の若州と新木場を経由して湾岸線の下りに入った。

 カルバートハイウェイは第二次関東大震災の復興事業として整備された自動車専用の地下道である。

 東京二十三区全ての主要道路は一般道も有料道路も全て地下へと移設されている。

 クーペは江戸川区葛西で荒川近くの地下を通る新中央環状線に入る。それから葛飾区四つ木で今度は六号線に入って金町で地上へ出た。

 地上へと出ると建物は低くなって古びた郊外の町並みへと移り変わっていた。

 やがてクーペは葛飾区柴又の江戸川の土手沿いの道に出ていた。

 土手の側道を抜けるとクーペはトンネルへと入る。

 一久がインストルメントパネルを操作するとトンネルの壁面に隠されたシークレットルートのゲートが開いた。

 クーペはシークレットルートに入るとすぐにターンテーブルの上に停車した。

 ターンテーブルが回転しながら下降しクーペを地下へと運んでいった。


         ◆  


 板木と学ランの青年が呆気にとられている間にクーペは地下施設へと到達した。

 「さぁ降りてくれ」 

 一久が板木と学ランの青年に降車を促す。

 板木と学ランの青年は言われるままにクーペから降りた。

 クーペを運んだエレベーター通路の入口に重厚なシャッターがシューとガス圧を抜く音をたててゆっくりと降りる。

 地下施設の天井は高くトラスと白い照明が規則正しく配置されていて無機質な白い光を放っている。

 「一体ここは」

 板木が地下施設の天井を見上げて言った。

 「柴又の千里亭地下にあるE.C.Mの本部基地さ。ここはその車庫のひとつ」

 一久が言うとクーペの下のペイロードが動きだしてクーペを車庫区画へと格納した。

 「ここからは少し歩きます。機密保持の為に二人の記憶に干渉してこの地下基地で見たことや聞いたことは抹消させてもらいます」

 理沙が冷たく言う。

 「記憶を抹消だと!」

 板木が声をあらげる。記憶に干渉するというのは人間の根幹に触れるわけであって易々と行うのは到底許される行為ではない。

 「安心して下さい。記憶の抹消はもう始まっていて地上に出ると同時に終わります。痛みや副作用の様な症状は決してありません」

 「安心というがな」

 板木が理沙にくってかかろうとする。しかし理沙の冷ややかな目付きは変わらない。

 理沙の眼にジッと睨み付けられて板木は何故だか突っかかる気が失せてしまった。

 《E.C.M》とはESP.Coping.Mechanism.対超能力者機構の略称である。

 日本全国で発生する超能力者関連の事件を一手に引き受ける秘密機構で全国に八支部の拠点を持ち約五千人のメンバーが調査研究・諜報及び武力行動に従事している。

 これ等を統括する本部基地は柴又の江戸川に程近い場所の地底八十メートルに健造された地底要塞である。

 本部基地には戦闘・オペレート・科学分析・整備開発等の各セクションを合わせて常時二百五十名が勤務している。

 板木と学ランの青年は理沙に連れられて地下基地の殺風景な通路を進んでいた。照明は明るく、通路も広々としているが単調で代わり映えがない。ただ、カツカツと足音が響くだけである。時折、壁に記されるアルファベットも無機質な書体あった。

 板木が眼にする通路、人、物、全てがシステマティックで無駄な要素が一切許されていない。その規律と無機質さが板木には冷たく感じられた。

 何も言わず話さずに理沙は板木と学ランの青年を案内した。

 無機質な通路を抜けてエレベーターに乗り階層を上がる。

 エレベーターを降りると急な階段があってそこを登ると鉄製の分厚い扉があった。その扉を理沙はゆっくりと開くいて外へと出ていった。

 板木と学ランの青年も後に続いて扉を抜けた。その先には狭くてじめじめとした湿気のこもったコンクリート壁剥き出しの防空壕跡になっていた。

 さっきの分厚い扉は防空壕の金庫の扉に偽装されていた。

 金庫の扉はひとりでに閉まるとイヤルが回転して扉を施錠した。

 「ここで靴を脱いでおいて」 

 理沙が言う。

 板木と学ランの青年は言われるまま靴を脱いだ。そして、防空壕を出て急な階段を登ると数寄屋造りの家屋の縁側へと出た。

 この数寄屋造りの家屋は千里亭といってE.M.Cの司令官と司令官の近親者が生活する居宅である。

 千里亭の裏庭側の縁側と廊下を抜けて、主庭側の縁側を通り、板木と学ランの青年は主庭に配されたバルコニーに通された。

 「お待たせ」 

 そういう理沙の目線の先にはさっきの眼帯の青年がバルコニーの上に立て膝をついて待っていた。

 眼帯の青年は立ち上あがり板木と学ランの青年に歩み寄る。

 「二人とも無事だったようですね」

 柔らかな声と凛とした微笑をたたえながら眼帯の青年は板木と学ランの青年に語りかけた。

 「おかげ様でね」

 板木は吐いて捨てるように言った。

 「そいつはなによりだ」

 「一体なんなんだ君たちは?何が起こっているんだ?」

 板木が噛みつくように強く言い放つ。

 「それは貴方が知る必要は無いが、教えなければ気が済まないだろう」

 眼帯の青年はそう言うと学ランの青年に眼を向けた。

 「三笠次郎君だったね」

 名前を呼ばれて学ランの青年が頷く。

 「君は、君自身に拐われるいわれがあったという心当たりがあるかい」

 「あります」

 次郎は後ろめたいことがあるのか眼帯の青年の問いに口ごもりながら答えた。

 「そうだ。理由は君にある。そしてそれは口では説明しがたいことだ」

 眼帯の青年は理沙に視線を送って合図した。

 理沙は軽く頷くと翠玉の嵌まった金色のペンダントを握ってうつむいた。

 彼女は精神を研ぎ澄ますと毒々しいイメージを次郎へと送り込んだ。

 妬み・恨み・怨嫉といった人間の持ちうるドス黒くて攻撃的な感情とイメージが次郎を責め立てる。

 「やだ。やめてくれぇ!」

 次郎が叫ぶ。彼は自身の抱える不安と理沙の送り込んだイメージが結びつき耐え難い苦痛をその精神に刻み込まれていた。

 次第に次郎は立っていられなって膝をついて倒れると絶え間なくえずきながら体を悶えさせた。

 板木が次郎の苦しむ姿を見かねて歩み寄ろうとするがそれを眼帯の青年が静止する。

 「何をする」

 「手を出すな」

 眼帯の青年が冷たく告げる。

 次郎が一際激しい叫びをあげると板木たちを驚異が襲った。

 庭園の地面が激しく揺れて芝生に深い地割れが起こる。さらに木の幹が破裂して岩が弾けて美しい庭の景観は一瞬にして破壊されていった。

 板木は目の前の怪奇におののきながら何かが軋む音を耳にした。

 板木はハッとして千里亭の母屋に振り向いた。

 板木の耳した音それは千里亭の建物それ自体が崩れようとする梁や柱が軋む音であった。

 「理沙もういい」

 春樹が言う。

 理沙は次郎に送る思念を切り替えた。暖かく優しさのある慈愛のオーラが次郎の心を癒していく。

 次郎の苦悶に満ちた表情は次第に明るくなった。

 板木は次郎を凝視していた。

 板木にとって今目の前で起きた出来事は想像を遥かに越えていた。それ故に刑事として尋ねる言葉を失っていた。 

 「彼が狙われたのは彼の持つ未発達な能力のせいだ」

 眼帯の青年が淡々とした口調で説明した。

 自分よりも眼帯の青年の方が事件について深く理解しているのを感じると板木は唇を軽く縛った。

 「僕はどうしたのでしょうか」

 次郎がうなだれた声で言う。

 眼帯の青年はえくぼを深くして表情を緩ませながら軽く頷くと次郎の前に跪いた。

 「見ていてくれ次郎君」

 眼帯の青年は立ち上がり主庭へと降りた。そして芝の上に転がっている土塊をつかんでから天高く放り投げる。

 中空に浮かび上がった土塊に眼帯の青年が睨みを効かせると、突然として土塊が眼帯の青年の眼力に貫かれた様に弾けた。

 弾けた土塊がパラパラと芝生に舞い墜ちる。

 「俺も君とよく似た能力を持っている」

 次郎に向かって眼帯の青年が微笑みかける。 

 「こういった力は人間の感情やイメージによって発生する電気信号が他の情報信号に干渉することによって発生する現象だ。雨男が雨を降らすのも、晴れ女が雲を晴らすのも同じ原理だ。そして、こういった力は訓練してコントロールできる」

 「訓練ですか?」

 「訓練といってもある種の治療と言った方が正しいかも知れない。君のメンタルケアと脳の発する電気信号をコントロールする術を身につけてもらうのが俺達の目的だ。そうすれば君は狙われないし突発的に能力が発動することもない」

 次郎の目を真っ直ぐに見据えて言葉の一つ一つ諭す様にして眼帯の青年ほ語っていた。

「ハルそろそろ」

 理沙が眼帯の青年に歩みより腰を屈めて言う。

 「私はこれで失礼します」

 コートの襟を直して眼帯の青年は立ち上がって板木に言う。それから、去り際に次郎に目をやった。

 次郎は眼帯の青年の目線に気がつくと直ぐに立ち上がって彼から春樹に目を合わせた。

 「また会えますか」

 次郎が眼帯の青年に穏やかな声で問いかけた。

 次郎の暖かな声色を聞いて眼帯の青年は静かに笑みを浮かべた。

 「君が諦めない限りは」

 そう言うと千里亭へと足早に戻っていった。

 次郎は去って行く眼帯の青年の背中を見送った。

 「春樹さん」

 精一杯の声で助け出された時に聞かされた眼帯の青年の名前を次郎は呼んだ。

 次郎の声に応えるようにして背中越しに眼帯の青年こと千里春樹は手を振った。

 春樹を見送る次郎の胸の内には、明確な言葉に言い表せないでいる熱意が静かにではあるが確かに沸き上がってきいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る