Ep.6/遭遇ー狙われた女ー

杉並区の高円寺北の住宅地の外れにあるショットバーのカウンターに一久と駿介は並んで座っていた。

 訓練を終えてから一久と駿介は思い出の地である高円寺へと立ち寄っていたのである。

 「敵わなかったなぁ」

 一久はジャックダニエルのシングルバレルのロックを淹れたタンブラーグラスを傾けて言った。

 「いや、最後の直線で追いすがられていたのだから勝てたのは運だよ」

 一久と駿介の勝負は駿介の勝利で幕を下ろした。マシンの性能と駿介の技術・度胸によって披露されるテクニックの数々に百戦錬磨の百獣騎兵隊はなす術もなく突き放されていっていた。しかし一時とは言えども情熱の限りを尽くして競いあった一久だけは終始、駿介に追走し続けていた。一久は最後の直線で駿介を抜き去ろうと勝負を仕掛けた。対して一久が仕掛けてくる最後の最後まで駿介は全力を溜め込んでた。追う一久が駿介に詰め寄る。しかしカウルの鼻先の差が縮まない。最後の一瞬まで退くことも譲ることも無い意地のぶつかり合いであった。

 「なぁ、皆は元気だろうかな」

 酔いが回ったのか微睡んだ目付きで駿介が一久に語りかけた。

 「さぁな。たが、俺とお前がこうして飲んでいるのだ。皆も何処かでこうしているさ」

 手にしたグラスを一久は少し掲げながらはにかんで見せた。


 良い具合に酒の酔いが体に回った二人はバーを後にして帰り道についていた。まだ肌寒い春先の夜道を特に言葉を交わす訳もなく並んで二人は歩いていた。

 不意に一台のセダンが目映いハイビームを二人に向けて突っ込んできた。

 一久と駿介は素早く道の脇に避けて車をかわした。

 セダンはスピードを落とさずに左右に蛇行しながら進んでいった果てに塀に突っ込んで停車した。

 突然の出来事に一久と駿介は互いに目を見合わせた。しかし直ぐに気を持ち直して立ち上がってセダンへと駆け寄っていった。

 セダンの中には後部座席に白いコートを着こんだ若い女が気を失ってシートに倒れていた。運転席にはスーツ姿の中年の男がステアリングホイールに顔面を埋めていた。

 「おい!大丈夫か!」

 一久がセダンの車体を強く叩きながら叫んだ。それから後部ドアのガラス窓を力任せに殴り付けて叩き割るとドアの裏に手を回してドアロックを解錠して後部座席から

気を失っている女を引きずり出した。

 「うわっ、何だ!」 

 駿介の叫び声が一久の耳をつく。

 女を地べたに寝かして一久は駿介の傍らに回った。駿介が息を飲んで運転席を見ている。一久は駿介の目線を追って運転席に目を向けた。

 運転席で気を失っていた男は顔の皮膚が爛れていて赤い血を垂れ流しながら段々と溶けていた。

 「何なんだ」

 駿介が一久を見て訊ねる。

 「わからん」

 そう言いつつも一久は襟にあるピンバッチ型の発信器を起動させて非常事態をE.M.Cの仲間達に知らせた。

 「ひとまずはあのお嬢さんを介抱しよう」

 一久はそう言って気を失っている女の方へと戻っていった。

 そっと一久は女の顔を覗き込んだ。色白で品の良い端正な顔立ちをしている。

 女はうわ言で「さそり、さそり」と繰り返していた。

 何の事かと一久は思ったが運転手が溶けてしまったのと関係があるのは明白であった。

 「凄い美人だな」

 一久の後ろから顔を覗かせて駿介が言った。

 女の顔に駿介と一久は見とれていた。

 一久の耳にすぐ真横の雑木林を静かに進む男の足音が聞こえた。

 一久は咄嗟に腰の後ろに納めていたレーザーガンを抜くと雑木林をめがけて発砲した。

 雑木林からガサガサと何者かが逃げ去る音がした。

 「ここを頼むぞシュン!」

 一久は駿介の返事を待たずに雑木林へと飛び込んだ。

 林の合間に逃げ去ろうとする男の影を一久は捉えた。

 (逃がすものか!)

 男を一久は猛然と追いかけた。そして男の真後ろまで追い付いた時に何かに足を捕まれた。

 勢いまあって一久は雑木林の落ち葉の上に転がった。

 地中から銀色のマスクに黒いスーツ姿の男が飛び出してきた。

 直ぐに一久は起き上がって身構える。目の前にはさっきまで逃げいた男が一久の前で構えている。

 (しまった。誘い込まれたのか)

 一久は敵が幾つ隠れているのかを知ろうとしてオーラを辺りに張り巡らせた。

 敵は目の前に一人と地中に三人。雑木林の木々の上に五人いた。

 「結構な大所帯じゃないか。まとめて相手してやるから出てきな!」

 一久が不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

 一久の声に呼応する様に雑木林のあちこちからとした銀色のマスクで顔面を覆った男達が現れて一久を取り囲んだ。そして、銀色のマスク男達は懐から小刀を取り出して一気に一久に襲いかかる。

 斬りかかってきた男達の一人の腕を一久は掴んで腹を殴って怯ませてから掴んだ腕を軸にして男を放り投げる。それから背後から襲ってきた男の顔面に銀色のマスクがひび割れる程の鋭い回し蹴りを喰らわせて昏倒させた。両脇から襲ってきた男の右側の男に体当たりを仕掛けて懐に潜り込み無理矢理担ぎ上げて反対側の男に投げつけた。

 残った敵の四人が素早く動いて再び一久を取り囲む。先程よりも包囲は緩い。

 取り囲んだ男達が再び一斉に一久に襲いかかるが一久はジャンプして男達をかわして雑木林の木の太い枝の上に飛び乗った。

 木の枝に着地すると一久は直ぐにレーザーガンを抜いて矢継ぎ早に残りの銀マスクの男達を銃撃して倒した。

 倒された男達の体はたちまち溶けてしまい跡形もなく消えてしまった。

 

 一久が雑木林から戻ると近くをパトロールしていたE.M.Cの百獣騎兵隊員が駿介と襲われた女を保護していた。

 「カズさん何があったんですか」

 隊員が心配そうな口振りで訊ねた。

 「俺にも分からん。だが、ここしばらく俺達が相手にしている連中かもしれない」

 そう言って一久は顎に手を添えた。

 「一先ず車を回してくれないか」

 一久の指示を聞いて隊員が無線機で車を手配した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る