EP.18 血痕ー犠牲、忘るべかざるー

 「全く使えぬ者共だ」

 黒ずくめの戦闘服に身を包んだ男に向かって嗄れた声が言い放った。

 真っ黒い壁で囲まれた薄暗い部屋には戦闘服の男以外は人影すらなかった。

 「おっしゃる通りで御座います閣下」

 黒ずくめの男は背筋を伸ばして誰も座っていない椅子に向かって言う。

 「コマンダー、新たな偵察部隊の派遣は完了したか」

 再び嗄れた声が響く。

 「蒲生邸周辺に配備しております。連中に察知されるのを前提で15分で撤収するように指示をしました」

 コマンダーと呼ばれた男が答える。

 コマンダーとは組織において最上級の戦闘要因に与えられる階級である。アジトや作戦の統括を行う幹部や怪人の命令を受けて現場にて指揮を行う立場にある。

 「よろしいコマンダー。送り込んだ戦闘員からの情報には逐次目を配るようにな。以上だ。配置に戻れ」

 嗄れた声が言う。

 「承知いたしました」

 コマンダーが椅子に向かって一礼する。そして「失礼いたしました」と言って部屋を出た。

 コマンダーが出ていくと置かれていた椅子が独りでに動いて「ゲェゲェ」と薄気味悪い唸り声が部屋に響いていた。

 

 「来たわ」

 萌木色の小袖を着込みたすきを掛けて裾を結った理沙が目付きを鋭くして蒲生宅の居間に駆け込んできた。

 「どこからだ」

 理沙の声に反応して髪の毛をかきむしりながら眠たげな目付きをした春樹が言う。そして真理の足元に転がっているノートパソコンを開いた。

 「Sの一五とEの三よ」

 理沙は春樹に駆け寄りながら言う。

 蒲生宅の周辺には理沙が張った探知結界と真理が仕掛けた対物ソニックセンサーが張り巡らされていて蒲生宅に近づく人間を探知していた。

 春樹はノートパソコンのモニターを眺めて対物ソニックセンサーから送られて来ている検知データに目を通した。

 二つの小隊が蒲生宅の東と南に展開しながら進出している事を示していた。

 「何かあったのォ」

 欠伸をかきながら真理が起き上がる。足元には徳利が三本転がっていて着ている若竹色の小袖は帯がずれていてはだけかけていた。

 「敵だぜ。カズ起きろよ」

 春樹が言うと壁にもたれかけていた一久が目深に被っていたソフト帽を引き上げて立ち上がった。

 「とっくに起きてるよ。眠っているのは博士とお母っさんだけさ」

 一久はそう言って春樹の背中越しからパソコンのモニターに見いった。

 「どう見る」

 春樹が真理に訊ねる。すると真理は目蓋を擦りながらパソコンのモニターの前に這いずり出てきた。そしてモニターに映される数値と画像に目を通した。

 「センサーの反応があるのは重量とソナーだけね。映像や赤外線には引っ掛かってないわ。あとオーラの反応もないから能力では無くて装備品を使って透過してるわね」

 あくび混じりに真理が言う。

 「そうなると例のカメレオン怪人は出てきていないって事か」

 一久が言う。

 「そうとも言いきれないわ」

 理沙が言う。

 「そうね。敵の能力が光学的に見えなくなるのか色彩学的に見えにくくなるのか完全に存在を隠すのかが分からない以上は潜んでいると考えるべきよ」

 目付きを鋭くして真理が言う。

 「理沙とカズは南側を頼む。俺は東側の敵に対処する。真理は本部に連絡と護送作戦のCプランの準備を進めてくれ」

 春樹が言うと一久・理沙そして真理が頷いた。

 「よし行くぞ!」

 春樹の檄が飛ぶとフラッカーズの四人は一斉に行動を開始した。春樹と一久そして理沙は蒲生宅の庭を駆け抜けて数寄屋門を飛び出すと各々が東と南から迫る敵の向かっていった。


 春樹達が飛び出して行った蒲生宅の居間では蒲生が起き上がって手酌で酒を飲み続けいた。

 廊下からは真理が連絡をとっている声が遠巻きに聞こえてくる。酔っ払って一久と酷くケンケンとした言い合いをしていた時とはうってかわり落ち着き払った調子でいた。

 真理の冷静な声を聞いていると、さっきまでの騒がしさを思い出して味気なく感じながら蒲生はぬる燗を呑み進めた。

 隣の居間の仕切りになっている襖が開いた。

 「なんだ。君も起きてしまったのかい」

 襖の傍らで藍色の小袖をはだけさせたアリアを見て蒲生が言う。

 「少し相手してくれるかい」

 蒲生が言うとアリアは「ええ、喜んで」と言って座敷机を挟んで蒲生の向かいに座った。そして徳利を蒲生に向けた。

 蒲生は持っていたお猪口を差し出してアリアに御酌をしてもらう。

 「しかし元気な子達だね」

 酒の注がれたお猪口を見つめながら蒲生が言う。

 「元気が良すぎて頼りがいがあります」

 アリアは少し声を上ずらせて言う。

 蒲生が机に置かれていた徳利をアリアに差し出した。

 「ごめんなさい」

 アリアはお猪口に酒を注いでもらいながら言う。

 「恥じる事はないだろ。ワシからしたらば君達の関係は羨ましい事この上ない」

 蒲生が酒を一口で飲み干した。

 廊下から真理が駆けてきて居間に入って来た。

 「あぁ、起きていてよかった」

 真理が言う。

 「どうしたの真理ちゃん」

 アリアが訊ねる。

 「敵が来た。それで春樹達が出ていったわ。それよりも本部からCプランの実行OKを貰ったわ」

 理沙が応える。

 「Cプランね」

 アリアは目付きを鋭くして言うとお猪口に注がれた酒を一気に飲み干した。

 「すぐに荷物をまとめて下さい。東京にある私たちの本部に護送します」

 アリアは凛とした顔つきで蒲生に向かって言いはなった。


 真っ暗闇の雑木林を一久と理沙は敵の一団を目指して駆け抜けていた。

 (昼間の時と同じ手を使われると追いかけるのが厄介だな)

 一久のテレパシーが理沙に飛んだ。

 (なら追いかけなければ良いじゃない。それに春樹はプランCをやると言うのだから最終的に追われるのは私達よ)

 理沙が一久にテレパシーで答えた。

 (嫌だなぁ)

 一久の気だるさが嫌味に変換されてテレパシーに乗った。

 (わざわざ敵のアジトを探したり罠を張らなくて済むのよ。効率的で良いわ)

 理沙の淡々とした調子のテレパシーが飛んだ。

 (合図したら止まって)

 敵の気配を察知した理沙が一久にテレパシーを伝える。

 (三、ニ、一、止まって)

 合図に合わせて理沙と一久は茂みの影に滑り込んだ。

 (何人、居るんだ)

 敵の気配は察知できても正確な数を把握仕切れていない一久が理沙に訊ねた。

 理沙は胸元の翡翠のペンダントを握りしめてオーラを流し込んでから四方八方へと解放した。

 理沙のオーラは空気をソナーの様にして伝わりながら広がっていった。そして理沙は放ったオーラを頼りに敵の正確な数と位置を把握したのである。

 (敵は四人編成、装備はレーザーライフルと拳銃にナイフ。透明になっているカラクリはマントね。周囲の風景をトレースしてマントの表面に投影しているわ。警戒しているけど動きが速いわね)

 理沙が感じ取ったオーラを元に一久へテレパシーを送る。

 (存在が消えている訳じゃなさそうだな。装置が肝なら楽勝だ)

 一久が不敵な笑みを浮かべた。そして懐から抜き出したレーザーガンのチャンバーに閃光弾のカートリッジを装填していた。

 (三十秒後に照らしてくれ)

 一久はそう言うと茂みから飛び出してレーザーガンの引き金を引いた。

 チャンバー内に装填されていたカートリッジがレーザーの熱によって点火されて銃口から眩い光を放った。その光は雑木林の木々や茂み、そして迫る四人の敵の影をくっきりと浮き上がらさせた。

 敵の目が眩んでいる隙をついて一久は手近の一人の足元に転がり込むと敵の影に触れて自分のオーラを同調させて影へと潜り込んだ。

 あらゆる影に対してオーラ影を操り影に潜むことができる能力を一久は持っている。これを使って一久は尾行をしたり潜入をしたりしているが今回は使い道が違う。

 一久は敵の影に入り込むと影の中から敵の体を操ってライフルを別の敵に向かって発砲させた。フルオート射撃で矢継ぎ早に打ち出された弾丸が次々に命中する。

 そして一久が理沙に頼んだ三十秒が経過した。

 理沙は茂みの中で翡翠のペンダントを握りしめるとオーラを集中させて光の玉を作り出した。そして光の玉を手にすると敵にめがけて放り投げた。

 光の玉に反応した敵、正確には敵の影に入り込んでいる一久が光の玉に向かって発砲し光の玉を破裂させた。

 光の玉は破裂するのと同時に眩い閃光が放たれた。それによって再び影がはっきりと浮かび上がった。

 一久とは影から抜け出してから撃ち抜いた敵の影へと移動した。あとは息を潜めるだけで良い。

 「なんだ」

 一久に影を乗っ取られていた敵が首を傾げた。

 「貴様!何のつもりだ16号」

 一久に影を乗っ取られていた敵に向かって別の敵がライフルを向けて怒号をあげた。

 「待ってくれ12号。俺じゃない」

 16号と呼ばれた敵が声を上ずらせる。

 「撃ったのは貴様だ」

 12号が怒号を16号に浴びせてライフルの銃口を突き付ける。

 撃たれた敵の影に潜む一久と茂みに隠れている理沙は事の成り行きを静かに見ていて内心で上手く行ったと思っていた。

 「待て待て敵の策略だ。こうして俺とお前を同士討ちさせて・・・・・・」

 「うるさい!貴様の言い分は聞くまでもない」

 捲し立てる様に話す16号の言葉を12号が怒号で制した。そして構えていたライフルの引き金を12号は躊躇いもなく引いた。

ライフルから乾いた音が走って銃口から16号の目を弾丸が突き抜けていった。

 「何て有り様だ」

 声を震わせて16号が呟いた。それから12号に撃たれた22号の元へとかけよって22号の首筋に手を当てて脈が有るかを確認した。16号の手には22号の脈は感じられなかった。

 「何て有り様だろうな」

 22号の足元から一久の声が16号の耳に響く。冷たく突き放す様な呆れ返った口振りであった。

 思わず俯いて16号は自分の足元に目を向けた。最後に16号が見たのは22号の影から延びてきたレーザーガンの銃口であった。

 レーザーガンから放たれた光が一直線に延びて16号の額を撃ち抜いた。そして22号の死体の影から一久が這い出してきた。

 一久の足元に転がっている三つの死体は体内に仕込まれていた自壊機能によってたちどころに泡になって溶けて消え去っていった。

 「ザマァ無いな・・・・・・」

 レーザーガンを懐にしまうと一久は髪の毛をかきむしって苦笑を浮かべながら言った。

 「惨憺たる様ってヤツね」

 茂みから出てきた理沙が顔をしかめながら言う。

 「ホントに非道なモンさ」

 そう言って一久は肩を大きく落としていた。一久の足元には何一つも残っていなかった。


 敵の男が春樹の足元に倒れ伏している。

 蒲生宅を出てから山林に入った春樹は直ぐに敵の一団と遭遇したのである。敵は一久達が遭遇した敵と同じく透化装置を装備していて山林の木々と茂みの風景に紛れていたが春樹と遭遇してからの警戒心や殺気を隠しきれずにいた為に春樹に居場所や攻撃を仕掛けるタイミングを悟られてしまいあっさりと撃退されてしまったのである。

 更に敵の戦闘員は春樹と格闘ている最中に仕込まれている自壊装置を春樹の能力によって破壊されていて戦闘不能に陥っても体が溶けて消えずに残っていたのである。

 春樹は倒れている敵の装備品を外して着こんでいる繋ぎやプレートを脱がしていった。

 春樹が遭遇した敵は三人でそのうちの二人は息の根を止めていた。そして生き残った一人は投げられた拍子に背骨が折れていて立ち上がれなくなっている。

 二つの死体をまさぐって目新しいのは透化装置だけであった。春樹は透化装置をカーゴパンツのポケットにしまい気を失っている背骨を折られた男を担ぎ上げた。

 柔くて生暖かい肉の感触がコート越しに春樹の肩に伝わってくる。そしてコートに血が染み込んでくる度に担がれている男が「うっうっ」と力の無いうめき声をあげていた。

 春樹は男の呻き声を聴きながら灯りの一つもない真っ暗で鬱蒼とした雑木林を歩いていった。そして雑木林には春樹の静かな足音と男の「うっうっ」という呻き声が響くばかりである。

 そうして雑木林の先が開きかけた時に春樹の担いでいた男の体が雑木林の中へと引き戻された。

 突然の事で春樹は背中からひっくり返って地面に体を叩きつけられた。

 「ゲェゲエ、使えぬ奴らよ」

 雑木林の奥からしゃがれた声が響いてきた。そして吐息ののように生暖かく獣臭い臭いが春樹の鼻をつく。

 そして春樹の視線の先には雑木林の暗がりの中でへの字に体が折れ曲がった男が宙に浮いている様であった。

 「そういう真似は山の中ではするもんじゃないぜカメレオン男」

 春樹が言う。

 「人は目に見えない存在や現象を不用意に恐れると聞きますが成る程、流石は我が同士達を葬ってきた男だ」

 雑木林に姿を溶け込ましたままでカメレオン男が言う。

 「生憎だが俺には見えているんでな。御前の醜い姿と魂がはっきりとな」

 そ言うと春樹はコートの懐からナイフを取り出して正面に向かって投げつけた。

 ナイフは風を切って雑木林の枝に突き経った。それと同時にへの字になって宙に浮いていた男が地面に叩きつけられた。

 カメレオン男の長い鞭のような舌が春樹の放ったナイフを避けるために男を離したのが春樹の目には見えていた。それはうっすらとした陽炎のような僅かな空間の揺らぎであるが春樹の目はオーラを通して実像を確実に捉えていた。

 「今は我々の情報を絶つのが先決なのだよ」

 カメレオン男の声が響く。そしてカメレオン男のオーラが遠退いて行くのを春樹は感じていた。

 春樹はカメレオン男を追わなかった。

 さっきまで担いでいた男は知らないうちに頭を捻り切られていて首から上が無くなっていた。

 春樹のコートの肩に男の血が染み付いていて錆びた鉄の様な生臭さを放っていて春樹の鼻先をつんざいていた。まだ血の痕は生暖かいままで担いでいた男の感触がしっかりと残っていた。

 春樹は男の死体を担ぎ上げると蒲生宅へと向かって歩き始めた。


 「うわっ、どうしたのよ」

 蒲生宅の玄関に立っている春樹の姿を見て真理が腰を抜かした。

 釈然とした様子で男を一人担いでいる春樹は佇んでいる。

 「カズ達と同じだよ。帰ってきてるんだろ」

 春樹が言う。

 「本部には連絡がついたか」

 春樹が真理に訊ねる。

 「ついたわよ。朝の六時に到着ですって」

 真理が言う。

 「荷物は纏めてあるな」

 「バッチリ」

 真理が頷く。

 「そしたら日が明けるまで調べ事を済ませよう。真理はコイツから引き出せるだけ情報を集めてくれ」

 春樹はそういうと玄関を出て庭へと向かおうとした。その時にアリアがやってきて「早いところお風呂に入っておきなさい」と言った。

 「分かってるよ」

 春樹はゆっくりと頷くと玄関を出ていった。そして蒲生宅の庭に男の死体を置きにいった。

 春樹が死体を地べたに転がしていると不意にレディ=ゼロが実体化していた。

 「またか春樹」

 レディが哀れむように言う。

 「あぁ、また死体を転がしている」

 春樹が呟く。

 「アリアも言っていただろう早く風呂に入ってしまえ」

 レディが言う。

 「そうするよ」

 春樹は転がした男の首無しの死体に一瞬だけ目を向けてから直ぐに玄関へとかけていった。

 「いつでもヤケッパチか」

 レディはそう言うと静かに消えていった。


 「エゲツナイわね」

 男の首無し死体を見下ろしながら真理が言う。

 「切断面からして引き千切られているわ。それも骨ごといかれているわね」

 理沙が死体の頭があった首の付け根の切断面をまじまじと見ながら言う。

 春樹が死体を転がしてから直ぐに真理と理沙は蒲生宅の庭へとやってきて首をもがれた男の死体の検分を開始していた。

 「装備品は私がばらしちゃうから死体の検分はお願いね」

 真理が言う。 

 「わかったわ」

 そう言うと理沙は男の心臓に手を当ててオーラを流し込み始めた。

 理沙の行う死体の検分は死因や遺体から情報を得る事ではない。そういった分野は真理が専門である。では理沙が行う死体の検分とは何かというと自分のオーラを遺体に流し込んで中枢神経に擬似的な信号を送り込む事によって肉体を再起させて死ぬ直前に何を考えていたのかを探り出す事である。

 理沙が流し込んだオーラが遺体の心臓を強制的に鼓動させると首の切断面から濁りきった血が吹き出した。そして刈り取られた脳に行き着かなかった中枢神経の信号がオーラを経由して理沙に伝わってきた。

 「どうよ」

 遺体の着込んでいるベストのポケットをまぐりながら真理が訊ねた。

 「どうもないわ。やっぱり頭を取られたのが痛いわね。恐怖と安堵、そういった漠然とした感情しか残ってないわ」

 理沙がため息混じりに言う。

 「そっちはどうなのよ」

 理沙が真理に訊ねる。

 「装備品は透化装置を除けば軽装で武器類に関してはごくごく一般的ね。あと気になるのは靴の裏の土ね」

 そ言うと真理は遺体の靴の裏に張り付いていた土を人差し指で掬うとオーラを流し込み土の成分を読み取った。

 「ざっと土の種類は三種類ね。一つは近くの山の中の土だわ。あとの一つは土というよりも塵ね。そして全く出所の分からない土が一種類あるわ。これが敵のアジトのある場所の土じゃないかしら」

 真理が言う。

 すると理沙は何かを思い付いたのかハッとした表情をした。

 「土のデーターを直ぐに私と参謀長宛に送ってちょうだい」

 理沙が言う。

 「喜んでマム」

 真理が調子づいた口振りで応えた。


 ぼんやりとした心持ちで湯気に雲っいる天井を眺めていると何も考えずに済む。そう思って春樹は呆然としながら湯船に浸かっていた。

 カメレオン男を追って、追い詰めて倒すことは春樹にはできた。しかし、しなかった。首がもぎ取られた男を哀れに思って置いていく事ができなかったからだ。

 考えても仕方の無い事だから止めておこうと溜め息を吐く。それで少しは心持ちは軽くなる。

 「それは御しがたいぞ春樹」

 両目を覆うバンド状の拘束具以外の拘束具が全部外されて素っ裸のレディ=ゼロが桶に溜められたお湯で体を流しながら言う。

 不意に現れて全裸のレディに春樹は身動ぎもしないでいた。

 「分かっているさ。何にしたって俺達は暴力でしか物事を解決できない。というか暴力での解決を求められている」

 春樹が言う。

 「そうだ。E.M.C、なによりフラッカーズという部隊そのものは君達の暴力による解決と犠牲を肯定する為の枠に過ぎない」

 レディが言う。そして両手で春樹の頬にそっと触れて顔を近づけた。

 「「だからこそ犠牲を忘れる事は許されない」」

 春樹とレディの声が合わさる。

 「そうだ。そうするより他に術は無い」

 レディの声色が悲しげになり春樹の右目を隠している髪を指先で掻き分ける。普段は眼帯で覆われている春樹の右目にレディの指先が触れる。火傷の傷痕で焼け爛れた瞼の上には紋様の様になっている痣がある。

 「一つは私。あとの他にお前が居るのだろうか」

 レディが春樹の右目を撫でながら言う。

 「何になっても俺は俺だ。俺以外がやれる訳がないだろ」

 右目に触れているレディの手に春樹が自分の手を添えて言う。 

 「春樹、着替置いておくわよ」

 不意に脱衣所からアリアの声がする。

 春樹は急に意識がクリアになってきてアリアが脱衣所から出ていくのがとても長く感じられた。

 「お前、徹底的にアリアには弱いよな」

 気まずそうな目付きをしている春樹を見下ろしながらレディが言う。

 「うるへぇ」

 湯船に顔の下半分までを浸けながら春樹が言う。

 「そういう素直な所がお前の良いところだよ春樹。だから手離してくれるなよ」

 レディはそう言うと実体化を解いて春樹のオーラの中に戻っていった。

 湯船に浸かり続けた所で落ち着かない春樹はレディが消えてから早々に風呂場を出た。脱衣所には替えの浴衣と眼帯が置かれていた。脱いだ時に雑に放っておいたロングコートはアリアが持って行ったのか脱衣籠から無くなっていた。 

 

 


  


  


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 


 

  

 


 

  

 

 

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Flaggers ヨシムラ・タツキ @tatuk-yoshimura

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