Ep4/追撃ータンデム=コンバット
カルバートハイウェイのトンネルは蝙蝠の怪物が天井を突き破ったが為に崩落していた。
カルバートハイウェイのトンネルの中は瓦礫に埋め尽くされていて何者もいないかの様に静まりかえっていた。
天井の大穴からは灯りが点々としたガラス張りの超高層ビル群と小さく切り取られた夜空が伺えた。
瓦礫の一つが独りでに崩れると小さな光が漏れ出ていた。
その光は段々と勢いを増してドーム状の全容を露にしながら瓦礫を押し退けていた。
光のドームはその登頂部がトンネルの天井に接触しそうになる程度の大きさまで広がると独りでに霧散した。
そして光のドームの消えた跡に四人の人影があった。
黒い光沢のある生体装甲を身にまっとたクロム=セイバー・ガンメタルの生体装甲を身にまとったクロム=ガンナーとレザー調の拘束衣に身を包んだレディ=ゼロが立っていた。
クロム=セイバー達の後ろには警視庁の刑事である板木と詰襟の学生服を着た次郎が居た。
「しかし随分と派手に逃げたな」
クロム=ガンナーがカルバートハイウェイの底に立って抜けた天井の穴越しに星のない東京の夜空を見上げて言った。
「とにかく追いかけるぞ」
セイバーは踵を返して乗ってきたオートバイのスカイロータスへと歩みを向けた。
セイバーはスカイロータスに跨がるとイグニッションのスイッチを押してL.T.Dエンジンを起動させる。
コンソールパネルが点灯してインジケータランプが明滅する。それによってスカイロータスに異常が無い事が示された。
セイバーはコンソールパネルを操作して無線をE.M.Cのお台場飛行基地の管制センターへと繋いだ。
「こちらコードF00。コールサイン、ブラックロータス」
セイバーがコールを送る。
「こちら台場コントロール。ブラックロータス受信しました」
お台場の管制塔からオペレーターの返答が来た。
「台場コントロールへ。至急、江戸川区篠崎及び近隣地区の飛行物体の追尾を願う」
春樹が用件を伝える。
「了解。追尾対象の特徴を伝えられたし」
オペレーターが言う。
「対象の体長は五メートル、翼長は十二メートル。こちらは直ちに離陸し追撃を開始する、対象を補足しだい誘導を願う」
セイバーが蝙蝠の怪物の特徴を伝えた。
「了解。レーダーに該当する移動物体を補足しました、ブラックロータスのシグナルを確認後にこちらから誘導します」
オペレーターが答える。
「よろしく頼む」
セイバーはそう言うとスカイロータスのコンソールに備えられたトルクスイッチを弾いた。
スカイロータスのコンソールパネルに備えられた飛行モードへの移行を示すランプが緑に光る。
スカイロータスのカウルからエレベーター役の補助翼が現れ、リアに備えられたコンテナが変形して可変翼の主翼と一対の垂直尾翼がせり出た。
コンテナの前後のシャッターが開くと前端にジェットエンジンのターボファンが、後端に排気ノズル部が現れた。
「カズ。後ろに乗れ」
セイバーがガンナーに向かって言う。
「よしきた」
ガンナーは呼ばれると嬉々としてスカイロータスへと跨がった。
「レディ。増援がくるまで二人を頼んだ」
セイバーが今度はレディに向かって言う。
「任された」
レディが端的に答えた。
「おい。待て」
板木がスーツのジャケットから砂埃を払いながらセイバーを呼び止めた。
「お前、このまま行く気なのか。辺りを見渡してみろ。何だ!この瓦礫の山は!」
怒気の籠った板木の声が響く。
「今はこの有り様をどうこう言い争っている時じゃない」
セイバーが毅然として応えた。
板木はセイバーの言い方に腹が立った。セイバーが澄ました態度でいられる訳が理解できなかった。
「もし崩落に人が巻き込まれていたらどうするんだ」
板木が語気を強めて言う。
「それは無い。絶対に無い」
セイバーが切って捨てる様に言い放った。
「何故だ。何故.......」
板木は少し気圧されながらも食い下がった。
スカイロータスに備えられた通信機からピープー音が鳴る。
セイバーは視線を板木からスカイロータスのコンソールパネルに移した。
「時間切れだ」
セイバーはスカイロータスのグリップを握った。
「行くぞ」
セイバーが気合を込めて言う。
「オーライ」
ガンナーが答える。
セイバーがスカイロータスのアクセルグリップを回した。
スカイロータスが変速機の駆動モーターから低く唸るような音を響かせて発進する。
セイバーにはぐらかされた板木は走り去るスカイロータスを何も言わずに見送る事しか許されなかった。
「僕のせいでこんなに......」
次郎は瓦礫の山を見て愕然としていた。自分の取り巻く問題が眼前に広がる大破壊に繋がるとは思ってもみなかったのだ。
「こうなるなら一層......」
次郎が唇を噛み締める。
「こうなるなら。どうしたかったのだ」
レディが次郎に問いかける。
レディの両目は黒皮のベルトで隠されていたが次郎にはレディの確かな視線と込められた温かみを感じられた。
「僕が素直に相手の言うことを聞いていれば......」
次郎はレディの方を向いて言いよどむ。
「聞いていればこんな瓦礫の山はできなかったと思ったか」
レディが問いかける。
「はい」
次郎が俯きながら答える。
「安心したまえ。このくらいは一週間もあれば復旧する」
レディが自身に満ちた声色で答えた。
「でも人は........」
次郎はレディの両目を封じられた顔を見て言った。
「人?そんなものは居やしないさ。このトンネルでは誰も死んでないぞ。そいう手筈だからな」
レディが少し嘲るように答えた。
◆
セイバーはペダルを操作してスカイロータスの変速を減速から加速へと切り替えて身を深く屈めた。
ガンナーもセイバーに動きを合わせて身を屈める。
「こちらブラックロータス台場管制塔応答されたし。これよりコードFM924による離陸セクションに移る」
セイバーがお台場の管制センターに離陸を報告する。
「台場コントロール了解。スカイロータスへ。正確な離陸位置を知らされたし」
台場管制塔からオペレーターが応答する。
セイバーはカルバートハイウェイの壁面に掲げられている出口までの距離を示す標識に目をやった。
「こちらスカイロータス。台場コントロールへ。現在位置は国道十四号線。両国出口より二キロ手前の位置だ」
セイバーが現在位置を伝える。
「台場コントロール了解。こちらからの補足位置と報告された位置が合致しました。離陸確認後ターゲットへの誘導を行います」
オペレーターが端的に答える。
「了解した」
セイバーは管制塔に応答しながらもコンソールパネルに目をやっていた。
コンンソールパネルのモーターの回転計・速度計・L.T.Dエンジンの温度計が上昇しスカイロータスはみるみる加速していて離陸するのに十分な速度へと順調に加速していた。
「しかし強烈だったな次郎のアレは」
ガンナーが感慨深そうに言う。
「あぁ。アレは凄い。いつもの数倍は力が引き出せた」
セイバーは穏やかな口振りで答えた。彼には次郎という一人の青年が自分の力を形にして表す事が出来るようになったのが何よりも嬉しかった。
「それにしても板木に規制かけてたの言わなくて良かったのか?」
ガンナーがセイバーに訊ねた。
「言ってどうするのさ」
セイバーが答える。
「少なくとも腑には落ちるだろ」
ガンナーが風鳴りに遮られない様に声を大きくして言う。
速度が増すに連れてセイバーとガンナーの生体装甲にかかる風圧が強くなって二人が風を切る音が野太くなっていた。
(落ちると思うか?彼はパニック状態にあって論理的な判断を欠いている様に見えた)
セイバーがテレパシーでガンナーに発した。
(それはそうだがなァ)
呆れ返った調子でガンナーが発した。
(彼も優秀な刑事だ。冷静さを取り戻せば事実のみを収集して分析し合理的な結論に達するさ。今の彼に必要なのは情報ではなく冷静さを取り戻す為の時間だよ)
セイバーが淡々とした調子で発する。
速度が増して時速二五〇キロに達するとセイバーはコンソールパネルのプラスチックのカバーを指で開けて中のロッカースイッチを弾いた。
フライトユニットのターボファンの駆動モーターが起動してモーターの甲高い磁励音が風切り音と混じって不可解な旋律を奏でる。
(カズ。3つ数えたら左に重心をずらせ。その後に一つ数えたら直ぐに元に戻せよ)
セイバーがオーラーを媒介にしたテレパシーでガンナーに伝える。
(オーケー)
ガンナーもテレパシーで答えた。
(いくぞ。三・二・一)
セイバーがカウントをとる。
逸れに合わせてセイバーとガンナーが重心を左にずらす。
するとスカイロータスは僅かにバンクしながら車線を左に移動する。
(一つ!)
セイバーが強く発する。
二人の重心がもとに戻りスカイロータスはカルバートハイウェイの両国出口の車線を直進し始めた。
セイバーはアクセルをより深く回して各部のモーターの回転数を引き上げた。
スカイロータスはモーターの甲高い磁励音を響かせてカルバートハイウェイの出口の上り坂を一気に駆け上がる。
展開されたフライトユニットの主翼のフラップが下がりカウルの補助翼のエレベーターが下を向いてスカイロータスのピッチをあげて揚力を発生させる。
スカイロータスは前輪を浮き上がらせながら坂を上る。
セイバーとガンナーは仮面の裏で奥歯を食い縛っていた。
セイバーはスカイロータスのグリップを握りしめた。敵に対する鋭い戦意と高揚する気分が入り雑じって眉間にシワを寄せた緊迫感に満ちた凄味のある笑みを浮かべていた。
それに対してガンナーはスピードに対する恐怖感と生体装甲を通して感じる風と一体になって空気を引き裂いている感覚から生まれる高揚感によってひきつった笑みを浮かべていた。
スカイロータスがカルバートハイウェイの出口の坂を駆け上がる。
坂の終わりでフライトユニットのノズルが下を向いて後輪を浮せた。ヴゥゥンンという高らかな唸りの離陸を知らせるピーブー音を響かせてスカイロータスはカルバートハイウェイの出口から夜空へと一直線に飛び出した。
スカイロータスは瞬く間にガラス張りの超高層ビルの合間を突き抜けて大摩天楼都市となった東京を眼下に納める夜空へと躍り出た。
「ブラックロータスより台場コントロールへ離陸した」
セイバーが生体装甲内の通信機を用いてお台場の管制塔に連絡する。
『こちら、台場コントロール。ブラックロータスの離陸を確認しました。ターゲットへの誘導を開始します』
オペレーターが応答する。
『ターゲット位置、北に十二度の方向、距離六千』
オペレーターが蝙蝠女の位置とスカイロータスのとの距離を知らせる。
(カズ見えるか?)
セイバーがガンナーにオーラを通じて尋ねた。
ガンナーはバイザーのスコープ機能とオーラセンサーを用いて蝙蝠女を探した。
そして、管制塔から指示のあった方に意識を集中させると直ぐにガンナーのオーラが関知した。
すかさず、バイザーのスコープの倍率を上げて対象を確認した。
ガンナーの眼には黒い影になって見えていたが、巨大な蝙蝠の怪物の姿がガンナーの眼には映っていた。
(見えた!北に六度修正しろ。高低差はプラス七メートルだ)
ガンナーが発した。
(よしきた!)
セイバーはガンナーから指示を受けると体の重心を動かしてスカイロータスの進路を制御した。
スカイロータスが方向を変えるとセイバーの目にも蝙蝠の怪物の影が見えた。
「台場コントロール。こちらで目視した」
セイバーが台場コントロールに伝える。
『台場コントロール了解。次いで撃墜可能地点に誘導します』
オペレーターが答える。
撃墜可能地点とは、敵を撃墜しても被害が出ないか、少なくて済む場所を指す。
セイバー達の空中戦の難しい所は敵を誘い出して決められた地点に落とさなければならいという組織の決まりを徹底して守らなければならいことにあった。
もし規則を破れば撃墜された敵が一般人に対して如何なる被害を及ぼすか計り知れない。
「了解した」
セイバーは端的に答えた。
(ここから一番近いポイントは新木場の手前だよな)
ガンナーがせっつく様に尋ねる。
(あそこは事前に規制を引かなければならん。問答無用で落とせるのは猿江恩賜公園か木場公園もしくは夢の島公園だが最悪は隅田川の何処かしらになる)
セイバーが重苦しそうな調子で答えた。
お台場の管制塔から何処に敵を撃墜するように指示されるかは全くわからない。
セイバーにはE.C.Mという組織に属する者の責任として一般市民を巻き添えにしてはならない義務があった。
いたずらに敵を撃墜すれば一般市民へ危害を加えてしまう。そうなって義務を果たせなければセイバーは地位と誇りを全て失う事になる。この喪失に対する不安と重圧がセイバーの内心には渦巻いていた。
『台場コントロールよりブラック=ロータスへ撃墜可能地点を通達。撃墜可能地点は中央区佃、永代橋側デルタゾーン。撃墜可能は一九〇〇時以降』
オペレーターが流暢に通達する。
「了解した。これより対象の撃墜にかかる。一九〇〇時以降に指定地点に敵を撃墜する」
セイバーが応答する。
(あそこは地下に京葉線が走ってんだぞ。いくら深いところ走ってるからって一日で二つのトンネルに穴空けたら大目玉じゃ済まされねぇぞ!)
ガンナーが面食らって捲し立てる調子で発してきた。
(空けてられるか!)
セイバーか強く念じ返した。そしてアクセルグリップを深く回す。
するとターボファンの出力が上昇してスカイロータスが加速する。
スカイロータスは夜空を一直線に蝙蝠の怪物へと向かった。
スカイロータスはすぐさま蝙蝠の怪物の背後に着いた。
セイバーがレーザー機銃のセーフティーを解くと、スカイロータスのカウルの右側から前方に向けて四連装の機銃がせり出した。
セイバーが発射ボタンを押すと四つの銃口から交互にレーザーが立て続けて光を散らした。
光は蝙蝠の怪物に命中して毛むくじゃらの背中に火傷を負わせた。
スカイロータスは速度を緩めずに蝙蝠の怪物を猛追した。
月夜の隅田川にスカイロータスと蝙蝠の怪物が躍り出る。
蝙蝠の怪物は進路を浅草方面へと向けていた。
蝙蝠の怪物を浅草周辺に入れてしまっては大きな被害が出る上に避難が成されない状況でセイバーとガンナーは戦う事になる。そうなれば幾ばくかの被害と犠牲を払う覚悟をしなくてはならない。
しかしセイバーとガンナーには犠牲を払う覚悟を決めるか決めないかの判断を下す権限は無い。
二人に許されているのは指定された場所に蝙蝠の怪物を撃墜する事に対する執念だけである。
セイバーは蝙蝠の怪物の進路を変えるべく攻撃を開始した。
まずはスカイロータスが蝙蝠の怪物に接近すると車体をロールさせて蝙蝠の怪物の背中を追い抜き様にスカイロータスの主翼と補助翼で切りつけた。
蝙蝠の怪物の背中から真っ黒に濁った血が筋になって吹き出す。
スカイロータスの翼に蝙蝠の怪物の返り血が飛び散ってヌラヌラと気味悪く照ったが瞬く間にスカイロータスの受ける風圧に負けて夜空へと振り落とされていった。
蝙蝠の怪物はスカイロータスが蝙蝠の怪物の前にでるとギィギィと鳴き声を発して威嚇してきた。
そして翼を大きく羽ばたかせるとスカイロータスへと猛追してきた。
ガンナーはリア部に立ち上がると直ぐにジャンプして夜空の中へと飛び出した。
「アーム=ライフル!」
ガンナーが叫ぶと太股の生体装甲が展開して折り畳まれたライフルユニットが飛び出して空中で展開されながらガンナーの右腕に装着された。
ガンナーはライフルユニットのサブグリップを掴んで構えると直ぐにアームレーザーで蝙蝠の怪物を銃撃した。
ガンナーのアームレーザーが出力される。レーザはライフルユニットによって出力を増して蝙蝠の怪物に照射される。
蝙蝠の怪物はレーザーを受けると身をよじって滞空する。
ガンナーはレーザーを照射し終えると降下しながらライフルユニットを畳んで太股の生体装甲内部のラックに仕舞った。
降下するガンナーの下にスカイロータスが回り込む。
ガンナーば姿勢を変えて腹這いに降下してスカイロータスのリア側に体を寄せた。
降下しながらスカイロータスのリアに近づくと姿勢を立てて再びセイバーの後ろに跨がった。そしてガンナーはセイバーの肩を少し強く叩いて後ろに跨がった事を伝えた。
セイバーはスカイロータスのシフトペダルを踏んでカウルの補助翼のエレベーターを倒した。
スカイロータスが上昇して再び蝙蝠の怪物に迫る。
蝙蝠の怪物は羽を小さく畳んで急降下して勢いをつけるとスカイロータスめがけて突撃する。
スカイロータスと蝙蝠の怪物が相対して互いに吸い寄せられる様な凄まじいスピードで接近していた。
セイバーは再びカウルのレーザー機銃の発射スイッチを押した。
蝙蝠の怪物は身を翻してレーザーをかわした。そして、直ぐに蝙蝠の怪物は身をよじって顔をスカイロータスに向かってつき出した。
蝙蝠の怪物はスカイロータスと行き違いながらスカイロータスに乗っているセイバーの右肩に深く食らいついた。それから蝙蝠の怪物は降下する勢いをそのまま利用してセイバーの生体装甲を食いちぎった。
セイバーが苦悶する。
肩を大きく抉られて右腕に力が入らずにアクセルグリップから手が離れてダランと垂れ下がる。
アクセルからの入力が無くなってスカイロータスが失速し降下し始めた。
セイバーは無理に高度を上げようとはしなかった。
速度が上がらない状態でピッチを上げれば更に速度を失ってしまい急降下する事なるからだ。
スカイロータスを着地させるために体制を左に寄せてペダルを操操りエレベーターを少しだけ上げた。
高度計がみるみる値を下げている。
スカイロータスの姿勢は安定していて地表に対して水平を維持しながら降下していた。
(墜ちるっ)
ガンナーの脳裏に言葉だけが過る。
セイバーの肩の装甲は流血する間も無く白い煙を吹き上げて再生を開始する。
細胞の一つ一つが活性化して熱をあげて筋肉と神経が再生される。
急速な再生による倦怠感を覚えながらもセイバーは右腕に力を入れる。
次第に右腕から痺れる感覚を感じられる様になって無理やりであれば指先に力が入るようになる。
アクセルグリップを強く握り直してから勢いよく回した。
スカイロータスのローター回転数が再び上昇して速度を取り戻し始めた。
(一気に上がるぞ)
セイバーが発する。
ガンナーは首を縦に振って応えた。
セイバーがスカイロータスのアクセルを徐々に回す。
フライトユニットのローターが回転数を上げてスカイロータスに速度をつける。
蝙蝠の怪物がスカイロータスに向かって急降下してきた。そして両足を広げてスカイロータスに掴み掛かろうとする。
しかしセイバーが素早く姿勢を動かしてスカイロータスを大きく傾けて蝙蝠の怪物をかわした。更にガンナーが間髪入れずにアームレーザーを撃ち込む。
蝙蝠の怪物の腹がレーザーによって焼かれてジグジグとした生傷を負わされる。
セイバーがコンソールのスイッチカバーを指ではね除けた。
「アフターバーナー点火」
セイバーがボタンを押しながら言う。
フライユニットを流れる高温の圧縮気に燃料が吹き付けられて火柱が吹き出す。
フライユニットからの推力が高まりスカイロータスが急加速する。
スカイロータスの頭は永代橋に向いていた。そして幸いに蝙蝠の怪物の意識はスカイロータスに引き付けられていた。
(もう距離が無いぞ)
ガンナーが発した。
隅田川に出た時点で永代橋の距離はかなり近く蝙蝠の怪物の進路を変えられるかすら危うかった。しかし蝙蝠の怪物はスカイロータスに意識が向いている。
しかしセイバーとガンナーには課題が一つ残っていた。
(カズ。奴の動きを無理矢理止めてくれるか?)
セイバーが発する。
セイバーとガンナーは決められた地点に蝙蝠の怪物を撃墜しなければならい。だが肝心の蝙蝠の怪物は空中を自在に飛び回っている。そんな相手を寸分違わずに決められた場所に落とすのは困難な課題であった。
(月が有るのなら)
ガンナーが答えた。発するオーラには揺るぎ無い自信が満ちていた。
スカイロータスが速度を十分に得るとセセイバーはペダルを操作して翼のフラップを下げて翼に揚力を生み出した。
スカイロータスは強力な揚力に持ち上げられて再び離陸した。
セイバーがアフターバーナーのスイッチを切る。
スカイロータスが大きく弧を描いて蝙蝠の怪物に向かって突き進む。
『台場コントロールよりブラックロータスへ。ターゲットの撃墜地点までの距離は東南東に一キロです』
オペレーターから春樹に指示が飛ぶ。
「了解した」
セイバーが重々しく答える。
セイバーとガンナーの胸中に作戦はある。しかし上手く事が進む保証も自信もセイバーとガンナーには無い。だが有っても無くても指定された場所に蝙蝠の怪物を撃墜しなければならない義務がセイバーとガンナーの覚悟を無理矢理に決めさせる。
一キロという距離があっという間に過ぎる。
『東に一五〇メートル』
(合図したら跳んでくれ)
セイバーがガンナーに発する。
(わかった)
ガンナーの思念は強く発せられていた。セイバーのプレッシャーが少しでも軽くなればと思いやっての思念に込める熱を強めていた。
セイバーがアクセルグリップを回す。モーターが高鳴ってスカイロータスが加速する。
蝙蝠の怪物がスカイロータスの再接近に気がついて急旋回する。頭をスカイロータスに向けて超音波をスカイロータスに向かって放つ。
セイバーは空気中のオーラから超音波の指向を読み取ると重心移動とペダル操作を素早く行ってスカイロータスにバレルローをさせた。
セイバーとガンナーの右頬を超音波が掠める。
『ターゲット撃墜ポイントに到達』
オペレーターが言う。
(今だ!)
セイバーが合図を送る。
合図に合わせてガンナーがスカイロータスのバレルロールの勢いを使って飛び上がった。
月明かりを背にしてガンナーは空中で錐揉みする。
月明かりに照らされたガンナーの影が蝙蝠の怪物に向かって伸びる。
ガンナーの影と蝙蝠の怪物が重なった。
ガンナーが能力を発動させる。
ガンナーのオーラが影から沸き上がりガンナーの肉体を蝙蝠の怪物の影へと取り込んだ。
クロム=ガンナーこと三上一久の能力は影に入り込む事である。そして入り込んだ影から人や物を操る事が出来るのだ。
蝙蝠の怪物はガンナーに入り込まれて身動きを封じられて撃墜可能地点で滞空した。
セイバーはスカイロータスのアクセルを目一杯に吹かした上にアフターバーナーを点火させた。
スカイロータスが急加速し蝙蝠の怪物めがけて突撃する。
その最中でセイバーはスカイロータスの前輪ホイールに内蔵されている超振動発生装置を起動させた。
「ライダァァァグランッ!」
セイバーは叫びと共に能力を発動させて迸るオーラをスカイロータスに伝わられる。
スカイロータスが蝙蝠の怪物に激突してカウルの超振動とセイバーのオーラが放つ破壊エネルギーが蝙蝠の怪物を襲う。
スカイロータスが蝙蝠の怪物もろとも隅田川の水面へと突っ込んで水飛沫が高々とはね上がる。
水飛沫が止んでセイバーを乗せたスカイロータスが隅田川の水面を突き破って出てくる。
スカイロータスは隅田川沿いの遊歩道に着地して停車する。
セイバーが変身を解いて黒いロングコート姿で左目に眼帯を着けた春樹の姿に戻る。
(カズ聞こえるか)
春樹が隅田川を見据えて一久へとテレパシーを発する。
(聞こえるよ。ったく......)
一久は発するのと同時に隅田川から浮上した。
一久は一人の女を担いで遊歩道の岸辺へと泳いでいった。
一久が遊歩道の縁を掴んで体を固定させると担いでいた女を押し上げた。
春樹が遊歩道の鑿から身を乗り出して女を抱き上げる。
陸に揚げられた女は立つ力もなく春樹にもたれるようにして倒れた。
一久は女が岸辺に揚がったのを確認すると後に続いて遊歩道へと揚がった。
身に付けていた革ジャンやパンツはずぶ濡れで大きな水滴がボタボタと滴り落ちていた。
女は長い白髪で陶器の様な青白い端正な顔をしていた。両目の目蓋は閉じていて開く様子はなかった。身につけているものは何もなく裸体である。
女の体には所々に痛々しい痣や火傷の跡があった。
春樹は女を自分の膝を枕にして寝かしてやると身に付けていたコートを女の体にかけてやった。
女が弱々しい手付きでコートの裾を掴んだ。
「ありがとう。優しいのね貴方」
女が掠れた声で言う。
女が一久の気配に気がついて顔をゆっくりと一久の方へと向けた。
「来てくれたのねストーカー」
女が一久に向かって言う。
一久は何も言わずに女の直ぐ傍に近寄り跪いた。そして静かに女の冷えきった頬に触れた。
一久は憂えた目付きで春樹に視線を送った。
春樹は静かに頷くと結ってある眼帯の紐を解いて眼帯を外した。
眼帯の下にある春樹の左目は瞑れていて黒い蓮の花弁と龍を象った刺青が彫られていた。
春樹は静かに女の左胸に手を当てると弱りきった女のオーラを感じ取った。そして瞑られた左目が開かれて女のオーラと春樹の左目の向こう側が繋がれる。
女のオーラが心臓から抜けて春樹の左目の向こう側へと吸い込まれていった。
「ストーカー聴こえるわ。素敵よ......貴方の歌......」
女は掠れた声で言うと静かに目蓋を閉じた。
女は穏やか微笑みを浮かべて二度と覚めない眠りについた。そして体が塵に変わり風に吹かれて消えていった。
「誰なんだろうな。ストーカーって」
一久が春樹に問いかけた。
「誰なんだろうかな」
春樹の言葉に悲しみとやるせなさが滲み出た。
この蝙蝠の化物の様になってしまった女にも死に際に名前を呼ぶような人が居たのかと思うと春樹は自身の心に靄がかかるのを感じた。
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