第3話「酒場のおばさんに求婚してしまったらしい」



 ——なんて。


 気が付けば、俺は下町にある酒場でうたた寝をこいていた。


 結局、あの二等兵には気前よくああは言ったが今後の生活にビジョンは見えなかった。


 エッチな神様に罵倒されて異世界に転生させられるわ。

 召喚されたと思えばゴミスキルで王城から追放されるわ。


 そして、自分の姿がぴっちぴちの17歳に戻っているわ。


 無職で、

 17歳のクソガキで、

 Fランクスキル持ちで、

 持ち金は銀貨5枚で、

 何のつてもないおかしな異世界人。


 酒たばこギャンブル並みに役満だろ、これ。

 王城に雇われるというふっとい糸が千切れた今、俺にツテなんてなく、生きる意味を見出せず、王城から歩いて1時間程度にある下町を適当に闊歩していたら夜になり、寝場所もなく酒場を見つけてヤケ酒をしていたんだっけ。


 あぁ、自分で思い出してもヤバい生活しているな俺。

 さすがにこれを続けてたら金が無くなってホームレス真っ逆さまだ。


 まぁ、どっちみち死んだのに変な世界に召喚された時点で終わってるんだけどさ。でもほんと、どうしたものかなぁ。


「はぁ……」


 ため息が零れる。


「——おい」


 腰が痛い、ていうか寒いなここ。

 重くなった瞼を開けて隣のカウンター席を見ると誰も座っていなかった。


 てか、周りに人がいない……。

 もしかして、俺結構寝てたのか。


 やばいな、こりゃあ、もしかして金とか盗まれてるんじゃ……。


 慌てて王城でもらったローブのポケットを見ると、しっかりと銀貨が入っていた。

 1,2,3,4枚。


 あと1枚は……あぁ、そうか。

 酒場代で前払いしたっけか。


「——おい、あんちゃん」


 なんか、声するな。


「っ……ぅ」


 うわぁ、やべえ、気持ち悪い。

 この感じ、あれだ。二日酔いだな……。


 それにしても、もらった銀貨ですぐ酒場に行ってしまうとは——人の根底は変わらないものだな


「おい、聞こえてるのか、あんちゃん‼‼‼‼」


「うわぁ⁉」


 キーンと耳鳴りがする。

 驚くままに顔をあげるとカウンターの内側から気前のいい筋骨隆々なおばさんが眉をキリッとさせながら俺を睨みつけていた。


「あ、あぁ……どうもっ」

「どうもじゃないわよ!! あんた、もう店は終いだよ! 早く出ってくれないかい!」

「え、そ、そんな時間に……」

「あぁ、そうだよっ! ったく、最近の若者はすぐ眠っちまって……こっちのことも考えろってんだい」

「す、すみません……」

「あぁ、良いよぉ。別に。これからは許さないからな、寝たきゃ宿屋でも行きなよ」


 おっと、急なツンデレ具合だ。なんか少し顔も赤いし、どうかしたのかな。


「あの、顔赤いですよ」

「え——っう、うるさいわ!」


 すると、おばさんは顔に手を当てて確認する。

 一瞬、乙女みたいな顔になったがすぐ振ってキリッと表情を変えた。


「ったく、思わせぶりも良くないねぇ。この国じゃ、女の前で寝顔を見せるのは婚約の意味があるんだよっ。旦那が死んでからそんなことされるのがなくて、驚いちゃっただけだよ!」

「そ、そうなんですか……」

「あぁ——って、やっぱり……あんた、どこの国の出身だい」

「どこの国……?」


 やばい、その手の質問は考えていなかった。

 出身は日本です――なんて言ったら怪しまれそうだし、異世界のレベルが中世ならスパイ認定されて貼り付けにでもされちゃうかもしれない……ここは誤魔化さねば。


「え、えっとぉ……ひ、東の……国です」

 

 あぁ、誤魔化し方が分からん。これは絶対怪しまれる。

 そう思っていたのだが、おばさんは「ふぅん」と頷いた。


「あ、えと……う、疑ってませんか?」

「はぁ? 何言ってんだい、あんた。別に疑ってねえよぉ。なに、それとも怪しんでほしいのかい? もしかしてドM?」

「はいっ、俺は正真正銘のドMです!」


 なにせ大好きな川北彩夏ちゃんはSM系のビデオが多かったしな!


「——そうかぁ、じゃあ私とは相性が悪そうだなぁ」

「……っ」


 そうだ忘れてた。俺、この世界の常識とやらで婚約しようとしているんだっけか。危ない危ない、異世界で逆レ〇プされるところだった。


「……まぁ、いいわ。それで、にいちゃん。どうして東の国からこんな辺鄙な酒場まで来たんだい?」

「えっ……」


 やばい、言葉が出てこない。

 昨日の今日で状況がてんやわんやだったから誤魔化し方とか、ここまで聞かれたときの対処法とか考えていなかった。


 確かに、国が違うともなるとなぜ来たのかは聞きたくなるか。実際は王城にいたんですか捨てられちゃって……なんて言えるわけもない。この国の最高権力者に捨てられたともなれば何をされるか分からないからな。


 とはいえ、どうしたものか……この国に来た理由。

 それもしっかりとしていて、自然な理由だ。


 何か、ないのか……。


 考えているとおばさんが付け足す様にこう言った。


「あぁ、もしかして冒険者になりに来たのかい?」


 そうだ、それだ!! 

 確か王城でも冒険者になって、この国を脅かす魔王とやらを退治してほしいって言ってた。それを使えばいいじゃないのか、俺!


「そ、そうだ!」

「ふぅん、でも東の国とやらでもできないのかい? 冒険者は国境を超える組織だ。色々な国に支部があってギルドも存在するから、どこでもなれるはず」


 そりゃそうだ、異世界と言えば冒険者組合は大抵国家に干渉はしないんだったか。やばい、それじゃあここまで来て理由が無くなる。


「もしかして、あんた、あれを探しているのかい?」


 あれとは?

 そう疑問に思ったが俺はすぐに食いついた。


「そ、そうだ! あれを目指している!」

「へぇ、そりゃあ大層なこったい」

「まぁ、な! これでもそれなりにベテランだからな!」

「見るからに弱そうだけどなぁ……」


 やべ、嘘ついたから怪しまれた。

 確かに、俺の体は貧弱だ。

 筋肉はないし、背も大して高くもない。


 覇気だってないしな。


「う、うるせぇ、まだこどもなんだよ。許せ」

「17歳はこっちじゃ立派な大人だよ」

「——そうなのか!」

「あんた、それを知らずに酒を飲んでたのかぁ? こっちじゃ成人は15からだよ」

「わ、忘れてたんだ……最近は疲れてな」

「ははっ、わけぇのに。とまぁ、話はここまでだ。とにかく出ていってくれ、もし宿をお探しなら向かいの宿に泊まると言い。あそこの店主は気前がいいし、宿賃も銅貨5枚でかなり安いからな」

「お、そうなのか! ありがと、おばさん!」

「おうよ、何かあったらまた聞いてやるよ」


 そうして、俺は酒場を飛び出て宿屋に一泊することになった。








 

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