第10話「ゴブリンがバグってる」



 おいおいおい、マジかよ、マジかよこれはよ⁉

 おかしいってもんじゃないぞ、これ初級が戦うモンスターなんだよな⁉


「っ————⁉」

「ちょっと、しっかりしなさい! さっき教えた炎弾ファイアーボールを放って!!」


 そんなこと言われたってできるわけないだろうが!!

 こんなの効いてないぞ!!


 おかしいおかしい、明らかにおかしい。こんなのゴブリンじゃない。

 俺の知っている異世界最弱モンスター「ゴブリン」じゃない!!


 



 ——現在、俺は最弱モンスター「ゴブリン」にボコボコにされかけているのには理由がある。



 遡ること1時間前。

 俺はミーナさんに連れられて、始まりの街「モノローグ」の東門を出てすぐの魔物の森に入っていた。


 いきなり森に入るのは危ないのでは? なんて思ったが、彼女曰く「魔物の森」とは名ばかりで初級冒険者が狩りをできるような弱いモンスターしか生息していないらしい。


 まぁ、元上級冒険者の言うことだ。

 間違ってはいないと思い、ついてきた。


 森を入って数分ほど歩き、広い草原に出るとそこでミーナさんの魔法講義が始まった。


「私のジョブは一応、魔法士だから大抵上級魔法まで使えるけど、属性によっては中級魔法までしか使えないから、最初に適性を聞いてもいいかしら?」


 さすがと言えばいいのか、しかしまぁ上級冒険者だった実力は伊達ではないらしい。


「俺は確か……あ、そうだ。無属性ですね」

「無属性……そうね、そしたらちょっと私からは教えられるような魔法はないかもしれないわ」

「え、使えないんですか?」


 少し失礼な言い方だったためか、ミーナさんは顔を顰めながらこう言った。


「使えるわよ。ただ、全てマスターしているわけではないって意味。私の適性は火と水、そして光の三つだからそれ以外は少し教えるのは難しいかしらね」

「そ、そうなんですね」

「えぇ。だ・か・ら、使えないわけじゃないの、分かった?」

「わ、分かりました……」

「そうね、よろしい」

「あ、でも。使える魔法は教えてくれないんですか?」

「……教えられるわ」

「じゃあどうして……」

「攻撃に用いられる魔法が一つもないからよ」

「え?」


 攻撃に使える魔法がない?

 無属性と言ったら有名なポ〇モンのタイプでノーマルと言える。それなら「ひっかく」とか「はかいこうせん」とかその辺の技があるんじゃないのか?


「当たり前じゃない。あなたのジョブは司書。本に特化している。それで、無属性の魔法はすべて生活を豊かにしてくれるような魔法しか存在しないのよ?」

「て、ていうことは、例えばどんな魔法を……」

「例えば……そうね、それでいうなら整服スチームとか?」

「すちーむ?」

「服を綺麗にするときに使う魔法よ。暖かい煙を出して服のしわを伸ばす時に使う感じね」

「……」


 なんだそれ、ふざけんな。

 アイロンがけじゃねえか、ただのよ!

 どうやって生きていけばいいんだよ、そらぁ!


「まぁ、いいわ。手っ取り早くゴブリンとかでも倒せる初級魔法から覚えていきましょうか」

「……おねがいじまずぅ」

「あら、なんで泣いているの?」

「い、いや……気にしないでください」


 神様の、ばかやろう。俺は心の中でそう叫んだ。





 っていうわけで、使えるようになった火属性初級魔法「炎弾ファイアーボール」。


 彼女曰くゴブリンを一発で倒すことができる魔法らしいのだが、俺は今苦戦を強いられていた。


「っくぁ」

「ほら、かわすだけじゃなくて反撃しなさい!!」

「んなこと言ったって⁉」


 ゴブリンのあまりにも早い斬撃。

 見た目はこんなにも貧弱そうなのにその強さは俺の想像しているものとは桁違いに強かった。


 いや、強いなんて比じゃない。

 これは戦うレベルが違う。俺はまだそのステージには立っていない。


 それが嫌でも分からせられるほどにゴブリンは強かった。


 防戦一方。明らかに攻撃できる好きなんてない。

 しかし、それを見つめるミーナさんと言えば腕を組んで仁王立ち。挙句の果てには怒号を浴びせてくるときた。


「ねぇ、誰が早くモンスターと戦いたいって言ったのかしらぁ!? こんなんじゃジャイアントウルフなんて夢のまた夢よぉ‼」


 怖い、怖いぞ、キャラが変わり過ぎだ。

 やっぱり、俺が変なことしたから……まだ設定の優しいお姉さんだった頃のミーナさんが良かった。


「っと!?」


 やばい、胸が裂けた。

 ゴブリンの持つボロボロの剣が俺の胸を切った。


 いてぇ、普通に痛い。


 そう思っているとミーナさんが呆れ顔で治癒魔法を唱え始めた。


『癒しの聖霊よ、我が共に癒しの種を与えたまえ、回復ヒーリング


 使ったのはおそらく初級魔法だろうか。精霊の加護を受けた緑の風が俺の体に纏わり付いて怪我を見る見るうちに直していく。


 それを見ながら、少々ゴブリン相手に情けないなと思ったが——今なら理解できる。ミーナさんの言っていたことは本当だった。


 俺程度の人間が何の魔法も覚えずに適当に出向いて戦えるほど冒険者は甘くない。


 



 しかし、ただ同時に俺は思う。

 こんな始まりで詰んでいてはこの先が思いやられる。


 何より、だ。


 俺に冒険者は向いていないと言わしめた彼女をどうにか言い返してやりたい。

とにかく、一矢報いなければ。


 そうして、飛んでくる斬撃を何とか交わして、俺は回し蹴りで突き飛ばして詠唱を始めた。


『火の聖霊よ、我が御霊を承諾し、受け入れ、この手に力をもたらせっ‼』


 ゴブリンが立ち上がり、ぼろぼろの刀を振り上げる。

 しかし、俺の詠唱はすでに終わっていて——


炎弾ファイアーボールッ!!!』


 向かってくるゴブリンに放たれた炎の弾が飛んでいく。

 交わしきれずにやがて衝突し――燃え上がって霧散した。


「っはぁ、っはぁ……」


 そうして、ゴブリンと戦うこと10分弱。

 同レベル同士の戦いは俺に分配が上がったのだった。

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