第9話「ミーナさんとの密会」


 というわけで、図書館からギルド方面に戻ってくると集合時間までまだ10分もあるのにミーナさんは待っていた。


「あ、あのっ、ミーナさん」

「あ、来た来た! 遅いわよ、私に待たせるっていい度胸よね!」

「いやぁ、まだ集合時間じゃないんですけど……」

「女の子を待たせるなって話よ。このくらい、幼少の頃にパパとママに習わなかったの?」

「いえ、そんな教育は生憎と」

「はぁ、まったく。これだから嫌になるわ」


 だいたい、そんなことをしていたら集合時間とか意味をなさないしな。

 そんな何でもかんでも女性を気にするのは色々と差別につながりかねない。


 ただまぁ、少しだけというか、たったの二日目ではあるがこの世界の事について気づいたことがある。


 この世界は色々と遅れているようだ。


 王歴678年という年号を見れば、俺のいた世界では飛鳥時代。考えてみれば遅れていて仕方がない。差別が許されている時代は何かと怖いな。


「いいわ、それで色々と話したいし、まずはお昼でも食べながらお話ししましょうか」

「そ、そうですね」

「えぇ、安くておいしい行きつけの店があるの。そこに行きましょう」


 そういえばご飯は食べていなかったから嬉しい。


 そんな風に思った俺が間違いだったかもしれない。ミーナさんが連れてきたのはあの酒場だったからだ。


「っがははははは!!!! まさかぁ、あんた! 冒険者になることに決めたってんだねぇ! それじゃああれかい? 冒険者じゃなかったのかい!」

「す、すみません……」

「まぁいいさ! でも、それにしても……ギルドのとこの嬢ちゃんを連れてくるとはぁ……あんた一体、どんな手を使ったんだい⁇」

「や、やめてくださいよっ、もぅ……」


 いや、なんで照れてるんだよこの人。

 もっとちゃんと否定してくれよ。

 さっきは俺に対してもっと罵倒してこなかったか、この人。


『私はただ、この国のためになると思ってあなたに教えるんだから、別に好きとか行為があるとかそう言うわけじゃないんだからね!』


 って強気に言ってたくせに。

 まぁ、別にいいんだけど。それにまずはこのおばさんにそう言う関係ではないことは知ってもらわねば。


「あの、おばさん。本当にそう言うのじゃないのでやめてください」

「……あれ、そうなのかい?」

「はい、それにただ冒険者として色々と教えてもらおうとしているだけですから」

「ふぅん。でも、いくらなんでもそれはメリットがないんだし、ちょっとは嬢ちゃんに付き合ってあげなきゃだめだよ?」

「分かってますって……」

「ど、どうしてそんな目を向けるのよ」


 何か分かっていないようなので目を合わせたが、どうやら彼女は鈍感らしいな。


「えと、それで早く話しましょう。色々と知りたいことが山ほどあるんです」

「え、えぇ……そうね、分かったわ」


 そうして、一杯だけ酒を喉に通して一対一の個別指導が始まった。



「まずは、冒険者についてもっと詳しくお話していこうかしらね。

 冒険者と言うのは、職業の一つ。職業と言うのは例えばここのカトリーナおばさんがやっているような飲食業があったり、向かいの宿屋の店主が経営している宿泊業があったり、はたまた王国で雇われる軍人やメイド、護衛任務に就く騎士など挙げればきりがないけど、多くのものがあるの。そして、その中でも、この冒険者と言う職業は極めて異質」


「その理由の一つとしてまず、冒険者はギルドという仲介者がいなければ成り立たたない。クエストと言うのは本来、依頼者が冒険者に直接するべきだと思う方もいるかもしれませんがそれは国際規定により禁止されていてできません」

「こ、国際規定? そんなものがあるのか?」

「あぁ、その、国を超えた法律の事を国際規定と言うの。他にもたくさんあるのよ? 魔の物との接触は許可が下りない限りしてはいけないとか……」

「国際法みたいなやつかな……」

「……こくさいほう?」

「あ、いや、なんでもない。こっちの話です」


 まぁ、実際にあっちの世界の話と言った方がいいかな。 


 どうでもいいけど、とにかく、こっちの世界にも法律や国際機関があるらしい。もう少し緩めなのかなって思ったがそうでもないらしい。


 というか、600年代に国際法があるのがびっくりだ。やっぱり魔法とやらは凄くないか? なんか発展しすぎじゃ?


「そう? まぁいいわ。とにかく、冒険者で依頼を受けたいなら必ず冒険者ギルドを通せってことね。あと、異質な点としてもう一つ………………えと、それは、納税義務がなくなると言うことです」

「えぇ⁉」


 思わず声が出てしまった。


 これでも前の世界では一端の社会人をしていたんだ。あの時は給料から所得税やらなんやらで天引きしまくってたから納税の恐ろしさが嫌となるほど分かっている。


 だからこそ、だ。


 今、ミーナさんは何と言った?


「ど、どうしたの?」

「あ、あぁ……その、今なんて?」

「納税義務がないって言ったのよ」


 まじだ、まじか、異世界って最高なのか? 冒険者って最高なんじゃないのか⁉


 おいおいおいおいおいおいおいおい!!!!


 納税しなくていいだと、まじか⁉


「ほ、ほんとなんですか……?」

「ま、まぁ……ってどうしたのよ、そんな嬉しそうな顔して」

「い、いや、ぜんs————じゃなくてその、ただびっくりしたっていうか」

「——?」

「……な、なんでないので気にしないでください」

「そ、そう」


 いや、なんでこんなに冷静なんだよ皆。


「それで、納税義務がないと言っても所得から天引きされないってだけで、他のところではとられる。それに、その分危険な仕事だし、一つ忘れちゃいけないことは冒険者ギルドは国に従わない組織であること」

「危険なのは分かったが、国に従わないって実際には?」

「国に従わない、無政府組織なの。つまり、どんな場所にもあるし、どんな所でも同じ機能をしているのよ。国は冒険者に支援もしないし、冒険者も国に支援しない。ただ、聖級を超えるような冒険者は一人の戦力が桁違いになるので国家戦力として数えると言う例外も存在するの」

「ん、あれ、そう言えば……英雄級とかそういうのも言ってなかったけか?」

「あぁ、英雄級って言うのは造語で、この国でしか使われていない言葉ね」

「造語なの?」

「えぇ、意味合いとしてはその国家権力にもなりうる、もしくは贈答以上の冒険者を指す言葉で、確か……絶級冒険者以上が当てはまると思うけど」

「ほう、そうなのか」

「————あぁでも、あなたにはなれないわよ?」

「……わ、分かってるって。俺のスキルじゃってことだろ」

「はい、そんな本を読むことだけのスキルでなれるわけがない。というか、どんなにいいスキルでもポテンシャルとか、その他諸々がかみ合わないとなれないのが英雄級と呼ばれる所以ね」


 少し皮肉めいたことを言ってくるミーナさん。一応、英雄級にされかけたことはあるにはあるけど、別にもう自分を見誤ったりはしない。


「ま、まぁよく分かりました。冒険者と言っても色々と考えることがある感じなんですよね」

「分かってくれたら結構です」


 呆れ気味に呟くとゴクリと酒を流し込み、こう言った。


「では、まぁ重要な話はそんな所なのでさっそく実践から行きましょうか」

「え、実践?」

「おいおい、ミーナの嬢ちゃん、さすがにビギナーにそれはちと酷なんじゃないのかい?」

「そう、なんですか?」


 気になって聞き返すとおばさんはにひっと決め顔を見せながらこう言う。


「これでも、昔は上級冒険者だったからね!」

「え、マジすか!?」

「あぁ、もちろんな! って、そうじゃなくて、ビギナーに急に実践はちと難しいってよ!」

「……だって、この男がお金を稼がなきゃいけないと」

「お金? あんた、結構よさそうな装備してるのに金がないのかい?」

「ないです。持ち金銀貨4枚です!」

「……まぁまぁあるじゃないの、冒険者なんてそんなもんよ?」

「え、そうなんですか?」

「まぁねぇ」

「カトリーナさん、実践を覚えた方が成長速いです」

「それはそうだけど……ってあぁ、そうか。そう言えば、ミーナの嬢ちゃんがそう言う風にやったんだっけ?」

「……はい」

「そうか、それならまぁいいか。ってことであんちゃん、がんばんな!」


 と言われて連れてかれる俺。

 結局、なんでビギナーに実践は難しいと言われたのかは分からずじまいだった。

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