第4話「冒険者になりますっ」
「っぁぁ……もう、朝かぁ」
小さな窓から差し込む陽の光。
春のような陽気と立ち込める朝の香りに俺は目を覚ました。
「うぅ……二日酔いは治ったかなぁ」
まぁ、二日酔いって言っても、酒場で目を覚ました時はまだ夜だったからちょっと違うんだけど——治ってくれたならいいだろう。
俺はあの後、酒場を飛び出しおばさんが言っていた向かいの宿屋に駆け込んだ。酒場のおばさんが言っていた通り、この宿屋の店主はかなりいい人で俺の養子を見るなり「冒険者だから安くしておくぞ」と言ってくれるほど。
異世界の宿屋と言えば、差別意識が凄くて雑魚ならお金捲き上げる――なんていうのを想像していたため凄く意外に思えたが案外普通なのかもしれないな。
そんなことを考えながら軋む木製ベッドから飛び降りて、洗面台に向かう。洗面台と言ってもただ水を張った大き目の樽だがな。
正直、まだこの中世ヨーロッパの古い生活が慣れないがそのうち慣れていくだろう。
置いてあったタオルで顔と髪を拭きとり、宿屋に置いてあったパジャマから王城でもらったローブ姿に着替える。
「はぁ……っと、そういや今日はあれだ。ギルドに行くんだっけか」
ギルドと言うのは冒険者ギルドの事だ。
さっきも言ったが昨日の夜にこの宿屋に入り、カウンターに立つ店主のおっさんに「冒険者だから安くしておくぞ」と言われた時。
俺は迷いながらも正直に否定した。
さすがにお金が絡むようなところで嘘はつきたくはないし、冒険者へのご厚意なので嘘ついて貰うほど俺は落ちていないつもりだ。
Fランクで、無能――なんて言われた俺だけどそこだけはしっかりしたいしな。
「いや、俺は冒険者じゃないんだ」
そう言うとおっさんは「ほう」と丸くした目で俺を一瞥する。数秒ほど眺めてから「ふぅん、そうか」と呟き、こう訊ねてきた。
「冒険者にはなりたくないか?」
「え?」
「いや、これでも俺は昔冒険者してたからな、お前には素質がありそうだなって」
「そしつ……?」
いや、俺はFランクの最弱スキルを持っているんじゃなかったのか? そんな、あたかも俺が、強い冒険者になれちゃいますよ! なんて……お世辞じゃないのか?
これが所謂、裏がある悪徳業者の勧誘ってやつか。
こういうときは穏便に断るのが吉だな。
「いやぁ、そんなことないですよぉ。なのではい、一般料金で大丈夫ですって」
「お前、せっかく安くなる機会を捨てるのか?」
「捨てるっていやぁ、別に」
「じゃあ、ほら、まだ冒険者じゃないのならこれからなるって言ってくれれば安くしてやるぞ」
それはさすがに虫が良すぎるでしょ。
心の中で単純にツッコミを入れる。
それじゃあ、こっちにメリットがあっても宿屋側にメリットがないんじゃないか。
そんな話あるわけない。
割引とか、セールとかはお互いにWINWINの関係だから成り立つのであって、偏ってしまったら意味がない。
「……ほんとですか?」
「あぁ、もちろん」
それでも気前よく、胸張って答えてくる宿屋のおっさん。
埒が明かないので俺は正直に言ってみることにした。
「いや、あの……それじゃあ宿屋にメリットがないんじゃ?」
「ん、メリット?」
「そ、その……俺だけあまりにも得し過ぎちゃうっていうか……それで騙されてるんじゃないかって」
「だ、だま――ぶぶっ!!! ははははっ‼‼‼‼‼ んな、お前! まさかここの国のやつじゃないなぁ?」
真面目に聞いたはずなのになぜかかのおっさん爆笑し始めたぞ。
いや、なんかすげえ考えて言ったのに……心配を返してほしい。
「馬鹿だなぁ!! んなこと、俺がするわけないだろうが!」
「いや、その……え?」
まず、俺が——と言われてもあなたが誰だか知らない。
しかし、彼は未だに爆笑しつつ、面白おかしくこう言った。
「俺はなぁ、これでも昔、この国の英雄級冒険者として働いてたんだぞぉ? 知らないか?」
「し、知らないです……」
「お、まじか……まぁ、それならそう疑っても仕方あるまいな」
「そ、その……そんなに凄いんですか? 英雄級って」
ふと、疑問だった言葉が出てくる。
すると、おっさんは目を点にした。
「お前、知らないのか?」
「え、まぁ、はい……」
「そうか……。それなら仕方ないのか。簡単に言うとまぁ、すげえ冒険者ってことだ」
「いや、それじゃあ説明不足すぎますよ」
「っぶぶ、お前面白れぇな!」
「いたって真面目ですよ、俺」
「ははっ、まぁいい! とにかくすげえんだ。この国で俺の名前を知らないやつがいねえくらいにはすげえんだ!」
とまぁ、どうやらどの程度凄いのかは教えてくれないらしい。
これはあれだな。典型的な中二病が取る行動だ。
歳があきらかに中二じゃないけど。
「ま、まぁそれはいいとして何のメリットがあるんです?」
「そらぁ——新しい冒険者を育てるためだぞ? 最近は魔王が復活して魔大陸で色々と企んでいるみたいだしなぁ」
「育てる?」
「あぁ、これでも俺は王様から冒険者育成を頼まれていてな。金だけはしっかり貰っているんだ。だから、割引分はそこでなんとかしているし……なんて言ってもこの国を守るためにも冒険者には頑張ってもらわないとだからな」
陽気に語るおっさんに嘘の影は見えてこなかった。
結局、俺はその後部屋を予約してもらう。
「それで、あんたは冒険者になりたくはないか?」
「なれるものなんですか?」
「ん、まぁ、誰でもなることはできる」
「そ、そういうものなんですかね……」
「なった後が重要なんだぞ、若人? それに最悪強くはならなくともそれなりの金額がクエストで手に入るし、組合からの補助もでるぞ」
「俺、スキルが弱いんですよ?」
「はっ。弱いからこそ向いているんだぞ、冒険者って言うのはな!」
「そ、そこまで言うなら」
「あぁ、俺からもお願いだ! スキルのないにいちゃん、お前には才能があるかもしれない! だから、冒険者になってくれ!」
と半強制的に言われて、ギルドに行くことにしたんだよな。
ふぅ、じゃあ早速、朝ごはんでも食べて行くとしよう。
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