第11話 同じざまぁを欲する者。

 

「ボクと一緒に帰ろう……カナリアちゃん」


 これは、ケージにとっての最後の声掛けだった。

 見方を変えれば、最後通牒だったのかもしれない。


「ボクは決闘に勝った。もうカナリアちゃんが、あの男の隣にいる理由はない。どうだ、違うかっ!?」


「……違うよ、ケージは何にも分かってない! 今までの私の苦労も、今の私の気持ちもっ! 勝手に味方ぶらないでよ、変に優しさを向けないでよっ、お願いだからぁ……っ」


 カナリアは、ケージから差し伸ばされた手を握らなかった。涙を流しながら首を振り、拒絶するばかりだ。


 屋敷に集まってから、二人は密かに落ち合った。

 最後に話がしたい、とケージが掛け合ったのだ。


 カナリアは凄く憔悴しきっていて、まるでケージの話を聞き入ろうとしなかった。涙に声を震わせ、目元を赤くしていた。


「(ダメなんだ、この手を握ってくれなきゃ……!)」


 これで何度目だろう。

 何度なく見た『夢』の結末。


 ───


 この現実は、『夢』で繰り返し起きている。

 この後の展開もある程度は認知していた。


 それでも、未来は変わるかもしれないと口を出さずにはいられなかった。分からなかったのだ、ケージがカナリアに拒絶される理由が何一つ浮かばなかった。


「ボクの何が気に入らないんだっ、それにどうして……そんな悲しい顔をするんだよ!」


「違う、違うっ! ケージは何も悪くない……っ、悪くないけど、もう私に関わらないでよ……っ!」


「クソっ、どうしてこうなるんだ。カナリアちゃんっ」


『先見』は未来を見通す『恩恵スキル』だ。

 未来を変える『恩恵スキル』じゃない。


 カナリアが協力的な姿勢を取ってくれるなら、まだ話は簡単だった。屋敷を二人で抜け出して、ここの事なんか忘れてしまえばいいと思っていた。


 だが現実はそう行かなかった。

 屋敷にいる限り、カナリアが死ぬという未来は避けられない。


 死の呪いは、パーティーの中で発動する。

 カナリアは、必ず毒を受けて死ぬ。


「分かったよ。そこまで言うなら、もう何も言わない」


「えっ……」


「もう口も聞かないし一生関わらない。でも、君だけはボクが命を賭して守ってあげるから……」


「待ってケージ。何の話を───」


 カナリアの対処がダメなら、最終手段だ。

 現場の立ち入りを拒めないなら、元凶を断つ他ない。


 カナリアの泣き顔から目を逸らして、ケージは立ち去る。



 殺しの元凶、犯人は分かっている。

 シスア・マイスター。


「何のつもりでボクを嵌めて殺すつもりなのかは知らないけど、そっちが殺す気ならボクが先に殺してやるッ」


 パーティーが開催される前。

 それまでに、決着をつけるんだ。


 □■□


 玄関付近に、ケージの姿が見えた。

 何らかの覚悟を決めた顔。彼に纏う空気が酷く重苦しくて心臓が掴まれる様な圧迫感があった。


「やはり、殺る気なのか」


 は晴れないだろうと、ある意味確信していた。


 でなければ、俺に夢の内容を伏せたりしない。

 あれは、全てを見通したからこそ「殺し」という結論に至った彼が、せめて俺を関与させまいと庇った。


 そうだと信じたい。


 殺す対象は、シスアだ。彼は、カナリアが毒殺される前にシスアを殺せば彼女が救われると思っている。


 しかしそんな事をすれば、牢に入れられ極刑に処させるだろう。カナリアへの殺人容疑でその結末を迎えたのに、あろう事か貴族本人を実際に殺したとなれば冤罪ですら無くなる。


 そんな未来は……あまりにカナリアが救われない。


「はあ。上手くいかないものだな」


 この展開はもう読めている。

 彼は今から、屋敷に入る前に地下の武器庫へと侵入する。


 そこには、ボディーチェック時に剥がされた武器が収容されているはずで、漏れなく彼も決闘時に使用した剣は取られていた。


 暗器等を忍ばせている可能性もあるが、きっとケージは俺が叩き込んだ最も信頼する武器を手にするはずだ。


 施錠された鍵は、ナンバー式南京錠。

 後をつけると、ケージは南京錠に手を翳していた。


 付近を気にしながら、ダイアルを回す。

 開いた。ゲージは番号を知っていた。


「『夢』で事前に調べたって事か? つくつぐチートな能力だな。相手にするとこれ程厄介とは」


 だが、幸い地下なら多少音がしてもバレない。

 一戦交えるなら、それに越したことはない。


 俺は背後を付ける。

 この尾行も、地下階段を歩く音でバレてしまう。


 地下はコンクリートで出来ており、硬い材質はよく音を反響する。コンコンと響く足音にピクリと耳を動かすケージ。


 だが、下へ下へと降りていく。


「(無視……いや、これは───)」


 

 まるで舞台はここでは無いと言う様に。



 俺が下まで降りると、ちょうどケージは剣を手にした所だった。全てが読み通り、そんな予定された未来の訪れを察したのかケージは酷薄の笑みを浮かべていた。


「やっぱり来たのか」


「それも、『夢』で見た内容ですか。俺が貴方の暗殺を阻止する様動くのも、予想通りだと?」


 パチパチパチ、ケージは感心したと手を叩く。


「見事だよ、代行屋。相当頭がキレるみたいだ」


「いえ。俺は優秀な傭兵が集めた情報という点と点を線で結んだにすぎません」


「推理とは、正に点と点を結ぶ行為その物を指すじゃないか。与えられた事実から、一つの推論を導く。なるほど、君は『ざまぁ代行屋』じゃなくて、名探偵だね」


 茶化す様にケージは笑った。


「いいだろう、認めるよ。確かにその通りだ。ボクはカナリアちゃんを助ける為に、貴族を殺す。偉そうにイビリまくる奴をぶち殺せるなら、それは"最大級のざまぁ"と言えるだろうっ!?」


 その為には目的と手段を選ばない。

 堕ちた人間は、簡単にそう言ってしまう。


「これは俺の持論ですが、殺しは絶対的な悪では無い。必要なざまぁを満たす為に、過去に仲間を殺した冒険者もいた」


「だったら───」


「でも、ケージ様のそれは必要とは言えない」


「仕方ないだろっ、ボクは何度もカナリアちゃんに逃げようって訴えた、でもカナリアちゃんは……ボクを選んではくれなかった。愛する女の子の為に、彼女を守る為に殺す事のどこが、必要じゃないって言うんだァァッ!!」


 ぐっ、と俺は拳を握りしめた。

 そうだ、本来なら彼は何も間違った事は言っていない。

 ただ、一つの勘違いを見逃していなければ。


「違います。ケージ様は、やはりカナリア様の事情を何も分かっておられない。カナリア様の理解者を名乗るなら、まずは落ち着いて彼女と話をするべきでした」


「何を言ってるんだ……」


「もう一度、話をすると約束して頂くまで俺はここを通すつもりはありません」


「うるさい。代行屋なら、命令だ。ここからはボクがやる」


「なりません。依頼内容に、シスア様へのざまぁ要望は含まれておりませんでした。また同じざまぁを欲する者として、俺が獲物をみすみす見逃すとお思いですか?」


 俺は拳を構えた。

 ケージは、剣のグリップを握り締める。


「後悔しても、遅いからね」


「いえ。勝つのは俺です、それは未来改竄を行おうと不変の真理です。貴方が俺の"敵"になるなら、容赦はしません。全力で叩かせて頂きます」


 額の汗がポトリと落ちた。


 瞬間、俺とケージは腕を突き出す。

 最後の戦いが始まった。

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