第27話 奥山無双。

 

 一か月。

 短いとも長いとも言える期間。


「はは、どんどん強くなっているな」


「ううん、アンネは別に。全部しのぶの力」


「いやいや、僕の方こそ君に礼を言わなくてはな。アンネ」


 奥山忍とアンネは一か月死ぬ気で魔物と戦い続けた。

 魔物が多く潜むと言われる迷宮を片っ端から攻略した。


 今は外にいる高位魔物の討伐に赴いている。


 地面が大きく揺れ、奥山とアンネの前に魔物が姿を現す。

 地竜だ、数がとても多い。群れでの奇襲を仕掛けて来た。


「予定通り、が前線を荒らす。アンネは支援を頼むよ」


 やはり、日本人の力は偉大だった。

 強くなる方法を知っている。これはただのゲームだ、体力や魔力といったパラメータは倒した魔物の数で変動する。ゲーム用語だと、経験値と呼ぶべき物。


 同時に金も稼げる。装備を整え、新たな奴隷も二人買った。


「フウリ、ソフィア。君達も準備はいいな」


「はいっ」「うん!」


 フウリはエルフで、ソフィアは獣人。

 売れ残っていた奴隷を買って戦力を増強。典型的な成り上がりパターンだ。


 そして、その主人である奥山にも有能な『恩恵スキル』があった。

 その名前は、『』だ。


「フウリは潜伏中の地竜を魔法で牽制、ソフィアはアンネを守れ」


「わかりましたご主人様!」

「わかったよ、ご主人」


 的確に指示を飛ばす奥山。視線を巡らせ敵を視認する。


「十時の方、距離二百。『風刃』を単連射、地面を切り崩せ!」

「……っ、魔法『風刃』」


 フウリが杖をかざして、魔法を展開する。

 だが、距離が遠くて威力が減衰した。地竜の存在に気付いているぞという警戒にはなったが損傷を与えるには至らなかった。


「来るぞ。ソフィア、迎撃しろ」


「勿論だよ!」


 かぎ状の装備、ナックルクローを装備したソフィアは、空から滑空してくる地竜に臆することなく爪を地竜の体皮へと掻き立てる。ぶちぶちと肉を断つ音と共に着実なダメージを与えた。地竜は地面を這う様に進む魔物、滑空は出来ても飛行はできない。


「肉固すぎて倒しきれなかったよ~」


「あ~あ、ソフィア、そんなんじゃご主人様に見限られちゃいますよ?」


「な、なにおう、あたしだって出来るんだから!」


 奥山はかぶりを振って、アンネを一瞥する。


「支援をしてやれ」


「うん。『恩恵スキル』発動……『歌唱』」


 血生臭い戦場に、天使の歌声が響き渡る。

 確実に音程を刻み、それを以て『詠唱』と為す。


 声が戻り、滑舌もよくなった今、アンネは最大限に力を奮える。


「魔法発動『天界の宴舞サンクチュアリ』」


【体力回復】【体力自動回復】【体力最大値上昇】【攻撃力上昇】【会心率上昇】

【魔力回復】【魔力自動回復】【魔力最大値上昇】【防御力上昇】【俊敏性上昇】


 たった一度唄うだけで、全ての能力が上昇する。

 精霊が活性化し、体内の魔力が滾る。


「魔法『身体強化ブースト戦闘形態コンバット』」


 奥山は更に身体強化の呪文を唱えた。

 姿が一瞬にして掻き消える。前方にいた地竜が瞬く間に蹂躙された。


 あれだけの速さ、視認するだけでも一苦労だ。

 地竜がなんとかブレスで追いやろうと火を噴いた。

 しかしまたしても、奥山はその後ろ、剣を地竜の背中へと突き刺した。


「ふん、その程度か。地上最強の魔物よ」


 アンネは素直に認めた。

 彼は強くなった。いや、強くなりすぎた。


 あの力の正体をアンネは常に近くで見て知っている。


『追跡』という『恩恵スキル』には二つの能力がある。

 一つは、視認した敵の自動補足能力。どこへ行っても存在を知覚できるし、集団戦闘時には挟撃し、死角からの一撃でも容易く避けてしまう。

 もう一つは、敵の背後に回る能力。あれが本来の能力だろう。相手の死角に回り込み強烈な一撃をノーマーク状態から叩き込める。


 しかし、後者の能力を最大限引き出すには、相応の速度が必要だ。

 的確な死角を突ける『追跡』も、速度が足りなければ宝の持ち腐れだ。



「凄いですね、ご主人様。もう彼の独壇場です」


「白精魔法『身体強化ブースト』。白精魔法は、適正者が殆どいない。一方で誰でもそれなりに使える魔法属性の一つ。しのぶは最初、速度強化に目を付けたの」


 身体強化による俊敏性上昇効果。

 それに加えて、『天界の宴舞サンクチュアリ』」による全体強化。俊敏パラメータ上昇値は、二つの魔法に対し重複しなかった。


 肉眼ですら追えない神速を手にした奥山は次々と無双した。

 あまりに速度が速く、身体に負荷もかかった。

 だが、【体力自動回復】はそれらのデメリットを帳消しにした。


 アンネは認めたくなかったが、相性は……最高だった。



「お疲れ様。アンネ、フウリ、ソフィア。よくやった、偉いな」


「そんな褒めなくても~ご主人様ぁ」

「あたしにかかればこんなもんってね!」


 アンネは喜びを露わにしなかった。

 ただ一点、遠い方向を見つめている。


「帰りに冒険者ギルドへ寄ろう、しのぶ」


「……またあの男に会いに行くのか。いい加減忘れたらどうだ」


「だめ。アンネは、あの人の物だから」


 一か月の間ですでに三回面会の時間を設けている。

 ベリアルと交わした約束を遂行する為だった。


 フウリやソフィアとは何度か夜も経験している。

 ただ、アンネは……未だに心を許していなかった。


「何度も言っているだろ、僕は君のご主人様だ!」


「違う、絶対に認めない。アンネは……あの人に会う為に産まれて来たんだ」


 アンネは喉を枯らす勢いで叫んだ。

 涙を流しながら、必死に奥山へ訴えた。


「諦めてください、アンネ様。ご主人様の第一奴隷だから我慢していますが、ご主人様に対しその態度は失礼極まりないですよ」


「そうだぞー。早く認めちまいなよ、どうせ逃げられないんだから」



 ペットはどちらが飼っているかという問題がある。

 愛想よく振る舞えば、豪華な食事と住処が提供される。


 ならとことん愛して、代わりに寵愛を貰えばそれは賢い生き方だ。

 ある意味で、ペットが主人を飼っていると言える。


 フウリやソフィアは奴隷である事を楽しんでいた。


 アンネは無論理解していた。

 奥山の奴隷であると、ただ一言表明すればきっと苦労はなくなる。


「嫌、絶対にいやぁ、約束を果たして貰ってない! ご主人様にかわいがってもらうって、約束したんだっ、アンネはぁ……ご主人様の元に帰らなきゃいけないのぉぉっ!!!」


 罪悪感が募る。

 アンネは奴隷だ、無理に従わせる事は出来る。


 だが、日本人であるが故に鬼になりきれない。

 非道になりきれない、制約と呪縛が拭えない。


「分かった。だから泣き止め。くそっ、なんなんだよ」


「……っ」


 良かった。アンネはがくんと膝を折った。

 もう一か月だ。ご主人様、アンネ頑張ってるよ。


 今から会う運命の人に向けて、アンネは静かに囁いた。

 夕日が沈む。アンネの背中に長い影が落ちる。


「そろそろ冷えてきた。急ぐぞ」


「ん」


 服の裾で涙を拭う。

 戦闘にまるで向かないワンピース姿。


 服は徐々にボロボロになり、穴も空き始めた。

 アンネは毎日毎日丁寧にそれを洗い、朝にまた着替える。


 思えばあの服も、あの代行屋が選んで買った物だったか、と一か月前服屋で悪戦苦闘していた当時の情景が蘇った。あそこまで執着する理由、依存する理由。


 アンネもまた、何か重大な秘密を抱えているのかもしれない。

 奥山はぶんぶんと首を横に振って、冒険者ギルドへと向かった。





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追放された冒険者を案内する『追放処理班』のギルド職員、裏で『ざまぁ代行屋』と呼ばれていた件。〜お望みのざまぁプランはこちらですか?〜 @TGIyuzu

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