第26話 三人でお泊り会。

 

 冒険者ギルドもそろそろ終業時間だ。

 俺達は通常業務を熟しつつ、合間合間に奏と話し合った。


 最初は暇をさせちゃ悪いという感情だけだったが、今ではあっという間に時間が流れたという感覚しかない。奏といると、忘れたはずの安らぎを感じた。


 心の平穏が取り戻され、満たされていく感覚。

 欠けたピースがはまる様にぴったりと俺の中に収まった。


「さあ、奏。そろそろ帰ろう」

「やった~、悠里の手作り三年ぶりに食べられる~!」


 奏が俺を腕を組んだ。

 距離感の近さはまるで変わっていないな。


 俺の呼び方は、やはり悠里と呼ぶ方が楽だろうか。


「あの……ベリアルさん。奏さんを泊めるつもりですか?」


 帰り支度を始めていたアイシャが恐る恐る聞いてきた。


「はあ、そうですが」


「成人した男女二人が……同じ屋根の下で?」


「いや、そんな大袈裟に言わなくても慣れてるんで大丈夫ですよ。昔近所に住んでたんで、泊まりに来る時も結構あったし」


「昔と今ではさすがに違います。お二人は昔より成長されて、男女の違いも明確に分かれています。私の家でよければ奏さんを預かりますよ?」


「ええ、まずいですよ。そんな迷惑をかけちゃ……」


 奏は、俺達が何を言っているのか全ての言葉を理解していなかった。

 だが、奏をどこに泊めるかで言い争っているのは分かったらしい。


「なら、アイシャさんもいれて、三人で悠里の家にお泊りしよ?」



 どうして、そうなる。


□■□


「それで本当に来ますかね、普通?」


 アイシャは居間に持参した荷物を広げ、外着を脱いだ。

 私服姿を見るのは初めてでは無いが、制服と違うせいで新鮮だ。


 毛織のカーディガンに、若葉色のフレアスカート。

 ナチュラルカラーが彼女の雰囲気に合致して、清楚さが引き立つ。


「あ、あの……どうされました?」


 アイシャは恥ずかしげに赤面させつつ俯いた。

 横目で俺を一瞥するアイシャ、視線から逃れようと目を逸らす。


「いや……適当な所に座ってください」



 奏が来てから、俺の何かが変わった。

 必死に生きよう、前だけを見続けようと固執した感情が消えた。


 今ある現実を見て、刺激に晒され、感情が動く。

 そんな当たり前が俺の中に芽生えつつあるのを感じた。


 俺はアイシャを、可愛いと思ったのだ。

 そんな事を思えたのは、いつぶりだろうか。


「私服、前の時より……更に似合ってます、よ」

「えぇ……!? ああ、あの……ありがとうございます」


「お待たせって……どうしたの、悠里」


 奏が部屋に戻ってくる。順番に手洗いをしていて、最後が奏だった。


「いや、なんでもない。そんな事より今日は鍋にするか。手料理を振る舞ってもらうつもりだったかもしれないが、三人ならこっちの方がいいだろ?」


「うん、こっちの世界じゃ魔法で運用するんでしょ?」


「ああ。ちょっと待ってろ」


 俺は『念話』を使って、奏とアイシャをリンクさせた。

 アイシャになら、俺の秘密をばらしていいと思った。

 これは単なる偶然で、思いつきだ。


「アイシャさん、奏と何か話してみてください」


「え……ええと、奏さん」


「あ、分かる。あはっ、異世界語が分かるようになってる!」


「私も日本語が理解できていますっ、どういう原理ですか!?」


 お互いに話す言語が異界の言葉というのは理解している。

 理解していて尚、お互いに意思疎通が可能になっている。


『念話』を通し、自動生成された思念伝達機構が脳を直接刺激し情報を与える。

 だから普通に話していても、話が通じるように感じるというものだ。


「『恩恵スキル』の効果ですよ。俺は複数の『恩恵スキル』を使えますから」


 ケージに話した内容をそのまま二人にも伝える。

『鑑定』という力は想像以上の力を発揮したのだ。


「魔法については、属性別に精霊を『鑑定』にかければこの通り」


『初級水精魔法』の『水球』、『初級火精魔法』の『火球』。

 俺は呪文なしに魔法を顕現させ、鍋の水を沸騰させる。だしが取れた段階で、買い込んだ野菜や肉を入れ茹で上がったら口に放り込む。


「驚きました……原初魔法ですか」


「原初魔法?」


 アイシャの聞きなれない言葉に俺は聞き返す。


「精霊に直接干渉し、魔法を放つ技です。詠唱が不要になるなどの恩恵が受けられますが、精霊へのコンタクトは精々一属性が限界で、全属性の魔法全てを運用できるなんて聞いた事がありません」


 簡単に言うとこうだ。

 この世界における詠唱とは、精霊に対する決まり文句を囁いているだけらしい。


 火の精霊よ、炎を出せ。精霊が解する言葉を呪文として解き放つ。魔力を糧に意思を汲み取った精霊は術者の求めに応じて魔法を顕現させる。


 しかし俺は、詠唱という行為を必要としない。

 精霊を『鑑定』すれば何をどうすれば魔法が運用できるか頭に自然と入ってくる。

 だから俺は、魔法に関しては凄まじい適正を誇っていた。


「そんな凄い力を、鍋の水を沸かすのに使うのは勿体ないですね」


 アイシャは小さく吹き出した。俺と奏も釣られて笑った。


「構いませんよ。今の俺に戦う理由はないんですから」


 俺の隣には奏がいる。前にはアイシャがいる。

 三人同じ机で鍋を突き合う、それだけで俺は何も求めない。


 必要としない。


「さあ、どんどん食べていってください」


「はい。ありがとうございます、ベリアルさん」


「ありがとね、悠里。んんっ、この肉美味し~っ」



 俺の束の間の平穏は、約一か月続いた。


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