第25話 三秒で解呪成功。

 念の為、おさらいしておこう。

 奏が持つ『恩恵スキル』は、『恩恵スキル』を無効化する『恩恵スキル』である。


恩恵スキル』によって出現した物体、及び生じた効果は打ち消される。

 奏の全身に保護バリアが展開されているという認識で間違いない。


 奏がアンネの頬を触った瞬間、アンネの呪いが解けた。


『黒竜王の呪い』も効果の対象内だ。黒竜もまた、何らかの『恩恵スキル』を使ってアンネに呪いを付与したという事になる。


 何故アンネがそんな呪いを宿していたのか、どうして奴隷に落ちたのか。疑問は未だ尽きないがそれはこれから話せるようになったアンネにゆっくりと聞けばいい。



「い、たい……」


 アンネは、頬をさすりながら表情を歪ませていた。

 少し頬が赤らんでいる、慌てて奏が手を離す。



「あれ、アンネ、喋ってる……?」


 アンネは自分の声に少し戸惑っていた。

 当たり前だ、呪いを宿して以降は自分の声を聞いていなかったのだから。


「うわあ、透き通った綺麗な声。今なんて言ってたの?」


「痛いって言ってるぞ」


「あはは、つい……ごめんねって伝えて」


「アンネ。このお姉ちゃんがごめんねって言ってるぞ」


「アン、ネ……はなせる。はなしてるっ」


 最早奏の事は眼中にない。

 呪いが解けた事実にようやく実感が湧いたらしい。


「ねえねえ、今なんて?」


「私話してるっ、ってもうええわ」


 日本語と異世界語の同時通訳は疲れる。

 それよりも肝心の呪いの件だ。


 改めて、奏の『恩恵スキル』がチートなのは分かった。


 アンネは色々と話そうと試みている。

 しかしどれも呂律が回らず、行き詰まっていた。



「ごしゅ、じんさまぁ。わたし、はな、せる」


「そうか。良かったなアンネ。でも俺はご主人様じゃなくてさ」


「いや、あのひと、怖い」


 奥山がだんだん可哀想になってきた。

 だが、金貨五枚分は俺が払ったとはいえ、名義は既に奥山になっている。代替えした金も彼から順次頂く予定なので、そうなれば俺がアンネの主人になる可能性は限りなく低くなるだろう。


 さて、早くここから立ち去ろう。長居は無用だ。


「奏、ありがとう。用事は済んだ」


「え~もう行っちゃうの?」


「ああ。じゃあ、俺達はこの辺で」


 これで一件落着。そう思っていたが想定は甘かった。


「ベリアルさん、その子ベリアルさんの事を『ご主人様』って呼んていた気がするんですが……まさか奴隷じゃないですよね」


 アイシャもここにいるんだった。

 言語の壁をいいことに、ペラペラ話していたのがまずかった。


 最初は特に様子見だけで済ませる予定だったアイシャ、しかし俺が奴隷を購入したとあれば黙っておくはずもない。俺は仮にもギルド職員、奴隷に手を出すのは禁則事項だ。


「いやいや、まさか。これはさっき来た依頼者の奴隷ですよ。この子の所有権も現にありませんし、それを証明する書類だって存在します。ですから、あまりお気になさらず……」


 俺は、あははと誤魔化しながらバタンと扉を閉めた。

 配信が終わった後の実況者でも驚く位に今の俺は真顔だった。


 胃が痛い。

 世の二股男はこんな重圧を常に耐えているのだろうか。


 □■□


 今後の事について、色々考えてみた。

 アンネは奥山より俺に酷く懐いてしまった。

 無理矢理引き渡して脱走なんて事になったら、俺の代行業まで支障が及ぶ可能性がある。なんとかアンネを説得する他ないだろう。


 部屋の前で膝を屈め、アンネに顔を近づけた。

 アンネからもぐいっと顔を寄せてくる。違う違う、近い近い。


 肩を持って、引き剥がした。


「いいか、アンネ。俺の事をご主人様だと思うならそれで構わない、代わりにご主人様である俺の言う事は必ず聞いてくれよ」


 うん、とアンネは首を縦に振った。


「奥山って男は、俺の大切なお客様だ。彼が満足するように、アンネには彼の手助けをして欲しいと思ってる。暫くは会えなくなるが、必ず会う時間は作ってもらう。これでどうだ?」


「わかった、ごしゅじんさまの、たのみなら、アンネがんばる」


 よし。これで何とかなったはずだ。


「でもそのかわり、がんばったら、アンネにごほうびがほしい」


「ご褒美。ああ、構わないよ。何でも言ってごらん」


「アンネを、かわいがってください」


 く……何たる破壊力。

 嘘だろ、この強烈すぎるワードはなんだ。


「わ、分かった。いっぱい撫でてやるから」


「いみが……ちがう」


 ええと、他にどんな意味があるんですか。

 是非とも教えて欲しいんですがね。


 ともあれ、了承は得られた。

 扉を開き、奥山に呪いが解けた事を説明した。


「さすがだな、頼りになるっ」


 俺の手を握ってぶんぶんと振り回す奥山。

 評価の上がり下がりが激しすぎてどう接したらいいものか。


「とりあえずアンネには、奥山様に全面協力するよう言い含めておきました。奥山様の命令を彼女は快く引き受けてくれるでしょう」


 アンネを一瞥すると、それに応えるように頷いた。

 俺の元を離れ、奥山の方へと移動する。


 うはあ、と奥山は感嘆の声を漏らす。今日からアンネは奥山の物だ。


「奥山様。しかし先んじてここに誓約していただきたい事が」


 特に書面はない。口頭での約束事になる。


「奥山様には現在、アンネに対するあらゆる権限が行使可能です。身も心も全ては奥山様の物、どんな願いを言おうと合法的に可能となります」


「ど、どんな願いでも……」


 奥山は想像しただろう。

 無論、健全な男子なら誰しもが想像しうる事だ。


「ですが、アンネに対し、非人道的行為及び性的暴行を加える事は決してないようにお願いします。また、週に一度はここへ中間報告を来るようにお願いします」


「……っ」


 釘を刺された事で、初めて気づいたのだ。

 奴隷とは即ち、彼女に対し全ての行為が許される。

 性交渉を行うのも、奥山の自由だ。


 だが当のアンネはまだ奥山に心を許していない。

 奥山に付き従うのは、あくまで俺の願いを聞き届けただけに過ぎない。


「日本人は礼節を重んじる種族だと聞いています。奥山様がまさかそんな事をするとは思いますが、念の為、忠告させて頂きました。ご無礼をお許しください」


「わ、分かってるよ。僕にそんな度胸はない」


 確かに。それは言えている。


「ともかく、日本人として品位ある行動をよろしくお願いします」


「ああ。助かった、代行屋。一週間後、強くなった僕らを見てくれよ」


 奥山は俺に言うと、部屋から立ち去った。

 アンネは名残惜しそうに俺をちらりと見て、渋々奥山の行く先へと付いていく。


 忠告はした、アンネにも困った事があったら何でも言えと言ってある。後はアンネが決める事だ。



 俺から奥山へ今後について詳しく助言はしなかった。

 別に必要ないと奥山に言ったからだ。


 彼女の強力な『恩恵スキル』があれば、パーティーを編成し無限に強くなれる事間違いない。


 戦力を有した日本人は、どこまでも強くなる。

 それを証明するのは、奥山忍。彼は今日から主人公だ。

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