第24話 代行屋、奴隷に懐かれる。

 アンネは見違える様に可愛くなっていた。

 服の印象が人に与える効果は目を見張るものがあった。


 ワンピース姿になったアンネは自身を確認するようにくるりとターンを決める。オシャレには俺達以上に興味があるであろう、アンネは目を輝かせていた。


「よく似合ってるよ、アンネ。さあ、着替えたら早速移動しよう」


 俺の服の裾をちょこんと握りアンネは大人しく付いてくる。

 怖がっているのだろうか。大丈夫だ、と俺は頭を撫でてやる。


「特に乱暴にされる心配はない。何かあったら俺に言えばいいから」


 購入者の責任だ。所有権が奥山にあろうと、彼女を選んだ俺にも責任がある。

 今更無関係を装ってまでアンネを突き放す理由はないと思った。


 個室のドアを開き、奥山とアンネを正式に引き合わせた。


「お待たせしました。では……奥山様?」


「美しい」


「はい?」


「アンネ。なんて美しいんだ! まるで天使みたいじゃないか!」


 奥山は興奮を抑えきれずに席から立ち上がる。俺の裾をぎゅっと握って奥山を警戒する様子も、保護欲を掻き立ててくる。奥山の性癖に見事合致したようだ。


「アンネ。彼が君のご主人様だ」


 俺は、スケッチブックと鉛筆をアンネに託す。

 筆談であれば会話が可能にはなるはずだ。


 幸いにして、言語能力を備えていたアンネはすらすらと鉛筆を動かした。

 ジェスチャーや仕草を除いてアンネが意思表示をするのは初めてだ。正直なアンネの気持ちが聞けるまたとない機会に、ごくんと唾を飲み込んだ。


 書き終えたアンネはと向けて来た。内容は、




 とんでもないこと言い出した。


 □■□


 困ったな。奴隷が早速反抗期を迎えた。

 この場合どうするのが正解なんだ。


 我慢ならないと鼻を膨らませた奥山はアンネに怒鳴り散らす。


「ふざけるな! 僕が君のご主人様になるんだ!」


「そうです。いいかいアンネ。君に選択権はない。分かるだろ?」


 ゆっくりと諭す様に告げるが、態度は変わらず俺の服を離す様子はない。購入した際に奥山を見せておけば少しは対応も変わっただろうか。


「ま、まあ……いきなりの事でアンネも困惑しているのかもしれません。その前に、剣崎様へのざまぁの件の計画を立てていきましょう」


 問題を後回しにして、怒りの矛先を変える事にした。


「そ、そうだな。まずは出来る事からだ」


 お互い席についた。

 アンネはどうするのかと見ていると、何故か俺の膝に乗り始めた。


 わなわなと血管を浮かばせ怒りを募らせる奥山。

 俺だって好きでこんな事させている訳じゃない、我慢してくれ。



 俺は彼女の『歌唱』という能力について奥山に説明する。『黒竜王の呪い』という謎の効果によって沈黙デバフを永続的に貰っている状態と説明すれば簡単に納得してくれた。


「つまり、この子のデバフが解けなければ使い物にならないじゃないか」


「ひとつは黒竜王を倒してしまうというのが解決法の一つになります。こうした付与効果は大抵が術師の死亡によって解除されます。それは黒竜王についても同じです」


「いかにも強そうだが……居場所は知っているのか?」


「この国にはいません。恐らくは隣国の迷宮内部にでも潜んでいるのではないでしょうか。必然的にアンネは隣国から流れて来た奴隷なのでしょう」


 俺は膝の上に座るアンネをじいと見つめる。

 アンネはちゅっと俺の頬にキスをしてきた。


「おい」


「か、彼女なりのスキンシップです。隣国の文化に、異性の頬にキスをする挨拶の習慣がありまして今のもその一環でしょう」


 メチャクチャ嘘だがこれで騙されてくれ。

 それとアンネは一体俺の何がそこまで気に入ったんだ。


「全く。その子の為に、僕がわざわざ隣国に行くのか?」


 黒竜王を倒す以前に相当の手間がかかるのは間違いない。


 今日拾った奴隷の為に隣国に行ってドラゴン討伐。

 やっている事は完全に漫画の主人公だ。


 とはいえ、他に素質があって安上がりな奴隷はいなかった。


「解呪方法は他にないのか。


 諦め半分といった感じで奥山は呟いた。

 しかしその発言は今回に限ってはあまりに的を射たものだ。


「なんとか……なるかもしれません」


 □■□


 俺は一つの仮説を立てた。

 もしこれが成功すれば、全ての問題が丸く収まる事間違いない。


 ここからは企業秘密ですと奥山には言って、再び個室から出た。


『ご主人様、なにするの?』


 アンネは俺の行動が気になるらしい。

 進んでコミュニケーションを取ろうと筆を走らせる。


「いやだから俺はご主人様じゃないって」


 そんなやり取りをしながら俺は目的の人物を探す。

 丁度アイシャは休憩時間に入ったようで、カウンターの方にはいない。


 となると、来客室にいるはずだ。


 意を決して扉を開く。最悪奴隷商館に行った事はバレていい。

 面倒事にだけはなってくれるな、頼むから!


「奏、ちょ~とお願いがあるんだけど」


 ドアの隙間から顔だけを覗かせる。

 アイシャと奏はイラストを使ってゲームをしていた。


 典型的な言語習得用のゲームだ。

 俺も昔、英語の授業を習う時によく使っていた。


「なに、そんな改まって。なんかやらしい事?」


「いやあ……違うんだけど、その」


「ねえ。ドアの陰に誰か隠れてない?」


 バレた。ええい、なるようになれ!


 俺は扉を全開にして、アンネを見せつけた。


 その子誰、とか。どんな関係、とか。

 そんな鬼畜じみた答えが返ってくると予想して俺は目を瞑った。


 一秒、二秒。罵声は帰ってこない。


 薄らと目を開けた、そこには。


「え~なになに、この子! めっちゃ可愛い!!」


 ぷにぃ~とアンネの頬を摘まむ奏の姿。

 俺にあれこれ聞く前に、奏の琴線を刺激したらしい。


 良かった、と胸を撫で下ろした瞬間その現象は突然起きた。

 アンネの全身に見えない瘴気が一瞬宿り、消失した。


「なに、今の」


 相談開始三秒。問題解決。

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