第6話 隠されたスキル条件。

 一週間という条件つきで、俺はケージの専属アドバイザーとなった。追放された冒険者が、実力不足だった場合、その実力を補完する業務としてこの制度がある。


 今回はそれを適応しケージと街を出た。

 近くの森で修業を行う為だ。


「さて、木刀で構いませんね。まずは適当に打ち込んで来てください。相手がオルゴ様であると思って遠慮せずにどうぞ」


 俺は適度なストレッチをして彼と向き合った。

 ケージは未だ困惑気味で剣を構えたままだ。


「待ってよ、冒険者でもない人に向かってそんな」


「こう言ってはなんですが、俺は世界でもそこそこの実力者ですよ。ケージ様はおろか、オルゴ様と決闘しても負ける気がしません」


「……じゃあ、本気で行くからね。 やぁぁあああ!」


 見え透いた上段からの一撃。

 すっと躱してしまう。


「まだまだ!」


 勢いに任せた横振り。

 目を瞑っていても当たる気がしなかった。


「そんな……っ、攻撃が当たらない!?」


「前に一度、俺の右目『鑑定』についてお見せしたと思います。その効果はあらゆる物質、物体を数値化し処理するもの。そして更に、『鑑定』にはこんな使い方もあるのです」


 魔力を込める。


「『恩恵スキル』発動、『加速』」


 一瞬で距離を詰める。

 明らかに物理の法則を捻じ曲げた超速移動。動体視力を鍛えていない並みの兵士ならば、目で追うことすら出来ず認識外からの一撃に殺される。


 そして、ケージとて同じだ。


「……っ!? いつの間に!!」


 鳩尾を目掛け、掌を突き出した。

 威力は弱め、軽く吹き飛ばす程の出力で。


「『恩恵スキル』発動、『掌底』」


 空間が激しく揺れた。

 ケージは大きく空気を吐き出す。嗚咽を抑え、よろよろと歩く。


「どう、して……『恩恵スキル』をそんな」


「『恩恵スキル』は十五歳で一つだけ貰える物、その認識は間違いです。正しくは、十五歳で確実に一つ貰えるが、条件を満たせばそれ以上に『恩恵スキル』を保有できます」


「条件……?」


「条件を明らかにするには、『鑑定』の『恩恵スキル』が不可欠です。幸いギルド職員は他人のギルドカードに記載される『恩恵スキル』を見る機会があります。その度に『鑑定』にかけ、取得条件を明らかにし、可能な範囲で習得してきました。今の俺は既に七十五の『恩恵スキル』を持ち『先見』も習得済みです」


『夢』についても知っていたのはその為だ。

 ちなみに現在俺は、『先見』が自動発動しないよう調整し、未来を見る行為も控えている。未来を覗き見る行為は人の理を歪める気がしたからだ。


「なら、ボクにも条件を教えてくれよ」


「なりません」


「なんで!?」


「これ以上、この世界の人間に強くなられては困るからです。もし、条件が漏れ公になったら、それだけ実力差は縮んでしまう。


『加速』の取得条件は一日四十キロの道のりを七日連続で走破する必要があった。誰もしないだけで、スキルの存在を知ればやる人は出てくる。不可能じゃない難易度だ。


 いや、そもそも二つ以上の『恩恵スキル』を既に所持している人はこの世に何人かいるだろう。だが、それでも冒険者ギルドに記載される『恩恵スキル』は一つのみ。

 所持している事に気づかない場合が多い。


「職業柄、俺は恨みを買いやすいですからね。保身の為にも、この情報をケージ様にお伝えすることはできません。ですが、決闘に勝つ為というのであれば、『先見』においてのみ、『恩恵スキル』の使い方を伝授して差し上げる事は可能です」


「あ……」


 そうだ。たった一つの『恩恵スキル』で構わない。

 その一つをフルに使う事が出来たなら。


「勝てるのかな」


「はい。人一人なら、それだけで十分です」



 剣を構え直す。

 彼の双眸へと着目した。


「まずは相手を『注視』して下さい。その際、見る未来について任意にタイミングを変更できます。一秒先を読むイメージで、『恩恵スキル』を発動してみましょう」


「一秒先を、読む……っ」


 ケージの目が翠色に輝く。

 俺が試しに剣を振ると、振り下ろす前に彼は回避行動を取り始めていた。当然、剣は虚空を斬る。


「出来た……」


「気を抜いてはいけません。一度未来を見た程度で戦況は変わりません。それに、一秒で回避不可能な攻撃を仕掛けられれば、その時点で詰んでしまいます」


 初級魔法の『火球』を数発撃ち込む。

 一秒先を偏差撃ちすると、ケージは回避を優先するあまり躓いて転けてしまった。


「痛……っ」


「痛みにも耐える練習をしましょう。決闘のルールは概ね、被弾による決着ではなく、続行不能と判断された場合にのみ終了します。つまり、原理上意識さえ飛ばなければ、決闘は終了しません、死ぬ気で食らいついて下さい」


 中級風魔法『鎌風』を撃つ。身体を掠める程度の斬撃が行き交い、その度にケージは鮮血を飛ばす。


 身体を小刻みに刻まれ、既に出血も多い。

 だが、彼の戦意は途絶えていない。


「その調子です、ケージ様。今『回復』を送りますのでじっとしておいて下さ───」


『───必要ないよ。ボク、強くなってきっとカナリアちゃんを救ってみせる。その為なら、この位の痛み、何ともない!』


 人は見かけによらない、つくづくそう思った。

 一体誰が予想できただろうか。最初は女の名を呼んで泣き喚いていた少年が今では立派に戦士の目をしている。



「次、お願いっ!」


「……はい。畏まりました、ケージ様」


 その日は日が暮れるまで特訓に付き合った。

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