第3話 付与術師のざまぁとは何か。

 


「なんですか、これ!?」


 開口一番、受付嬢はさっと顔を青ざめさせた。


「どうしたんですか」


「どうしたもこうしたもありません。決闘の賭け金でお互い身体を賭けあってるんですよ! もし負けたら奴隷行きは間違いありません……そんな、どうして!」


 それは昨日の内に、キーラに指示をしておいたからだ。


 お前達を見返してやると宣戦布告をし、彼らの激情を煽り身体を賭けさせる。


 傭兵については、キーラが殆ど金を持たぬと知っているケルビムなら、低ランクのはぶれ者以外雇えないと確信し、勝負に乗ると読んだ。


 申請書類はこっちで少しの間隠し、賭け金を彼らが望む物へとすり替え、ギルド長に提出してやった。


 そして、キーラ達が討伐へ出向いた頃になって受付嬢へと伝える。

 これが事の顛末だ。


「俺達は勘違いしていました。単なるライバル心ではなかった。きっとパーティー内部で何らかの諍いがあったのでしょう」


「でも、だとしても……あの子達の友情は、絆は!」


「冒険者には俺達の想像も付かない様な悩みや葛藤があるものです。キーラさんが文字通り身を犠牲にしてでも、元仲間へ己の実力を示したかった。それだけです」


 奴隷落ちを許容するギルドにも問題がある。自身の身体を賭ける事を合法としているのは、如何なる理由があるにせよこうした決闘を生み出す原因にもなる。


 そして、俺は勿論それを利用する。

 ざまぁの為には、致し方無い犠牲だ。


 奴隷落ちを賭けた勝負の噂は瞬く間に広まった。

 今更働きかけてももう遅い、ざまぁは今日完成する!


 他の冒険者達も噂で持ち切りだ。

 どちらが勝つのか、予想をしているらしい。


 最近勢いある【戦神の集いアルトシュ】か、寄せ集めのはぶれ者か。



 □■□


 そしてそれから……半日が過ぎた。



「そろそろ、ざまぁし終えて帰ってくる頃かな」


 どんな顔で帰ってくるだろう。

 楽しんでくれるといいけど。



 その時、事態は大きく動いた。




「大変だ、【戦神の集いアルトシュ】のメンバーが! それとキーラもだ!」




「は?」



「そんな!?」



 ギルド内部は騒然となった。

 驚くのは受付嬢や、他の職員だけじゃない。


「(なんで、なんだ……?)」



 おかしい。何かがおかしい。



 戻ってきたのは雇った傭兵達だけだった。

 計画では、魔物討伐の後すぐに帰宅予定だったはずだ。



「何があった!」


「魔物の暴走が思ったより激しくて、【戦神の集いアルトシュ】も全然歯が立っていないみたいだった。負傷者もいた。俺達は隙を見てキーラの奴に逃がして貰ったんだ」



 そうだ、そのシチュエーションは指示した通りだ。

 部外者の傭兵はその場から早く立ち去った方がいい、と。


 だが。



!?」



「もしかしたら……まだ戦っているのかも」



 そんな。俺が実力を見誤った?

 付与術師のキーラは本当に大した実力もないお荷物で、ケルビムという男の主張が正しかったというのか。


 ざまぁは……成功したのか?



「すぐに捜索隊を出す。手の空いている冒険者は、【戦神の集いアルトシュ】のメンバー及び、冒険者キーラの捜索に当たれ!」



 何を考えている。


 ざまぁはすぐに達成できるはずだ。


 折を見て、一撃で葬ればいい。


 それだけの実力はキーラにあった。


 ────では、そうしない……理由は?


 …………


 ……


 夜、陽が落ちる頃まで捜索は及んだ。

 《灼熱の猪イグニスボア》の生息地は既に把握しているので、見つける事自体はそう難しくない。問題は、《灼熱の猪イグニスボア》が生きているかどうかだが。



「戻りました。急患です、通して!」


 帰ってきたのは、キーラだった。

 いや、


 で、姿


「【戦神の集いアルトシュ】のメンバーは全滅。幸いと言ってはなんだが、《灼熱の猪イグニスボア》は既に討伐済みだった。もしかしたら、【戦神の集いアルトシュ】は命懸けで、キーラを守ったのかもしれないな」



 何故だ。知らない。

 そんなシナリオを、俺は認めない。


 まさか、【戦神の集いアルトシュ】のメンバーが本当はいい奴だってそんな事があっていいのか?


 じゃあ、キーラが依頼した内容は全部嘘か?

 あの憎しみも、ざまぁに対する渇望も全部……?


 俺はただ一つ、呆然と思うだけだった。


 ざまぁって一体……なんなんだ。



 □■□



 数週間が経って、キーラはギルドにやってきた。

 既に立ち直った様子で、今日からバリバリと働くらしい。


 しかし、その前に礼が言いたいと呼び出されてしまった。



「ありがとう代行屋。俺が人生で思う最大のざまぁが出来た気がする」


 キーラはとても晴れやかな心地だった。

 それが何故か不気味で、少し怖く思えた。


「代行屋の仕業だよな。傭兵達に最初、【戦神の集いアルトシュ】の連中を守るよう指示していたのは。おかげで変に気を配らずに戦えた」


『どういう依頼だ? 目的が読めねぇ』


 そう言いつつも、依頼内容は守ったらしい傭兵達。


「確かにそれは俺の指示ですが……こちらからも質問があります。具体的に、貴方がしたというざまぁの内容は一体何だったんですか?」


 その答えを待ちわびていたらしいキーラ。

 満面の笑みで語った。



「【戦神の集いアルトシュ】を殺ったのは《灼熱の猪イグニスボア》じゃない」



 その答えは、最も想像したくなかった。


「───



 嗚呼、そうか。俺は最初からキーラに騙されていた訳だ。

 彼が本当に望んでいたのは、ただのざまぁじゃない、復讐の殺人だ。


 ギルド追放や奴隷の要望は、本心を隠す為の巧妙な罠。

 俺は、キーラの掌で踊らされていた訳だ。


 ざまぁと復讐は紙一重、か。

 よく言ったものだな。


「俺は、部外者だった傭兵達を逃がし、いい感じの接戦を装った。【戦神の集いアルトシュ】の奴らは満身創痍でケルビムも既に戦意が無かった。だから、奴らが死ぬ前に俺は先に《灼熱の猪イグニスボア》を殺した。一撃だった」




『嘘だろ、キーラ。お前は……』


『この程度に手ごずって、情けないな』


『どんなイカサマを使った!!』


『イカサマ。まだ分からないか、これが俺の実力だ。そして誰もいなくなった今、お前達の生殺与奪は俺の手に握られた訳だ』


 ゆっくりと近づくキーラに、小便を漏らしながら後ずさるケルビム。女三人も完全に身体を縮こまらせて怯えきっていた。


『くく……あははっ、ざまぁぁぁぁ!』


 ケルビムを嬲り殺し、女はその場で犯して殺した。

 証拠隠滅の為に、魔物の口に放りこんでそのまま焼いた。


 全ての罪を《灼熱の猪イグニスボア》に押し付け、キーラはその後自傷する。付与術師ならデバフを自らにかけて見せかけるのも苦では無かったという。



「噂通りの手腕だった、これからもよろしく頼む」


 ぎゅっと人を殺したその手で俺の手を握るキーラ。

 寒気がすると同時に、この世界は退屈しないなと感じた。


 俺がいた"日本"という別の世界の国よりもずっと。

 狂った人間が当たり前のように街中を闊歩する世界。


 でもその狂人もまた、一人のお客様であるに違いない。



 俺のもう一つの顔。

 どんなざまぁも引き受ける、ざまぁ代行屋である

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