第8話 見せしめの決闘。

ケージはこの瞬間を待ち侘びた。

 闘技場に佇み、目を瞑る。


 周囲から起こる歓声。

 無論これは、ケージに向けたものでないと分かっていた。


 特別式に参列する人の中に見知った人物がいた。

 心配そうに両者を見つめる少女、ケージは依然見た時よりも一層美しくなっていると感じた。


「カナリアちゃん!」


「ケージ……どうしてっ!?」


「ボクは、カナリアちゃんを助けに来たんだ。この勝負に勝って、一緒に故郷へ帰る為に。カナリアちゃんに一番ふさわしいのがボクだと証明する為に!」


 剣を掲げた。

 ほんの一週間前までは、持つ事さえままならなかった。

 剣の重みに肩が震え、筋肉痛にもなった。


 でも、今は一介の戦士としてお姫様を助ける時だ。



「カナリア、何も心配する事はない。私はこの国で、最も勇者に近いと謳われる男だ。こんな田舎者に負けるはずがないだろう?」


 オルゴは平然としていた。

 まるで負ける可能性を一ミリたりとも考えない様子。


 ケージへふっと向き直る。


「まさか本当に来るとはな」


「当たり前だ。カナリアちゃんは渡さない!」


 カナリアの表情は複雑だった。生粋の幼馴染の勝利を願うべきか、冒険仲間として行動を共にしているオルゴの勝利を祈るべきか。

 だが、その思いとは裏腹に今日決着はついてしまう。


「両者、剣を構え」


 チャキン、片手で持って剣先を突きつける。

 幼馴染を賭けた本気の勝負。


「格の違いを教えてやる」


「僕に負けた時の言い訳を今から考えておきなよ三下」


「舐めるな、平民。絶対に後悔させてやる」


「出来るものならね。でも、


 一瞬の静寂。

 観客すらもが異質な空気に取り憑かれていた。


「始め!」


「「行くぞッ!!」」


 二人は颯爽と駆け出した。


 □■□


 俺は観客席から二人を眺める。

 今の二人のやり取りを遠巻きに見るだけでも、相当ハイレベルな探り合いがあったと思われる。


 単なる悪口の言い合いでは無い、その僅かな間に相手の武器を眺め視線を探り、筋肉の付き方を観察し、どういう動きが最適解になるかを思考していた。


 地面が爆ぜたと見紛う程の突進で両者は斬り合う。


 様子見と言わんばかりのオルゴの袈裟斬りを難なくケージは受ける。彼らが映す熱気の具現か、パッと火花が散る。


「面白い!」


 オルゴは獰猛に嗤った。




 だがオルゴ、今お前は既に彼の術中に嵌っている。


 きっと、この会場の中で俺だけがそれに気が付いている。


 ケージが白い歯が見せて笑っていた。

 この戦いは既に彼に呑まれている。


 オルゴも、カナリアも、ここにいる全ての観客も。

 彼のペースに騙され、欺かれ、出し抜かれていた。


 再び閃光が散る。

 俺にはこれが、死へのカウントダウンに思えた。


 縦横無尽に駆け巡り、相手を翻弄するオルゴ。

 それを全て見切った様に受けるケージ。


 ケージは防戦一方で攻めないじゃないか!

 何人かの人は彼の戦いを見てこう評するだろう。


 だが、対するオルゴはどうか。

 どれだけ巧妙に攻めても全て受けられることに───、


っ!」


 ───


 そして、戦局は大きく傾く。

 耳を劈く金属音がある時を境に止んだ。


 打ち合いをやめたのではない。

 オルゴの剣がそもそもケージに届かなくなった。


 剣でガードするまでもなく、躱される。

 ヒュンヒュンと虚しく鳴る風の音。それは、まるで赤子を弄ぶようにケージは焦る様子ひとつなく避けてしまう。


「大した演技だな」


「どういう事ですか? どうしてケージさんは───」


 闘技場にいた観客達も既に困惑ムードだ。

 まるで勝負になってない、剣戟になっていない。


 だがその違和感をぶつけられずにいた。


「彼はそもそも最初からオルゴ様の攻撃を見切っていたんですよ。でもそれを、あえて最初は受け次第に対応した様に見せれば、手の内が暴かれたと錯覚し余計に動揺を誘う」


「……そのせいで余計に体力を消耗して」


「はい。結果、ガス欠を起こしたオルゴ様にケージ様は剣を突き付けチェックメイト。分かりやすいシナリオでしょう?」


 それを本当に実行してしまうケージの立ち回りたるや、まるで歴戦の猛者が剣を持ったばかりの初心者を試すみたいな動きだった。


「勿論、オルゴ様は勇者に最も近いと謳われる程の実力を持っています、隠し球の一つや二つはあるでしょう。ですが、その精神的余裕をこの一連の流れで屈辱感を煽り、冷静さを欠かせる。それこそが、ケージ様の本当の目的です」


 ケージは見え透いた剣筋を避け、鳩尾にコンと剣の持ち手側で殴った。本来なら勝負がついていた所を更に煽る。


 この決闘はただの決闘じゃない。

 圧倒的な優劣を見せしめる、処刑場だ。


 胸元を押え、蹲るオルゴに剣を向けた。


「立てよ。その程度の実力でカナリアちゃんの横に立とうなんて甘えた考えでやっていたのか」


「黙れ……平民。私は、お前より強い!」


「なら、本気を出せ。出来るんだろう、貴族様」


 ドクンッ、空気が胎動する。

 突如、オルゴから並々ならぬ力が溢れ出す。

 魔力の余波に当てられ、観客席の中には放心する者も現れた。『英雄』という逆境強化の『恩恵スキル』が遂に花開いた。


「きゃ……っ」


「大丈夫ですよ、アイシャさん。きっとそれでも、ケージ様は見事勝利を収めて見せるでしょう。彼がカナリア様を思う気持ちは、あの程度で挫ける物ではありませんから」


 抱き着いてきたアイシャの背中をさすりながら、俺は勝負の行方を見守った。決めるなら一撃、たった一度の交錯。


「殺してやるぅぅぅうう!!」

「やぁああああああああッッッ!!!」


 今日で一番速い吶喊。

 俺の動体視力を振り抜く程の神速で、二人は肉薄し互いの剣を刺し込んだ。炸裂音が空気を揺らし、衝撃波に目を覆う。


 そして、最後に見た光景は───。


「な、ぜ……」


「お前みたいな雑魚じゃ僕に勝てない。そこに理由はない、ただの必然が導いた結果さ」


 キチン、剣を鞘に収めた。

 試合終了、完全勝利を飾ったのは───。


「勝者、ケージ!」


 意外なる結末。観客は立ち上がって万雷の拍手を送る。

 勇者を真正面から打ち破る新世代の覇者。


 ケージは、観客全員が認める圧倒的な強者だ。



 決着が着いた。

 これで依頼は達成、そう簡単にはいかない。



 試合を見届け、口を出したのはこの男だった。



『ケージよ。我が息子へ勇敢に立ち向かい、見事にこれを倒した貴殿の栄誉を称え、特別に今日は我が屋敷へ招待しよう』



 死の宣告。

 否。オルゴの父、シスア・マイスターからの勧誘だった。

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