第14話 確かに変わった未来。

パーティーは始まった。

 ぞろぞろと集まってくる来賓者達。高価な服装を身に纏い、己の権力を誇示している様にも見える。腕輪や指輪等の絢爛豪華な華奢品は勿論、立ち振る舞いにもどこかしら品位を感じる。


 ケージは委縮して後ずさる。


「代行屋は、ちゃんとやってくれたんだよね……」


 後は彼頼みだと暴れる心臓を抑え込む。

 隣では豪勢な料理の数々に目を輝かせているカナリアの姿があった。昔から食べ物には目が無かったよなと口を綻ばせ、ケージは息をついた。


『夢』から内容は書き換わったのか。

 ここから先の未来をケージは知らない。


 おお、と一際大きな歓声に包まれる室内。スポットライトの先にいた男は、観衆に手を振ってこたえた。どきり、とケージの心臓が高鳴るのを感じた。


「どうして……奴がここにいるんだ」


 計画は失敗したのか?

 パーティーが中止にならなかったのもそれが原因なのか!?


 動悸が激しく、意識が遠ざかる。

 ふらふらとよろめくケージに気が付いたカナリアがそっと背中を支えた。言い争いをしてまだ時間も経っていなかった為、気まずくなって目線を逸らせてしまう。


「大丈夫、ケージ」


「う、うん……なんでもないよ」


 言うべきか悩んだ。やはりここから逃げるべきだと。だが、代行屋と交わした約束はもう一度カナリアと面と向かって話し合う事だ。ここで逃げては約束を反故にしてしまう。


「カナリアちゃん、さっきはごめんね」


「どうしたの、いきなり。もういいよ気にしてないから」


「でも、カナリアちゃんの事が心配なのは本当だ。カナリアちゃんが、もし今困っている事があるならボクは助けたい、力になりたい。だから……カナリアちゃんも本当の事を」


「あ、お話が始まるみたいよ」


 不思議そうに見つめていたカナリアだったが 話は途中で途切れた。シスア・マイスターは壇上へと上がり、一礼する。表情に陰りは一切ない。本当に代行屋が働きかけていたならば、これほど清々しい表情を浮かべているはずがないとケージは率直に思った。


『今回は、パーティーに参加していただき誠に感謝する。先の決闘は本当に見事であった。特に、強者と名高い我が息子にあれ程見事に勝利したケージの剣技。惚れ惚れしたぞ』


「あ……りがとうございます」


 一瞬言葉が出なかった。お礼の返事が出たのは、ほんの偶然で、激昂に身を任せて襲い掛かる可能性だってあった。出来なかったのは、単に呆気に取られていたのと、人を暗殺しようという陰湿な部分がまるで見えてこなかったからだ。


 嘘偽りのない賛辞に、来賓者は応えた。温かな拍手に包まれて、ケージは呆然とする。見れば、決闘相手だったオルゴも惜しみなく拍手を送っていた。


「何が……起きてるんだろ」


「ケージが凄かったってことでしょ。格好良かったよ」


 僅かに頬を赤らめながら、カナリアが耳元で囁いた。

 魅惑的な声色に身体が震えあがる。全身が燃え上がる様に熱くなり、今までの考え事が一気に抜け落ちる感覚に襲われた。


「では、乾杯といきましょうか。隠れし最強の冒険者ケージが名を馳せた最初の記念日、今後更なる活躍を期待して、乾杯!」


「「「「「かんぱ~い」」」」」


「乾杯……」


 まるで何が起きているのか分からず、チンとグラスを交わす。小気味いい音と共に、カナリアはぐいっとジュースを飲み込んだ。その瞬間、ようやく毒の事を思い出す。毒殺を警戒するならまず一番警戒すべきはグラスや取り皿、それを躊躇なく一気に口に付けてしまった。


「カナリアちゃんっ!」


 ダメだ、本当に死んでしまう。

 サッと全身を撫でる様な寒気。


「ぐ……ごほ、ごほっ」


 カナリアが胸を押さえて呻いた。

 やはり、毒がグラスに塗り込んでいたのか。或いは、飲み物に何か混入していたのか。取り返しのつかない事になったと、目を瞑って耳を塞ぎこんだ。


 もう、未来は……変えられない。


「あははっ、ごめんごめん。いきなりケージが叫ぶものだからむせちゃったよ。それで、ケージ……さっき何かを言いかけてたけど、何か用だったの?」


「あ、あれ……生きてる。カナリアちゃんが生きてる!」


 涙がじわりと溢れてくる。この一週間抱えていた様々な悩みやストレスが晴れ、途方もない安堵が全身に押し寄せた。カナリアが何を思っているかなんてどうでもいい。嫌われているかどうかなど些細な問題だとケージは結論付ける。


「よかった……ありがとう、ありがとう、代行屋」


 うう……と目元を押さえて泣きじゃくるケージにカナリアはあわあわと慌てふためく。いきなり泣き崩れるものだから、背中をさすって泣き止むのを待つ他なかった。


「ね、何があったの。ねえったら……って、わぁ!」


 ケージは問答無用でカナリアに抱きついた。女の子特有のふわりとしたいい匂いがケージを安心させる。胸元に顔を埋め、声を押し殺した。それでも、確かに変わった未来がそこにある事実を未だ受け入れられないでいた。


「ねえ、ちょっと……皆に見られてるからっ。恥ずかしいよぉ、ケージったら。何があったの、どうしてそんなに泣いてるのよ~っ!」



 その微笑ましい姿を、来賓者達は生暖かい目で見守った。決闘の商品としてカナリアを賭け合っており、今ようやく勝ち取った現実を受け入れたのだと認識していた。


「屈強なる戦士もやはりおなごには弱いですな」

「まだ、十五であろう。仕方あるまいさ」


 その後パーティーは恙なく終了したのだった。

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