第13話 貴族へのざまぁ。


 パーティー開催一時間前。

 そろそろ決着をつける必要がある。


 情報は全て出揃った。

 あとは、毒殺を阻止するだけだ。


 方法は多岐に渡る。

『夢』でも特定の料理、特定の食器を取り下げるだけでは毒殺を避ける事は出来なかったという。決闘の勝敗よりも小さな他愛もない事柄が、事態を変化させる。バタフライエフェクトというやつだ。


 毒物を容器に塗布する、料理に混入させる。

 その全てを阻止するには、犯行現場を抑える他に手はない。


「『潜伏』」


 調理室へと向かう。

 シスアが直接出向く心配はないはずだ。恐らくは、奴の息がかかった人物が既にこの中に紛れている。そいつに全て吐かせてやろう。


 香ばしい匂いが漂ってくる。配膳台に料理がそれぞれ陳列されている。そういえば、立食式のパーティーだったか。となると、食器やグラスを手渡す人間が怪しい。


 壁を伝って見ていく。

 真剣に汗水を垂らして、料理に打ち込む人達。会場の用意も既に始まっているのか、男の一人が高くまで積み上げた食器を運び出した。


「……」


 この男には特に恨みはないが、やむを得ない。

 ひょいと足を出して掛けた。


 ゆっくりと倒壊していく食器達。男が焦って手を伸ばすももう遅い。足を完全にもつれさせた男はそのまま地面に向かって一直線に倒れ込んだ。その後、ガシャンと食器が割れる音がした。


「おいおい! なにやってんだ、この忙しい時に!」


「す、す、すみません」


 粉々になった食器を箒でかき集め、後片付けをする。代わりの食器は幸いしてあるらしく、奥の棚から他の人達が総出で取り出している。その時、一瞬だが、ある男がポケットから何かを取り出して食器の一つに何かを塗った。見た目では変化がない。


 確かめてみるか。


「『恩恵スキル』発動、『鑑定』」


『ヴィーナスの涙』


 毒物ではない? だとしたら何か。

 俺は更に詳細を読み込む。


『水分が付着すると僅かに発光する』


「なるほど、そういう事か」


 あれは所謂目印だ。

 特定位置に仕込みを行い、水を軽く振りかけて光ったらビンゴ。

 確実に特定の人間だけを殺せるように見繕っていた。


 きっと隙を見て毒物も塗り込むはずだ。

 俺には『鑑定』があるので、仕込み皿の特定は容易い。ならば今は、肝心の毒物がなんなのかを特定する方が先決だ。


 粉々になった方の食器に片っ端から『鑑定』をかける。

 すると、やはりヒットした代物があった。


『カオスドラゴンの血液』


 カオスドラゴンこの国には存在しない危険なドラゴン種の一体で体内に多量の毒素を含む厄介な魔物だ。それは、討伐した後も同様で、身体を構成する部位の全ては人間にとって毒となる。血液は、青白く、付着した場合水で洗い流そうと簡単に毒素は抜けない。


 一発で殺そうと思うなら、最高の逸品だ。

 俺がここまで詳しいのは、過去にざまあを試みる依頼者の中にカオスドラゴンの肉片を持ち込んだ男がいて、殺してほしい人間がいると頼み込まれたからだ。

 俺は暗殺者ではないので、当時は無論断ったのだが。


 しかし妙だ。高々、一人の少女を暗殺する為に隣国から血液を取り寄せたというのか。この事件のミソは紛う事無き、隣国の毒物というもの。


 隣国、毒物……暗殺?


『ベリアルさん、知らないんですか? 最近隣国との国境付近で小競り合いがあったらしく、近々戦争になるかもしれないと』


 戦争。

 全てが一本になって繋がっていく。


『あろう事かその罪をボクに着せたんだ。勝負に負けて、連れ戻す事が出来ないなら、いっそここで殺そうと思ったんだろうって』


 本当に、それだけが殺害理由なのか。

 態々隣国の毒物を使って、『聖女』の暗殺を狙った。

 それを聞いて、普通人はどう見る。



「ケージって野郎、?」



「はは……そういう事か」


 芋づる式に謎が一気に解けていく。

 これまで悩んでいた事が馬鹿らしくなるくらい簡単に、ある一つの狙いの為にシスアは動いていた。決闘も今回のパーティーも全ては余興。


『シスア・マイスター氏は国王様とのお茶会をお楽しみになっておられました。なんでも凄く仲のよろしいとのことで』


 既に計画は進んでいた。密会の内容は大方今日の準備か。



「阻止してやるよ。俺が直々にな」



 もう迷う必要はない。

 特別な手段を講じる必要はない。


 俺はシスアがいる方向へとずけずけと乗り込む。

 私兵達が俺の姿を見て、槍を構えた。俺は止まらない。


「ここから先はシスア様のお部屋だ。部外者は立ち去れ」

「黙れ。お前達に用はない」


『加速』を施して、一気に距離を詰める。

 反応すらさせず、『掌底』を叩きこんで意識を刈り取った。


 扉を開ける。俺達が仮でいた客室の二倍以上はあろう巨大な一室にシスアはいた。鈍い音に驚いたシスアは瞠目してこちらを見ていた。口をパクパクと開いている。


「な、なんだギルドの職員だったか。しかし、許可なく部屋に立ち入る等無礼ではないか。それに部屋の前に立たせていた傭兵はどうした、止められなかったのか?」


 まだ余裕を残しているな。

 俺は無言で距離を詰める。シスアは身の危険を感じたのか後ずさる。座っていた椅子は派手に転げた、腰も抜けたのかまともに歩けていない。


「暗殺の件、順調そうですね」


「な、なな……何を言っているんだ」


「言いましょうか? 『聖女』カナリア様を暗殺し、その罪をケージ様に着せる件。そして、ケージ様が実は隣国のスパイだったと見立てる件」


「わ、分からないな。あの平民が『聖女』を殺そうとしている。それだけではないのか。ともかく私は何も知らんぞ!」


「国王様との密会は、暗殺の件の相談でしょう。そして、その全ては戦争で隣国に攻め込む際の大義名分を作る為。『『聖女』はお前達のせいで殺された。だから、お前達には報復を受けて貰う』とかなんとか言って」


「馬鹿馬鹿しい。仮に本当だとして、そんな戯言を誰が信じる。加えてお前は無断で私の部屋に入り暴言を吐いた。国王様も愚弄した事になる。不敬罪に問われても仕方なかろう」


 ククク、とシスアは嗤った。まるで勝ちを確信した様に、卑しい目を向けている。格好は俺に見下ろされる形なのに、態度は未だ大きいまま。これまでこの男は、何度も権力という盾を振りかざして難を逃れてきたのだろう。


「そうですか。では俺からも一つ。?]


 シスアは、何を言われたのか分からず、ただ硬直していた。

 俺の強気な姿勢が虚勢だと感じているのか、乾いた笑みが零れていた。だが生憎と俺は権力に怯える必要もないし、ざまあを愉しむ権利がある。


「俺には『忘却』という『恩恵スキル』があります。ですから、今起こった内容を証明する手段もなければ、今貴方が俺に向ける憎悪や嫌悪も全て無に帰すでしょう」


「ハッタリに決まっている。そんな都合のいい『恩恵スキル』があるか!」


「そうですか、なら照明して見せましょう。『恩恵スキル』発動、『忘却』」


 俺はシスアの頭に手を置いて『忘却』を発動する。

 掌に灯る閃光に一瞬目を瞑った。


「さて、シスア様。貴方の息子の名前は何ですか?」


 簡単な問いだ。

『英雄』の『恩恵スキル』を持ち、勇者に最も近いともてはやされる自慢の息子。きっとシスアも民から褒め称えられて鼻が高かっただろう。


「わ、分からない……私の息子の、名前が」


 俺は薄く口を開いた。

 これほど楽しい瞬間を俺は知らない。


「これで分かりましたか。今俺がここでどんな狼藉を働いても、貴方はそれを覚えていない、思い出せない」


 俺はシスアの髪の毛を引き寄せた。


「楽しくなりそうですね」


「この、悪魔が……!」


 やはり、この役を買い取ってよかった。

 ケージは殺す等と言っていたが、俺はそんな生温い決着を望まない。もっと徹底的に虐め倒す。


 首元を掴んで揺する。


「『聖女』を殺す理由はそれだけですか。発案者は?」


「国王様だ! 戦争を起こす為に手頃な人間を一人殺せと命令されただけで仕方なかったんだ……、ある程度話題性のある人物を殺さなければ世間は騒がない。だから『聖女』を狙ったっ」


「俺達を招待した理由はなんですか?」


「ギルド職員を味方に引き込んで、冒険者の協力を仰ごうとしたのだっ、万が一裏切らぬ様に武器を奪っておいた……っ」


「その為のボディーチェックでしたか。ですが誤算でしたね、俺は武器が無くても戦えまして」


 後ろを向くと、ドアの影に傭兵の大男が二人倒れ込んでいる姿が見えた。ひいっ、とシスアは声を出す。


「ゆ、許してくれ……私が悪かったっ!!」


「許す? そもそも俺は怒っていません。ただ俺はこれを楽しくてやってるだけですよ」


 俺はシスアの指をしっかりと掴んだ。


「さて、まだ秘密を隠していないか身体に聞いていきましょうか。安心して下さい、最後には全部忘れていますから」

 

「や、やめ……っ」


 ぷくぅ……とシスアは泡を吹いて倒れた。

 案外脆い玩具だった。つまらないな。


「まあいいか。どうせこの男の人生は今日で終わる。戦争の事が露見したら、国王様はお前を容赦なく切り捨てるだろうからな」


 俺はシスアに『忘却』を施した。

 これで奴は俺の顔も思い出せない。


 制裁は完了した。


「さて、と。後片付けをしてこよう」


 俺は最後に残された仕事を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る