第20話 ギルド職員の過去。

 俺の両親は、詐欺師だった。

 情弱から金を巻き上げ、それで生計を立てるクズだ。


 お年寄りから偽の電話で振り込みをさせ、ある時は慣れないネットユーザーに契約画面を映し、金を巻き上げた。直接訪問してサインをさせた事もあるという。


 親は俺に言った。


『騙される向こうが悪い。情報という武器が主流となった現代で、武器を磨かず戦闘を放棄した者から金品を巻き上げるのは当然の権利だ』と言った。


 続けてこうも言っていた。


『お前は、あんな奴らにはなるな。相手に騙されるな。大事なのは相手より多くの情報を仕入れ賢く立ち回る事だ。それがこの世界の生き方だ』らしい。


 俺は別に、詐欺を正当化するつもりはない。

 ただ、ある程度騙されないよう鍛えておく必要はあると思った。



「悠里。今日も難しい顔してる」


 そんな俺の世界に唯一の癒しがあった。

 幼馴染の存在だ、名前は白雪しらゆき かなで


 男子の全員が、一目見て惚れる程の絶世の美少女だ、そんな彼女は何故か近所の俺と接点があって、幼少の頃からよく遊ぶ仲だった。


 奏と遊ぶ間は、世間の闇を見ずに済む。

 俺は、こんな幸せな世界もあるのだと思った。


「ねえ、悠里。じゃんけんしようよ」


「はあ? 何言ってんのお前」


「いいから。ほらいくよ? 最初はぐー」


 俺はしぶしぶ手を出した。


「「ぽん」」


 結果は、俺がぐーで奏はちょきだった。


「あ~、また負けた。悠里強すぎ」


「奏、じゃんけんってのはいわば心理戦だ。勝ち負けあいこの確率はそれぞれ三分の一じゃない。このじゃんけんはどんな意味を持つか、その状況で相手は何を出すか。全て情報によって支配されたゲーム、それがじゃんけんだ」


 俺は握り拳を作って、奏に見せる。


「いいか。奏は突発的なじゃんけんで、自分から仕掛ける時にはちょきを出す傾向にある。勝ちたいという強い思いから、一番複雑な手を出しがちって事だ」


 つまり、と俺は結論付ける。


「最初から勝敗は決まっている。勝敗の決め手は情報量の差だ。もし奏が俺の思考情報を先んじて知ってたなら、事前にパーを用意できたはずだ」


「むー、悠里難しい話しすぎ。言いたい事は分かるよ。つまり、奏が悠里の事をもっといっぱい知ってたら悠里に勝てるって事だよね。なら、必勝法があるもん」


 不貞腐れた表情の奏。必勝法と言った途端、奏は俺に顔を近づけてくる。俺が下がらなければ、唇がくっつくぐらいの距離感で。


「じゃんけん、ぽんっ。あはっ、勝った勝った!」


 奏はパー、俺はぐーを出した。

 確かに、これは必勝法だ。


「悠里ってば、緊張するとぐーしか出せなくなるもんね。こうやって顔を近づけるだけで胸をどきどきさせちゃってさ~、ああ単純っ」


「こいつ……」



 俺は奏を知り、奏は俺を知った。

 お互いに毎日の様に会うからこそ、人には見せない表情も仕草も癖も、だいたい分かる様になってきた。そして、お互いに好意を抱いている事も、薄々気づいていた。


 両想いだった。


 いつか告白しよう、それをいつにしようか。

 悩んで。悩んで。


 その日が来た。



 



 □■□



 ある時、俺の家に怪しげな男達が乗り込んできた。両親は不在、というか数日家を空ける日が続いていたので、あからさまに男達は不満げだった。


「なんだよ。あの野郎」


「あ~くそ、怒りが収まらねえ。こいつでストレス発散といこうか」


 その瞬間俺は悟った。

 この男達は、実際に両親の詐欺の被害にあった人間だと。


 詐欺によって怒りを買い、住所が特定された。

 押しかけて、金を奪い返すか殺す勢いでここに来た。だが、目的の人物はいなかった。あるいは、この襲撃を予期して姿を晦ましたのだろうか。



 

 俺はそう思った。


 両親は、俺を置いて逃げた。

 要は俺は、身代わり。この男達の怒りのはけ口にされる。


 プルル、と電話が鳴った。

 宛先名は、奏だ。


 俺は瞬間的に通話を切った。

 今この家に来たら、何をされるか分からない。相手はなりふり構わない男だ、最悪の場合レイプをされて殺されるかもしれないと思った。


 これは情報戦だ。

 汚れを何も知らない彼女にこの戦場は相応しくない。


 あの子だけは、絶対に立ち入らせないでおこう。


 関わった時からそう考えていた。生きる世界が違うのだ、奏はここに来るべき人間ではない。


「おい、俺らがどんな気持ちで過ごしてきたか分かるか、てめぇの両親の口車に乗せられてよ、俺の妻は金を全部失ったよ。その後日常生活もままならなくなって、どうしたと思う? 俺を置いて子供と二人で川に飛び降りやがった。心中したんだ、笑えるだろ」


 、俺は心の中でそう唱えた。


 両親がクズなのは俺は知っている。

 だが、俺にその怒りを向けるのはとんだとばっちりだ。


 襟元をぐいっと掴まれて壁に押し付けられる。

 息が苦しくなってきた。


「負けを認めるよ。俺が悪かった、これでいいだろ。生憎見ての通り両親はいない、多分ここには来ない。俺を人質にしようなんて思うなよ、俺に愛情を向けた時なんて一度もなかった」


「同情を誘って逃げようって魂胆か、悪いがそれは無理な相談だ。俺達が今まで味わった苦痛を、思い知らせてやるまではな」


 グッと右フックが俺の鳩尾を捉えた。

 一気に体内から空気が抜けた。


「おら、おら……オラオラオラァ!!」


 奴らに理性はなかった。

 人間の皮を被ったただの怪物。

 俺の両親が生み出した……化け物だ。



「うァァァァァァァァッッ!!」


 最後の絶叫は、理性をまるで感じさせない慟哭。

 掠れた声で最後に望んだのは。


 力が欲しい、それだけだった。

 俺は頭部を何かで強打され、目の前が真っ暗になった。


「や、やべぇぜ……死んだんじゃねぇのこれ」


「はは、知った事か。自業自得だろ」


「おい、早く逃げるぞ。刑事デカが来ちまう」



 男達は逃げた。

 俺の頭部から絶え間なく血が流れていた。


 平衡感覚が失われていく。

 もう記憶も曖昧だ。


 ご、めん……よ。


「───ねえ悠里。なんか凄い怪しそうなおじさん達が家の前から走り去っていったんだけど知らない?」


「……ッ」


 いつもの流れで奏が玄関ドアを開けた。

 仲が良すぎるのも問題だ。


「電話出ないから、奏様が心配して来てやったぞ〜」


 来るな。お願いだ。


「えっ、なんか凄い散らかってる!? 悠里ってば……」


 嗚呼、最悪だ。


「ゆう、り……」


 考え方を改めれば、最高なのか?

 好きな人の顔を見ながら死ねるってのは。


「嫌ァァァァァァァァッッッ!!!」


 泣くなよ奏。可愛い顔が台無しだ。


「救急車。お願い早く来てっ、悠里が死んじゃう!!」


 今更もう遅いだろう。悪いが間に合いそうにない。


「(奏、愛してる。頑張って俺の分まで生きてくれよ)」


 俺は目を伏せた。


 □■□


 意識が落ちていく。

 底へ底へ、際限のない闇に包まれていく。

 終わりのないトンネルの様だった。暗闇の中で俺の魂と呼ぶべき物が漂い、果ての世界を探索していた。


 その暗闇に一筋の光が立ち現れた。


「貴方は転生を望みますか」



 と。


 人が言うに、女神という奴だろう。

 俺の無念を晴らしに来たのか。


「望むと言ったら?」


「貴方には、こことは別の異世界でもう一度新たな人生をやり直す権利を与えましょう」


「それだけじゃダメだ。俺には力がいる。もう誰にも騙されない、圧倒的な情報を得る力が必要だ」


「ならば、貴方には特別な『目』を与えましょう」


 その瞬間、俺の右目が熱くなる。

 別の何かに置き換わっていくような感覚。


 そして、


 ───『恩恵スキル』、『鑑定』を取得しました。



 俺は『恩恵スキル』を得た。


『読心』や『看破』では無い、『鑑定』の『恩恵スキル』。

 相手の情報を盗み見る能力。


「それでは、良き人生を───」


 俺は新たに生まれ変わった。

 身体や知識はそのままに、死んだはずの身体が再構成され、全く未知の世界へと飛び込んだ。




 …………


 ……


「なんだコイツ。変な服きてやがるぜ」


「どっかの貴族のぼんぼんだ」


「きっと金をたんまり持ってやがるな」



 名前 アルド 27歳

 性別 男

 体力522/527 魔力100/100

恩恵スキル』 『窃盗』



 名前 ベイタ 25歳

 性別 男

 体力492/495 魔力150/150

恩恵スキル』 『足軽』



 名前 ガルム 28歳

 性別 男

 体力422/427 魔力200/200

恩恵スキル』 『潜伏』



 三人は盗賊か。

 全く。ここに来て早々こんな奴らと出会うとは。


 だがこれは幸運だ。

 俺はここにいる人間の全てを利用する。


 

 


 惨めな悠里はもう居ない。俺は悪魔ベリアルだ。


「───御三方。?」



 これが、俺の新たな人生の始まりだ。



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