第19話 場違いな客

 防具の注文を終えた僕たちは街の中心部に向かい、少し人のはけ始めたレストランに入った。

 やや値の張る店でドレスコードはないものの客の身なりはいい。

 みんなは日が浅いのもあって冒険者擦れした荒くれ者の風体ではないけれど

 場違い感は否めない。

 まあ、そういうのを考えないのがコイツらの凄いところ――


「うっめえええええ‼︎ こんな味を知ってしまったら元には戻れないゾォ!」

「高級店のプロと比べんなし! あ、でもおいし〜!」

「つーか、防具ができるまでひと月とか待たせすぎだろぉ!」

「仕方ないさ。それまではアーウィンさんのいうとおり軽めの仕事を受けよう」

「それよりも暮らしを整えましょう! あー、いつかは自分の家を持ちたいと思ってたけれどこんな早く叶うなんて!」

「ハハハ、いつからお前の家になったんだよ。みんなの家だろう、みんなの」


 僕の家だよ。名義は母親だけど。


 他のテーブルから冷たい視線をヒシヒシと感じる。

 ……今度からもっと雑多な店に入ろう。


「おい! 貴様ら! 騒がしいぞ!」

 

 ほら、怒られた……って、あれ⁉︎


「ギャンブルで勝ったか? それとも路上で落ちていた金でも拾ったか? どちらにせよ、場違いだ! 即刻出ていけ!」


 ツカツカと僕たちのテーブルにやってきて傲慢さを隠しもしない言葉遣いと態度の男に僕は見覚えがあった。


「じゅ、ジュード⁉︎」

「……ほう。思ったより早かったな。落第生がついにチンピラにまで堕ちたか」


 嫌味たっぷりな感じに言ったジュードは貴族風の豪奢な衣服を身を纏いめかしこんでいる。

 コイツらがチンピラなのは間違っていないが僕までチンピラ扱いとは心外だ。

 と思っているとニールが反論する。


「あ? このウィンが落第生なのは事実だけどよぉ俺らをチンピラ扱いするとはどういう了見だ? コラ」


 おお……ニールと同レベルの思考をしていたな。

 反省しよう。

 別に僕は揉めたくないんだ。


「騒がしくしたのは謝る。だからもう僕のことは無視して――」


 ガチャン! と耳から料理の載っている皿に押しつけられた。

 僕を抑え込むジュードの腕力は魔術師とは思えないほど強かった。


「テメェ……っ‼︎」

「料理を粗末にするな‼︎」


 ニールとドンが怒りに満ちた表情で立ち上がる。


「やめろ! ニール! ドン! コイツには勝てない! トーダイの魔術師は卒業時点でレベル3の冒険者以上の実力がある!」


 僕の言葉にニールとドンが気圧されジュードは声を弾ませる。


「ほお、分かってるじゃないか。第二十四期トーダイ学院生第七席の成績で卒業して騎士になった僕はお前たちが百人束になってかかって来ようが一撃で燃え散らす力がある。自分たちが虫ケラみたいな価値しかないってことをわきまえろ!」


 ガンっ、と膝を蹴り崩され僕は床に転がされる。

 他の客が全員こっちを見ていた。


「いいか? よく聞け! お前たち冒険者はこの街に巣食う寄生虫だ! 正規軍がいれば防衛も狩りも間に合うんだ! お前たちはな、やらなくてもいい細々としたモンスター狩りや採集をして生態系を崩している害獣に過ぎないんだよ! 大人しく薄汚い路地裏で残飯でも漁ってろ!」


 傲慢に他者を見下すのは貴族によくある傾向だがジュードは人一倍それが強い。

 だからこそ平民でありながらトーダイの特待生になり、自分に敬意を払わない僕を嫌っているんだろう。


「言わせておけばっ!」

「やめろ、ニール。相手は貴族だ。冒険者同士の小競り合いじゃ済ませられない。怪我でもさせれば保安官に引っ張られ裁判抜きに斬殺だ」


 レオが冷静にニールを抑える。

 だがその目は怒りに燃えていた。端正な顔をしている分、感情を露わにしたレオの迫力は凄い。

 ジュードも気圧されしたのか、それとも自分の立場を誇示できて満足したのか、テーブルに戻っていった。


 ジュードが戻ったテーブルには若い女性が座っている。

 肩や胸元を露出した派手なドレスを着ているがそれが下品に見えないのは生地や仕立ての良さに加えて、彼女自身が貴族らしい雰囲気を漂わせた淑女であるからだろう。


「待たせたね、ハニー。薄汚いネズミどもが這い回っていたので退治してきた」

「はぁ……凄いですわ。さすがはジュードさま」


 呆れ混じりの反応を返す淑女。

 当然だろうな。

 店の中で騒がしい連中を叱責するまではアリだろうが、無抵抗の僕をテーブルに叩きつけ冒険者を侮辱する発言をこれ見よがしに垂れ流したんだ。

 内心、他者を見下している人間でもそれを露骨に出す者には眉を顰めるものだ。

 しかし……あんなくだらない男でも貴族の生まれでトーダイ学院を卒業していることで見目麗しい美女を連れ歩けるのか。


 顔に張り付いたソースを拭いながら嫉妬と羨望を煮立たせていると――


「ふーん。上手く化けたじゃん。昨日の晩とは大違いだ」


 クイントの涼しく通る声が響いた。

 いつのまにかジュードのテーブルのそばにいて令嬢の掛ける椅子にもたれている。


「……なぁに? 私を笑いにきたの、野良犬さん」

「まさか。女に恥をかかせる趣味はないぜ。目の前のお坊ちゃんみたいに」


 流し目でジュードを煽るクイント。

 安物のシャツとズボンを纏っていても、スラリとした長身に彫りが深く艶やかな容貌をしたクイントには隠しきれない美麗さや色気がある。

 明らかに見栄えで劣るジュードは鼻持ちならないだろう。


「おい! 薄汚いネズミが私の恋人に近づくな!」

「あー、アンタのだったんだ。昨夜は俺のだったから勘違いしちまった」


 ……は?


「ちょっ……クイ⁉︎」

「枕濡らして泣いてたもんな。いけすかない貴族のクソガキに手篭めにされそうだって。こんな童貞を殺すかのような下品なドレスを贈ってきてデートに誘うとかお貴族様の礼儀というのは庶民には計り知れないね」


 嘲るような笑みでジュードを見下ろすクイント。

 当然、ジュードは顔を真っ赤にして怒鳴る。


「貴様ぁっ‼︎ 私を侮辱するなど万死に値するぞ‼︎」

「侮辱? 侮辱というのはその人を貶める事だろう。権力をチラつかせなきゃ女性を口説き落とすことすらできない男にこれ以上落ちるところなんてないだろうが。『私の言うことを聞かなければ軍にいる兄が不慮の戦死を遂げるかもしれないぞ』だったっけ?お貴族様の口説き文句はエスプリが効き過ぎて困る」


 役者の口上のように高らかに読み上げられたジュードの悪行に店内がザワつく。

 明らかな職権濫用だ。

 貴族だからと言って許されるものじゃない。

 チッ、と大きな舌打ちをしてジュードは座ったままの女性に詰め寄る。


「貴様……よりにもよってこんな洒落臭い男と通じているなんて! 愚か者め! お前は私を怒らせたんだ! お前も、家族も、どうなっても知らないからな!」


 ブルブルと震える女性を見て僕は流石に声を上げた。


「ジュード! いい加減にしろ! 僕には偉そうに貴族の矜持を説いておいてお前がやっていることこそチンピラ以下じゃないか!」

「黙れっ‼︎ 平民風情が‼︎」

「その平民風情に手段選べない奴が何をいうんだ! そっちがその気なら学友会に報告する!」

 学友会とはトーダイ学院出身者で構成される互助組織のことだ。我が国最高の教育機関であるトーダイ学院の出身者は国家の中枢を担う人材の集まり。

 学友会は凄まじい権力を持っており、それは次期国王の選定に関わるほどだ。

 ジュードの顔から血の気が引いた。

 だが、すぐに締まりのない口元を緩め、吐き捨てる。


「落第生が学友会を動かす? バカ言うな! あの方々との接点などお前にはないだろう! 仮に伝わったとしてもちゃんとした卒業生である私と落第して冒険者に身を落としたお前とどっちの言い分を信じると思う⁉︎ そういう世の中の仕組みを理解しないからお前はダメなんだよ‼︎」


 ウキウキと嬉しそうな顔で人を貶める言葉を吐くジュード。

 本当にくだらないし救えない。

 呆れてため息を吐いた僕の肩をニールが掴んだ。


「問答はもういい。貴族がどうとかレベルがどうとかお前らの話は回りくどい。ムカつくヤツはブン殴って従わせる。それ以外にねえだろう」


 とても市井に持ち込んではいいようなものじゃない殺気を纏ったニール。

 レベル差はあるはずなのにジュードは明らかに怯んでいる。

 だが、奴も正規軍の騎士だ。

 気合を入れるためかテーブルを蹴り上げて自身を鼓舞する。


「やってみろ! チンピラザル! お前が殴りかかった瞬間、焼き尽くしてやる! 正当防衛だからな‼︎」


 と、イキリ立つが――


「ウグオオオオオオオオオオ‼︎!」


 オーガのような怒号が店内に響いた。


「食いものを……粗末にするなあああああっ‼︎ コロシテヤルゾ‼︎」


 ……ドンがニール以上の怒り方をしている。

 いきり立っていたジュードの表情が強張る。

 普段は穏やかなドンの豹変ぶりに僕は驚き、止められないと直感で悟ったその時————


 ガンガンガンガンガンガン‼︎


 甲高い金属音が僕たちの間に割って入った。それは店主と思われる男が鍋をラドルで叩く音だった。


「そこまでだ! 店をメチャクチャにしやがって‼︎」


 料理人というより武道家というのがしっくりくるような鋭い目とガッチリとした体格の男。

 後ろに束ねた髪は黒々とし、角ばった顔の表情を険しくしてジュードをギロリと睨みつけた。


「お前だよお前‼︎ 貴族の口に合う最高級の料理を用意しろだの自分の周りの席には他人を座らせるなだの金貨袋チラつかせて不躾かましやがった挙句、こんな騒動起こしやがって!」

「わ、私のせいじゃない! この薄汚いネズミどもが!」

「お前がそこの兄ちゃんをテーブルに叩きつけたあたりから全部聞いていたわ‼︎ どうすっ転んでもお前が悪い‼︎ そもそもなあ、作った料理を足蹴にする奴に料理人が味方すると思うな‼︎」


 年配の男が相手ということもあってジュードは完全に言い負かされた。

 だが、それでもふつふつと怒りはたぎっているようだ。


「客も悪ければ店も最悪だ。平民を御用達の店に入れられないからマシな店をと思ったのに……お前も覚悟しておけよっ‼︎」


 バタバタと足を踏み鳴らしてジュードは店を出て行った。

 数秒の間、店内は静まり返っていたが――――


 ガチン! ガチン! と店主が片手鍋でニールとドンをぶん殴った。


「「いってええええええ‼︎」」

「痛えじゃねえぞ! 元はと言えばお前らがギャーギャー騒ぎながらメシ食うからあのバカがつけ込んできたんだろうが‼︎」


 店主が僕たちを怒鳴りつける。レオは恐る恐る質問する。


「つ、つけ込むってどういうことですか? アレはオレたちに怒ってのことでは」

「ああいう世間知らずの貴族のクソガキは権力や暴力を使って他人を踏み躙るのが好きなんだ。同時にそうしている時の自分をカッコいいと思っているから始末が悪い。揉め事を起こして自分の力を見せつけるタイミングを狙っていたのさ」


 店主の人物評は概ね正解だ。

 やっぱり客商売をやっているような人間はさすがだなぁ、と呑気なことを思っていると、


「あ、あの……大丈夫、ですか?」


 クイントに肩を抱かれたまま女性が声をかけてきた。


「わ、私のせいでゴメンなさい!皆さんにもお店にも迷惑かけてしまって……あの人とてもしつこいからクイになんとかしてもらおうとして……でも皆さんにも危害が――」

「心配すんな、嬢ちゃん。世の中ってのはあのクソガキが思ってるほど単純じゃねえ」


 そう言って店主は窓側の席に座る客を見た。

 高齢で痩身だが背筋は伸び、仕立ての良いジャケットが馴染んでいる。

 老紳士という表現がしっくりくる男だ。

 彼はため息をつくと杖を使って立ち上がり店主の元に歩いてきた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ない。私の方から彼に然るべき制裁を加えることにする」


 老紳士の言葉に「よろしく頼みますよ」と店主が言う。

 女性は首を傾げながら、


「あの……あなたは彼、ジュード様のお知り合いなのですか?」

「いや。聞かん名前じゃな。家名を聞けばアタリをつけられるだろうが」

「ジュード・キョロ。子爵家の三男か四男でトーダイ学院の第二十四期です。今は正規軍の騎士としてこの街に駐屯しているようです」


 僕は告げ口するように言うと老紳士は意地悪く笑う。


「キョロ子爵か。強い者に擦り寄り弱者に強い態度で出るのは家風なのかのう。それで成り上がったのだから処世の術とも言えるが、倅の方はまだまだ青い。自分が誰のお気に入りの店で粗相をやらかしたのか思い知らせてやらんとな」


 老紳士は女性に向き直り、恭しく礼をする。


「申し遅れました。我輩はエルンスト・インセイン。我が名にかけてジュードが貴女や周りの人達に手出しできぬよう取り計いましょう」

「エルンスト……⁉︎」


 僕だけが、その名前に気づき、慌てて口を塞いだ。


 エルンスト・インセイン。

 先代のトーダイ学院の学長にして今の学友会の最高理事だ。


「頼みますよ。あと、ウチにも二度と来ないようにしてください」


 かなり気安い態度で店主はエルンスト氏に話しかけている。

 家督は既に息子に譲っているが、元は侯爵。

 平民からすれば殿上人にも関わらずだ。


「この店はお気に入りでな。よく仲間と食事に来るんじゃ。君たちも、元気なのはいいがお行儀の良さも身につけなさい。優秀な冒険者となれば貴族や国軍と関わる機会も多くなる。その時に困らない程度にはな」


 と言い残してエルンストは去っていった。

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