第12話 勇気を振り絞れ

 きっとうまくいく。

 オレにはそれだけの自信があった。


 学校を卒業していなかろうと冒険者をやることには何の差支えもないし、真の力とはそんなもので計るものじゃない。

 困難に立ち向かう勇気だ。

 それがあればどうにかなる。


 そう思っていたのに今は————


「レオっ! もう矢が尽きた!」


 クイントが弓を投げつけ追ってきたウサギ型のモンスターを怯ませる。

 膝丈ほどしかないこのウサギは恐ろしいほどの瞬発力を持っていてその体当たりは骨をも砕きかねない威力。


「チッ! こっちもだ! グラニア! テメエの槍をよこせ!」

「男でしょ! 素手でなんとかしなさいよ! こっちも余裕なんて————キャアアアアっ⁉︎」

「グラニア! くそーッ! 邪魔なんだゾ‼︎」


 ニールたちが戦っているのは灰色の肌をしたゴブリン。

 アーウィンさんの話によるとハイゴブリンというゴブリンの上位種らしい。

 体色以外、体つきや持っている武器の見た目も変わらないのに無茶苦茶に強い。

 ニールのナイフは受け止められるたびに刃を潰され、グラニアも槍の間合いを作れず、ドンの攻撃も避けられる。


 アーウィンさんの警告通り、扉の向こうはレベルの違う危険地帯だった。

 潜入して割とすぐの場所にある横穴でさらわれた村娘は見つかった。

 彼女を嬲るハイゴブリンを奇襲して殲滅。

 即座にアリサが治癒魔術で傷の手当てをする。


 オレたちの冒険は成功した。

 あとは無事に帰れれば……と、オレたちは見くびっていたんだ。

 モンスターのことも冒険のことも、そして忠告してくれたアーウィンさんのことも。




 意識を失った村娘を背負っても帰路は15分とかからないはずだった。

 ところが帰り始めて早々に黒い体毛をした大型の犬のようなモンスターに襲われた。

 一目見てヤバい敵だと分かった。

 必死で逃げ回り、なんとか巻くことができたが最悪なことに道がわからなくなってしまった。


 まるで蟻の巣穴のように分岐と部屋がいくつもあってオレたちの方向感覚は役に立たない。

 不幸中の幸いは何故か岩壁が発光しており、松明もなしに歩き回れることだがモンスターたちの数が多い上に一匹一匹の戦闘力がとんでもなく強い。

 あっという間に疲弊し、追い詰められてしまっていた。


「ゴメン! グラニア! あたしも魔力切れ! もう治してあげられない!」


 泣きそうな顔でアリサが腹部を切り裂かれたグラニアに駆け寄り体を起こそうとする。

 そこに襲いかかるモンスターをドンとニールが身を挺して止める。

 進退極まった状況でニールがオレに向かって悲壮な叫び声を上げる。


「レオ! お前だけでも逃げろ!」

「バカっ! 諦めるな! 逃げるならみんな一緒でだ!」


 怒鳴りながら村娘を下ろし、抜剣してニール達を援護する。

 すると狡猾なモンスター達は無防備な村娘に襲い掛かろうと牙を剥く。

 庇おうとすれば真っ向から戦う羽目になり攻撃を避け切ることができない。

 ジワジワと削られ、僕たちが生き残れる望みが消えていく。


 ニールがウサギの体当たりをモロに食らって血を吐いて倒れた。


 ドンとニールの身体にハイゴブリンの槍が突き刺さる。


 すでに戦闘不能のグラニアを抱えてアリサは涙目で膝をついている。


 あきらめるな、あきらめるな。

 オレならできる。

 強くなるんだって、何も怖くなくなるくらい強くなるんだって


 ゴブリンの頭めがけて剣を振り下ろす。

 だが、頭蓋骨の丸みで刃が滑り、肩を切り落とすも致命傷を与えられなかった。

 倒れ込むようにしてゴブリンはオレの体に組み付き、動きを封じると奴の仲間が群がるようにして両手足を押さえ込んできた。

 オレの顔を見て「ゲタゲタゲタゲタ」と下卑た笑い声を上げる奴らに恐怖と嫌悪を感じた。

 ギルドの冒険者が吐いた「楽に死ねるように願ってやれ」という言葉が頭によぎる。


 でも嫌だ。

 死にたくない。

 生き残りたい。

 どうか————神様————



「【ブラスト】!」



 声が聞こえた次の瞬間、オレに群がっていたゴブリン達が突風に吹き飛ばされた。

 身体を起こして振り返ると、


「僕の近くに集まれ! 早くしろ! 【アイス・ニードル】!」


 アーウィンさんが魔術を放ちながら駆けてきていた。


 彼の放った氷の針はクイントに襲いかかっていたウサギの頭部を貫き、その命を奪った。

 突然の彼の救援に戸惑っていたみんなだったが藁をもすがる思いで彼のそばに駆け寄る。

 みんな骨折や出血でボロボロだった。

 しかも、周りには思っていた以上のモンスターの大群がひしめくようにして俺たちを取り囲んでいる。

 気合と根性でどうにかできるレベルじゃない戦力差に絶望する。

 これじゃあ、アーウィンさんが来てくれたところで————


「【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】! 【キュア】! 【キュア】! 【キュア】!」

「へ?」


 早口言葉のようにして彼が呪文を唱えるとオレ達全員の傷が治療された。

 それどころかゴブリンの毒付きの刃をくらった三人の毒も吹き飛ばしている?

 戸惑う俺たちの中で一番早く反応したのはアリサだった。


「嘘っ⁉︎ ウィンくん、治癒魔術使えるの⁉︎ 魔術師って」

「説明は後だ。ロッドをニールに渡して。突破口を作るから走れ。帰り道のしるしはつけている」


 と言葉短に指示を出してアーウィンさんは両手を突き出し息を大きく吸い込んで、


「【ファイア・アロー】! 【ブラスト】! 【アイス・ニードル】! 【ブラスト】!」


 右手から火矢や氷の針を、左手から突風を放つ。

 突風によって火矢は細かくちぎれ炎の雨となり、氷の針も散弾となってモンスターに降りそそぐ。

 彼の手の向けた方向のモンスター達は次々と魔術の餌食になり生き残っている奴らも大混乱に陥った。


「いまだ! 行け! 【ロック・シューター】‼︎」


 頭くらいの大きさがある岩が猛スピードで放たれる。

 射線状の敵を蹴散らし突き進むその砲弾のおかげで、道ができた。


「ドン! 走れええええええっ!」


 ニールがドンの背中を蹴る。

 それが気つけになったのかドンが雄叫びをあげて走り出す。


「ぬおおおおおおおおおおおおっっっ‼︎」


 ドンの巨体の突撃と無茶苦茶な棍棒の振り回しはアーウィンさんの開けた道をさらにこじ開けた。

 それにグラニアとアリサが続く。

 クイントは村娘を背負い、オレに指示する。


「レオ! 交代だ! お前はまだ剣が折れてないだろう! せんせーを護って戦え! アイツが倒れたら全滅だぞ!」

「言われなくても!」


 オレは剣を構え、アーウィンさんに襲いかかるモンスターを払い除けようとしたけど――――


「【ノイズ・ハウリング】! 【ウォーター・ボール】! 【アストロ】!」


 耳をつん裂くような不快な音の爆弾。

 モンスターの体をも貫く水の飛礫。

 地面に着く足を固める鉄の苔。


 合唱曲が如く、途切れることなく紡がれる呪文詠唱。

 一つ一つの威力は初級魔術のそれなのだろうけどたくさんの種類の魔術を使いこなして敵の進撃を阻んでいる。


 なにが同じレベル1だ……オレたちが束になってかかってもこの人には敵わないだろう。


「レオ。僕も逃げるから先に行け。【フラッシュ・ライト】」


 オレが背を向けた瞬間、背後で物凄い光が発生した。

 あんなものをまともに見てしまってはモンスターといえど目が使えなくなるだろう。

 と考えていると背中を叩かれた。


「早く行くんだ。しんがりは僕が務める」

「アーウィンさん……ありがとう。だけど、どうして————」

「……見ず知らずの他人が死んでもいいけど、お前たちには死んでほしくない。だから……少しだけバカなことをすることにした」


 不器用そうにアーウィンさんは言った。

 その顔はついさっき悲嘆に暮れていた人のものとは思えないほど覚悟が決まっているように見えた。


「それはバカをやってるんじゃない。勇気を振り絞ってるんだ」


 口を突いて出た言葉に「フン」と照れ臭そうに鼻を鳴らして返事するのを見て、思わず頬が緩んだ。

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