第2話 落第生イジメ
かつてモンスターは害獣であり天敵だった。
人類よりも強く、逞しく、おぞましい。
そして、故に人類は奴らから身を守ったり見つからないよう身を隠したりすることを前提にした社会づくりを行っていた。
しかしそうやってできた文明は脆弱でモンスターの活動が活発になるといとも容易く崩れ去る。
人類は何度も滅亡寸前に追い込まれていた。
しかし、今から七世紀ほど昔。大帝国の宰相はこういう言葉を発した。
「モンスターは脅威であるが恩恵でもある」
当の大帝国はモンスターに滅ぼされ文明は灰塵に帰ったわけだが、彼の言葉は人類文明の歴史を変えた名文句として残っている。
かの宰相は気づいたのだ。
モンスターの死体は捨てるところがない。
肉は食糧に、皮は衣類に、血は燃料や薬に、硬い骨や外骨格は建材や武具の素材となる。
人類の脅威たるモンスター達はいわば食糧資源、生産資源、エネルギー資源の宝庫だったわけだ。
そのことに気づいた人類は守りの方針から攻めに転じた。
身体を鍛え、武具を強化し、策を張り巡らしモンスターを殺しまくることに尽力した。
殺しても殺しても湧いて出てくるモンスター。
それは人類をより強くより豊かにした。この世界に住まう多くの人々はモンスターに関わる仕事をしている。
冒険者もその一つである。
大陸西部に位置するエルディラード王国。
その中でもさらに西部にあるクライン伯爵領の中心都市ミナイルにある私立図書館。
道楽者だった伯爵家の人間が自分の蔵書を保管するために建てたものらしいが、今では入館料を払えば一般市民であっても利用できる。
ヒッチの話を聞いた後、そのまま足を運び閲覧机で戦術関連の蔵書に目を通していた。
気乗りのしない仕事ではあるが、やるからにはちゃんとしていたい。
新人冒険者にバカにされるのはゴメンだし、ヒッチの歓心を得たいという下心もある。
それに勉強は嫌いじゃない。ペラペラと本のページをめくり、文字から情報を得て咀嚼していると感覚や感性が調律されるからだ。
僕の日常はくだらないものであっても、本に向き合っている時間は自分が少し偉い人間になれている気さえする。
図書館に篭る事、数時間。
流石に目も疲れてきた頃、
「あれれ〜〜〜? なんか場違いなヤツがいるんだけど」
図書館の静寂を破る大きな声。
人を露骨にバカにするその言葉は僕に向けられていた。
声の主、ジュード・キョロは仕立ての良い軍服に身を包み、肩の銀色の飾緒を揺らして僕の元にやって来た。
奴に引き連れられている部下たちは非番だというのに整然とされた動きで僕のいる机を取り囲んだ。
「ジュード……何か用か」
舐められたくない一心で強い態度で臨むと、パアンッ! と頬を張られた。
「あいかわらず口の聞き方がなってないなあ。子爵家のボクに成金商家ごときがタメ口使っているんじゃないよ。何度言っても分からない愚か者だなあ」
コイツがこのミナイルの街にやってきたのは二ヶ月前。
近隣の大規模ダンジョンを制圧する国軍の騎士として派遣されてきたのだ。
運悪く再会してしまって以来、ジュードは僕の顔を見るたびに嫌がらせをしてくる。
学院にいた頃と全く変わらない、
……いや、あの頃よりもっと僕たちの上下関係は明らかなものになってしまっている。
「少尉殿! この方はご学友なのですか?」
まるで舞台役者のように朗々とした声で奴の部下が話を回そうとする。
「学友……とは思いたくないね。たまたま僕と同じトーダイ学院に同じ時期、同じ年齢で入学したというだけで関わりはないさ」
「へえ! トーダイ学院! 少尉殿が優秀なのは存じ上げておりますが、この者もさぞかし優秀だったのでは⁉︎ トーダイ学院に貴族以外で入学するのは困難だったはず!」
チッ、とジュードは舌打ちした。
部下の反応が好みのものでなかったのだろう。
塗りつぶすように声を荒げて僕を罵る。
「ハッ! 優秀どころかコイツは三年生に上がる前に落第したのさ! それがきっかけで実家を勘当され、こんな遠くの街で冒険者なんていう底辺暮らしをしている! 学院の面汚しだ!」
大きな声で周りに聴かせるように声を張るジュード。
僕は逃げ出そうと蔵書を小脇に抱えて立ち上がった。
しかし、
「【ファイア・ボール】」
「なっ⁉︎」
ジュードが僕めがけて火球を投げつけてきた。殺傷能力を極限まで下げた一撃。
だが、僕は反射的に持っていた本で身を守ってしまった。
ボンッ! と爆ぜる音がして革で造られた表紙が焼けた。
幸い、中のページは無事だったので読めなくはならなかったが問題はそこじゃない。
「おいいいいいいっっ‼︎ 貴様ら何をやっとるかアアアアアアッ‼︎」
図書館の職員である初老の男性が怒鳴り声を上げてこちらに向かってきた。
するとジュードはすぐさま、
「この薄汚い冒険者が私たちを脅そうと魔術を行使したのです」
「なっ⁉︎」
僕は思わず言葉を失った。
そこに被せるようにジュードの部下たちも口々に僕を非難する。
「本を焼くなんてなんて酷いことを!」
「これだから冒険者はっ!」
「保安官を呼べ! ブタ箱にぶち込んでやる!」
無茶苦茶だ。こんなの誰が信じるっていうんだ。
僕らのやりとりをちゃんと見ていた人だって――――いない⁉︎
僕が目を向けると関わり合いたくないと言わんばかりに目を逸らし本棚の影に隠れていく。
図書館の職員もジュードたちには腰を低くしているくせに僕には一方的な決めつけばかりで話を聞いてくれはしなかった。
結局、僕は焼けた本を買い取らされ、図書館への出入り禁止が言い渡された。
「保安官に通報されないだけありがたく思え!」
と図書館職員の男は追い討ちをするように僕を罵る。
ジュードはニヤニヤと笑って去り際に僕に告げる。
「分かったか。これが俺とお前の力の差だ。冒険者なんかに身をやつしているくせに図書館を使うなんておこがましい。まだトーダイ院生だったことに未練タラタラなんだなぁ」
ジクリジクリと傷口を針で抉るようにジュードは僕が言われたくないことを的確に執拗に突いてくる。
貴族の生まれでトーダイ学院卒業後正規軍に騎士待遇で入隊。
絵に描いたようなエリートコースを歩んでいるくせに、やることが落第生への嫌がらせ。
卒業してもそのくらいしか楽しみがないというのなら、僕はなんのためにいろんなものを犠牲にしてトーダイ学院に入ったんだろうか。
胸の中にどうしようもない怒りや不満は募る。
でもそれをぶつけることはできない。ジュードに殴られることもやられているところを見られて笑われることも嫌だから。
吸い切ったタバコを捨てるように、ジュードは僕を解放して部下を引き連れて去っていった。
僕の手元には表紙の焼けた戦術書だけが残っていた。
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