アオハルクエスト〜陰キャ魔術師の才能は陽キャパーティにて開花する〜

五月雨きょうすけ

第1話 ギルドミッション

「新人パーティの指導係? この僕が?」

「ハイ。依頼じゃなくてギルドからの命令、強制ミッションってヤツですよ。

 アーウィンさん」


 冒険者ギルドの受付嬢ヒッチは優しげな笑みを浮かべながら、戸惑う僕に説明する。


「先日、新人の冒険者が六人登録されました。その子達、みんな幼馴染らしくって彼らだけでパーティを組むつもりのようです」

「幼馴染で冒険者パーティ……仲が良くて結構なことですね」


 冒険者とは剣や魔術を扱えない一般市民の代わりにモンスター退治を始めとしたさまざまな荒事に応じる職業だ。

 当然、向き不向きがあるし命の危険もある。

 安全に楽に稼げる仕事は他にあるし、正規軍のような名誉に預かれるわけでもない。

 カタギになれないゴロツキやワケアリの連中がやる仕事であって、仲良しこよしのお友達同士で組んでやるなんてナメているとしか思えない。

 なのに能天気にもヒッチは、


「ですよねー。みんな和気あいあいとしていて爽やかで。幼年学校時代を思い出しましたよ。いるじゃないですか、クラスで一番目立っているグループ。活発でキラキラしていてあんな感じの子達ですよ」


 心からそいつらの成功を望んで期待しているようだ。


「……僕は幼年学校通ってなかったのでよくわかりません」


「あら、そうでしたか? 私てっきり————ああ、話が逸れましたね。まあ、誰とパーティを組むかなんて冒険者さんの自由ですから。いいんですよ、幼馴染だろうが、恋人だろうが、前世からの絆で繋がったソウルメイトだろうが。ただ、新人だけのパーティに依頼を請けさせるわけにはいかないんですよね。冒険者が不足している昨今、入りやすく長続きしやすい環境を作るというのがギルドの方針なので。そこでアーウィンさんにそのパーティに加わってもらって冒険者のイロハを教え込んでもらいたいわけです」

「いや……それなら一旦パーティを分けてそれぞれ別のパーティで経験積ませればいいじゃないですか」

「そうしたいのはやまやまなんですけど、自分のパーティに加入する可能性のない新人を育てても良いって人は少ないのですよ。新人を抱えたまま高難度のクエストを受けたりできないですから、赤字になりがちですし。その上、六人のうち二人は女の子で……しかもすごくかわいい」


 しかも女連れかよ……とことんナメてるな。

 女でも軍人や冒険者をやっている人間はたくさんいる。

 だけど、モンスターの一匹も狩ったことない素人の男が素人の女を連れて戦うなんて悪い冗談でしかない。

 遠足気分で仕事場に来られて笑って歓迎できる奴なんていないだろ。

 僕は顔を歪ませたが、ヒッチは明後日の方向の解釈をした。


「心配ですよねえ。冒険者さんの中には素行がよろしくない人もいますし、女の子は男所帯には放り込めない。女性がいるパーティはパーティで古くからいる女の人と揉めること多いんですよね」

「そこでボッチで暇そうにしている僕にお鉢が回ってきたってわけですか」


 僕が自虐気味に言うと、ヒッチは慌てて首を振る。


「そ、そんなつもりはないです! たしかにアーウィンさんは世にも珍しいソロで活動している魔術師ですし、請けているクエストの重要度も低いから動かし易いとは思っていましたけど」

「あのねえ、肝心なところ抜けてないですか?」

「肝心なところ?」


 ヒッチは真顔で僕を見つめる。

 笑って目を細めたりシワを作らないようにすると整った顔が際立つ。

 気さくで人当たりも良く、それでいて上品で清純な印象を与えるギルドの華。

 彼女に好意を抱いている冒険者が多いのもうなづけるというものだ。

 僕だって、もう少し自分に自信があれば彼女に好意を表すことができたんだろうけど、残念ながらそうじゃない。


「新人の指導係はそれなりに実力がある人がやるべきでしょ。僕のレベルは登録時点から変わらず1のまま。二年間も時間があったのに全く成長できていない。当然、冒険者ランクも最低のF。才能がある冒険者なら一年あればレベル2に上がるっていうのに。新人達もうだつの上がらない奴に教わりたくないでしょう」


 自分で言いながらヒッチに腹が立ってきた。

 僕を辱めるためにこんなお役目を投げてきたようにしか思えない。

 呆れ気味にため息を吐くとそれを食べるように彼女は身を乗り出して語りかけてきた。


「アーウィンさん。私は人選間違いをしているとは思っていませんよ。有能でも新人に横暴な態度を取ったり、悪いことをしたりする人なんかより、無能でも真面目で常識を備えている人に新人を見てほしい。私はそう考えています」


 僕は無能なんて言ってないぞ……


「それに、これはアーウィンさんのためでもあるんです。貢献ポイント、今年どれだけ稼ぎました?」


 ……痛いところを突かれた。


 貢献ポイント。それは冒険者ギルドが定めている冒険者の評価基準。

 ギルドを介した依頼クエスト命令ミッションをクリアするたびに加算される。このポイントが高くなればなるほど冒険者のランクが上がり、より報酬の高い高難度のクエストを受注することや、ダンジョンアタックの資格を得ることができる。逆にこのポイントが低いままで年数が経過すると冒険者登録が解除される場合がある。


「今はまだルーキークラスだから良いんですけど、五年目のシニアクラスに上がる時に貢献度が足りていないとギルドを追放されちゃいますよ。冒険者は不足していますけど功績のない人を置いてあげるような慈善事業でもありませんから。そもそも今の働き方だとお金厳しいんじゃないですか? 最近、生活用品や宿の値段も上がり気味ですし」


 ヒッチはいろいろ気にかけてくれている。

 それこそ僕がこの町にやってきて冒険者登録をしたその日からずっと。

 そんな彼女が持ってきた話なのだから僕に必要なことなんだろう。


「たしかに。僕から断る理由ないですね」

「でしょう。じゃあ、依頼を受けてくれるということで構いませんね」

「まあ……それで良いですけど。もしかして、ヒッチさん僕のために忖度していただきました?いくら二年の経験があるからってパーティを組んでいないレベル1の冒険者に新人教育なんて例外にも程がある」

「……そういうカンの良いところを私は評価しているだけですよ。このチャンスを掴んで生き延びてください。あなたがいなくなったら困っちゃう――」

「困る? どうして?」


 僕が尋ねるとヒッチは頬を赤く染めて、慌てた様子を見せた。


「あーっ! もう! とにかく明日の正午! 新人パーティさんとの顔合わせできるようにセットしますからよろしくお願いしますねっ!」


 そう言って「休憩中」と書かれた板を受付台に置いて奥の執務エリア内に下がっていった。


「やれやれ……面倒この上ない仕事だがヒッチが期待しているということなら受けてやるしかないか」


 憧れの美女に焚きつけられて舞い上がっていた当時の僕。


 まあ、何が転じて福となるかは分からないもので、この仕事を請けなければ、彼らに出会うことはなく僕の人生も彼らの人生も全く違う物になっていたのだろう。

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