第25話 麗しの姫君
パーティは昼からの開催。
会場はミナイル総督であるクライン伯爵の屋敷だ。
百年以上もこの土地を治めている大貴族である伯爵邸は街の中央部に広大な敷地を陣取って王城が如き威風を放っている。
今からこんなところに入って行くのかと思うと気が重くなる。
門の前に馬車が次々に止まり、そこから煌びやかな衣装を着た男女が降りて敷地に入っていく。
僕は門の近くで待っているようレオに言われているが心細い。
朝早くからレオはアリサとグラニアを連れてどこかに行ってしまっているし…………
「やあやあ、アーウィン! ちゃんと来たようだねえぇ‼︎」
チッ、と思わず舌打ちをしてしまった。
浮かれた大きい声をかけてきたのはいつも以上にギラギラとした衣装を纏ったジュードだった。
「へえ。一応ドレスコードについて調べたのかな? いつもの薄汚れたローブに比べればいくらかマシじゃないか。君によくお似合いだ」
「…………」
黙って堪える。
分かりきったことだ。
貸し服屋で借りた衣装なんかで本物の貴族であるジュードに張り合えるわけがない。
ダンジョン発見の報酬は残っていたが、それを充てるオーダーメイドなんかする時間はなかったし。
「おや? キミ、もしかして一人なのかい? ああ、そうか! こういうパーティはパートナーの女性を引き連れてくるのが常識なのだけど知らなかったか!」
「待ち合わせをしているんだ。先に行ってくれ……」
「ふーーーん。まあいいや。彼女を往来で待たせるのは忍びないし。いくよ、ハニー」
ジュードは猫撫で声で後ろについてきた女性を呼ぶ。
ほんの少し前にこっぴどくフラれたというのに代わりのハニーが早々と見つかるのは純粋に羨ましいことだ。
たしかに、綺麗な女性だ。
背は高くないが肉感的な凹凸のある体を薄桃色のドレスで包んでいてバラのように華やかな印象を受ける。
首に巻いたネックレスやイヤリングには大きな宝石があしらわれていて、色素の薄い金色の髪はいくつもの束を編み込むようにしてアップにしている。
見るからに金のかかっていそうなその装いから貴族令嬢であることは間違いない。
レオが用意してくれる女性がどんな人かは知らないけれど、アイツに貴族令嬢の知り合いがいるとは思えない。
僕に付き合わせて惨めな想いをさせるくらいなら帰してあげるのが優しさかもしれないな————などと思っていた矢先だった。
「ゴッメーーーン‼︎ 支度に手間取っちゃった‼︎」
道の角から大声を上げてアリサが現れた。
それに続くように駆け寄ってくるグラニアに手を引かれて、彼女は姿を表した。
スカートの丈が短い白いドレスを纏った華奢な女性。
瞬時にレオが用意した僕のパートナーだと判った。
初対面から女性を値踏みするような目で見るのは無礼なことだというのは僕も分かっている。
だけど、彼女はあまりに鮮烈すぎた。
秋の麦畑を連想させる艶やかな黄金色の長髪。
赤銅のように光を照り返す細やかで艶やかな褐色の肌。
細くスラリと伸びた手脚に膨らみ始めた青い果実。
まだ歳若く、あどけなさが残るものの露わになった肩や首元は見ているだけで甘い香りを感じるほどの爽やかな色気を放っている。
そして、意志の強そうなエメラルドグリーンの瞳に形の良い鼻梁。
化粧は濃いがその美貌は天然のものだと確信できる。
突然、往来に白い薔薇が咲き誇ったかのように空気が変わる。
数多の貴族や権力者が現れるこの場所を見物しに来た野次馬たちは勿論、その場に居合わせた来賓――あのジュードでさえも、連れてきた女性から目を離して見惚れていた。
僕も惚けて言葉が出てこなくなっていたところにアリサの大声が響く。
「どーーーーん‼︎ こんな風に仕上がっちゃいました‼︎ 衣装は古着屋にあったものをグラニアが大胆アレンジ! 化粧や髪型はこのあたしが整えさせていただきました‼︎」
「私たち、良い仕事したわよねぇ」
「ねー」
と、アリサとグラニアがハイタッチをする。
一方、彼女らに隠れるようにしている白薔薇のような美女は恥ずかしそうに頬を染めて斜め下を向いている。
「は、恥ずいから騒がないでくれよ」
「あーん、ダメダメ。せっかく可愛く仕上げてあげたんだから言葉遣いや声音に気をつけろし」
パチン、とアリサは白薔薇の美女の背中を叩いて僕の眼前に押し出す。
身体を見ればいやらしくなってしまうだろうから顔を見ようと思った。
しかし、あまりに造詣が整った顔貌というのは太陽を直視するかのような眩しさを感じてしまい自然と目が逸れてしまう。
結局、僕は彼女の足下を見たままあいさつをした。
「は、初めまして……アーウィン・キャデラックです」
「えっ?」
「へっ?」
「はぁっ⁉︎」
僕があいさつすると三人がキョトンとした。
白薔薇の美女はおずおずと、
「は、はじめまして……レオ、ナ――レオナです」
僕に名前を告げた。レオナ……か。響きが心地よい名前だな――――ん?
「もしかして……」
僕はじっとレオナの顔を直視する。
濃いめの化粧に隠されてはいるが、その下に推測される素顔は僕のよく見知った顔とピタリと一致した。
「君は……レオ――――」
隠していたことがバレてしまった、と白状しているかのようにレオナがキュッと目をつぶる。
やっぱり彼女は!
「――――の妹だな! よく似ているからすぐに分かった!」
僕がそう声を上げると突然グラニアとアリサがひっくり返った。
ビックリしたのか一瞬驚いた顔をしたレオナだったがすぐに笑顔を立て直した。
「さ、流石に分かっちゃいますよねー! そうです! 兄がお世話になっています!」
溌剌とした笑顔と声音。
ああ、間違いなくあの太陽から生まれたみたいなレオの妹だ。
その仕草も可愛らしい。
一方、全く可愛らしくないウチのパーティメンバーは、
「こ……これは予想外すぎる反応だよ」
「ウィンくんって賢いけどバカなのね」
「こっちもバカだからある意味バランス取れてるし」
とヒソヒソと何か話している。まぁどうでもいいけど。
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